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転機
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翌日、円は拘束具もタオルもスカーフもせずに出社した。
メガネもマスクもつけていない。
素顔を晒して外を歩くのは、幼少期以来、初めてのことだ。
顔周りも首元も涼しくて、開放感が強い。
密閉していた部屋の窓を開けて、新しい空気を入れたときのように、スッキリと清々しい気持ちになって、何でもできるような気がした。
こんな気分は初めてだ。
業務に入る前、退職する意思をいつ伝えようかと考えていると、日並さんと知智さんが歩み寄ってきた。
「富永くん、ちょっと来てくれるかい?」
「常務とね、あと、人事部の部長さんが呼んでるの」
「え?はい、わかりました」
常務はさておき、人事部の部長にまで呼び出されるのはどういうことなのだろう。
──まあ、いいか
どうせ、退職届を人事部に出さなきゃいけないし
日並さんと知智さんに言われるままについて行き、案内されたのは「第三会議室」と書かれたドアプレートがかけられた部屋だった。
3人でそこに入ると、常務と人事部の部長が、長机に座って待っていた。
「富永さん、そこに座って」
人事部の部長が、自分の目の前の空いた席を指さした。
さて何の話だろうかと考えつつ、円は促されるままにその席に座った。
「君たちはもう、仕事に戻ってくれ。富永くんを連れてきてくれて、ありがとう」
常務にそう命令された日並さんと知智さんは、失礼しますと言って一礼すると、静かに部屋を出ていった。
「えーと、何の用ですか?」
背後でパタンとドアが閉まる音が聞こえると同時に、円は自分から切り出した。
「君の、本社への異動が決まった」
常務が尋ねてきた。
「え?」
意外な返答に、円は思わず間抜けな声を出した。
「あんなことがあって、このまま、ここにいてもしんどいだろう?それに、まあ、前々から検討されてたことだ。今どき、優秀だけどオメガだから昇進はさせないなんて、時代錯誤もいいところだろう?富永さんは係長や部長からの評価もいいし、他の部署の社員からも信頼されてるし、出世してもいいときだ」
人事部の部長が淡々と話す。
「……あまり大きな声では言えないがね、本社の専務が昨日あったことを聞きつけて、こっちの品質管理課から聞き取りをして、それで君を本社に異動させるように進言してくれたんだ」
常務が口ごもりながら言った。
「向こうの専務はどうやってこっちのこと知ったんでしょう?」
「それは、わからない。ただ、まあ、異動は決まったことだし、本社である程度経験を積んだら、おいおいは昇格していく。だから、今後もがんばってくれ」
「…ええ、はい。えっと…用件はそれだけですか?」
「ああ、だからもう仕事に戻ってくれ。段取りは決まり次第連絡する」
人事部の部長は、相変わらず淡々とした様子で語りかけた。
「……わかりました。失礼します」
円は席を立つと一礼して、部屋を出て行った。
本社に行くということは事実上、新しいところで再出発するようなものだ。
だから、気まずい気持ちのまま仕事せずに済むし、退職する必要もなくなった。
実にありがたいことだが、向こうの専務はなんだってわざわざ進言してくれたのだろう。
昨日の一件は結構に大きなトラブルではあったが、本社の専務がわざわざ出てくるほどのことでもないのではないか。
本社に移った際に、そのへんのところを聞いてみないとなと考えた矢先、大きな足音が近づいてきた。
「円さん!」
向こうから、大木が駆け寄ってきた音だ。
メガネもマスクもつけていない。
素顔を晒して外を歩くのは、幼少期以来、初めてのことだ。
顔周りも首元も涼しくて、開放感が強い。
密閉していた部屋の窓を開けて、新しい空気を入れたときのように、スッキリと清々しい気持ちになって、何でもできるような気がした。
こんな気分は初めてだ。
業務に入る前、退職する意思をいつ伝えようかと考えていると、日並さんと知智さんが歩み寄ってきた。
「富永くん、ちょっと来てくれるかい?」
「常務とね、あと、人事部の部長さんが呼んでるの」
「え?はい、わかりました」
常務はさておき、人事部の部長にまで呼び出されるのはどういうことなのだろう。
──まあ、いいか
どうせ、退職届を人事部に出さなきゃいけないし
日並さんと知智さんに言われるままについて行き、案内されたのは「第三会議室」と書かれたドアプレートがかけられた部屋だった。
3人でそこに入ると、常務と人事部の部長が、長机に座って待っていた。
「富永さん、そこに座って」
人事部の部長が、自分の目の前の空いた席を指さした。
さて何の話だろうかと考えつつ、円は促されるままにその席に座った。
「君たちはもう、仕事に戻ってくれ。富永くんを連れてきてくれて、ありがとう」
常務にそう命令された日並さんと知智さんは、失礼しますと言って一礼すると、静かに部屋を出ていった。
「えーと、何の用ですか?」
背後でパタンとドアが閉まる音が聞こえると同時に、円は自分から切り出した。
「君の、本社への異動が決まった」
常務が尋ねてきた。
「え?」
意外な返答に、円は思わず間抜けな声を出した。
「あんなことがあって、このまま、ここにいてもしんどいだろう?それに、まあ、前々から検討されてたことだ。今どき、優秀だけどオメガだから昇進はさせないなんて、時代錯誤もいいところだろう?富永さんは係長や部長からの評価もいいし、他の部署の社員からも信頼されてるし、出世してもいいときだ」
人事部の部長が淡々と話す。
「……あまり大きな声では言えないがね、本社の専務が昨日あったことを聞きつけて、こっちの品質管理課から聞き取りをして、それで君を本社に異動させるように進言してくれたんだ」
常務が口ごもりながら言った。
「向こうの専務はどうやってこっちのこと知ったんでしょう?」
「それは、わからない。ただ、まあ、異動は決まったことだし、本社である程度経験を積んだら、おいおいは昇格していく。だから、今後もがんばってくれ」
「…ええ、はい。えっと…用件はそれだけですか?」
「ああ、だからもう仕事に戻ってくれ。段取りは決まり次第連絡する」
人事部の部長は、相変わらず淡々とした様子で語りかけた。
「……わかりました。失礼します」
円は席を立つと一礼して、部屋を出て行った。
本社に行くということは事実上、新しいところで再出発するようなものだ。
だから、気まずい気持ちのまま仕事せずに済むし、退職する必要もなくなった。
実にありがたいことだが、向こうの専務はなんだってわざわざ進言してくれたのだろう。
昨日の一件は結構に大きなトラブルではあったが、本社の専務がわざわざ出てくるほどのことでもないのではないか。
本社に移った際に、そのへんのところを聞いてみないとなと考えた矢先、大きな足音が近づいてきた。
「円さん!」
向こうから、大木が駆け寄ってきた音だ。
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