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第四章『因縁、交錯して』
第二百九十七話『リリスの診断』
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――体の限界というのは唐突に、そしてあっけなく訪れるものだ。ドラマ性もなくただ淡々と、突如今までできていたことが出来なくなる。……その瞬間の絶望を、かつてリリスはこの身を以て実感したことがあった。
別に魔力が切れたわけではないから、まだまだやれるという感覚自体はあるのだ。だが、それが現実に投影されることはない。倒すべき敵を前にして意志だけが延々と空回りするその光景は、リリスの中に今でも苦い記憶として残っていた。
魔力自体は意志力で強引に引き出せるだけの余地はあるが、魔術神経はそのあたりとてもシビアだ。意志の力で治ることもないし、放っておけば時間が解決してくれるなんてことも重度の負傷になれば絶対に起こらない。……魔術師としてこの世界を生きていく以上、最も気を付けなくてもならないのが魔術神経の損傷であると言ってもなにも過言ではなかった。
「だからこそ、魔術師は自分の魔術神経にかけられる負担の限界値をよく知っておかなければならない。……常識的な事でしょう?」
未だに立ち上がれないクラウスを見下ろして、リリスは皮肉たっぷりの笑みを浮かべて見せる。限界を悟れなかったという点では過去のリリスも同じなのだが、今その話題は遥か高みにある棚の上だ。……そこからの再起と成長が、リリスを勝利へと導いたと言っても過言ではないのだから。
倒れたばかりの時はまだ揺らめいていた青い炎も、しばらく時間が経ったことによってだんだん弱々しいものへと変じてきている。……壊れた魔術神経ではどんな魔術も保持しておくことが出来ないのだから、それも当然の話だった。
「手足の僅かな痺れ、あるいは鈍い痛み。……最近冒険をしてる中で、そんな症状を感じたことはない?」
魔術師としてのクラウスの寿命がだんだんと尽きていくのを観察しながら、リリスは質問を一つ。その脳裏には、いつだったかマルクに聞いた修復術式に対する知識があった。
『放っとくとすぐに限界超えて魔術神経壊しそうだからな、お前。……だから、せめて自分の身体が限界を迎えつつあるサインだけはちゃんと知っておいてくれ』
それが分かればある程度ブレーキをかけることもできなくはないだろうからさ――と。
『タルタロスの大獄』に関するあれやこれやの事が終わったすぐ後ぐらいにマルクがそんなことを言っていたのを思い出して、リリスは内心苦笑してしまう。……結局あの後もたくさん無理をすることになってしまっていたから、そのたびにマルクは気が気じゃなかっただろう。……だけど大丈夫だ、もう心配する必要はない。
「黙っていないで応えてくれると嬉しいわ。力任せが大好きなあなたが魔術神経に優しい魔術なんて使ってるわけがないでしょうけど、それでもね」
そう言いながらリリスは一歩クラウスへと歩み寄るが、クラウスの側からは理解を拒んでいるかのような強情な視線が返ってくるばかりだ。……その視線をとりあえず肯定の意と捉えることにして、リリスはさらに話を続けた。
「まあいいわ、あなたが言わなくても十分なだけの状況証拠は揃ってるし。……意識的か無意識的か分からないけど、あなたは魔力量を一時的に増幅できる魔術みたいなものを使ってたでしょう?」
結局のところ、あれがどんな原理でクラウスの魔力を増幅させているかはリリスからしても分からずじまいだった。分かったのはそれが発生するときに紅色の光を伴う事、そしてその発現にはクラウスの感情の動きが関係しているという二点だけ。……極論を言うのならば、アレが本当に魔術によって引き起こされた現象かどうかも怪しいところだ。
だが、それによって引き起こされる現象は単純の一言に尽きる。プロセスはどうあれ魔力量を増幅しているのであれば、その代償として魔術神経に強い負荷がかかるのは言うまでもないことだった。
影の球体にこもって無数の武装を作り上げていた暴走状態のメリアでさえ、何もしなければ魔術神経の家過度な損傷によって死ぬことは避けられなかった。……たとえどんな形態を取っていようとも、それでどれだけ魔力が増えようと、『魔術神経』という絶対的な限界を超えることは不可能に等しいことだ。
「もちろんあなたは今までもたくさんの無茶な戦いをしてきたんでしょうけど、幸いなことに今までそのツケを払うことはしなくてもよかったのよ。……その運を手放したことが、今日のあなたの敗因ね」
ついにはクラウスの目の前にかがみこみ、憐れみを目一杯かけた言葉をクラウスへと贈る。そこに紅色の光はなく、ただ無理解とこちらへの怒りだけを宿した黒い瞳だけがある。……これだけの殺意はあるのに、魔剣を握る腕はピクリとも動いていなかった。
「……畜生、なんで……‼」
今できる動きの限界を示すかのように僅かな身じろぎをしながら、クラウスは突然訪れた理不尽への疑問をこぼす。……とどめのあと一歩まで迫ったところで訪れた体の限界は、確かにクラウスからしたら理不尽極まりないことだろう。そんな負けは認めないと、そう思っていても仕方がない。
「なんで――ね。いいじゃない、その疑問を待ってたわ」
クラウスが漏らしたその言葉を聞きつけて、リリスは表情をパッと明るくする。……そして唐突に立ち上がり、少し離れたところに立つマルクに向かって声を張り上げた。
「……マルク、そろそろいいわよね?」
「ああ、当然オッケーだ。……思いっきりぶちかましてやれ」
曖昧な問いに力強いガッツポーズで即答されて、リリスは口元を緩める。……今ここで意志が完全に一致していることが、リリスにとってはとても嬉しかった。
きっとあの倒れ方を見た時点で、マルクは答えにたどり着いていたのだろう。リリスが今からクラウスに突きつけようとしているのが何なのかを分かったうえで、マルクは背中を押してくれたというわけだ。
「……いい仲間でしょう。私たちのリーダーなのよ、あの人」
「……理解、できねえな。アイツは詐欺術師、それ以上でもそれ以下でもねえ」
自慢げに笑うリリスに、クラウスはあくまで強情な姿勢を貫き通す。やはりクラウスの中でマルクは嘘つきで、いるだけで金の無駄だった厄介者でしかないのだろう。……目に見える成果しか追わないその考え方が、今この敗北を招いているのだというのに。
「詐欺術師……ねえ。どうしてそう思ったのか、もう一回だけ聞かせてもらってもいいかしら?」
「ああ、何回だって言ってやるよ。アイツは治癒術師を名乗りながらロクに外傷治療もできねえ、これと言った長所もねえ木偶の坊だ。だから追放した、何の違和感もない話だろうが」
「……ええ、半分正解で半分間違いってところかしら。実際のところ、外傷治療は私の役割だしね」
地面の隆起に巻き込まれたときの傷を片手間で治療しながら、リリスは少し突き放すようにそう告げる。……だがしかし、クラウスが二の句を継ぐよりも早くリリスは「でも」と話を続けた。
「だけど、マルクが一種の治癒術師なのは間違いないわよ。……それに気づいていないあなたの方がでくの坊だったって、ただそれだけの話なんだけど」
「……は、あ?」
外傷治療はしない、しかし一種の治癒術師ではある。そんななぞかけのような言葉に、クラウスは間の抜けた声を上げる。……それを見たリリスの口元に、嘲るような笑みを浮かべた。
「改めて、今のあなたの症状を私が診断してあげる。あなたの魔術神経は度重なる過度な魔力の運用によってめちゃくちゃに破損してて、自然回復の道は望むべくもない。……これだけ傷ついてると、一般人としての生活に支障が出る可能性もあるわね」
だらりと垂れた腕をペタペタと触れながら、リリスは神妙な口調でクラウスの現状を伝える。リリスを殺すべく魔力を膨れ上がらせ続けたクラウスの魔術神経は、修復術師でなくても何となくわかるぐらいには重大な損傷を起こしていた。
「魔術神経が壊れたら冒険者としてはおしまい――っていうのは、王都に居れば一度は聞いたことがある言説よね。……ところで、一つ質問をしてもいいかしら?」
「質問、だぁ……?」
「ええ、単純な質問よ。……今までだってあなたは、何回も無茶な魔力の運用をしてきた。私に向かって躊躇なくあれだけの魔術を使ってきたのも、それを扱えるって信じられるだけの経験の積み重ねがあるからよね。……じゃあなんで、今日に限って限界が来ちゃったんでしょうね?」
大げさに首をかしげながら、リリスはクラウスに質問を投げかける。……分からないのか答えたくないのか、クラウスは口を真一文字に結ぶばかりだった。
運だとかなんだとか、そういう不確定なものだと括るのは簡単だ。だが、そんな生ぬるい逃げ道を用意してやるわけもない。……クラウス・アブソートという人間の精神は、徹底的に折っておかなくては。
「……分からないみたいだから、私から簡単な答えを教えてあげるわ。……あなたの魔術神経は今まで壊れずに堪えてきたんじゃなくて、壊れる度に治されてきたのよ。本来ならばできないことを可能にする、とんでもない治癒術師のおかげでね」
そう強く断言して、リリスは再びマルクへとアイコンタクトを送る。……それに気づいて、マルクはゆっくりとこちらに歩を進めてきた。
「……ま、さか」
リリスの視線を追いかけることでクラウスもその可能性に思い至ったようで、かすれた声が小さく聞こえてくる。……そう、そのまさかで間違いないのだ。それにもう少し早く気づいていれば、クラウスが本当に『王都最強』となれる日もそう遠くなかったかもしれないのに――
「リリス、よく頑張ってくれたな。見てて背筋が凍るからもうあんな橋は渡ってほしくねえけど、そうしただけの価値があるとんでもない大仕事だ」
「……お前、は……‼」
リリスの頭に手を置きながらねぎらいの言葉をかけるマルクに、クラウスは戸惑いと憎悪が混じったような声を上げる。……それを受けて、マルクはようやくクラウスの方に目を向けた。
「おう、クラウス。せっかくリリスがここまでお膳立てしてくれたことだし、もう一回だけ自己紹介してやるよ」
気安い調子で片手を上げ、マルクは不敵な笑みを浮かべる。そして、自分の胸へと右手を当てて一礼すると――
「改めまして、俺の名前はマルク・クライベット。外傷じゃなくて体の内側の傷――主に魔術神経の損傷を治すことに特化した修復術師だ」
――三年間も付き従ってきた相手に対して、初めて嘘偽りのない名乗りを上げた。
別に魔力が切れたわけではないから、まだまだやれるという感覚自体はあるのだ。だが、それが現実に投影されることはない。倒すべき敵を前にして意志だけが延々と空回りするその光景は、リリスの中に今でも苦い記憶として残っていた。
魔力自体は意志力で強引に引き出せるだけの余地はあるが、魔術神経はそのあたりとてもシビアだ。意志の力で治ることもないし、放っておけば時間が解決してくれるなんてことも重度の負傷になれば絶対に起こらない。……魔術師としてこの世界を生きていく以上、最も気を付けなくてもならないのが魔術神経の損傷であると言ってもなにも過言ではなかった。
「だからこそ、魔術師は自分の魔術神経にかけられる負担の限界値をよく知っておかなければならない。……常識的な事でしょう?」
未だに立ち上がれないクラウスを見下ろして、リリスは皮肉たっぷりの笑みを浮かべて見せる。限界を悟れなかったという点では過去のリリスも同じなのだが、今その話題は遥か高みにある棚の上だ。……そこからの再起と成長が、リリスを勝利へと導いたと言っても過言ではないのだから。
倒れたばかりの時はまだ揺らめいていた青い炎も、しばらく時間が経ったことによってだんだん弱々しいものへと変じてきている。……壊れた魔術神経ではどんな魔術も保持しておくことが出来ないのだから、それも当然の話だった。
「手足の僅かな痺れ、あるいは鈍い痛み。……最近冒険をしてる中で、そんな症状を感じたことはない?」
魔術師としてのクラウスの寿命がだんだんと尽きていくのを観察しながら、リリスは質問を一つ。その脳裏には、いつだったかマルクに聞いた修復術式に対する知識があった。
『放っとくとすぐに限界超えて魔術神経壊しそうだからな、お前。……だから、せめて自分の身体が限界を迎えつつあるサインだけはちゃんと知っておいてくれ』
それが分かればある程度ブレーキをかけることもできなくはないだろうからさ――と。
『タルタロスの大獄』に関するあれやこれやの事が終わったすぐ後ぐらいにマルクがそんなことを言っていたのを思い出して、リリスは内心苦笑してしまう。……結局あの後もたくさん無理をすることになってしまっていたから、そのたびにマルクは気が気じゃなかっただろう。……だけど大丈夫だ、もう心配する必要はない。
「黙っていないで応えてくれると嬉しいわ。力任せが大好きなあなたが魔術神経に優しい魔術なんて使ってるわけがないでしょうけど、それでもね」
そう言いながらリリスは一歩クラウスへと歩み寄るが、クラウスの側からは理解を拒んでいるかのような強情な視線が返ってくるばかりだ。……その視線をとりあえず肯定の意と捉えることにして、リリスはさらに話を続けた。
「まあいいわ、あなたが言わなくても十分なだけの状況証拠は揃ってるし。……意識的か無意識的か分からないけど、あなたは魔力量を一時的に増幅できる魔術みたいなものを使ってたでしょう?」
結局のところ、あれがどんな原理でクラウスの魔力を増幅させているかはリリスからしても分からずじまいだった。分かったのはそれが発生するときに紅色の光を伴う事、そしてその発現にはクラウスの感情の動きが関係しているという二点だけ。……極論を言うのならば、アレが本当に魔術によって引き起こされた現象かどうかも怪しいところだ。
だが、それによって引き起こされる現象は単純の一言に尽きる。プロセスはどうあれ魔力量を増幅しているのであれば、その代償として魔術神経に強い負荷がかかるのは言うまでもないことだった。
影の球体にこもって無数の武装を作り上げていた暴走状態のメリアでさえ、何もしなければ魔術神経の家過度な損傷によって死ぬことは避けられなかった。……たとえどんな形態を取っていようとも、それでどれだけ魔力が増えようと、『魔術神経』という絶対的な限界を超えることは不可能に等しいことだ。
「もちろんあなたは今までもたくさんの無茶な戦いをしてきたんでしょうけど、幸いなことに今までそのツケを払うことはしなくてもよかったのよ。……その運を手放したことが、今日のあなたの敗因ね」
ついにはクラウスの目の前にかがみこみ、憐れみを目一杯かけた言葉をクラウスへと贈る。そこに紅色の光はなく、ただ無理解とこちらへの怒りだけを宿した黒い瞳だけがある。……これだけの殺意はあるのに、魔剣を握る腕はピクリとも動いていなかった。
「……畜生、なんで……‼」
今できる動きの限界を示すかのように僅かな身じろぎをしながら、クラウスは突然訪れた理不尽への疑問をこぼす。……とどめのあと一歩まで迫ったところで訪れた体の限界は、確かにクラウスからしたら理不尽極まりないことだろう。そんな負けは認めないと、そう思っていても仕方がない。
「なんで――ね。いいじゃない、その疑問を待ってたわ」
クラウスが漏らしたその言葉を聞きつけて、リリスは表情をパッと明るくする。……そして唐突に立ち上がり、少し離れたところに立つマルクに向かって声を張り上げた。
「……マルク、そろそろいいわよね?」
「ああ、当然オッケーだ。……思いっきりぶちかましてやれ」
曖昧な問いに力強いガッツポーズで即答されて、リリスは口元を緩める。……今ここで意志が完全に一致していることが、リリスにとってはとても嬉しかった。
きっとあの倒れ方を見た時点で、マルクは答えにたどり着いていたのだろう。リリスが今からクラウスに突きつけようとしているのが何なのかを分かったうえで、マルクは背中を押してくれたというわけだ。
「……いい仲間でしょう。私たちのリーダーなのよ、あの人」
「……理解、できねえな。アイツは詐欺術師、それ以上でもそれ以下でもねえ」
自慢げに笑うリリスに、クラウスはあくまで強情な姿勢を貫き通す。やはりクラウスの中でマルクは嘘つきで、いるだけで金の無駄だった厄介者でしかないのだろう。……目に見える成果しか追わないその考え方が、今この敗北を招いているのだというのに。
「詐欺術師……ねえ。どうしてそう思ったのか、もう一回だけ聞かせてもらってもいいかしら?」
「ああ、何回だって言ってやるよ。アイツは治癒術師を名乗りながらロクに外傷治療もできねえ、これと言った長所もねえ木偶の坊だ。だから追放した、何の違和感もない話だろうが」
「……ええ、半分正解で半分間違いってところかしら。実際のところ、外傷治療は私の役割だしね」
地面の隆起に巻き込まれたときの傷を片手間で治療しながら、リリスは少し突き放すようにそう告げる。……だがしかし、クラウスが二の句を継ぐよりも早くリリスは「でも」と話を続けた。
「だけど、マルクが一種の治癒術師なのは間違いないわよ。……それに気づいていないあなたの方がでくの坊だったって、ただそれだけの話なんだけど」
「……は、あ?」
外傷治療はしない、しかし一種の治癒術師ではある。そんななぞかけのような言葉に、クラウスは間の抜けた声を上げる。……それを見たリリスの口元に、嘲るような笑みを浮かべた。
「改めて、今のあなたの症状を私が診断してあげる。あなたの魔術神経は度重なる過度な魔力の運用によってめちゃくちゃに破損してて、自然回復の道は望むべくもない。……これだけ傷ついてると、一般人としての生活に支障が出る可能性もあるわね」
だらりと垂れた腕をペタペタと触れながら、リリスは神妙な口調でクラウスの現状を伝える。リリスを殺すべく魔力を膨れ上がらせ続けたクラウスの魔術神経は、修復術師でなくても何となくわかるぐらいには重大な損傷を起こしていた。
「魔術神経が壊れたら冒険者としてはおしまい――っていうのは、王都に居れば一度は聞いたことがある言説よね。……ところで、一つ質問をしてもいいかしら?」
「質問、だぁ……?」
「ええ、単純な質問よ。……今までだってあなたは、何回も無茶な魔力の運用をしてきた。私に向かって躊躇なくあれだけの魔術を使ってきたのも、それを扱えるって信じられるだけの経験の積み重ねがあるからよね。……じゃあなんで、今日に限って限界が来ちゃったんでしょうね?」
大げさに首をかしげながら、リリスはクラウスに質問を投げかける。……分からないのか答えたくないのか、クラウスは口を真一文字に結ぶばかりだった。
運だとかなんだとか、そういう不確定なものだと括るのは簡単だ。だが、そんな生ぬるい逃げ道を用意してやるわけもない。……クラウス・アブソートという人間の精神は、徹底的に折っておかなくては。
「……分からないみたいだから、私から簡単な答えを教えてあげるわ。……あなたの魔術神経は今まで壊れずに堪えてきたんじゃなくて、壊れる度に治されてきたのよ。本来ならばできないことを可能にする、とんでもない治癒術師のおかげでね」
そう強く断言して、リリスは再びマルクへとアイコンタクトを送る。……それに気づいて、マルクはゆっくりとこちらに歩を進めてきた。
「……ま、さか」
リリスの視線を追いかけることでクラウスもその可能性に思い至ったようで、かすれた声が小さく聞こえてくる。……そう、そのまさかで間違いないのだ。それにもう少し早く気づいていれば、クラウスが本当に『王都最強』となれる日もそう遠くなかったかもしれないのに――
「リリス、よく頑張ってくれたな。見てて背筋が凍るからもうあんな橋は渡ってほしくねえけど、そうしただけの価値があるとんでもない大仕事だ」
「……お前、は……‼」
リリスの頭に手を置きながらねぎらいの言葉をかけるマルクに、クラウスは戸惑いと憎悪が混じったような声を上げる。……それを受けて、マルクはようやくクラウスの方に目を向けた。
「おう、クラウス。せっかくリリスがここまでお膳立てしてくれたことだし、もう一回だけ自己紹介してやるよ」
気安い調子で片手を上げ、マルクは不敵な笑みを浮かべる。そして、自分の胸へと右手を当てて一礼すると――
「改めまして、俺の名前はマルク・クライベット。外傷じゃなくて体の内側の傷――主に魔術神経の損傷を治すことに特化した修復術師だ」
――三年間も付き従ってきた相手に対して、初めて嘘偽りのない名乗りを上げた。
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