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ハズレガチャの空きカプセル

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 そんな、まったくいい思い出のない<ハズレガチャの空きカプセル>だったものの、やっぱりなぜか捨てる気にはなれなくて、なんとなく電子レンジの上に置いた。
 他のガラクタも、いずれは捨てようと思うものの今の段階では箱のままクローゼットにしまっておく。
 こうしてようやく完全に、<新しい生活>に移れた。以前の暮らしの痕跡は日常の中で見える分にはもう存在しなくなっている。
 郵便物の類も、学校や公的な機関からの物については住所変更の手続きもしっかりと終えられているので、転送してもらう必要もない。どうせ以前の住所に届くのは、両親に絡んでのあれこれだからだ。
 そもそも大事な郵便物については<局留め>にしてもらって、一真が取りに行くようにしていた。両親は郵便物などチェックしなかったが、万が一見られると面倒なことになると考えたからだ。
 しかし今はもう、そんなことを心配する必要もない。
 なお、もし両親が亡くなった場合には早々に相続放棄の手続きをすることになっている。また、警察には、両親が失踪したことを公式に記録してもらうために<家出人捜索願>を、星谷美嘉ひかりたにみかが手配してくれた弁護士を通じて出してある。両親について何度か相談したことのある少年課の刑事や児童相談所の担当者らも交えて事情を話した上で。
 釈埴しゃくじき家の問題については警察も児童相談所も認知しているものの、具体的な対処ができずに経過観察されている状態だったことが逆に幸いした。
 元々、警察は<家出人>についてはあまり本腰を入れて捜索しない傾向にあることに加え、一真は成人しすでに定職についており、彼を保護者とすることで琴美に対する<保護責任者遺棄>は成立しないとして、刑事事件としては扱わないとされた。あくまでただの<家出>として届け出たわけだ。
 ちなみに、こうして警察などに認知してもらうのは、
『自己のために相続の開始があったことを知った時から三ヶ月以内に相続を行うか否かの判断をしなければならない』
 という点を補足してもらうためだった。
『両親が失踪していることで死亡を知ることができなかった』
 と証言してもらうためだ。でなければ、
『いつ、自己のために相続の開始があったことを知ったのか?』
 のかが曖昧になってしまって、両親が死亡してから三ヶ月以上経ってその事実を知ったのに、
『両親が死亡した日を<自己のために相続の開始があったことを知った時>とされてしまうと相続放棄が認められなくなる』
 という可能性が出てきてしまうのだ。
 例えば、両親が離婚した後、片親が行方も分からなくなり連絡も取れなくなっていたのに、多額の借金を作った挙句に死亡、三ヶ月以上経ってからその事実を知ってそれで、
『借金も相続しなければならない』
 と言われて納得できるか? という話だ。
 そして一真と琴美の両親の場合、宝くじの当選金がもし残っていたとしても、一真も琴美ももう一切関わりたくもないので、当選金がいくら残っていようとそんなものはどうでもよかった。国庫に入り役立ててもらえるならそれでよかった。
 だから、死亡を知った時点で即、相続放棄の手続きができるようにしている。
 これは、実の母親が消息を絶っている結人ゆうとも同じような体制を取っていた。美嘉が手配した弁護士がそれを担当する。
 <幸せ>を掴むには、<無知>ではいられない。人間社会において<無知>であることは<無辜>であることと同義ではないのだ。悪辣な者から身を守るためには、相応の知識と対処が求められる。自分がそこまでできないなら、それができる者の助力が得られるようになっておく必要がある。
 それを知らなければならない。

 と、どこまでも世知辛いのが人の世というものではあるものの、だが、そこに生きる人間が全員<悪辣>というわけでもないのも事実である。大事なのは先にも述べたように、
 <知恵や力を貸してくれる者>
 <必要な知識を与えてくれる者>
 と良好な関係を築くことだ。そしてそのためには、自身が悪辣な人間であってはならない。悪辣な人間に力を貸してくれるような人間は、結局、同じように悪辣な者がほとんどであろう。そうしてますます悪辣に染まっていくことになる。
 それで本当に<幸せ>など掴めるのか?
 まあ、目先の<悦び>などは得られるかもしれないが。

 いま一度言う。
 <幸せ>を掴むためには、<無知蒙昧>では駄目なのだ。目先の感情だけに従っていては駄目なのだ。それが許されるのは幼い子供の内だけである。
 己を律し、その上で貴重な出逢いを確実に掴み活かしていく必要がある。
『悪いことさえしなければ誰かが守ってくれる』
 とは限らない。ただ一方的に守ってもらうことを期待していていいのも、やはり幼い子供の内だけだ。
 他力本願は通じない。そんな運任せだけで幸せを掴めるものなど、滅多にいない。
 その点では、一真も琴美も、本人にやれることはしているだろう。だからこそ運も味方にできたと言える。

 <ハズレガチャの空きカプセル>を手に、一真は言う。
「俺達は、確かに親ガチャには外れたかもしれない。このカプセルに入っていた怪物を引き当てたみたいにな。けど、だったらこの空いたカプセルに俺達の好きなものを入れるって手もあるよな」
 そんな兄に、琴美も言う。
「だよね。私達は普通の人間だからそんなすごいことはできないけど、すごいことができなくたって幸せにはなれるよね……」

 厭世観に囚われ生きることそのものを疎んだ時期もあったものの、両親に捨てられたこの兄妹は、ただ誰かに救われるのではなく、自覚的に自ら幸せを築き上げていく道を歩み始めることができた。
 本人の努力だけではない。
 周囲の環境だけでもない。
 その両方が合わさってこその人生だ。
 二人が見詰める<ハズレガチャの空きカプセル>に何を詰めるかは、二人次第なのだから。







 ~物語とは、誰かの人生のごく一部分を切り取り脚色しただけのものである~

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