南京錠と鍵

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スタージョ (二)

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 与えられたデバイスから生体情報で認証を受けネットワークに入る。籍情報を確認すると、地球を出発した時点の記憶より潤沢じゅんたくな資金がある。そして紐付ひもづけられた先にオリジナルのデータがあった。
 ラーシュ・ヨハンソン。
 二百年前の記憶をさらってみると、そのころの自分、オリジナルは地球で父親がのこした思想団体の後始末に奔走している。このまま地球で朽ちていくだろうと諦めていた。
 しかし事情が変わったらしい。
 オリジナルは生きていた。移民船に乗っている。
 そしてメール――恒星系通信をいくつか経て二百年近く前のメールがいくつかとどいていた。
 オリジナルからの手紙だ。いずれも複製体であるスタージョを気遣う内容で、ごく短い。
 ネットワークは現時点で恒星系内に限定されている。
 タイムラグをなくして深宇宙で広範囲に通信がリアルタイムになるにはまだまだ技術的にクリアしなければならない仮題が山積していた。宇宙船は立ち寄り先惑星のスペースポートに入港するたびにネットワークに接続し、私信だけでなく籍情報、報道などその惑星あてのデータを置いていく。惑星スペースポート側もまた入港してきた宇宙船にデータを渡す。リアルタイムの通信はまだかなわないが、かつて地球で発達した郵便に似た仕組みで宇宙船単位のデータのやりとりが行われている。
 オリジナルはなぜメールを送ってきたのだろう。
 なんということもない、ただ家族を気遣うかのような内容だ。複製体相手だというのに。

――自分は、そんな人間だろうか?

 スタージョが知る限り、自分――ラーシュ・ヨハンソンは家族相手であっても真心のこもった私信のやりとりをするタイプではなかった。母親はラーシュが大人になる前に亡くなり、父親とは物心つく前に別れてそれきりだ。遠くから家族へ無事を知らせる頼りなど出したこともない。

「……あ」

 籍情報に紐付けられているオリジナルに付随する移民船の機体記号と、メールに記載されている船籍に微妙な違いがあった。二十九歳のラーシュを再現した義体にインストールされた記憶が刺激される。泥濘ぬかるみをかき混ぜていて指にふれたものをそっとすくいあげる。

「なつかしいな」

 スタージョは微笑んだ。
 子どものころ、友達の間で共有した暗号だ。
 ラーシュが育ったのは万聖街の山側、当時はまだ畑や林がかろうじて残っていたのどかな地域だった。鳥の声、虫の羽音、青い空、宝の地図。短い夏を楽しんだ少年時代。――もうどこにもない。今は誰もいない地球のかつての姿だ。
 ちくりと胸が痛んだ。
 記憶は、ある。はっきりとある。しかしこの体で得た体験ではない。母に愛され友と遊び父に捨てられた自分は自分ではない。

「…………」

 気を取り直し、スタージョは数字と文字、星図を何度も見比べた。数字とかんたんな数式の組み合わせだがなるほど、これならそう簡単には破られない。何らかの関数が必要だと気づく者が仮にあっても肝心のその関数はパターンが無数にある。

――惑星*****へ行け。

 オリジナルとおぼしき人物からのメッセージを鵜呑うのみにしてよいものか、迷う。しかしスタージョの直感はこれがクロエの立ち寄り先だと告げている。
 追いかけよう。

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