幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで・BL・完結・第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品

まほりろ

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十六話「運命の人②」

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ーーノヴァ視点ーー


隣国のレーゲンケーニクライヒ国にも足を伸ばしてみようと、国境近くの街を訪れたとき。

国の境を流れるミリュー川で、溺れている人を見つけた。

三月に寒中水泳をするとは、酔狂な者がいたものだ。

服を脱ぎ捨て川に飛び込んだ。泳ぎは得意であったが、流れの速さに死という文字が脳裏をよぎった。

なんとか川岸まで泳ぎ、溺れていた人間を引き上げる。

溺れていたのは十五、六歳ぐらいの少女……いや少年だった。太陽のように輝く美しい髪、透き通るような白い肌、瞳を閉じていてもかなりの美形だと分かる顔立ち。

濡れた服から桃色の乳首が透けて、シャツの裾からはピンク色の性器と白く細い足がのぞいていた。手はなぜか麻縄で縛られていた。

幼さの中にも色気があり、ごくりとツバを飲む。下半身についているものを見なければ、男だと言われても信じられなかっただろう。

いや見とれている場合ではない、濡れたままでは体温を奪われる。息をしていないようなら人工呼吸しなくては!

気道を確保し二回息を吹き込む。息を吹き込むと少年の胸が上下し、意識を取り戻した。

少年がうめき声を上げ、まぶたを開ける。少年のサファイアの瞳に引き込まれそうになる。水を飲んでいたのか、少年はゴホッゴホッと咳込み水を吐き出した。

よかった少年は生きていた! 喜びと同時に胸に甘酸っぱいものがこみ上げてくる。胸が焦げるようなこのトキメキはいったい……?

「気がついたか……」

「何すんだよ! この変態!」

まさか少年に殴られるとは夢にも思わなかった。

「すみませんでした」

少年が全裸で土下座している。

少年の手を縛っていた麻縄は切断し、少年の着ていた服は乾かしている。

目のやり場に困るが私の服も濡れているので、少年にかけてやれる服がない。

川に飛び込むときに脱いだ服は水たまりに落ちて濡れてしまった。我ながら間が抜けていると思う。という訳で私も全裸だ。

少年の愛らしい顔や色っぽい体を見ていると、体が熱くなる。勃たない体質でよかった。ペニスをそそり勃たせていたら、変質者だと思われて警戒されてしまう。

「いや分かればよい、こっちに来て火に当たれ」

「はい」

少年は素直にうなずき火に当たった。

「飲め」

体が冷えていると思いカップに入ったお湯を差し出すと、少年は嬉しそうに受け取った。

「ありがとうございます」

はにかんだ笑顔が可愛い。今までいろいろなタイプの男や女にあってきた。中には眉目秀麗な者もいた。だが誰にあっても心を惹かれることはなかった。

なんだろうこの胸の高鳴りは……? これがうわさに聞く恋というものなのだろうか?

少年がフーフーしながらカップに口を付ける。薄紅色の少年の唇、先ほどまであの艷やかな唇と私の唇が重なって……いやいやあれは人工呼吸で断じて口付けではない! 必死に自分に言い聞かせ平静を保つ。

「こんな季節にミリュー川で寒中水泳とはな」

「ハハハ、ちょっと足を滑らせまして……」

少年はそう言ったが、縄で縛られシャツ一枚で春先の川で溺れているなど尋常ではない。

ズボンとパンツを履いてないことに慌てていたので、川に落ちたときは身につけていたのかもしれない。だとすると川を流されている間に脱げたことになる。

体のあちこちに痣があり、足には無数のすり傷があった。どれだけひどい仕打ちをされたら、こんな傷ができるのだろうか?

少年に何があったのかは知らないが、私はこの少年の側にいたいと強く思った。まずは少年の名前を知りたい。人様の名を尋ねるときはまずは自分から名乗るのが礼儀だ。

「私の名はノヴァ・シャランジェール、そなたの名は?」

「えっと……」

少年は何かを考えるようなそぶりをした。記憶喪失? 自分の名が分からないのか? いやそんな感じはしない。

では何を考えているのか? 何か深い事情があって本名を話せないのだろうか?

少年はふと空を見上げ、何かを決めたような顔をし真っすぐに私の瞳を見た。

シエル、俺の名前はシエルです」

「シエルか、良い名だ」

それがそなたの本名でなかったとしても受け入れよう。私の口の端は自然に上がっていた。

私の顔を見て、少年……シエルも目を細めた。ズキューン! シエルの愛くるしい笑顔に胸を撃ち抜かれた!

「風邪を引くぞ」

「えっ?」

自分でも大胆なことをしていると思う。しかし寒中水泳をしたあと全裸で野宿をしたら凍死する。このあどけない天使を死なせたくない。

言ってから気がついた。私はシエルに人工呼吸をして殴られたのだ。膝の上に乗れなどと言ったら変態だと思われ、また殴られるかもしれない。

夜だし、全裸だし、逃げ出すまではしないだろうが、かなり警戒されてしまう。

「失礼します」

私の心配をよそに、シエルは遠慮がちに近づいてきて膝の上に乗った。

膝の上に天使がいると思うと緊張した。心臓がドクンドクンと音を立てる。シエルが落ちないように後ろからそっと抱きしめる。

折れそうなほど細い体、無駄な贅肉が一切ない華奢(きゃしゃ)な体は冷え切っていた。シエルの小さな体をぎゅっと抱きしめる。

不能の呪いをかけられていてよかった。私が普通の男だったら下半身がそそり勃っていて、シエルを怯(おび)えさせてしまっただろう。

もう運命の相手は探さない。

一生勃たなくてもいい。シエルが運命の相手でなくても構わない。シエルと一緒にいたい。この小さな体を守りたい。

シエルの体にできた大きな痣と、足にある無数の切り傷を撫でると、シエルはくすぐったそうに身をよじらせた。

回復ベッセルング

呪文を唱えるとシエルの体にあった傷が跡形もなく消えた。

こんなに傷をつけられて痛かっただろう。心の傷は治せないが、せめて体の傷は治させてほしい。

「ありがとうございます」

傷がなくなったのを見て、シエルがペコリと頭を下げた。

「足に尋常でない数の切り傷があったが、靴を履いていなかったのか?」

シエルの体がビクンと震えた。余計なことを聞いてしまっただろうか?

「えっと、靴をなくしまして……」

「そうか、では腕の傷は?」

「か、川を流れているときにできたのかな?」

腕の傷は治りかけていた。昨日、今日できたものではないだろう。

「そうか」

シエルが言いたくないのならこれ以上詮索するのはやめよう。シエルに警戒されたくない。

その夜はシエルを抱きしめて眠った。シエルの穏やかな寝顔を間近に見ながら瞳を閉じた。今までの人生で一番幸せな夜だった。

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