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111話「④」

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――シエル・サイド――

転移した先はアインス公爵邸の執務室だった。

アインス公爵と部下らしき男の人がいた、あの人がアモルドさんかな? そういえばザフィーアが王都から教会に輸送されるときに、三人いた兵士の中の一人があの人だった気がする。

突然俺とノヴァさんが現れたことにも、アインス公爵は慌てることはなかった。

ヴェルテュ様から水晶を通じて俺たちが来ることを事前に知らされていたんだって、ヴェルテュ様って本当に何でもできるな。

アインス公爵に牢屋に入れられたとき神子の陰謀から守ってくれたことへの感謝を伝え、俺とノヴァさんが結婚を前提に付き合ってることを話した。

そうしたら何故かアインス公爵とついでにアモルドさんが泣き出した、泣くほど嬉しかったのかな?

俺とノヴァさんの間に…………ができたってことを知ったら、アインス公爵はもっと喜んでくれるかもな? でもその報告は戦いが終わってからすることにしよう。一番はノヴァさんに伝えたいしね。

アインス公爵とアモルドさんの協力をえて、悪竜オードラッへの生贄にされる人たちが閉じ込められている牢獄へと向かった。

今回悪竜オードラッへの生贄にされるのは300人。神子がある村を日上がらせ「王都に行けば仕事がある」と言って村の人を騙し、王都に連れてきたらしい……ほんと酷いことするよな。

救出した生贄の人達を連れ、俺達は王宮へと向かった。

復活祭の朝、王族は城の庭に市民を招き入れる。王族が2階のバルコニーから国民に復活祭の開始を告げる挨拶をするしきたりがある。

そこに行けば国王と王子と水の神子が揃っている。

全員首を洗って待っていろ、お前らの悪事を全部国民に知らせてやる!





俺たちが王宮の庭になだれ込むと、2階のバルコニーに国王と王子と水の神子の姿が見えた。国王が国民に復活祭の開始を告げるスピーチをしているところだった。

水の神子立花葵たちばなあおいはエルガーと肩を並べて立っていた。立花葵たちばなあおいは真っ黒な礼服に身を包んでいた。

卒業パーティーのときは立花葵たちばなあおいが白い服を着て、ザフィーアが黒い服を着ていた、今回は俺が白い服を着て、立花葵たちばなあおいが黒い服を着ている。

アインス公爵の指揮のもとアインス公爵家の私兵200人と、生贄にされるはずだった村人300人以上が一度に庭になだれ込んだ。いきなり500人もの人間が「わーー!」という掛け声とともになだれ込んできたので、庭に集まった人たちと警備の兵があ然としている。

なんでも数の力ということは大事だ、数の力で押そうというヴェルテュ様の作戦だ。

俺とノヴァさんは正体がばれないようにフードで顔を隠している。ここでは正体がバレないようにと、ヴェルテュ様に言われたのだ。

「なんの騒ぎだ!」

国王が不機嫌そうな顔で怒鳴った。気持ちよくスピーチしていたところに、正体不明の人間が大量になだれ込んできたのだ、それは不機嫌にもなる。

「国王陛下、並びに水の神子、お揃いのようですね」

「貴様はアインス公爵! これは一体何の真似だ!」

私兵に守られたアインス公爵が私兵の前に出て、毅然とした態度で国王に向かって話しだした。

「ここに集まった国民に復活祭の本当の意味と、水竜と崇められるメルクーアの正体を明かしに来ました! 皆のものよく聞け! 水竜メルクーアは善良な神などではない! やつの本当の名は悪竜オードラッへ! かつてこの国の大地を干上がらせ人々を苦しめた悪しき神だ!」

アインス公爵の言葉を聞き、その場にいた民衆が騒然となった。

水竜メルクーアの復活を祝う祭りの日に、自分たちが崇めていた水竜メルクーアが、悪竜オードラッへという邪竜だったと聞かされたらそれは驚くよな。

「民よ沈まれ! 衛兵! アインス公爵を黙らせろ!」

衛兵が10人ほどアインス公爵に向かっていく、しかし衛兵はアインス公爵の私兵にあっという間に倒されてしまった。

「悪竜オードラッへは水の神子立花葵たちばなあおいを使い各地から生贄を集めていた! 今日の復活祭で悪竜オードラッへへ生贄に捧げられる数は300人! 水の神子と悪竜オードラッへが彼らの住む村を意図的に干上がらせ、食べるものに困った村の人たちを『王都に行けば仕事がある』と言って騙し、王都に連れてきて生贄にしたのだ!」

「黙れ! 黙れ! 黙れっっ!! これ以上根拠ない戯言を並び立てるな!」

国王が叫ぶが国王の言葉に耳を傾ける国民はいない、庭に集まった国民はみなアインス公爵の言葉に集中していた。

「さらに水の神子立花葵たちばなあおいは、生贄の中から見目の良い男子を選び、自らの性欲のハケにしていた! ここにいるアモルドが水の神子が汚れた存在であることの証人だ!!」

レーゲンケーニクライヒ国では潔癖なほど禁欲を尊んでいる。国で一番清らかな存在でなくてはならない水の神子が色浴に覚えれていたのだ、人々に与えた衝撃は計り知れない。庭に集まった群衆に動揺が広かった。

「国王は水の神子が穢れた存在と知りながら神の使いと崇め、水竜メルクーアの正体が悪竜オードラッへと知りながらその事実を国民に隠し、罪のない民を生贄に捧げてきた! 国王を野放しには出来ない! 今こそ国王を討つべきだ!!」

アインス公爵の声が広場に響く。

「くくくくく……言いたいことはそれだけか? アインス公爵」

国王が不敵な笑みを浮かべる。

「ここに集まった民よ、よく聞け! 確かに水竜メルクーアはかつてこの地を荒らした悪竜オードラッへだ! それは認めよう! 王家は水竜メルクーアの正体が悪竜オードラッへと知りながら民を生贄に捧げてきた、それも認めよう!」

国王が水竜メルクーア=悪竜オードラッへだとあっさり認めやがった。

「だがしかしそれが何だというのか? 確かにオードラッへはかつては悪竜と呼ばれていた、だがそれは昔の話だ! 今のオードラッへはこの国の守り神! 雨を降らせ、大地を潤わせ、豊かな恵みを与えてくださる! レーゲンケーニクライヒ国のような小国が、大国ボワアンピール帝国の侵略されないのは、この地にオードラッへがいるからに他ならない! オードラッへはレーゲンケーニクライヒ国の守り神なのだ!!」

国王の話を聞いた民がざわつき始めた。

「考えてみてほしい、今オードラッへが消えれば隣国ボワアンピール帝国がこの国を占領地にしようと攻めてくるだろう、負ければレーゲンケーニクライヒ国の民は土地を失い、家屋敷を奪われ、民は全員奴隷にされボワアンピール帝国に連れて行かれるだろう。

わしは国王として国と民を守らなければならない、戦争に勝つためには多くの民を徴兵しなければ徴兵しなければならない。一家の大黒柱が徴兵されてしまったら、残された家族は餓死するしかなくなるだろう。武器や防具を買い揃えるのにもお金がかかる、税金も上げねばならない。男が全て徴兵されてしまえば残された女や子供では畑を耕すのもままならず、民は飢えることになるだろう。

それだけの犠牲を強いてもボワアンピール帝国に勝てるか分からない! ならば戦争を避けることこそが良作! 大国ボワアンピール帝国がこの国に侵略してこないのはオードラッへがいるからだ! 彼こそがこの国の守り神、オードラッへはこの国なくてはならない存在なのだ!!」

国王の演説は完全に民の心を捉えていた。

「民よ国王の言葉に惑わされるな! 悪竜オードラッへが滅びようとも、ボワアンピール帝国はレーゲンケーニクライヒ国に攻め行ってはこない!!」

アインス公爵が叫ぶが民の心には届かない。

「アインス公爵はボワアンピール帝国の回し者だ! 奴はこの国からオードラッへを廃し、レーゲンケーニクライヒ国をボワアンピール帝国の植民地とし、この国の民を奴隷として売り飛ばす魂胆だ!!」

庭に集まっ畳がアインス公爵を殺気のこもった目で見る。

国王の言ってることは全部でたらめなのに、なんで嘘の方が民の心に響くんだよ。

「たった数百人の犠牲で、この国の数十万人の民の100年間の安寧な生活が約束される! オードラッへはこの国に欠かせない存在、神なのだ! 神に選ばれし神子もまた大切な存在! ここに集まった民に約束しよう! 王都の民をオードラッへの生贄に捧げたりはしない! オードラッへの生贄として捧げるのは盗賊や海賊行為などの悪事を働いた者たち、もしくは地方に暮らす蛮族のみとする! 決して善良な民を傷つけたりはしないと!!」

国王の演説を聞い畳た力という、「おおーーーー!!」という歓声が湧き起こる。

「オードラッへは必要悪だ!」「我々はオードラッへによって守られて来たのだ!」「オードラッへ様、万歳!!」

民から次々にこのような声が上がる。

まずいなみんな国王の演説を信じてしまっている、俺たちには完全にアウェイな状況だ!



☆☆☆☆☆





――ヴェルテュ・サイド――


玉座で水晶玉を覗き込んでいたヴェルテュはふうと大きく息を吐いた。

「やっぱり駄目だったか、事実を教えるくらいでは、長い間悪竜オードラッへの加護のもとぬるま湯に使ってきたレーゲンケーニクライヒ国の民を目覚めさせることは出来なかったね。彼らには魂まで凍えるような冷たい水と氷のシャワーが必要みたいだ」

ヴェルディは水晶玉をポケットにしまうと、アイテムボックスから新月のヌーヴェル・リュンヌクロシェットを取り出した。
 
「そろそろ彼に出て行きてもらおうかな」

ヴェルテュはレーゲンケーニクライヒ国のある場所へと転移した。
 

☆☆☆☆☆

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