幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで・BL・完結・第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品

まほりろ

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三十二話「駅馬車の旅⑧」※

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シエル視点


強盗は眠りシュラーフの魔法を唱えるとその場に膝を付き、頭から地面に突っ込んだ。

逃走中に自分に眠りシュラーフの魔法をかけるアホはいない。ということは強盗が唱えた魔法を、俺が何らかの理由で反射したことになる。

俺は魔法を反射する技や呪文を使った覚えはない。だとすると何かしらのアイテムの効果だと推測できる。

俺の身に付けているもので、そんな芸当ができるものは一つ。

俺はノヴァさんからもらった指輪を見る。キラキラと輝く青い宝石、おそらくこれは普通の宝石ではないだろう。

「シエル!」

強盗をどうすべきか思案していると、ノヴァさんの声が聞こえた。

ノヴァさんは俺をスルーして倒れている強盗に駆け寄り抱き起こした。ノヴァさんの知り合いですか? と尋ねたくなるほど心配そうな顔で強盗を見ている。

だがすぐに『誰だこいつ?』という顔をして強盗をポイッと地面に捨てた。強盗は頭を強打した。ノヴァさんもしかして強盗を俺と間違えた? 

「ノヴァさん」

声をかけるとノヴァさんはすくっと立ち上がり、

「無事で良かった!」

と言って俺をぎゅうっと抱きしめた。

ちょっと息苦しいけど、心配をかけてしまったので我慢しよう。

「心配かけてすみません。強盗が眠りシュラーフの魔法を唱えたと思ったら、いきなり倒れて」

これまでのいきさつを説明する。

「そうだったのか、ケガをしてないか? 回復ベッセルング

ノヴァさんは俺のケガの有無を確認する前に、回復魔法をかけてくれた。

「いやらしいことをされなかったか?」

腕を強く掴まれたけどそれ以外は特に何もされていない。俺の腕についた痣はノヴァさんのかけてくれた回復ベッセルングで消えてるし。

リナちゃんを襲った憎い敵なので、あとで乗客みんなでフルボッコにしてやりたい。しかし復讐はなにも生まないので、後は警察? 的な組織と司法の判断に委ねようと思う。

「大丈夫です何もされていませんから、というか苦しいです」

ものすごい力で抱きしめられ息が出来ない。ノヴァさんの肩をポンポンと叩くと拘束を解いてくれた。

「すまないつい力が入ってしまった、だが無事で良かった!」

ノヴァさんの藤色の瞳が俺を映す。至近距離で見つめられ心臓がドキドキと音を立てる。

ノヴァさんが俺の頬に手をそえ顔を近づけてくる、俺はとっさにノヴァさんの口に手を当てた。

「いやっ、あの……キスはちょっと」

解毒治療をしてくれて、王都までの旅に付き合ってくれていることには感謝している。むしろノヴァさんには感謝しかない。

だけど俺の中にはある思いがくすぶっている。ノヴァさんと俺は医者と患者の関係、悪く言えばセフレ。ノヴァさんを好きになっちゃいけない、解毒治療以外で触れ合ってはだめだって俺の理性が警鐘をならしている。

解毒治療を止めれば俺は死ぬ、なので解毒治療を止めることはできない。

他の接触は極力減らすべきだ。キスとかハグとか手を繫ぐとか、そういう治療に関係ない接触は避けよう。

ノヴァさんは普通の人より性欲が強いと言っていた。性欲を娼婦や恋人にぶつける代わりに、俺にぶつけているだけなのだから。

しかも指輪という小道具を用意して、秒で相手の指にはめるテクの持ち主。相当遊びになれている。

強盗が欲しがったところを見ると、指輪はイミテーションではなく本物のようだ。魔法を反射したので相当高価な指輪だろう。

そんな価値のある指輪を相手を落とす小道具に使うとか、ナンパにどれだけの金をかけてるんだよ。

「ノヴァさん、この指輪……もしかして魔法を跳ね返す効果とか組み込まれてます?」

指輪をノヴァさんの前にかざす。

「ああ、呪文を跳ね返す魔法陣が刻まれている」

ノヴァさんはさらっと言った。S級冒険者のノヴァさんにとって、魔法を跳ね返す効果が付与された指輪を贈るぐらい何でもないことのように。

「やっぱり……こんな高価なもの受け取れません」

「なぜだ?」

ノヴァさんが困ったような顔をする。動揺してるのか? それとも動揺しているフリなのか?

「だって……もらう理由がないです」

こういうのは好きな人に贈るものだ。セフレにポイポイとくれてやるものじゃない。

「理由ならある」

どんな理由だよ? 娼館に通うより安いから、性行為の代金として取っておけってこと?

「返します! って……なんで抜けないんだ!」

指輪を抜こうとするがびくともしない。

「シエル、その指輪本当に抜けないのか?」

「本当ですよ! さっきから力いっぱい引っ張ってるのにびくともしない!」

力を込めて引っ張ったせいか指が赤くなっている。

「やめよ! シエルの手が傷つく!」

ノヴァさんが俺の手を包み込む。

「そうか、指輪が抜けないのか……フフフ、ハハハハハハ!」

もしかして呪いの指輪系? 売ることも捨てることも出来ず、誰かにあげることでしか手放せないホラー系のアイテム??

高価なものなのに俺に押し付けようとしていることと、ノヴァさんの高笑いが俺の仮説を裏付けている。

「ノヴァさん急にどうしたんですか?」

その高笑い怖いから止めて下さい。

「その指輪は母の形見だ、シエルにはめていてもらいたい」

えっ? 母親の形見?

「お母さんの形見……重っ」

重い、重すぎるよ! 母親の形見の呪われたアイテムを俺に押し付けて高笑いする人とか嫌すぎるよ!

「それとも、そこまで計算……そういう手口?」

妖艶なほど美しくいルックスで『母の形見なんだ、そなたに持っていてほしい』なんてささやかれ、高価な指輪を贈られたら大概の人間は落ちる。

全部計算なんですか? 母親の形見というのも嘘なんですか? だとしたらノヴァさんはめちゃくちゃ遊び慣れてる……引くわ。

「嬉しいぞシエル! 私は今日ほど嬉しい日はない!」

ノヴァさんは俺を抱き上げ、その場でくるくると回った。

なんなんだノヴァさんのこの異様に高いテンションは? やっぱり呪いのアイテムだったのか? 母親から受け継いだ呪いのアイテムを、俺に押し付けることができてせいせいしているのか?

分からない! ノヴァさんの思考が全然分からない!

「ちょっ、ノヴァさん……! 離して下さい……! 目が回る……!」

地面に降ろされてもフラフラしていたので、足がもつれてノヴァさんの胸に顔をうずめてしまった。

ノヴァさんの手が俺の後頭部と腰を抑え、顔が近づいてくる。

「ノヴァさん、やっ! キスは嫌っ……!」

抵抗むなしく深く口づけされてしまった。ノヴァさん舌が口内に侵入し、俺の舌を絡め取られる。

唇を離されたとき銀の糸を引いた。ノヴァさんがニヤついた顔で俺を見ている。

止めろって言ったのにキスされて、俺は腹を立てていた。ノヴァさんをギロッと睨んでしまった。ノヴァさんは俺にねめつけるられても、ニコニコと笑っていた。

俺のことなんか好きじゃないくせに、なんでそんな嬉しそうな顔でキスしてくるんだよ。

あんな風に激しく口づけされたら、ノヴァさんを好きになっちゃうよ。

ノヴァさんの遊び人。俺を弄んで楽しいのかよ!


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