28 / 63
帰宅
しおりを挟む
今の今まで溜まっていた不満を全てぶちまけると、軽井沢の脇をすり抜けるようにして、円はその場を去って行った。
「あ、富永くん、あー…その、家まで送って行こうか?」
途中、出くわした日並さんに声をかけられた。
「大丈夫です」
半ば突き離すようにして日並さんの申し出を断り、円は急ぎ足で会社を出た。
会社を出てしばらく歩くと、視界が白んできて、頭も上手く働かない。
霧の中を歩いているみたいだ。
そんな調子だから、駅まで歩いていく間も、駅に着いて電車に乗った後も、足がふらついて、家に帰るのにかなり難儀した。
やっとの思いで家に着くと、ドサっと大きな音が響くくらいの勢いでベッドに寝転がった。
──もう、仕事は辞めてしまおう
次の仕事見つけるまでの間、貯金が減ってしまうけど、止むを得ないな…
あんなにボロクソ言えば完全にパワハラ扱いだし、軽井沢くんが誰かにチクったら、クビになることもあり得るし……
ああまで言えば軽井沢だって黙っていないだろうし、最悪の場合、円が事件の関係者であることを誰かに話すかもしれない。
──ついカッとなったとはいえ……
やっちゃったな、もうダメだ
オメガであるのに加えて、事件の関係者であることが発覚すれば、好奇の目を向けられ、無遠慮な人にあれこれ詮索される未来がやって来るのは明確だった。
──そんなの冗談じゃない
下世話な噂話のタネにされながら仕事するなんて、耐えられない。
慣れ親しんだ職場を離れるのは辛いが、仕方のないことだ。
いつ辞めるか、どう理由をつけて辞めるか、それは後で考えることにした。
何せ、今は頭がボーっとして考えがまとまらないし、体が鉛のように重たい。
異常なほどの倦怠感に襲われて、円は目を閉じた。
しばらく寝込んでいると、誰かの足音が聞こえて、目が覚めた。
「円、生きてる?」
母だった。
ベッド脇にしゃがみ込み、円の顔を覗きこむように見つめている。
「何で来たの?」
むっくりと上半身だけを起こすと、目の前に立っている母を睨んだ。
「寝てなさい。具合悪いんでしょ?会社から連絡あったんだよ。急に倒れたって聞いたから、様子見に来たんだ」
「そう…」
円は母に言われた通りに、起こした上半身を元の位置に戻した。
「まあ、その様子なら、しばらく寝てれば問題無さそうだね。水分は摂るんだよ?」
母はキッチンに移動すると、円がシンクに置きっぱなしにしていたコップや皿を洗い始めた。
「うん…ねえ、仕事は?」
円は寝返りをうち、ベッドに横たわったまま尋ねた。
「息子が危篤だって言ったら、早退けさせて貰えたんだよ。まあ、お前の今の様子見る限り、私いなくても問題無さそうだから、すぐ戻るつもり」
母が食器用スポンジを泡立てて、皿やコップを磨いていく。
「あー…ちょっと、あのさあ…」
そのとき、円は会社であったことを思い出した。
「何、どうしたの?」
母が食器を洗う手を止める。
「大事なことだから、一応言っておくね。僕、会社の人に“あのこと”言ったんだよ」
「……“あのこと”って、お前があのお父さんの子どもだってこと?」
母が濡れた手をタオルで拭き、円のそばに寄って来た。
「そう」
「何でまた、急に?」
母が目を丸くして円を見つめた。
「ちょっとまあ、はずみで…」
母と目を合わせるのが気まずくて、円は視線を逸らした。
「会社の人って……知成くんに?」
「ううん、言ってない。言ったのは1人だけだよ。でも、そのうち全員に言うつもり」
「ああ、そう。その…大丈夫?仕事やりにくくなるんじゃない?」
母が気遣わしげに尋ねてくる。
「大丈夫だよ。全員に知られたら何人かの人は騒ぐかもしれないけど、すぐに黙ると思う。人の噂も七十五日って言うしね」
円はそう言って、なんとか誤魔化した。
仕事を辞めるつもりでいることは、まだ黙っておきたかった。
「あ、富永くん、あー…その、家まで送って行こうか?」
途中、出くわした日並さんに声をかけられた。
「大丈夫です」
半ば突き離すようにして日並さんの申し出を断り、円は急ぎ足で会社を出た。
会社を出てしばらく歩くと、視界が白んできて、頭も上手く働かない。
霧の中を歩いているみたいだ。
そんな調子だから、駅まで歩いていく間も、駅に着いて電車に乗った後も、足がふらついて、家に帰るのにかなり難儀した。
やっとの思いで家に着くと、ドサっと大きな音が響くくらいの勢いでベッドに寝転がった。
──もう、仕事は辞めてしまおう
次の仕事見つけるまでの間、貯金が減ってしまうけど、止むを得ないな…
あんなにボロクソ言えば完全にパワハラ扱いだし、軽井沢くんが誰かにチクったら、クビになることもあり得るし……
ああまで言えば軽井沢だって黙っていないだろうし、最悪の場合、円が事件の関係者であることを誰かに話すかもしれない。
──ついカッとなったとはいえ……
やっちゃったな、もうダメだ
オメガであるのに加えて、事件の関係者であることが発覚すれば、好奇の目を向けられ、無遠慮な人にあれこれ詮索される未来がやって来るのは明確だった。
──そんなの冗談じゃない
下世話な噂話のタネにされながら仕事するなんて、耐えられない。
慣れ親しんだ職場を離れるのは辛いが、仕方のないことだ。
いつ辞めるか、どう理由をつけて辞めるか、それは後で考えることにした。
何せ、今は頭がボーっとして考えがまとまらないし、体が鉛のように重たい。
異常なほどの倦怠感に襲われて、円は目を閉じた。
しばらく寝込んでいると、誰かの足音が聞こえて、目が覚めた。
「円、生きてる?」
母だった。
ベッド脇にしゃがみ込み、円の顔を覗きこむように見つめている。
「何で来たの?」
むっくりと上半身だけを起こすと、目の前に立っている母を睨んだ。
「寝てなさい。具合悪いんでしょ?会社から連絡あったんだよ。急に倒れたって聞いたから、様子見に来たんだ」
「そう…」
円は母に言われた通りに、起こした上半身を元の位置に戻した。
「まあ、その様子なら、しばらく寝てれば問題無さそうだね。水分は摂るんだよ?」
母はキッチンに移動すると、円がシンクに置きっぱなしにしていたコップや皿を洗い始めた。
「うん…ねえ、仕事は?」
円は寝返りをうち、ベッドに横たわったまま尋ねた。
「息子が危篤だって言ったら、早退けさせて貰えたんだよ。まあ、お前の今の様子見る限り、私いなくても問題無さそうだから、すぐ戻るつもり」
母が食器用スポンジを泡立てて、皿やコップを磨いていく。
「あー…ちょっと、あのさあ…」
そのとき、円は会社であったことを思い出した。
「何、どうしたの?」
母が食器を洗う手を止める。
「大事なことだから、一応言っておくね。僕、会社の人に“あのこと”言ったんだよ」
「……“あのこと”って、お前があのお父さんの子どもだってこと?」
母が濡れた手をタオルで拭き、円のそばに寄って来た。
「そう」
「何でまた、急に?」
母が目を丸くして円を見つめた。
「ちょっとまあ、はずみで…」
母と目を合わせるのが気まずくて、円は視線を逸らした。
「会社の人って……知成くんに?」
「ううん、言ってない。言ったのは1人だけだよ。でも、そのうち全員に言うつもり」
「ああ、そう。その…大丈夫?仕事やりにくくなるんじゃない?」
母が気遣わしげに尋ねてくる。
「大丈夫だよ。全員に知られたら何人かの人は騒ぐかもしれないけど、すぐに黙ると思う。人の噂も七十五日って言うしね」
円はそう言って、なんとか誤魔化した。
仕事を辞めるつもりでいることは、まだ黙っておきたかった。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる