婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi

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10 幸せの一瞬

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ある日、王太子が私を部屋に招いてくれた。


「シンシアと一緒に食べようと思って」


机の上にチェリーボンボンの箱が置いてある。


「これ、大好きです!」


私が喜びの声を上げると、王太子は嬉しそうに笑った。


「まずは私が食べてみるから」

「ええ、どうぞ」


王太子はチェリーボンボンを一つつまんで、口に放り投げた。


「あら!」


王太子らしからぬお行儀の悪さに、私は思わず吹き出した。


すると王太子は、笑う私の頬を両手で包み込み、素早く唇を重ねてきた。


どくん!!!


不意をつかれ、私の体は硬直した。
王太子の唇の温かさを感じ、私の心臓がバクバクと跳ね上がる。

王太子はなかなか私を離さない。私が体をよじると、さらに強くキスをしてくる。

体温がどんどん上がっていく。
息ができないほど、心臓の高鳴りが最高潮に達した時。


ふわっと甘いブランデーの香りが私の口に広がった。




く、口移し──!!???




私は初めてのことだらけでされるがままだった。

私たちだけ別世界にいて、時が止まったような気がした。



数十秒後、ようやく王太子は私の唇を解放した。
私はくらっと甘美なめまいのようなものを感じた。


「どうだ、おいしいか?」


顔を赤らめて目を伏せたままの私を、からかうように王太子が覗き込んでくる。
心臓の早い鼓動は一向におさまらない。


私は緊張と恥ずかしさで狭くなった喉にチェリーボンボンを無理やり飲み込み、何か言おうとした。
けれど、「あああの、その」と動揺しっぱなしで上手く言葉にならない。


くすりと笑って王太子は、恥じらっている私の腰を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


「ああ…ずっとこうしていたい」


そう囁いて王太子は私の髪に顔を埋めた。
王太子が心底そう思ってくれているだろうことは、私にも伝わってきた。


嬉しい…


体の芯がじんとする。私は王太子が愛情を向けてくれることに喜びを感じ始めていた。


私、この世界で幸せになっていいの──?
神様、ありがとう。


胸がいっぱいになり、私も王太子の背中にそっと手を回した。


だがこの幸せな時間はそう長くは続かなかった。
ケリーの魔の手がすぐそこまで迫っていた。




∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵




太陽が沈みかけた頃、ケリーは男爵家の倉の中にひとりいた。
その手にあるのは禍々しい模様の古びた本。


「さあ、悪魔よ、出番よ」


ケリーは床に描かれた魔法陣の前に開いたままの本を置いた。
そして自分の手をナイフで少し傷つけ、本の上に血を滴らせた。


「憎っきシンシアをこの世から消して!!!」


ケリーの声に呼応するように魔法陣が一気に光る。


おぞましい瘴気を生みながら、ドス黒い悪魔がぬうっと魔法陣から姿を現した。


「ソ ノ 望 ミ 、 叶 エ タ」


不快な雑音と共に発せられる悪魔の声にケリーの耳から血が滴った。
全身を現した悪魔は疾風のように姿を消した。


「はははは!!!あーっははは!!」


取り返しのつかない暴挙に出たケリーの乾いた笑い声が辺りを切り裂き続けた。





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