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112話「ダイジェスト⑤」

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――ヴェルテュ・サイド――



ヴェルテュが転移した場所はレーゲンケーニクライヒ国の王都ヴァッサーの郊外にある、悪竜オードラッへの住まう水の神殿だった。

身長15メートル、体長40メートル、竜のランクを決める指の数4本(上から二番目)、背に大きな翼を持つ巨大な黒竜がヴェルテュを出迎えた。

「何者だ貴様、水の神子や国王の関係者ではなさそうだな」

悪竜オードラッへの低い声が水の神殿に響いた。

「初めまして水竜メルクーア様、それとも悪竜オードラッへ様とお呼びした方がよろしいかな? 僕の名はヴェルテュ・ボワアンピール、ボワアンピール帝国の皇太子です」

ヴェルテュは優雅にお辞儀をした。

「ボワアンピール帝国の皇太子だと! ヌーヴェル・リュンヌの腰巾着が我に何の用だ!」

悪竜オードラッへが怒りのオーラを放った、しかしヴェルテュは全く動じなかった。

「僕の部下が今日あなたに捧げられるはずだった生贄を全部逃しました、生贄は今王宮にいます、食べたければご自分で取りに行ってください」

「何?」

ヴェルテュが手にしていた新月のヌーヴェル・リュンヌクロシェットを鳴らし「混乱」と唱えた。

「うおおおおおお!! 頭が……頭が割れるようだ! 貴様我に何をしたぁぁぁぁ……!!」

「混乱の魔法をかけました、600年間この神殿で食べては寝てを繰り返す自堕落な生活を繰り返していたんでしょう? たまには外に出て太陽の日差しを浴びながら運動した方がいいと思いましてね」

ヴェルテュは黒い笑みを浮かべる。

「ぐがぁぁぁぁあああああ!!」

悪竜オードラッへは混乱の魔法に贖おうともがき、爪を振るい翼をバタつかせしっぽを床に叩きつけた。

優雅な装飾が施された壁や床が破壊され、瓦礫が散乱する。

周囲が破壊されてもヴェルテュは眉一つ動かさず涼しい顔をしていた。彼が纏っている服や靴は、シエルやノヴァの装備しているアイテムより遥かに高い守備力と回避率を持っているのだ。

「久しぶりの運動はどうですか? やはり神と讃えられるだけあってお強いですね、あっという間に周囲が瓦礫の山だ。そうそう、もう一つあなたにかける魔法があるんですよ、人の中には美しく強いものに心を奪われてしまう愚かな者もいるので、ちょっとだけお姿を変えさせて貰おいますね」

ヴェルテュは新月のヌーヴェル・リュンヌクロシェットを鳴らし「幻覚」の呪文を唱えた。

すると悪竜オードラッへのが体がみるみる朽ちていき、片方の目玉が溶け落ち、肉が腐り、ところどころ骨が見えるおぞましい姿に変わった。
 
「あなたの周囲100 km 圏内にいる人間に、あなたの姿がゾンビのような醜い姿に見えるように魔法かけました。あなたの姿がそのものがゾンビのように醜くなった訳ではないので安心してくださいね」
 
ヴェルテュは氷のように冷たい視線を悪竜オードラッへ向けながら、美しい口元を釣り上げた。

自我を失いつつある悪竜オードラッへには、ヴェルテュの言葉は届かなかった。

「ごわ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

やがて完全に「混乱」の支配された悪竜オードラッへは、口から水の玉を吐き出し天井を破壊すると、空へと飛び立っていった。

「行ってらっしゃい」

ヴェルテュは空を見上げ、小さくなっていく悪竜オードラッへ悪竜オードラッへと手を振った。

「さてと、悪竜オードラッへのことはカルムとシエルくんに任せて、僕は彼の捕獲準備に取り掛かろうかな」

ヴェルテュはアイテムボックスから闇のオプスキュリテ・グローブと、闇のオプスキュリテ手錠・マン・セリュールを取り出した。
 


☆☆☆☆☆



―サイド・シエル―――



「国王陛下万歳ーー!」「水の神子様万歳ーー!」「オードラッへ様万歳ーー!!」

庭に集まった人たちが高らかに声を上げている。

「オードラッへを廃そうとするアインス公爵とその一味を取られえよ!」

国王が指示を出す、庭に集まった人たちが敵意の籠もった目でこちらを見た。

まずいな、この状況……一時的にでも撤退した方がいいのか?

その時、どぉぉぉぉーーーーん!! という爆発音が響き地面が揺れた。

全員が音のした方向を見る「キェェェエエーーーー!!」という耳をつんざくような鳴き声が聞こえ、鳴き声とももに何かがこちらに向かって来ているのがみえた。

それはグロテスクな姿をした巨大な黒竜だった。

「もしかしてあれが……悪竜オードラッへ?」

漫画に出てきた悪竜オードラッへは美しい漆黒の鱗を持つ竜だった、今上空を飛んでる黒竜にその面影はない。

片方の目玉は落ちかけていて、鱗はただれ
、肉が腐り、ところどころ骨が見えている……神というよりドラゴンのゾンビだ。

悪竜オードラッへは大きく息を吸い込むと口から水の塊を吐いた、水の塊は城の塔を破壊し、瓦礫が周囲に散乱した。

水の塊の勢いは塔を破壊しても衰えることなく、塔のはるか後方にある山の頂きを吹き飛ばした。……とんでもない威力だ。

「見ろあの醜い姿を! 凶暴な力を! 皆はあの姿を見ても悪竜オードラッへを神と崇めるのか! あんなやつを支持すると言うのか!」

アインス公爵が庭に集まった人に呼びかける。

「あ、あれがオードラッへ……? ばっ……化け物じゃないか!」「おっ、俺たちは今まであんな怪物にすがって生きていたというのか……?」「に……逃げろ……ばっ、化け物に食い殺されるぞ……!」

庭に集まった人達は悪竜オードラッへの姿を見てパニックに陥っていた、悪竜オードラッへを支持する民は誰もいなかった。

悪竜オードラッへが「ぐぉぉぉぉぉ!!」という雄叫びを上げ、庭にいる民衆に向かって口から氷の刃を放った。

「逃げろ!」「こっ……殺される」「誰か~~!」

庭に集まった民衆が前の人を押しのけて我先に逃げようとする。

「みんな落ち着いて! 俺の後ろに隠れて! 光の盾リヒト・シルト!!」

俺はエメラルドの杖をかざし呪文を唱えるた、俺を中心に光のカーテンが現れ、それがバリアの役目を果たし、悪竜オードラッへが放った氷の刃から人々を守った。

「アインス公爵、じゃなくて親父!」

「お、親父?」

近くにいたアインス公爵に呼びかけると、アインス公爵は「親父」呼びになれてないようで、目をぱちくりさせていた。

ごめん、いま余裕がないからそのフォローはしてやれない。

「親父は城にいる人を俺の周囲に集めて、悪竜オードラッへが攻撃してきても、俺が光の盾リヒト・シルトで守るから! 私兵に指示を出して町の人を安全なところに避難させて!」

「分かった! 50人は城の人たちを避難させよ! 残りは町の人たちを避難させよ!!」

「「「はい!!」」」

アインス公爵はテキパキと部下に指示を出し、私兵はその指示に従った。

「私はここにいてシエルを守る! 私にも光の盾リヒト・シルトは使える、二人で使えばより強い攻撃に備えられるはずだ!」

「うん、お願いノヴァさん」

ノヴァさんが左手を俺の腰に添え、右手を俺が握っているエメラルドの杖に添えた。ノヴァさんが一緒にいてくれると心強い。

「こらーー! 逃げるなーー! 悪竜オードラッへの餌になれーー! 国のための生贄になるのだ! 衛兵、使用人と民を逃がすなっっ! 悪竜オードラッへは腹を空かせている! 使用人や民を捕まえ悪竜オードラッへの生贄にし、奴の腹を満たすのだっっ!!」

バルコニーの上で国王が衛兵を怒鳴りつけていた。

命令された衛兵たちも、顔見知りの使用人や、善良な民を悪竜オードラッへの生贄に捧げろと言われ、国王の言うことを聞くべきか迷っているようだ。

悪竜オードラッへが美しい姿なら、奴が町中で暴れても、奴を信仰する愚か者もいたのだろう。だが今のゾンビのような姿のオードラッへは民の心に恐怖しか植え付けない。

「民を守れーー!! 城にいるものは庭にいる白いローブの魔法使いの後ろに隠れろーー! 魔法で守ってくれるぞ!!」

「アインス公爵! 城の人たちの大半を庭に集めることが出来ました!」

「分かった! これより私も街に出て住人の避難誘導を行う! 動けるものはついてこい! 誰一人民を死なせてはならない!!」

「「「はいっ!!」」」

国王とは対照的に率先して民を守る指示を出すアインス公爵。

「アインス公爵は、敵意を向けた我々を守ろうとしている……」「アインス公爵、なんとお優しい……!」「あんな化け物を信仰していた私達が間違っていた!」

庭にいた民衆がアインス公爵を支持し始めた。

「皆、アインス公爵の指示に従え!!」「アインス公爵の後に続け! 街の人たちを守るんだ!」

国王の命令に従うかどうか迷っていた衛兵たちも心を決めたようで、アイス公爵に後に続き城を出ていった。

その時、悪竜オードラッへが雄叫びを上げ強烈な吹雪を吐いてきた、その威力はキメラの攻撃の比ではなかった。

「「光の盾リヒト・シルト!!」」

俺とノヴァさんは呪文を唱え、周りに集まった人たちを守った。

エメラルドの杖のお陰で、魔力が半分で済む上に光の盾リヒト・シルトの威力が50パーセント増しになるから、魔法力にはまだまだ余裕があるし、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。

悪竜オードラッへが前足を振るい真空波を出した、真空波の直撃を受けた城の壁が引き裂かれ大地が大きく抉れる。

俺とノヴァさんの周りには光のカーテンがあるので、真空波の影響を受けずにすんでいる。

悪竜オードラッへが翼をバタつかせる、突風が巻き起こり、俺とノヴァさんが被っていたフードがめくれた。

「金色の髪、青い目、天使のように愛らしい顔立ち、まさか彼はアインス公爵家の嫡男ザフィーア様!!」

「白いローブを纏った少年がアインス公爵のことを『親父』と呼んでいるのを聞いたぞ!」

「やはりザフィーア様だったんだ! ザフィーア様が俺たちを守ってくださっている!」

「ではその隣にいる銀色の髪に紫の瞳の凛々しい青年は誰だ?!」

「わたしは隣国に行ったとき、ボワアンピール帝国の皇子様を目にしたことがある、銀色の髪に紫の瞳をしていた……お名前は確かカルム様」

「俺たちを守ってくださっているのは、ザフィーア様とボワアンピール帝国の皇子カルム様だったのか!」

この日の出来事が、黄金の髪の聖女と銀の髪の勇者が光のカーテンを使い、悪竜オードラッへから民を守ったとして、後の世に語り継がれることを……このときの俺が知る由もない。



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