20 / 53
スタージョ (三)☆
しおりを挟む黄褐色の大地を眼下に見下ろすスペースポートは賑わっていた。
搭乗口や案内所のフロア、ホテルやレストラン、ショッピングモールのあるアーケードとつながる広場にふたつの時計がある。地球時計とこの惑星の時計だ。時計によれば人々の故郷地球は今十月、ハロウィンの季節だという。広場のあちこちに蝙蝠やかぼちゃなどハロウィンのオーナメントが飾りつけられていた。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」
吸血鬼や魔女、フランケンシュタインや骸骨、妖精など思い思いのコスチュームに身を包んだ子どもたちが楽しげに練り歩いている。
賑わいを横目に次の目的地に向かう船を物色していると、声をかけられた。
「あんた、きれいな目をしているね」
若い女だ。体温が低そうな白い肌に黒髪、黒い目、服も黒ずくめだった。ハロウィンの仮装なのかどうか、判断に迷う。女の唇だけが別の生きもののように赤い。スタージョは唇に吸い寄せられそうになる視線を引き剥がし黒々とした目へと戻した。
「初めていわれたよ」
どうしてそう答えたのか、分からない。
面識のない相手に対して図々しいアプローチだ。無視してもよかった。若い女の外見で何らか利益を享受した経験のあるのは明らかだ。物乞いにしては身なりがよい。売春婦だろうか。スペースポートも付設のアーケードもそうした性的サービスの押し売りは禁止されているはずだ。
――禁止されているからといって存在しないとはいえないか。
女の目的が何であってもつきあってやる義理はない。かといって無下にするのもはばかられた。地球で生まれ育ったオリジナルの記憶しか判断の材料をもたないスタージョから見て、この惑星のスペースポート付近には開放的な人々が多いように感じられる。
「――よい旅を」
当たり障りなく微笑み、その場を離れた。
夜になって、ホテルの一室でスタージョは猛烈な飢餓に襲われた。
「……、っ」
空腹ではない。栄養はしっかり足りている。
渇きだ。
甘い夢をふたたび見た。人格データが義体にインストールされた覚醒のときはぼんやりとしてつかみどころのなかったクロエの肢体がはっきり鮮やかによみがえる。燃える若葉色の目、あたたかな肌、蜜の滴りに甘い香り。
――夢だ。夢だ夢だ、夢だ。現実じゃない。
初めて出会った夜の交歓の記憶だ。眠っている自分に何度も言い聞かせたが夢は止まらない。
欲しい。クロエが欲しい。
この記憶はおれのものではない。オリジナルとクロエの恋の記憶だ。それでも欲しい。どうしても、欲しい。この手で彼女をかき抱き、口づけ、愛を交わしたい。まだ会ったこともないのに、魂にクロエが刻まれている。
暴れそうになる欲望を抑え、初めて恋をする少年のように戸惑う。下半身に違和感が生じているのを夢を見ている自分は分かっているのにどうにもならない。
「……っ、あ、あっ」
もがきのたうち、何度も繰り返し吐精しながらスタージョは思い出した。
香りだ。
スペースポートで出会った黒ずくめの服に赤い唇の女から香ったのは二百年前、クロエがプロデュースした香水の匂いだった。
――初めていわれたよ。
どうしてあの女にそう答えてしまったのか、スタージョは気づいた。クロエと同じ香りがしたからだ。
幸い黒ずくめの服に赤い唇の女にふたたび会うことなく、スタージョは星間連絡船に搭乗した。目的地はオリジナルと思しき人物から届いたメールから読み解いた星ではなく、地球時間で二十年ほど離れた植民星だ。
――直接向かわないほうがいいような、気がする。
冷凍睡眠ポッドに身を横たえ、凍っている間は苦しくて甘い夢を見なくてすむことに昏い安堵を覚えながらスタージョは眠りに就いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる