幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで・BL・完結・第9回ＢＬ小説大賞、奨励賞受賞作品

八十九話「筆頭公爵ヴュルデ・アインス」①

ーーアインス公爵視点ーー


現在、レーゲンケーニクライヒ国、王都ヴァッサー




届いたばかりのボワアンピール帝国の皇太子からの手紙に目を通し、私は唖然とした。

ザフィーアが生きていた、それが分かったのは嬉しい、よくぞ無事でいてくれた！

手紙によると、ザフィーアはティミディテの森ではじらい死ティミディテ・モー草の毒に犯され、解毒治療を施されたとある。

はじらい死草の毒は催淫さいいん効果があり、他人の精液を尻に注がねば死んでしまう。

ザフィーアは教会の教えを厳格に守り、性的なことに潔癖だ。

催淫さいいん効果のある毒に侵されても治療を拒否し死を選ぶと思っていた。

だがザフィーアは解毒治療を受け入れたらしい。

にわかには信じられなかった。

しかしはじらい死草の催淫さいいん効果でおかしくなっているところを無理やり犯された……ということならありえなくもない。

私の知るザフィーアなら無理やり性行為をされたら、正気に戻ったとき、生き恥を晒さず自ら命を絶っている。でなければ精神を患い廃人になっている。

手紙によると、ザフィーアは自害はせず、精神を患った様子もないという。

それどころか解毒治療を施した者と恋人同士になり、何度も性行為をしているという。

私は手紙の内容をすんなりと受け入れる事が出来なかった。

復活祭が行われる四十日前の期間を四句節レントと言う、レーゲンケーニクライヒ国では四句節レントの期間中の性行為を禁止されている。

解毒治療のための一度目の性行為は仕方ないとしても、四句節レントの期間中に何度も性行為を重ねるなど、教会の教えを厳格に守るザフィーアらしくない。

まるで別人のようだ。

普段の行いが清廉な者ほど、一度性行為の喜びを知ってしまったらタガが外れ、性に溺れてしまうと聞いたことがある。

ザフィーアは婚約者に裏切られ、暗殺されそうになったショックで脳みそのネジが外れてしまったのかもしれない。

極限状態でレイプされると、レイプした相手に惚れてしまうことがあるという。

はじらい死草の毒に侵されたときザフィーアはきっと過度のストレスで精神が弱っていた。

そんなときに解毒治療と言う名のもと性行為をされ、処女を失い、ザフィーアは壊れてしまったのだ。

性行為の快楽を恋と勘違いしてしまったに違いない。

ザフィーアに解毒治療を施した男の名前は手紙には記されていないかった。皇太子と親しい間柄のもので信頼のおける者だとだけ書かれていた。

ザフィーアが婚姻前に処女を失ったことはショックだったが、生きていただけでよしとすることにした。

相手の男のことが気がかりだが、無事だと分かりホッとしている。

この手紙に書かれていることが事実なら、ザフィーアはエルガー王子への恋心を断ち切ったことになる。

無能でスケベで短気なエルガー王子とザフィーアの婚約を破棄しなかったのは、神子のこともあるが、ザフィーアがエルガー王子に惚れていたからだ。

ザフィーアにエルガー王子に対する恋心がなくなったのなら、これ以上エルガー王子との婚約を継続させる必要はない。

手紙にはザフィーアが生きていたことを国王にも知らせたと書いてある。だがザフィーアがはじらい死草の毒に侵されたことと、解毒治療を施されたことと、ザフィーアが解毒治療した男と恋仲になったことについては、国王に伝えてないと書かれている。

アインス公爵家に、国王陛下からザフィーアが生きていた事を知らせは届いていない。

ザフィーアが生きていたのなら、親である私に真っ先に知らせるべきだろう。

これではっきりした。国王が欲っしているのはアインス公爵家の力のみだと。国王はザフィーアのことも私のことも、王太子をささえる道具ぐらいにしか思っていない。

先日国王に呼び出されたとき、私はわざと「ザフィーアは移送中に自ら崖に身を投げた」と伝えた。国王は私の言葉を否定しなかった。

国王には「ザフィーアは移送中に兵士に斬られ崖から落ちたと」報告されている。私はそのことを知っている。国王は私がそのことを知っていることを知らない。

国王は私がザフィーアの死因を勘違いしているのなら、勘違いしたままでいいと思っている。ザフィーアの死を自害として扱い、アインス公爵家の権力を王家のために利用し続けようとしている。

今回のことでそれがよく分かった。