【完結】オメガの円が秘密にしていること

若目

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母は食器を洗い終えると、今度は冷蔵庫に入っていたものを引っ張り出して、円の昼食と夕食を作った。
「ごはん作っておいたから。しばらく休んで元気出たら、チンして食べてね」
「……うん」
思えば、母の手料理など何年ぶりだろう。
実家は市を1つ跨いだ先にあり、電車だと1時間弱かかる。
その気になればいつでも行ける距離だが、円は多忙な上にこれといった用もないからと、ろくに帰省していなかった。
助産師をしている母も忙しく、お盆も大晦日も元旦も仕事が入っていることが多かったから、今までほとんど顔を合わせていなかった。
「じゃあ、もう帰るね。おやすみ」
母はキッチンをある程度掃除し、それを終わらせると、別れの挨拶を告げて円に手を振った。
「うん…おやすみ」
ベッドに寝転がったまま、部屋を出て行く母の背中を見送る。
玄関ドアがバタンと閉まる音がして、何気なく壁を見ると、時計は13時をさしていた。

──今頃はみんな、昼ごはん食べ終わって仕事始めてるだろうな
いや、常務とか日並さんとか、知智さんも…それどころじゃないかも……

母が作った昼食を食べた後も、まだ頭がクラクラしていた。
かろうじて立って歩くことはできるが、これはまだ寝ておいた方が良いだろうと判断して、円はベッドに寝転んだ。

天井を見つめながら、円はいつか見た映画の言葉を思い出していた。
『絶対に失敗しない計画というのは、無計画だ。最初から計画が無ければ、何が起きようと関係ない』
これを聞いたとき、円は無茶苦茶だなと思ったが、今となっては立派な正論な気がした。
映画では、『計画を立てると必ず、人生思う通りにいかない』とも言っていた。

──悲しいくらいの正論だな…

円ははあ、と大きなため息を吐いた。
軽井沢と大木をくっつけて万事解決という計画は、企てる前からパアになった。
そればかりか、カッとなってしまって余計な暴露までしてしまい、自分で自分の首を絞めることになった。
昼間の自分の幼稚でみっともない言動に、円は今さら情けない気持ちになった。

18時頃、インターホンが鳴った。
さて、誰だろうかとドアを開けると、大木がいた。
「円さんっ!」
はあはあと肩で息をしながら、大木は恋人の名前を呼んだ。
「知成くん…どうしたの?」
息も荒く、汗で顔や髪が湿っている大木の様子に、円はキョトンとした。
おそらく、駅からここまで相当走ってきたのだろう。
「どうしたもこうしたもないでしょう!円さん、急に倒れるし…回復したとは聞いたけど、気になって来たんです!」
「そうかい…」
円は内心、不要な心配をかけてしまったな、とわずかばかり反省した。
「…あ、その、突然すみません。元気なら、それでいいんです。帰りますね…」
大木はハッと何かに気がついたような顔をした。

おそらく、仕事が終わったと同時に衝動的に円の家に向かったのだろう。
それが今さらになって冷静を取り戻し、見舞いの品もなく突然来訪してきた無礼に気付いたのか、大木はあわてて帰ろうとした。
「別にいいって。ねえ、上がっていきなよ」
いかにも大木らしい言動に、円は微笑ましい気持ちになって家に入れてやることにした。
せっかく心配して来てくれたのだ、このまま追い返すのも気が引ける。

「え…でも」
まさか、そんなことを言われるとは思わなかったらしい。
大木はわかりやすいくらいに驚いた顔をした。
「もう体調はいいし、何の問題も無いから。ほら、おいで」
円は飼い犬を呼ぶみたいに、大木に向かって手招きした。
「……じゃあ、お邪魔します」
円に招かれると、遠慮がちな、それでいて嬉しそうな顔をして大木は家に入った。

「円さん、無事で良かった!」
部屋に入るなり、大木は円を痛いくらいに強く抱きしめた。
それで勢い余ってバランスを崩し、2人してベッドに倒れた。
「大げさだなあ」
そんな大木に抗議するでもなく、円は大木のたくましくて広い背中を撫でさすってやった。
「…だって!本当に心配だったんですよ?何の脈略もなく急に倒れるし!知智さんからは無事に帰ったよー、とは聞いたけど…途中で倒れてるんじゃないかとか、家で1人でしんどいんじゃないかとか…」
大木は今にも泣きそうな声を出して、頭をぐりぐりと円の顎に押し当ててきた。

──もう、完全に飼い主に甘える犬だな…

円はクスッと笑った。
大きなナリをして心配症で泣き虫な大木に、何ともいえない愛嬌を感じた。

そして、ある決心を固めた。
自分が秘密にしていることを全て話してしまおう。
円が抱えている秘密の中でも、とりわけ大きくて、厄介な秘密。

どうせ仕事は辞めてしまうし、大木とは別れるつもりでいるのだ。
大木の性格を考えれば、誰かに言ったり、下世話な週刊誌の記者に売ることもなさそうだし、知られたところで何の問題もないだろう。
円は意を決して、幼い頃の自分にふりかかった悲劇について話すことにした。

「ねえ…知成くん。ボク、話してないことがあるんだよ。すっごく重要なこと」
大木の背中をさすりながら、円は口を開いた。
「何ですか?」
急に真剣味を帯びた円の声に反応して、大木はむくりと起き上がり、ベッドの縁に腰掛けた。
「昔…もう、25年前だね。M区のタワマンで自分の奥さんに殺されたアルファの男の話、知ってる?」
円も起き上がって、大木の隣に腰掛ける。
「えーと、あー、知ってます。知智さんとか、日並さんから聞いたことあります。被害者の人、オメガの人を何人も囲ってたような人で、子どもも山ほどいたんでしょ?」
大木は記憶を探るようにして首を傾げた。
「そうだよ」
「なんでまた、いきなりそんな話を?」
大木は怪訝な顔をして円を見つめた。
「その刺されたアルファ、ボクの親父なんだよ」
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