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オメガの苦悩
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6畳の狭い部屋の中、円はくたびれた布団にくるまって避妊薬の副作用に耐えていた。
──ああ、吐き気がする。
気持ち悪い、起きたくない。
それと、告白の返答をどうするか迷っていた。
いろいろ考えてはみたが、吐き気やめまいで頭が上手く回らないこともあって、いい答えは浮かばない。
大木の告白を断れば、これから会社で顔を合わせたときに気まずくなる。
真面目な彼のことだ、一度思い悩めば、落ちるところまで落ち込んでしまうだろう。
色恋沙汰に対する不安や悲しみがそのまま仕事に影響して、大木に何かあれば円の責任になる可能性もある。
そのはずみで自分がオメガだとバレてしまうことも考えられた。
「はい」と答えて彼と付き合うとなれば、ゆくゆくは番になるか結婚するかの話に発展するかもしれない。
結婚に対してあまり良いイメージがない円にとって、それが一番避けるべき難儀だった。
──結婚なんか絶対したくない、番も欲しくない
『でも、番を持てば発情期が来なくなるし、楽になれるよ?それに、番になったからといって結婚しなきゃいけないわけじゃないし』
母の声が聞こえた気がした。
──それで、あの人たちみたいになったらどうするわけ?
アンタたち、どれだけ揉めたか忘れたの?
『でも、いつまでもそのままではいられないでしょう?診察料や抑制剤を買うお金を惜しんで、マッチングアプリに頼る必要も無くなるよ?』
──ボクはアルファに依存するような生き方はごめんだよ
そうなったら待ってるのは性奴隷扱いか借り腹扱いじゃないか
『依存なんてしてないよ。現に、私はちゃんと自力で生きてるし』
──元は父さんの金でね
『それの何が問題?父さんのお金と私の努力があって、それでお前も私も今まで生きてこれたんだよ?』
──死んだ人もいるよね?
円は布団の中でゲホゲホと咳き込んだ。
部屋のところどころに汚れが溜まっているし、空気も埃っぽいから喉をやられてしまっているのだ。
今日は一日がかりで洗濯と部屋の掃除をするつもりでいたのに、予定が大幅に狂ってしまった。
外は日が燦々と照っていて、絶好の洗濯日和だが、今の円にはそれが邪魔にしか感じられなかった。
カーテンの隙間から漏れ出す日の光が、ただただ目に痛い。
避妊薬の副作用に悩まされるのはこれが初めてではない。
マッチングアプリで会う約束をした人の大半は親切だが、中には横着して避妊具を使わずに胎内で射精した者もいた。
最初に使った日のことなど、思い出したくもない。
──大木くんと番になれば、こんな思いしなくて済むのかな?
ふと、そんな考えがよぎる。
確かに発情期は来なくなるし、そうなれば乱暴される心配も無いから避妊薬も必要ないだろう。
しかし、番になった後でわけのわからないトラブルに巻き込まれる可能性もある。
あのときだって大変だったのだ。
数年前のケミーちゃんと知智さんとの会話を思い出した。
まだ軽井沢も大木もいなかった頃の、何気ない昼食中の会話だ。
そのときは、ずっと前に流行ったドラマの話をしていた。
アルファの男とオメガの女の身分違いの恋を描いた、よくあるラブストーリーだった。
「私もオメガだったらよかったのになあ。運命の番とか、すごーくロマンチック!」
言いながらケミーちゃんが弁当袋を開いた。
いかにも若い女性が使うような、フリル付きのピンクの弁当袋だ。
「ケミーちゃん、あんなのおとぎ話だよ」
円は値引きシールが貼られたパンをかじった。
「それはそうですけどお、いいじゃないですか夢ぐらい見ても。シンデレラとか白雪姫みたいな恋ってステキじゃないですか?口に出すだけならタダだし。いただきまーす!」
ケミーちゃんが食前の挨拶をして、ウサギの絵がプリントされた箸箱から箸を取り出す。
「現実は厳しいもんよ。3ヶ月に1回は動けなくなるし、それを薬でどうにかしようとすると、副作用やアレルギーに悩まされる人もいるみたいだし。私はまっぴらだわ。ベータとして平凡に生きてる方が幸せよ」
知智さんがトレーの上に置かれたカレーをスプーンですくった。
この場合、知智さんの言うことの方が正しいだろう。
シンデレラや白雪姫はハッピーエンドの典型として今日まで語り継がれているけれど、結婚した後はどうだったか、わかったものではない。
王子様が浮気したかもしれないし、世継ぎを産めとうるさく言われたかもしれない。
そもそも、シンデレラや白雪姫が不美人だったり、自分よりずっと歳上だったら、王子様は見向きもしなかったのではないか。
「平凡に生きてる方が幸せ」という知智さんの言葉は、円の心に深くつき刺さった。
──ボクもベータなら良かったのに
どこにも届かない願いを胸にしまい込んで、円は目を閉じた。
──ああ、吐き気がする。
気持ち悪い、起きたくない。
それと、告白の返答をどうするか迷っていた。
いろいろ考えてはみたが、吐き気やめまいで頭が上手く回らないこともあって、いい答えは浮かばない。
大木の告白を断れば、これから会社で顔を合わせたときに気まずくなる。
真面目な彼のことだ、一度思い悩めば、落ちるところまで落ち込んでしまうだろう。
色恋沙汰に対する不安や悲しみがそのまま仕事に影響して、大木に何かあれば円の責任になる可能性もある。
そのはずみで自分がオメガだとバレてしまうことも考えられた。
「はい」と答えて彼と付き合うとなれば、ゆくゆくは番になるか結婚するかの話に発展するかもしれない。
結婚に対してあまり良いイメージがない円にとって、それが一番避けるべき難儀だった。
──結婚なんか絶対したくない、番も欲しくない
『でも、番を持てば発情期が来なくなるし、楽になれるよ?それに、番になったからといって結婚しなきゃいけないわけじゃないし』
母の声が聞こえた気がした。
──それで、あの人たちみたいになったらどうするわけ?
アンタたち、どれだけ揉めたか忘れたの?
『でも、いつまでもそのままではいられないでしょう?診察料や抑制剤を買うお金を惜しんで、マッチングアプリに頼る必要も無くなるよ?』
──ボクはアルファに依存するような生き方はごめんだよ
そうなったら待ってるのは性奴隷扱いか借り腹扱いじゃないか
『依存なんてしてないよ。現に、私はちゃんと自力で生きてるし』
──元は父さんの金でね
『それの何が問題?父さんのお金と私の努力があって、それでお前も私も今まで生きてこれたんだよ?』
──死んだ人もいるよね?
円は布団の中でゲホゲホと咳き込んだ。
部屋のところどころに汚れが溜まっているし、空気も埃っぽいから喉をやられてしまっているのだ。
今日は一日がかりで洗濯と部屋の掃除をするつもりでいたのに、予定が大幅に狂ってしまった。
外は日が燦々と照っていて、絶好の洗濯日和だが、今の円にはそれが邪魔にしか感じられなかった。
カーテンの隙間から漏れ出す日の光が、ただただ目に痛い。
避妊薬の副作用に悩まされるのはこれが初めてではない。
マッチングアプリで会う約束をした人の大半は親切だが、中には横着して避妊具を使わずに胎内で射精した者もいた。
最初に使った日のことなど、思い出したくもない。
──大木くんと番になれば、こんな思いしなくて済むのかな?
ふと、そんな考えがよぎる。
確かに発情期は来なくなるし、そうなれば乱暴される心配も無いから避妊薬も必要ないだろう。
しかし、番になった後でわけのわからないトラブルに巻き込まれる可能性もある。
あのときだって大変だったのだ。
数年前のケミーちゃんと知智さんとの会話を思い出した。
まだ軽井沢も大木もいなかった頃の、何気ない昼食中の会話だ。
そのときは、ずっと前に流行ったドラマの話をしていた。
アルファの男とオメガの女の身分違いの恋を描いた、よくあるラブストーリーだった。
「私もオメガだったらよかったのになあ。運命の番とか、すごーくロマンチック!」
言いながらケミーちゃんが弁当袋を開いた。
いかにも若い女性が使うような、フリル付きのピンクの弁当袋だ。
「ケミーちゃん、あんなのおとぎ話だよ」
円は値引きシールが貼られたパンをかじった。
「それはそうですけどお、いいじゃないですか夢ぐらい見ても。シンデレラとか白雪姫みたいな恋ってステキじゃないですか?口に出すだけならタダだし。いただきまーす!」
ケミーちゃんが食前の挨拶をして、ウサギの絵がプリントされた箸箱から箸を取り出す。
「現実は厳しいもんよ。3ヶ月に1回は動けなくなるし、それを薬でどうにかしようとすると、副作用やアレルギーに悩まされる人もいるみたいだし。私はまっぴらだわ。ベータとして平凡に生きてる方が幸せよ」
知智さんがトレーの上に置かれたカレーをスプーンですくった。
この場合、知智さんの言うことの方が正しいだろう。
シンデレラや白雪姫はハッピーエンドの典型として今日まで語り継がれているけれど、結婚した後はどうだったか、わかったものではない。
王子様が浮気したかもしれないし、世継ぎを産めとうるさく言われたかもしれない。
そもそも、シンデレラや白雪姫が不美人だったり、自分よりずっと歳上だったら、王子様は見向きもしなかったのではないか。
「平凡に生きてる方が幸せ」という知智さんの言葉は、円の心に深くつき刺さった。
──ボクもベータなら良かったのに
どこにも届かない願いを胸にしまい込んで、円は目を閉じた。
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