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四十三話「ラック・ヴィルの星空」*
しおりを挟む湖の周りには遊歩道が作られていた。遅い時間なので歩いている人はほとんどいない。それでも時折人とすれ違った。
バスローブからワンピースに着替え、厚手のローブを被り外に出た。
「夜道は危険だ」とノヴァさんが言い、俺の腰にしっかりと腕を回してくる。
ノヴァさんいわく、街に面している湖の東側からは街の明かりが邪魔して星があまり見えないらしく、人家のない湖の南側を目指して歩くことにした。
観光地だけあって遊歩道には、街灯がポツポツと立っていた。
腰に添えられたノヴァさんの手が、俺の尻を撫でたそうにそわそわしている。宿屋で四回もやったのに。
一時間ほど歩き街から離れると、街灯の数が減ってきた。誰かとすれ違うこともなくなった。
「転んだら危ない、魔法の光」
ノヴァさんが呪文を唱えると足もとに拳大の大きさの淡い光が、いくつも浮かんだ。
「洞窟や塔を探索するとき、明るくする呪文の応用だ」
洞窟や塔を探索するとき、ほとんどの冒険者はランタンのような道具を使用する。しかしランタンを使うと、片手を塞がれ戦いにくい。
ノヴァさんは「魔法の光」の呪文を使って探索しているそうだ。
洞窟を探索するときより、明かりはだいぶ抑えられている。明るすぎると星が見えないからだ。新月が近く晴天の今夜は、月の明かりに邪魔されず星が見える。魔法の明かりに邪魔されたのでは意味がない。
「綺麗ですね」
ふわふわと浮かぶ淡い魔法の光を見てつぶやくと、ノヴァさんが嬉しそうにほほ笑んだ。
「南の湖から見る星空はもっと壮麗だ」
それは楽しみだなぁ。
それから三十分ほど歩くと、辺りは真っ暗になった。
左手に湖、右手に鬱蒼とした林しかない。
「この辺りから見る星空はとかく美しい」
ノヴァさんに言われ空を見上げる。
そこには満天の星空が広がっていた。
「うわぁ~~!」
俺は息を漏らした。
夜空にキラキラと輝く星たち、時折星が流れる。
遠くに見えるラック・ヴィルの街の灯りが湖に反射していて壮観だ。
スピカとアルクトゥールスとデネボラをつなぐ春の大三角形らしきものと、スピカと北斗七星をつなぐ春の大曲線に似たものが見える。星座は前世の日本で見たものに近い。
「絢爛な景色ですね、見れてよかった! 連れてきてくれて、ありがとうございます」
「シエルが喜んでくれたのなら私も嬉しい」
ノヴァさんがニコニコと笑う。
「なにかノヴァさんにお礼が出来たらいいんですが……」
不意にノヴァさんに抱き寄せられた。
「ノヴァさん?」
ノヴァさんを見上げると、アメジストの瞳がキラリと光った。
「それならシエルから口付けをしてくれないか」
「それでお礼になるなら……」
俺からキスしたのはノヴァさんを起こすときに一回だけ、あのときはノヴァさんが寝てたらか、意識のあるノヴァさんに俺からキスするのは初めてかも。
心臓がトクントクンと音を立てる、ノヴァさんとは何回もキスしているのに……自分からするのは照れくさいな。
俺はノヴァさんの肩に手をまわし、つま先立ちになる。
ノヴァさんが腰をかがめてくれたので、ノヴァさんの唇に自身の唇を重ねることができた。
ノヴァさんが俺の後頭部と腰を抑え、口内に舌を這わせる。重ねるだけの口付けは、あっという間に深いものへと変わる。
くちゅくちゅと唾液が混じる音が夜の湖畔に響く。唇を離すと唾液が糸を引いた。
ノヴァさんの瞳が俺を射抜くように見ている。
「シエル、愛してる! 私の伴侶になってほしい!」
心臓がドクンと音を立てる。
「……えっ?」
返事をするのに一分以上かかってしまった。
「返事は『はい』しか受け付けぬ、『はい』と言うまで口付けを続ける!」
ノヴァさんの唇が俺の唇に重なる。
ノヴァさんに舌を絡め取られながら、ぼーっとした頭で考える。
ノヴァさんが俺のことを「愛してる」って言ったような……? 「伴侶になってほしい」とも言った気もする……?
ノヴァさんが俺の事が好き?? セフレでも、遊びでも、愛人でもなく、俺と結婚したいと言ってくれた??
真剣に俺のことが好きなの? 本気で俺と結婚したいの??
騙されてる? いや無一文の俺を騙してもノヴァさんに得はない。
娼館に売る気とか? ドッキリとか? 実は神子の刺客とか?
色んな考えが浮上しては、頭の中で三回転半ぐらいして消えていく。
俺は、俺の気持ちは……!
俺もノヴァさんの事が好きだ! 愛してる!
でも俺は冤罪を着せられて、殺されそうになって逃げてる身で……。
ノヴァさんの将来を潰してしまうかもしれない。いやそれより俺を探しに来た奴らにノヴァさんが殺されたら……?
背筋を冷たい物が流れる。
ノヴァさんが死んじゃう? そんなの絶対に嫌だ!!
ノヴァさんの背に回していた手をギュッと握り、ノヴァさんの体をポカポカと叩く。
ノヴァさんの体を押し返そうとするがびくともしない。
そうしてる間にも角度を変え何度もキスされ、尻をもみほぐされる。
ノヴァさんの熱く滾った下半身の杭を、体に擦り付けられる。
いつの間にか俺のもゆるく立ち上がっていた。
「ん、はぁ…、ん……! 離して、ノヴァさん!」
「離さない! シエルが『はい』と言うまでずっとこうしている!」
ノヴァさんに何度も何度も口付けされる。
もみほぐされたお尻が、ノヴァさんのペニスがほしいとうずく。
このままでは流されてセックスしてしまう……!
「やっ、やだぁ……離してくらさい! だめぇ……!」
ポカポカとノヴァさんの体を殴っていた腕を、掴まれてしまう。
「どうしても嫌だと言うなら、シエルを監禁し、孕むまで犯す!」
ノヴァさんの鷹のように鋭い視線が俺を見据える。
えっ? この世界って男でも妊娠するの?
エルガー王子とザフィーアが男同士で婚約していた時点だ気づくべきだった。少なくとも疑うべきだった。
エルガー王子とザフィーアの結婚は、王家と公爵家の結びつきだと思っていた。
女の子を側室迎え、側室に子供を生ませ、生まれた子をザフィーアの養子にする。側室は教会に入れ、二度と子供には合わせない。その上で後継ぎはザフィーアが教育するものだとばかり。
そうなんだ、男同士でも妊娠するのか……。
えっ? ということは……ノヴァさんに何回も中出しセックスされてる俺の体ヤバくない? というかもう妊娠てしるかも??
子作りのために決められた日にだけ性行為するレーゲンケーニクライヒ国には、当然避妊薬もコンドームもなかった。
セックスは楽しむものだという、ボワアンピール帝国には避妊薬ぐらいあるだろうか?
今からでも飲んだ方がいい?
問題はお金もない売るものもない俺が、避妊薬をどうやって手に入れるかだ。
いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。
ノヴァさんに掴まれた手首がズキズキする。それより刺すように鋭いノヴァさんの視線が痛い。
「…………こうになります」
「どうした?」
「俺と結婚したら、ノヴァさんが不幸になります……だから結婚の話は」
ノヴァさんのことは愛してる! でも今の状況で結婚なんて……。
「シエルと結婚できるなら、地獄に落ちても構わない!!」
俺を射抜くノヴァさんの瞳は真剣そのもので、拒否なんかできそうにない。
「俺、レーゲンケーニクライヒ国で罪を犯したんです、護送中に襲われて川に落ちて……」
溺れているところをノヴァさんに助けられた。
こんな話を聞かされたら、さすがにノヴァさんだって引くよな。
見上げると、眉間にシワを寄せたノヴァさんが人を殺しそうな目をしていた。
「シエルを罪に落とすような国は滅んでしまえばいい! いや私が滅ぼす!!」
怖いよ。
「いや俺の家族もいますし、大半は善良な一般市民なので滅ぼされるのはちょっと……」
王都を出るときに市民に石を投げつけられたことは、ノヴァさんには内緒にしておこう。
石を投げつけられたのはショックだが、あのときは俺じゃなくてザフィーアだったし、彼らは漫画の筋書きに従っただけだ。
石を投げつけられたぐらいで国を滅ぼすほど、俺は狭量じゃない。
「そうか? ならばシエルの家族と善良な市民以外は滅ぼす!」
どうしてそうなる?
「それもちょっと……」
「なら誰を滅ぼせばいい?」
「一度滅ぼすことから、頭を離しましょう」
俺一人のために故郷を地図から消すわけにはいかない。
「なら、私はシエルのために何をすればいい?」
ノヴァさんの眉間にあったシワが消える。俺を見つめる瞳も穏やかだ。
「俺は……ノヴァさんと一緒にいたいです! こんな俺でも受け入れてくれますか?」
ノヴァさんに強く抱きしめられた。
「生涯をかけて愛しぬくと誓う!!」
ノヴァさんの胸に顔を埋め、背に手を回す。
「俺も……ノヴァさんのことが好きです」
ノヴァさんが俺の体をバッと離す。どうかしたのかな?
「今の言葉、私の目を見て言ってくれないか?」
「ノヴァさんのことが好きです、愛してます!」
ノヴァさんが子供みたいに無邪気に笑い、顔を輝かせる。
「シエル! 私の妻! シエルは永遠に私のものだ! 誰にも渡さぬっっ!!」
ノヴァさんが俺を抱えくるくると回り始めた。
「ちょっ……ノヴァさん目が回るっ……!」
「案ずるな! 目が回ったら私がお姫様抱っこして帰る!」
そういう心配はしてないよ!
地面に下ろされても、視界がくらくらと揺れていた。ノヴァさんは平気らしい。三半規管の鍛え方が違うのだろうか?
ノヴァさんにギュッと抱きしめられ、至近距離で見つめられる。
「愛しているシエル」
「俺もですノヴァさん」
ノヴァの口付けが降ってきて、俺はノヴァさんの肩に腕を回しそれを受け入れた。
◇◇◇◇◇
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