上 下
43 / 122

四十三話「ラック・ヴィルの星空」*

しおりを挟む

湖の周りには遊歩道が作られていた。遅い時間なので歩いている人はほとんどいない。それでも時折人とすれ違った。

バスローブからワンピースに着替え、厚手のローブを被り外に出た。

「夜道は危険だ」とノヴァさんが言い、俺の腰にしっかりと腕を回してくる。

ノヴァさんいわく、街に面している湖の東側からは街の明かりが邪魔して星があまり見えないらしく、人家のない湖の南側を目指して歩くことにした。

観光地だけあって遊歩道には、街灯がポツポツと立っていた。

腰に添えられたノヴァさんの手が、俺の尻を撫でたそうにそわそわしている。宿屋で四回もやったのに。

一時間ほど歩き街から離れると、街灯の数が減ってきた。誰かとすれ違うこともなくなった。

「転んだら危ない、魔法の光ツァウバー・リヒト

ノヴァさんが呪文を唱えると足もとに拳大の大きさの淡い光が、いくつも浮かんだ。

「洞窟や塔を探索するとき、明るくする呪文の応用だ」

洞窟や塔を探索するとき、ほとんどの冒険者はランタンのような道具を使用する。しかしランタンを使うと、片手を塞がれ戦いにくい。

ノヴァさんは「魔法の光ツァウバー・リヒト」の呪文を使って探索しているそうだ。

洞窟を探索するときより、明かりはだいぶ抑えられている。明るすぎると星が見えないからだ。新月が近く晴天の今夜は、月の明かりに邪魔されず星が見える。魔法の明かりに邪魔されたのでは意味がない。

「綺麗ですね」

ふわふわと浮かぶ淡い魔法の光を見てつぶやくと、ノヴァさんが嬉しそうにほほ笑んだ。

南のシュッド湖から見る星空はもっと壮麗だ」

それは楽しみだなぁ。

それから三十分ほど歩くと、辺りは真っ暗になった。

左手に湖、右手に鬱蒼うっそうとした林しかない。

「この辺りから見る星空はとかく美しい」

ノヴァさんに言われ空を見上げる。

そこには満天の星空が広がっていた。

「うわぁ~~!」

俺は息を漏らした。

夜空にキラキラと輝く星たち、時折星が流れる。

遠くに見えるラック・ヴィルの街の灯りが湖に反射していて壮観だ。

スピカとアルクトゥールスとデネボラをつなぐ春の大三角形らしきものと、スピカと北斗七星をつなぐ春の大曲線に似たものが見える。星座は前世の日本で見たものに近い。

絢爛けんらんな景色ですね、見れてよかった! 連れてきてくれて、ありがとうございます」

「シエルが喜んでくれたのなら私も嬉しい」

ノヴァさんがニコニコと笑う。

「なにかノヴァさんにお礼が出来たらいいんですが……」

不意にノヴァさんに抱き寄せられた。

「ノヴァさん?」

ノヴァさんを見上げると、アメジストの瞳がキラリと光った。

「それならシエルから口付けをしてくれないか」

「それでお礼になるなら……」

俺からキスしたのはノヴァさんを起こすときに一回だけ、あのときはノヴァさんが寝てたらか、意識のあるノヴァさんに俺からキスするのは初めてかも。

心臓がトクントクンと音を立てる、ノヴァさんとは何回もキスしているのに……自分からするのは照れくさいな。

俺はノヴァさんの肩に手をまわし、つま先立ちになる。

ノヴァさんが腰をかがめてくれたので、ノヴァさんの唇に自身の唇を重ねることができた。

ノヴァさんが俺の後頭部と腰を抑え、口内に舌を這わせる。重ねるだけの口付けは、あっという間に深いものへと変わる。

くちゅくちゅと唾液が混じる音が夜の湖畔に響く。唇を離すと唾液が糸を引いた。

ノヴァさんの瞳が俺を射抜くように見ている。

「シエル、愛してる! 私の伴侶になってほしい!」

心臓がドクンと音を立てる。

「……えっ?」

返事をするのに一分以上かかってしまった。

「返事は『はい』しか受け付けぬ、『はい』と言うまで口付けを続ける!」

ノヴァさんの唇が俺の唇に重なる。

ノヴァさんに舌を絡め取られながら、ぼーっとした頭で考える。

ノヴァさんが俺のことを「愛してる」って言ったような……? 「伴侶になってほしい」とも言った気もする……?

ノヴァさんが俺の事が好き?? セフレでも、遊びでも、愛人でもなく、俺と結婚したいと言ってくれた??

真剣に俺のことが好きなの? 本気で俺と結婚したいの??

騙されてる? いや無一文の俺を騙してもノヴァさんに得はない。

娼館に売る気とか? ドッキリとか? 実は神子の刺客とか?

色んな考えが浮上しては、頭の中で三回転半ぐらいして消えていく。

俺は、俺の気持ちは……!

俺もノヴァさんの事が好きだ! 愛してる!

でも俺は冤罪えんざいを着せられて、殺されそうになって逃げてる身で……。

ノヴァさんの将来を潰してしまうかもしれない。いやそれより俺を探しに来た奴らにノヴァさんが殺されたら……?

背筋を冷たい物が流れる。

ノヴァさんが死んじゃう? そんなの絶対に嫌だ!!

ノヴァさんの背に回していた手をギュッと握り、ノヴァさんの体をポカポカと叩く。

ノヴァさんの体を押し返そうとするがびくともしない。

そうしてる間にも角度を変え何度もキスされ、尻をもみほぐされる。

ノヴァさんの熱く滾った下半身の杭を、体に擦り付けられる。

いつの間にか俺のもゆるく立ち上がっていた。

「ん、はぁ…、ん……! 離して、ノヴァさん!」

「離さない! シエルが『はい』と言うまでずっとこうしている!」

ノヴァさんに何度も何度も口付けされる。

もみほぐされたお尻が、ノヴァさんのペニスがほしいとうずく。

このままでは流されてセックスしてしまう……!

「やっ、やだぁ……離してくらさい! だめぇ……!」

ポカポカとノヴァさんの体を殴っていた腕を、掴まれてしまう。

「どうしても嫌だと言うなら、シエルを監禁し、孕むまで犯す!」

ノヴァさんの鷹のように鋭い視線が俺を見据える。

えっ? この世界って男でも妊娠するの?

エルガー王子とザフィーアが男同士で婚約していた時点だ気づくべきだった。少なくとも疑うべきだった。

エルガー王子とザフィーアの結婚は、王家と公爵家の結びつきだと思っていた。

女の子を側室迎え、側室に子供を生ませ、生まれた子をザフィーアの養子にする。側室は教会に入れ、二度と子供には合わせない。その上で後継ぎはザフィーアが教育するものだとばかり。

そうなんだ、男同士でも妊娠するのか……。

えっ? ということは……ノヴァさんに何回も中出しセックスされてる俺の体ヤバくない? というかもう妊娠てしるかも??

子作りのために決められた日にだけ性行為するレーゲンケーニクライヒ国には、当然避妊薬もコンドームもなかった。

セックスは楽しむものだという、ボワアンピール帝国には避妊薬ぐらいあるだろうか?

今からでも飲んだ方がいい?

問題はお金もない売るものもない俺が、避妊薬をどうやって手に入れるかだ。

いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

ノヴァさんに掴まれた手首がズキズキする。それより刺すように鋭いノヴァさんの視線が痛い。

「…………こうになります」

「どうした?」

「俺と結婚したら、ノヴァさんが不幸になります……だから結婚の話は」

ノヴァさんのことは愛してる! でも今の状況で結婚なんて……。

「シエルと結婚できるなら、地獄に落ちても構わない!!」

俺を射抜くノヴァさんの瞳は真剣そのもので、拒否なんかできそうにない。

「俺、レーゲンケーニクライヒ国で罪を犯したんです、護送中に襲われて川に落ちて……」

溺れているところをノヴァさんに助けられた。

こんな話を聞かされたら、さすがにノヴァさんだって引くよな。

見上げると、眉間にシワを寄せたノヴァさんが人を殺しそうな目をしていた。

「シエルを罪に落とすような国は滅んでしまえばいい! いや私が滅ぼす!!」

怖いよ。

「いや俺の家族もいますし、大半は善良な一般市民なので滅ぼされるのはちょっと……」

王都を出るときに市民に石を投げつけられたことは、ノヴァさんには内緒にしておこう。

石を投げつけられたのはショックだが、あのときは俺じゃなくてザフィーアだったし、彼らは漫画の筋書きに従っただけだ。

石を投げつけられたぐらいで国を滅ぼすほど、俺は狭量じゃない。

「そうか? ならばシエルの家族と善良な市民以外は滅ぼす!」

どうしてそうなる?

「それもちょっと……」

「なら誰を滅ぼせばいい?」

「一度滅ぼすことから、頭を離しましょう」

俺一人のために故郷を地図から消すわけにはいかない。

「なら、私はシエルのために何をすればいい?」

ノヴァさんの眉間にあったシワが消える。俺を見つめる瞳も穏やかだ。

「俺は……ノヴァさんと一緒にいたいです! こんな俺でも受け入れてくれますか?」

ノヴァさんに強く抱きしめられた。

「生涯をかけて愛しぬくと誓う!!」

ノヴァさんの胸に顔を埋め、背に手を回す。

「俺も……ノヴァさんのことが好きです」

ノヴァさんが俺の体をバッと離す。どうかしたのかな?

「今の言葉、私の目を見て言ってくれないか?」

「ノヴァさんのことが好きです、愛してます!」

ノヴァさんが子供みたいに無邪気に笑い、顔を輝かせる。

「シエル! 私の妻! シエルは永遠に私のものだ! 誰にも渡さぬっっ!!」

ノヴァさんが俺を抱えくるくると回り始めた。

「ちょっ……ノヴァさん目が回るっ……!」

「案ずるな! 目が回ったら私がお姫様抱っこして帰る!」

そういう心配はしてないよ!

地面に下ろされても、視界がくらくらと揺れていた。ノヴァさんは平気らしい。三半規管の鍛え方が違うのだろうか?

ノヴァさんにギュッと抱きしめられ、至近距離で見つめられる。

「愛しているシエル」

「俺もですノヴァさん」

ノヴァの口付けが降ってきて、俺はノヴァさんの肩に腕を回しそれを受け入れた。





◇◇◇◇◇
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ(近況ボードご挨拶)
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...