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告白の答え
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「ねえ、トミーくん、大木くんとケンカでもした?」
データ確認の最中、小市さんが尋ねてきた。
休み明けから、大木はあからさまに元気の無い様子で周囲を心配させた。
おまけに、円によそよそしい態度を取るせいで、原因は円にあるのが簡単に周囲にわかってしまった。
「いえ…ボク、何かしちゃったんですかねえ?」
大木は考えていることが態度に出やすく、感情を隠して仕事に集中できるほど器用ではないらしい。
早く答えを出してやらないと、取り返しのつかない事態になりそうだ。
──本当に、何て答えよう…
「あ、そうそう、在庫確認表に間違ってたところありました。気をつけてくださいね」
大木への返答を考えながら、もう何度目かもわからない指摘を小市さんに送った。
「へーい、わかりました。いやあ、しっかし、寂しくなるなあ。軽井沢くん、受付に異動だって」
小市さんが肩をすくめた。
正確には異動とは名ばかりの左遷なのだけど。
「小市さん、軽井沢くんのこと好きなんですか?」
「いや、好きってほどじゃないけどさ、顔は可愛いじゃん?手がキレイだし、唇ぷくっとしてるし、その辺の女子よりはイケるよ」
この口ぶりから察するに、あわよくば一夜をともにしたいと思っていたのかもしれない。
同時に、ある考えが浮かんだ。
──そうだ、軽井沢くんを使おう!
仕事が終わった後、大木に近づいた。
「ねえ、大木くん、今夜は空いてるかな?」
「空いてますけど…どうして?」
「こないだのことについて話したいんだ。どこかでごはん食べよう。行きたいとこある?」
「円さんとなら、どこでも!あ、円さんは行きたいところありますか⁈」
さっきまでの元気のない姿はどこへやら、大木の顔がパッと明るくなる。
円と食事できることがよほど嬉しいらしい。
「どこでもいいよ、話がしたいだけだから」
「そうですか…えーと、アレルギーありましたっけ?あ、近場の方がいいですよね?」
「うん、安いところだと助かる」
そわそわ落ち着かない様子で質問してくる大木に、円はそっけなく答えた。
いつ間にか、大木は円のことを名前で呼ぶようになった。
大木が職場に上手く馴染んでいるという何よりの証拠なのだろうが、職場の人間とはできるだけ距離を置きたい円からしてみれば、親しげに名前で呼ばれるのは、少し煩わしい。
ずっと「富永さん」と呼ばれ続けている方がまだありがたかった。
結局、場所は職場近くのファミリーレストランに決まった。
「ねえ、ボクのどこを気に入ったわけ?」
メニュー表を開きながら、円は尋ねた。
「え、どこって…真面目で仕事できるし、教え方も上手だし、キレイな顔してるし…」
大木が赤面する。
やることはやっておいて、今さら何を照れることがあるのだろうか。
「大木くんの親御さんはどんな人?」
「え、至って普通ですよ。どうしてそんなことを?」
大木が氷水を一口飲んだ。
「ボクは母子家庭で育ってて、実家はお世辞にも裕福とはいえないんだよ。母親とも距離あるし…そんなカンジの人間だよ?大木くんはそれでもいいワケ?」
「俺だって、実家はそんな裕福じゃないです。両親いますけど、どっちも普通の会社員ですし、妹が大学生だから、今はその学費で家計が大変なんです」
「いいとこの大学出てるって聞いたから、お金持ちだと思ってた」
「両親が頑張ってくれてたんです。確かに、周りはお金持ちのアルファばっかで、俺はめちゃくちゃ浮いてましたけど、そういうの気にしないようないい人ばっかだったんで、みんな仲良くしてくれたし、大学生活は楽しかったですよ」
屈託なく話す大木をよそに、円はいつか居酒屋で聞いた「僕はお金持ちでカッコいいアルファと幸せになる!」という軽井沢の言葉を頭の中で反芻していた。
あくまで円の推測だが、大木が軽井沢に心移りして、軽井沢が大木を気に入れば全ては解決するのだ。
そうして関係が進展すれば、軽井沢は念願叶って寿退社できるし、大木も可愛い新妻のために精を出して働く。
大木が懸命に働いてくれれば、職場全体が大助かりだ。
夫婦円満に暮らしてくれて、会社に揉め事を持ってこなければ、円も喜んでふられ役に徹するつもりでいる。
しかし、事はそう簡単ではない。
軽井沢の言う「お金持ち」は年収に換算したらいくらになるのか曖昧だが、大木の話を聞くに、軽井沢の範囲外の可能性が高い。
「カッコいい」も主観の問題だし、大木の外見が軽井沢の好みからはずれていたら意味がない。
そもそも、大木と軽井沢はお互いをどう思っているのか。
それをこのタイミングで聞くのも不自然な気がするし、軽井沢とは大して懇意ではないから「大木くんのことどう思う?」と聞くのも難しい。
「円さん、あの…俺のことどう思いますか?俺と付き合うの嫌ですか?急かすのはどうかと思うんですけど、俺、ちゃんとした答えが聞きたいんです!」
大木がまっすぐに円を見つめてくる。
一点の濁りもない、キレイな瞳。
大木のこの目が苦手だ。
ひねくれ者にとって、無垢や純朴ほど厄介なものはない。
「うん、そうだね。ダラダラ答えを先延ばしにするのもよくない。うん、付き合おう。これからよろしくね」
今はともかく、そう返答しておく方が無難だろう。
いつまでも職場で落ち込まれても困るし、軽井沢と大木を近づける算段は、また後日考えることにした。
データ確認の最中、小市さんが尋ねてきた。
休み明けから、大木はあからさまに元気の無い様子で周囲を心配させた。
おまけに、円によそよそしい態度を取るせいで、原因は円にあるのが簡単に周囲にわかってしまった。
「いえ…ボク、何かしちゃったんですかねえ?」
大木は考えていることが態度に出やすく、感情を隠して仕事に集中できるほど器用ではないらしい。
早く答えを出してやらないと、取り返しのつかない事態になりそうだ。
──本当に、何て答えよう…
「あ、そうそう、在庫確認表に間違ってたところありました。気をつけてくださいね」
大木への返答を考えながら、もう何度目かもわからない指摘を小市さんに送った。
「へーい、わかりました。いやあ、しっかし、寂しくなるなあ。軽井沢くん、受付に異動だって」
小市さんが肩をすくめた。
正確には異動とは名ばかりの左遷なのだけど。
「小市さん、軽井沢くんのこと好きなんですか?」
「いや、好きってほどじゃないけどさ、顔は可愛いじゃん?手がキレイだし、唇ぷくっとしてるし、その辺の女子よりはイケるよ」
この口ぶりから察するに、あわよくば一夜をともにしたいと思っていたのかもしれない。
同時に、ある考えが浮かんだ。
──そうだ、軽井沢くんを使おう!
仕事が終わった後、大木に近づいた。
「ねえ、大木くん、今夜は空いてるかな?」
「空いてますけど…どうして?」
「こないだのことについて話したいんだ。どこかでごはん食べよう。行きたいとこある?」
「円さんとなら、どこでも!あ、円さんは行きたいところありますか⁈」
さっきまでの元気のない姿はどこへやら、大木の顔がパッと明るくなる。
円と食事できることがよほど嬉しいらしい。
「どこでもいいよ、話がしたいだけだから」
「そうですか…えーと、アレルギーありましたっけ?あ、近場の方がいいですよね?」
「うん、安いところだと助かる」
そわそわ落ち着かない様子で質問してくる大木に、円はそっけなく答えた。
いつ間にか、大木は円のことを名前で呼ぶようになった。
大木が職場に上手く馴染んでいるという何よりの証拠なのだろうが、職場の人間とはできるだけ距離を置きたい円からしてみれば、親しげに名前で呼ばれるのは、少し煩わしい。
ずっと「富永さん」と呼ばれ続けている方がまだありがたかった。
結局、場所は職場近くのファミリーレストランに決まった。
「ねえ、ボクのどこを気に入ったわけ?」
メニュー表を開きながら、円は尋ねた。
「え、どこって…真面目で仕事できるし、教え方も上手だし、キレイな顔してるし…」
大木が赤面する。
やることはやっておいて、今さら何を照れることがあるのだろうか。
「大木くんの親御さんはどんな人?」
「え、至って普通ですよ。どうしてそんなことを?」
大木が氷水を一口飲んだ。
「ボクは母子家庭で育ってて、実家はお世辞にも裕福とはいえないんだよ。母親とも距離あるし…そんなカンジの人間だよ?大木くんはそれでもいいワケ?」
「俺だって、実家はそんな裕福じゃないです。両親いますけど、どっちも普通の会社員ですし、妹が大学生だから、今はその学費で家計が大変なんです」
「いいとこの大学出てるって聞いたから、お金持ちだと思ってた」
「両親が頑張ってくれてたんです。確かに、周りはお金持ちのアルファばっかで、俺はめちゃくちゃ浮いてましたけど、そういうの気にしないようないい人ばっかだったんで、みんな仲良くしてくれたし、大学生活は楽しかったですよ」
屈託なく話す大木をよそに、円はいつか居酒屋で聞いた「僕はお金持ちでカッコいいアルファと幸せになる!」という軽井沢の言葉を頭の中で反芻していた。
あくまで円の推測だが、大木が軽井沢に心移りして、軽井沢が大木を気に入れば全ては解決するのだ。
そうして関係が進展すれば、軽井沢は念願叶って寿退社できるし、大木も可愛い新妻のために精を出して働く。
大木が懸命に働いてくれれば、職場全体が大助かりだ。
夫婦円満に暮らしてくれて、会社に揉め事を持ってこなければ、円も喜んでふられ役に徹するつもりでいる。
しかし、事はそう簡単ではない。
軽井沢の言う「お金持ち」は年収に換算したらいくらになるのか曖昧だが、大木の話を聞くに、軽井沢の範囲外の可能性が高い。
「カッコいい」も主観の問題だし、大木の外見が軽井沢の好みからはずれていたら意味がない。
そもそも、大木と軽井沢はお互いをどう思っているのか。
それをこのタイミングで聞くのも不自然な気がするし、軽井沢とは大して懇意ではないから「大木くんのことどう思う?」と聞くのも難しい。
「円さん、あの…俺のことどう思いますか?俺と付き合うの嫌ですか?急かすのはどうかと思うんですけど、俺、ちゃんとした答えが聞きたいんです!」
大木がまっすぐに円を見つめてくる。
一点の濁りもない、キレイな瞳。
大木のこの目が苦手だ。
ひねくれ者にとって、無垢や純朴ほど厄介なものはない。
「うん、そうだね。ダラダラ答えを先延ばしにするのもよくない。うん、付き合おう。これからよろしくね」
今はともかく、そう返答しておく方が無難だろう。
いつまでも職場で落ち込まれても困るし、軽井沢と大木を近づける算段は、また後日考えることにした。
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