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第四章『因縁、交錯して』

第二百九十八話『必然の結末』

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 ずっとずっと俺のことを見下していたクラウスを、今は俺が上から見下ろしている。……決して初めての事ではないのだけれど、いざその場面に遭遇するとやっぱり不思議なものだった。

 倒れ込むクラウスの表情はとても凶暴なものだが、それが行動に反映されることはない。リリスとの戦闘で体を酷使したクラウスの魔術神経は、もはや取り返しのつかないところまで損傷してしまっていた。

 リリスがクラウスに披露していた推理は、細かいところを除けばほとんど的中していると言ってもいい。あの紅色の光に見覚えはなかったけれど、魔術神経のことを気にした魔力の使い方なんてクラウスが気にしたことは一度もなかった。

「……うん、魔術神経がやっぱりぐちゃぐちゃだな。体全体で完璧に千切れてるから、ロクに魔力が循環しなくなってる」

 力なくだらりと垂れた手を取って、俺は実際にクラウスの魔術神経の状況を確認する。主に上半身部分に集中したその損傷は、初めて出会ったときのリリスと同じぐらいにひどいものだ。……普通の魔術の使い方をすることでこうなることはほとんどないと、そう言ってもいい。

「……相変わらず、でたらめをぺらぺらと並べる口だな……‼」

 気安く触れられていることも含めて不快なのか、俺の診断に対してクラウスは抗議の声を上げる。……それを聞いて、俺はクラウスの体内に流す魔力の量を少しばかり増やした。

 体内の状況を探るのならば微量の魔力を注ぐだけでいいのだが、実際に修復するという段階に入るのであれば話は別だ。……その時の感覚も、先に味わってもらっておかなければ理不尽ってやつだよな。

「……がっ、あ……⁉」

「……一応これでも仕事はしてるつもりなんだけどさ、まだ詐欺師とか嘘をついてるとか思うか?」

 体内を他人の魔力が駆け巡る感覚に、クラウスは目を見開いて苦悶の表情を浮かべる。……あのリリスでさえ初めて修復を受けるときは苦しそうにしていたんだ、リリスより忍耐力があるとは言えないクラウスがこれに耐えられるわけがない。……それに、あの時と違って一切の気遣いとかしてないからな。

「リリスが言った通り、お前の魔術神経は完全に終わってる状態だと言ってもいい。……このまま俺が何もしなくちゃ、お前の冒険者人生はここで終わりだろうな」

 ゆっくりと手を離し、リリスが突き付けた答えと同じものを俺はもう一度提示する。冒険者としてのクラウスの生殺与奪の権利は、今や俺の手の上にあった。

「……というか、ずっと言ってたんだぜ? 俺は俺でずっと自分の役割を果たしてる――ってさ」

 俺が圧倒的優位にいるその状況を理解した上で、俺はさらに話を続ける。……クラウスの隣に立っているリリスからも、『まだまだ言ってやれ』とでも言いたげな強気な視線が送られてきていた。

「お前は詐欺師だ、その言葉を信じるわけがねえ。……それとも、お前は俺に信用されてるとでも思ってたのかよ?」

「信用してほしかった、が心の底からの本音だよ。少なくとも俺が『双頭の獅子』にいる間、魔術神経が使い物にならなくなったせいで冒険者をやめた奴は一人もいなかったんだし」

 まだ強気なクラウスの言葉に、俺はため息を吐きながらクラウスの足元へと回る。ここまで言っても分からないのなら、後は実演してやるだけだ。……ここまで情報を詰め込めば、流石のクラウスでも理解してくれるだろう。

「……『ほら、ちょっとそこに座ってくれ。疲労を明日に残さないためのマッサージをしてやるからさ』」

「……ッ‼」

 ふくらはぎのあたりに手を当てながら俺がそういうと、クラウスがようやく気付いたかのように大きく息を呑む。……そのフレーズは、俺がやっていることの本質を隠しつつも『双頭の獅子』に貢献するために使ってきた常套句だった。

『修復術を使うからこっち来てくれ』と、初めからそう言えば誤解が生まれることも追放されることもなかっただろう。……だが、クラウスの下でそれをやれば待っているのは『どうせ修復をされるからいいや』という考えに基づいた無茶な魔術の運用とそれに伴う修復術式の――つまり俺の酷使だ。そんな惨状を招くためには、あえて嘘を吐く必要があったわけで。

「……それでも、無茶な魔力の使い方をするお前たちのことを影ながら支えてるって自覚はあったんだけどな。……もしかして、誰も何も気づいてくれなかったのか?」

 いつものように軽くもみほぐす様子を見せながら、俺はわざとらしく悲しんだ様子で問いかける。……クラウスの表情を見れば、答えを待たずともその推測が正しいことは容易に想像がついた。

 魔力と魔術神経の関わりに関しては、冒険者どころかギルドも勘違いし続けてる節があるからな。魔力量が豊富だからと言って魔術神経が頑丈という事にはならないし、その逆もまたしかりだ。……そんなこと、魔術神経の様子を正確に把握できる修復術師じゃなければ気づきようがないのもまた事実なんだけどさ。

「皆が言ってる通り、お前は確かに強いよ。だけど、ずっと全部ひとりで強かったわけじゃない。お前の強さ全部が、お前の研鑽と才能でできてるわけじゃない。……それ以外のところをどれだけ鍛えられても、魔術神経の頑丈さって今のところ鍛えようがないんだよ」

 だからこそ完全な限界を迎える前に体を休める必要があるし、それが出来なければ冒険者として引退することになる。……修復術師の本分は、その回復速度を向上させる部分にあるのだ。

 どいつもこいつも限界まで魔術神経を酷使することが多いから忘れがちになるが、本来大切なのは小さな損傷を積み重ねさせないことだ。それを担っていたのが俺の毎日のマッサージの時間であり、そこで施されていた修復術という事になる――わけなのだが、どうもクラウスは毎日万全で動けることを自らの才能であると勘違いしてしまったらしい。

「お前が俺を追放してから――そうだな、もう大体二か月かそこらぐらいは経ってるか。それだけの間、俺が甲斐甲斐しく毎日取り除いてきた魔術神経の小さな損傷は完全に回復することがないままお前の中で蓄積され続けたわけだ。……まあ、そりゃこの戦いをきっかけに壊れたって何もおかしくはないよな」

 そう、全ては必然の帰結だ。勝手な主観と自らへの過剰な信頼で俺のことを『詐欺術師』と断じて、担ってきた役割の事なんか考えずに突き放して。……俺の代わりを務められるような人間なんて、王都どころかこの世界を巡ってもそういないというのに。

「『運が悪かった』とか『状況が悪かった』とか、そんな言い訳は言わせねえ。……お前の負けだよ、クラウス。徹頭徹尾百パーセント、お前の弱さが招いた結果だ」

 改めてクラウスの眼前に立って、俺はクラウス・アブソートへの勝利宣言を叩きつける。……その瞬間、クラウスの表情が殺意に歪んだ。

 どうにか俺を殺そうと体を震わせるが、それ以上の行動は生まれない。ただ痙攣しているかのように動くだけで、その殺意は俺に傷一つ付けられない。……クラウスを支えた炎も、すでに燃え尽きている。

 正面勝負での決着なんて、そんな美しい終わりはクラウスには与えられない。リリスとツバキという比類なき強者との闘いは、自らの身体が限界を迎えて壊れることであっけない幕切れを迎える。それは冷たく無慈悲で、どこまでも現実的な終演だ。

 言ってしまえば、クラウスに戦いの舞台へと立つ資格なんて最初からなかったのだろう。……リリスとツバキがこうして立ちふさがってくるような状況が完成してしまった時点で、クラウス・アブソートが辿る末路は既に決定していたも同然だった。

「……黙って聞いていれば、勝手なことを――‼」

 しかし、ここに来てカレンが俺の勝利宣言へと異を唱える。支援魔術の体勢をやめ、レイピアを持ってこっちに突進する構えを取っている。……俺からしたら、それは遅すぎる上に無駄な抵抗だととしか言いようがないのだが――

「……影よ」

 そんな俺の考えを裏付けるかのように、リリスが振るった影が一瞬にしてカレンのシルエットを呑み込んで見えなくさせる。……それが引いた後には、草原に倒れ込むカレンだけが残っていた。

「ツバキリスペクトよ、殺してはないわ。……こんなつまらない人間のために人殺しの汚名を着るつもりはないもの」

「ああ、それでいいな。……クラウスがこんなんじゃ、もう『双頭の獅子』は終わったも同然だし」

 もともとがクラウスのワンマンチームだ、カレンの手腕でまとめきれるものじゃないだろう。……クラウス・アブソートの冒険者としての死は、王都最強パーティの終焉をも意味していた。

「……待……て……‼」

 くるりと背を向けてツバキの下へと歩いていく俺たちに手を伸ばして、クラウスはうめき声のようなものを上げる。あの状態じゃもう意識を保つのもしんどいだろうに、本当に大した執念だ。……それに免じて、最後に少しぐらい慈悲をかけてもいいか。

「……クラウス、俺は修復術師だ。人にはできないことが出来る以上、『修復してくれ』って頼み込まれたらそれを受けてやる義務がまあないとも言い切れねえ。ま、それなりの代償は払ってもらわなきゃいけないけどさ」

 クラウスの方へと視線を戻して、俺はクラウスと商談をする。……それは、ちょうどあの日の意趣返しのようなものだった。

「ま、お前が本当に最強なら修復術も使えるんだろうけどな。……だって、俺がいなくたって何の問題も起こらないから俺のことを追放したんだろ?」

 あえて傷をつくって、『治してみせろ』と迫ったあの日のことを、俺は今でも覚えている。……生憎と、俺は根に持つタイプなのだ。

「……む」

「ん、どうかしたか?」

 微かに声が聞こえて、俺はクラウスに問い直す。……すると、今度はもっと大きな声が返ってきた。

「……頼むから治してくれって、そう言ってるんだ! ここで終わるなんて――冒険者として死ぬなんて認められねえ‼」

 今までに聞いたことがないぐらいに必死なその声色を聞いて、俺の中でつっかえていた何かがすとんと落ちていくような感覚を覚える。……ああ、とっても爽快だ。

 その感覚を噛み締めながら、俺はクラウスの下へと歩み寄る。……そして、倒れ伏すクラウスに向かって右手を差し出して――


「……それじゃあ、お代は三十億ルネで頼む。現金一括払いのみ、それができないならこの話はなしな?」


――ここに来て繰り出された虫のいい結末への対価を、びた一ルネたりとも妥協せずに要求した。

 三十億ルネ。それは貴族はおろか、王国でもポンと出すのは難しい超大金だ。当然クラウスが出せる道理などなく、修復術は受けられない。……というか、俺もそのつもりでこの金額を提示してるわけだし。

 文句を言おうにも、今修復術を使えるのは俺だけだ。……つまり、値段はこっちが好き勝手につけられる。それが気に入らないなら交渉決裂で話はそこまで。どうあがいても、クラウス・アブソートは詰んでいる。

「あれだけ見下してきた奴に今さら助けてもらおうとか、そんな都合のいい終わりは許さねえよ。……ま、三十億ルネをポンと出せるだけの財力がお前にあればそんなハッピーエンドを買うこともできるんだろうけどさ」

 衝撃に表情をこわばらせるクラウスの前で、俺はつらつらと言葉を重ねる。……何回も言うが、俺は根に持つタイプなのだ。

「……俺一人の生活費やらなんやらを気にして『金の無駄』なんて言いきるお前に、三十億ルネどころか千万ルネも払う余裕はないはずだよな?」

――だから、やられた分は徹底的にやり返す。一切の妥協もせずに、最後の一瞬まで。

「そんなわけで、この商談はここで決裂だ。……しばらくすれば体は動くようになると思うからさ、頑張って王都まで帰ってくれ。その点で言えば、馬車できたのは正解だったかもな?」

 改めてクラウスへと背を向けて、俺は二人が待つ場所へと向かう。背中から何か声が聞こえてくるが、もうそれを気にする必要もない。……ここは魔物もあまりいないし、野垂れ死ぬようなこともないだろう。

――俺たちと『双頭の獅子』の因縁は、ここに完全決着を迎えた。
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