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3話「パーティーと婚約破棄と偽物の【竜の愛し子】」
しおりを挟むそして三カ月前に開かれた王室主催のパーティーで事件が起きた、王太子は招待客が見ている中で、ブルーナとの婚約破棄を突きつけたのだ。
「ブルーナ・ノルデン貴様との婚約を破棄する! 理由は貴様が長年に渡り母親違いの妹カーラをいじめていたからだ!
さらに貴様はカーラの食事に虫を入れ、カーラの布団にサソリを隠し、カーラを噴水に突き飛ばし、カーラを階段の踊り場から突き落とした! 貴様のような悪女は王太子の婚約者にふさわしくない!」
王太子の言葉に会場は騒然となった。男は汚い物を見る目でブルーナを睨み、婦人たちは冷ややかな目でブルーナを見て扇で口元を隠しヒソヒソと話している。
王太子の横には淡いピンクのドレスをまとったカーラがおり、泣きそうな顔で王太子の腕を握っていた。
「お姉様、いまならまだ間に合います、罪を認め謝罪して下さい。私はお姉様が兵士にとらわれる姿など見たくないのです」
悲しげに眉を下げ瞳を潤ませながら、姉を気遣うカーラの姿に、会場にいた招待客は心を奪われた。
お茶会で王妃とノルデン公爵夫人からブルーナの悪口を吹き込まれていた貴族は、ブルーナ・ノルデンなら腹違いの妹を陰で虐めることぐらいやりかねないと思い、王太子とカーラの言葉を全く疑わなかった。
むしろブルーナの素行の悪さが公になり、ブルーナが処罰されたことに歓喜していた。
だがブルーナの生活をよく知る者なら、ブルーナがカーラをいじめることが不可能なことが分かっただろう。
ブルーナは早朝日の登る前に家を出て教会で祈りを捧げ、教会を出た後は王宮に行き王太子妃の教育を受け、昼間は学校に通い、放課後はまた王宮で王太子妃の教育を受け、深夜に帰宅する。なので同じ家に住んでいても、ブルーナがカーラと顔を合わせることなどほとんどなかったのだ。
王太子は悪女からか弱い少女を守るヒーローのような扱いを受け、得意になっていた。
「会場に集まった高位貴族の諸君に聞いてもらいたいことがある、もちろん貴様もよく聞くんだぞブルーナ!」
王太子が芝居がかった口調で話し、ブルーナを指差しキッと睨みつけた。
「先日カーラのもとに竜神ウィルペアト様が降臨した!」
会場内が一気にざわついた。
「竜神ウィルペアト様はカーラにこう告げた、『そなたほど心が清く見目麗しい少女は国中を探しても他にいない、そなたこそ私の加護を授けるのにふさわしい、よってそなたを今日から【竜の愛し子】に指名する』とな!」
会場内は喧騒に包まれた、聖女の中でも特別に竜神ウィルペアトに愛されたものには、背中に竜の模様が現れる、その者は【竜の愛し子】と呼ばれ、崇拝されてきた。
しかしここ百年ほど【竜の愛し子】は現れておらず、【竜の愛し子】など伝説かおとぎ話だろうと思われていた。
「竜神ウィルペアト様のお告げを受けた翌日、カーラの背に竜神ウィルペアトの模様があることに、カーラの着替えを手伝った使用人が気づいた! 俺はカーラからその話を聞き母である王妃殿下に報告した!
王妃殿下は教会のシスターとともに、速やかにカーラの背に浮かび上がった竜の模様を調査した!
その結果、カーラの背に浮かび上がった竜の模様は間違いなく本物で、カーラが【竜の愛し子】であることが判明した!」
会場内はどよめきに包まれ、招待客の視線は一斉にカーラに集まった。
カーラの身につけているドレスは背中が開いていないので、直接竜の模様を見ることは出来ない、だが王妃が調査し教会が本物のと認め、王太子が公の場で発表しているのだからカーラは本物の【竜の愛し子】に間違いないのだろう、という結論に達した。
「あのお方が【竜の愛し子】」「なんと神々しい」「美しく清らかなカーラ様こそが【竜の愛し子】にふさわしい」
周囲はカーラに羨望のまなざしを向け、称賛の声を送った。
シュトース国には【竜の愛し子】の模様が浮かび上がる者が現れたとき、その模様が本物か偽物かの調査を王妃と教会の高位のシスターが行うという制度があった。
王妃は自分の息のかかったシスターを呼び、教会から古文書を持ち出させ、あらかじめ竜の模様について調べていた。
王妃は古文書を元に、仲間の魔術師に依頼し、カーラの背に竜の模様を刻ませたのだ。
自分たちで刻んだ模様を自分たちで調査するのだから、本物という結果しか出るはずがない。
その上本物の【竜の愛し子】はここ百年現れていない。本物が現れなければ、カーラが偽物だとバレる心配もない。王妃の謀はここまで完璧だった。
ブルーナを支持している僧侶が後で文句を言ってくるかもしれないが、男に高位貴族の女性の肌を確認する術などない。
唯一その権利がある男は【竜の愛し子】の婚約者になる王太子のみ、息子が母親を裏切るはずがない、王妃にはこのたくらみが絶対にバレない自身があった。
一部の熱狂的なブルーナ信者の僧侶以外は、かつての聖女エッダと同じ神秘的な黒髪と黒い瞳を持つブルーナを、寄付金集めの道具にしているだけ。
【竜の愛し子】の証を持つカーラと、エッダに似ているだけのブルーナ。教会がどちらをより重要視するか、王妃には容易に想像できた。
このように偽物の【竜の愛し子】を作り出す不届き者が現れたのは、竜神ウィルペアトの加護を得て二百年という長すぎる平和が続いたためでもある。
長く続いた安全で豊かな生活に、シュトース国の民は馴れ過ぎた。
安寧な暮らしが当たり前になり過ぎて、竜神ウィルペアトへ感謝する心が人々から薄れていたのだ。
「【竜の愛し子】であるカーラこそが聖女にふさわしい! そして本物の聖女であるカーラと王太子である俺との婚約を今ここに発表する!」
王太子はカーラの腰に手を回し、カーラはほほ笑みを浮かべ王太子に寄り添った。
会場からは拍手喝采が起こる。
王太子は拍手の音を気分よく聞いたあと、真顔に戻りブルーナをねめつけた。
「ブルーナ・ノルデン! 貴様は【竜の愛し子】であるカーラを虐め、その身を害そうとした! 貴様のような悪女に聖女の地位はふさわしくない! よってブルーナから聖女の地位を剥奪し、偽聖女として断罪する! すでに教会からブルーナの聖女の地位を剥奪する許可は得ている!」
王太子の話を彼の背後で聞いていたノルデン公爵はスッと手を上げ、「ブルーナをノルデン公爵家から除籍します!」と告げた。
「本来ならこのような悪女を出したノルデン公爵家も処罰すべきだが、ノルデン公爵家は【竜の愛し子】であるカーラの生家でもある。よってブルーナを除籍したことで罪一等を減じ、ノルデン公爵家へのお咎めなしとする!」
「寛大なご配慮、痛み入ります殿下」
ノルデン公爵は王太子に向かいうやうやしく頭を下げた。
「偽物の聖女ブルーナは北の牢獄に送る!」
北の牢獄は城から歩いて半日の場所にあった。
王太子がブルーナに処罰を言い渡すと、王太子の傍らに控えていた衛兵がブルーナを拘束し、口に猿轡をし、両腕を後ろ手に縛り上げた。
兵士に連行されパーティー会場を後にするブルーナの背に、人々は料理を投げつけた。
「いいざまね」「エッダ様のご親戚の聖女だからといって、調子に乗りすぎた罰があたったのよ」「社交界から消えてくれて清々するわ」「薄汚い姿ね、まるで浮浪者みたい」
パーティー会場にいた貴族たちは口々にブルーナをののしり、声を上げてクスクスと笑った。
ブルーナは弁明することすら許されず、会場から連行された。
その晩ブルーナは城の地下の牢屋に入れられ、ベッドどころかご座すらない固く冷たい床の上に横になった。
翌日の早朝、牢屋の冷たい床で寝ていたブルーナは衛兵に叩き起こされた。
衛兵はブルーナから靴を取り上げ、汚れたドレスを着たブルーナを乱暴に廊下やから連れ出した。
靴を取り上げられたブルーナは、北の牢獄まで素足のまま歩いて向かうことになった。
数人の衛兵に連行され、北の塔に向かうブルーナは通りに出ると多くの民に囲まれた。
民衆はブルーナに「竜神ウィルペアト様の加護を得た聖女様をいじめるとはとんでもない娘だ!」「【竜の愛し子】を虐げた悪女には死罪こそふさわしい!」「くたばれ偽聖女!」罵詈雑言を浴びせ石や卵を投げつけた。
民衆が王宮のパーティーで起きたことを、なぜこんなに早く知っていたのか? それは王妃とノルデン公爵夫人がわざとうわさを流し民を誘導したからだ。
それから三カ月が経過し、人々はブルーナのことをすっかり忘れ、王太子と【竜の愛し子】であるカーラの結婚式に浮き立っていた。
教会の鐘が鳴り響き、人々が王太子と王太子妃を乗せた馬車が道を通るのは今か今かと待ちかまえているとき、竜神ウィルペアトが【本日付けで神を辞めることにした】という短いメッセージを残し国を去ったことを知り、人々は慌てふためいた。
自分たちが罵詈雑言を浴びせ、石や食べ物を投げつけた相手が本物の【竜の愛し子】だったとは、夢にも思わなかったのだ。
人々は膝を付き、竜神ウィルペアトに許しを請うた。しかし彼らの罪は許されることはなかった。
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