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スタージョ (三)☆
しおりを挟む黄褐色の大地を眼下に見下ろすスペースポートは賑わっていた。
搭乗口や案内所のフロア、ホテルやレストラン、ショッピングモールのあるアーケードとつながる広場にふたつの時計がある。地球時計とこの惑星の時計だ。時計によれば人々の故郷地球は今十月、ハロウィンの季節だという。広場のあちこちに蝙蝠やかぼちゃなどハロウィンのオーナメントが飾りつけられていた。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」
吸血鬼や魔女、フランケンシュタインや骸骨、妖精など思い思いのコスチュームに身を包んだ子どもたちが楽しげに練り歩いている。
賑わいを横目に次の目的地に向かう船を物色していると、声をかけられた。
「あんた、きれいな目をしているね」
若い女だ。体温が低そうな白い肌に黒髪、黒い目、服も黒ずくめだった。ハロウィンの仮装なのかどうか、判断に迷う。女の唇だけが別の生きもののように赤い。スタージョは唇に吸い寄せられそうになる視線を引き剥がし黒々とした目へと戻した。
「初めていわれたよ」
どうしてそう答えたのか、分からない。
面識のない相手に対して図々しいアプローチだ。無視してもよかった。若い女の外見で何らか利益を享受した経験のあるのは明らかだ。物乞いにしては身なりがよい。売春婦だろうか。スペースポートも付設のアーケードもそうした性的サービスの押し売りは禁止されているはずだ。
――禁止されているからといって存在しないとはいえないか。
女の目的が何であってもつきあってやる義理はない。かといって無下にするのもはばかられた。地球で生まれ育ったオリジナルの記憶しか判断の材料をもたないスタージョから見て、この惑星のスペースポート付近には開放的な人々が多いように感じられる。
「――よい旅を」
当たり障りなく微笑み、その場を離れた。
夜になって、ホテルの一室でスタージョは猛烈な飢餓に襲われた。
「……、っ」
空腹ではない。栄養はしっかり足りている。
渇きだ。
甘い夢をふたたび見た。人格データが義体にインストールされた覚醒のときはぼんやりとしてつかみどころのなかったクロエの肢体がはっきり鮮やかによみがえる。燃える若葉色の目、あたたかな肌、蜜の滴りに甘い香り。
――夢だ。夢だ夢だ、夢だ。現実じゃない。
初めて出会った夜の交歓の記憶だ。眠っている自分に何度も言い聞かせたが夢は止まらない。
欲しい。クロエが欲しい。
この記憶はおれのものではない。オリジナルとクロエの恋の記憶だ。それでも欲しい。どうしても、欲しい。この手で彼女をかき抱き、口づけ、愛を交わしたい。まだ会ったこともないのに、魂にクロエが刻まれている。
暴れそうになる欲望を抑え、初めて恋をする少年のように戸惑う。下半身に違和感が生じているのを夢を見ている自分は分かっているのにどうにもならない。
「……っ、あ、あっ」
もがきのたうち、何度も繰り返し吐精しながらスタージョは思い出した。
香りだ。
スペースポートで出会った黒ずくめの服に赤い唇の女から香ったのは二百年前、クロエがプロデュースした香水の匂いだった。
――初めていわれたよ。
どうしてあの女にそう答えてしまったのか、スタージョは気づいた。クロエと同じ香りがしたからだ。
幸い黒ずくめの服に赤い唇の女にふたたび会うことなく、スタージョは星間連絡船に搭乗した。目的地はオリジナルと思しき人物から届いたメールから読み解いた星ではなく、地球時間で二十年ほど離れた植民星だ。
――直接向かわないほうがいいような、気がする。
冷凍睡眠ポッドに身を横たえ、凍っている間は苦しくて甘い夢を見なくてすむことに昏い安堵を覚えながらスタージョは眠りに就いた。
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