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9 昏睡状態
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シンシアはかろうじて一命を取り留めたものの、昏睡状態におちいっていた。
もう三日もベッドで眠り続ける愛娘を前にウォーレン公爵たちは悲嘆にくれた。公爵夫人のマリーも病を押してシンシアの元を何度も訪れていた。
そしてもう一人、強い後悔の念にさいなまれているのは王太子だった。王太子はシンシアの手をずっと握り続けていた。
お願いだ…目を開けてくれ!
黒曜石のように神秘的に輝く眼でまた私を見てくれ。
どうして気づかなかった。
もう好きになっていたことに。
失いたくない、心優しい君を。
固く目を閉じ無言のままのシンシアに、涙が込み上げてきた王太子は顔を横に向け侍女たちに見せないようにした。
「殿下…」
「なんとおいたわしい…」
侍女たちはたまらなくなり嗚咽した。
王太子がようやくシンシアに振り向いてくれたのにこんな悲劇が起こるなんてと、運命を呪いたい気持ちだった。
ずっと待っている、君を。
そばにいてほしいのはケリーでなく、君だと気付いたのだ。
王太子は握った手に力を込め、祈り続けた。
--------------------
夜半。
月の光がシンシアの部屋に差し込む。
優しい光を感じ、シンシアはうっすらと目を開けた。
誰?
ベッドの脇に誰かが顔をうつ伏せ眠っている。私の手を握ったまま。
美しい黄金の髪…もしかして、殿下?
「私、川に落ちたのにどうして…?」
王太子ががばっと起き上がり目を見開く。
「シンシア……っ!」
王太子はシンシアの確かに開いた黒い瞳を覗き込んだ。そしてすぐさま王太子の目からぼろぼろと大粒の涙がこぼれはじめた。
大人の男性がこんなに泣く姿、初めて見た──
少し動揺しているシンシアの手を両手でしっかりと握りしめ、王太子は語り始めた。
「母を失った辛さをこれまで私は誰にも打ち明けられなかった。大国の王位継承者として弱みを見せるわけにはいかなかったのだ。でも君はそんな私の哀しみを感じ取ってくれた」
王太子が心を開いていくような気がして、私はその声に聞き入った。
「君が…君が私の腕の中で冷たくなっていた時、とても怖かったのだ…また大切な人を亡くしてしまうのかと──」
振り絞るような声で王太子は続けた。
「…ずっとそばにいてほしい。君を失いたくない」
そう言って王太子は私の胸に顔を埋め泣いた。
「殿下…」
私は王太子が泣き止むまで髪をそっと撫で続けた。
--------------------
後日、侍女から事情を聞いた私は恥ずかしくてしばらく表に出られなかった。
だって、王太子殿下があんなに深い川に飛び込み、しかも人工呼吸で私を助けてくれたなんて──
殿下はあまり他人をかえりみない人だと思ってたけど、意外と優しくて頼り甲斐があるんだわ…
私は思い出すたび、頬が紅潮するのを感じた。
王太子が頻繁に見舞いに訪れたが私は赤面して下を向きっぱなしだった。
それに、あの言葉──
告白……?
月夜の王太子の告白が頭を駆け巡って、王太子が話しかけてきても、しどろもどろになってしまう。
ろくに対応できない私なのに、王太子はただ微笑んで私を見つめる。
そんな繰り返しだった。
「どうして川に落ちたのだ?滑ったのか?」
王太子の問いに、私は即答できなかった。
ケリーに突き落とされたなんて言ってしまっていいのか。
あの人は心の底にドス黒い何かを持っている。周りにバレるようなヘマをしないのではないか。
あの時、味方の侍女は誰もいなかった。
男の子も一体誰なのかわからない。
ケリーが突き落としたという証拠がない──
「ごめんなさい、よく覚えていなくて」
私はケリーの犯罪の証明ができるまで、事実を伏せておくことにした。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
「これで勝ったと思うなよ?」
王宮で王太子とよく連れ添って歩くようになったシンシアを、ケリーは憎悪の目で睨みつける。
私が突き落とした犯人なのにその事実をシンシアはちっとも公表しない。
あのお菓子をあげた男の子もとっくに始末したから、難癖つけて来ても証拠がないと跳ねつけるつもりだったけど。
ああ腹がたつ!あの女、私がもう何もできないと、あなどっているのよ!
「ふざけんな、クソアマが」
ケリーはすっかり自分を招かなくなった王太子への怒りを全て、シンシアに向けた。
「最後の手段があるのよ。今度こそ地獄に突き落としてやる…!!」
ケリーが呪いの言葉を吐き捨てた。
もう三日もベッドで眠り続ける愛娘を前にウォーレン公爵たちは悲嘆にくれた。公爵夫人のマリーも病を押してシンシアの元を何度も訪れていた。
そしてもう一人、強い後悔の念にさいなまれているのは王太子だった。王太子はシンシアの手をずっと握り続けていた。
お願いだ…目を開けてくれ!
黒曜石のように神秘的に輝く眼でまた私を見てくれ。
どうして気づかなかった。
もう好きになっていたことに。
失いたくない、心優しい君を。
固く目を閉じ無言のままのシンシアに、涙が込み上げてきた王太子は顔を横に向け侍女たちに見せないようにした。
「殿下…」
「なんとおいたわしい…」
侍女たちはたまらなくなり嗚咽した。
王太子がようやくシンシアに振り向いてくれたのにこんな悲劇が起こるなんてと、運命を呪いたい気持ちだった。
ずっと待っている、君を。
そばにいてほしいのはケリーでなく、君だと気付いたのだ。
王太子は握った手に力を込め、祈り続けた。
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夜半。
月の光がシンシアの部屋に差し込む。
優しい光を感じ、シンシアはうっすらと目を開けた。
誰?
ベッドの脇に誰かが顔をうつ伏せ眠っている。私の手を握ったまま。
美しい黄金の髪…もしかして、殿下?
「私、川に落ちたのにどうして…?」
王太子ががばっと起き上がり目を見開く。
「シンシア……っ!」
王太子はシンシアの確かに開いた黒い瞳を覗き込んだ。そしてすぐさま王太子の目からぼろぼろと大粒の涙がこぼれはじめた。
大人の男性がこんなに泣く姿、初めて見た──
少し動揺しているシンシアの手を両手でしっかりと握りしめ、王太子は語り始めた。
「母を失った辛さをこれまで私は誰にも打ち明けられなかった。大国の王位継承者として弱みを見せるわけにはいかなかったのだ。でも君はそんな私の哀しみを感じ取ってくれた」
王太子が心を開いていくような気がして、私はその声に聞き入った。
「君が…君が私の腕の中で冷たくなっていた時、とても怖かったのだ…また大切な人を亡くしてしまうのかと──」
振り絞るような声で王太子は続けた。
「…ずっとそばにいてほしい。君を失いたくない」
そう言って王太子は私の胸に顔を埋め泣いた。
「殿下…」
私は王太子が泣き止むまで髪をそっと撫で続けた。
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後日、侍女から事情を聞いた私は恥ずかしくてしばらく表に出られなかった。
だって、王太子殿下があんなに深い川に飛び込み、しかも人工呼吸で私を助けてくれたなんて──
殿下はあまり他人をかえりみない人だと思ってたけど、意外と優しくて頼り甲斐があるんだわ…
私は思い出すたび、頬が紅潮するのを感じた。
王太子が頻繁に見舞いに訪れたが私は赤面して下を向きっぱなしだった。
それに、あの言葉──
告白……?
月夜の王太子の告白が頭を駆け巡って、王太子が話しかけてきても、しどろもどろになってしまう。
ろくに対応できない私なのに、王太子はただ微笑んで私を見つめる。
そんな繰り返しだった。
「どうして川に落ちたのだ?滑ったのか?」
王太子の問いに、私は即答できなかった。
ケリーに突き落とされたなんて言ってしまっていいのか。
あの人は心の底にドス黒い何かを持っている。周りにバレるようなヘマをしないのではないか。
あの時、味方の侍女は誰もいなかった。
男の子も一体誰なのかわからない。
ケリーが突き落としたという証拠がない──
「ごめんなさい、よく覚えていなくて」
私はケリーの犯罪の証明ができるまで、事実を伏せておくことにした。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
「これで勝ったと思うなよ?」
王宮で王太子とよく連れ添って歩くようになったシンシアを、ケリーは憎悪の目で睨みつける。
私が突き落とした犯人なのにその事実をシンシアはちっとも公表しない。
あのお菓子をあげた男の子もとっくに始末したから、難癖つけて来ても証拠がないと跳ねつけるつもりだったけど。
ああ腹がたつ!あの女、私がもう何もできないと、あなどっているのよ!
「ふざけんな、クソアマが」
ケリーはすっかり自分を招かなくなった王太子への怒りを全て、シンシアに向けた。
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