隣国は魔法世界

各務みづほ

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戦争編

第十六章 生物兵器の恐怖-3

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「ディルク……」

 ガルは珍しく厳しい顔をしていた。
 まわりには書物が積み上げられ、数々の薬草、魔法薬が置かれている。相当彼は病についていろいろ調べているようだ。
 ディルクはせききったようにガルに詰め寄った。

「一体、なんなんだよ。なんでこんなことになってるんだ?」

 こんな大規模な流行病は初めてで、全くと言っていいほど見当がつかない。
 ラクニアはもともと魔法医学の発展した地であり、全国各地から魔法医学を学びに来る者も多い。
 そしてガルもまた特に医学に秀でていた。

「ディルクは……知らないかもなぁ」

 ふっと微笑を浮かべながらガルは呟いた。
 科学世界のみならず、魔法世界にも太古からこの病は存在しており、そのたびに多くの犠牲者をだしてきた。
 だがもう何百年も前に収束して、以降誰も患っていない。
 実際この流行病を知っている者は長老クラスか、かなり医学を学んだものくらいだろう。
 ガルはふぅっとため息をつき、力なく話し出す。

「あれだけ高熱だされると参るよ。薬草も大量に使ってしまって、在庫がそろそろ尽きる。治療呪文も体力回復に騙し騙しってところかな。もう大分死者がでている。やっぱり弱い者から倒れてしまってね」

 でも、と、今度は険しい顔をする。

「いくらなんでもおかしいんだ。隔離結界を張って十分気をつけているのに、南部の次は北部の一画、中央、東西と点々と感染者が出て広がってる。まるで何者かに意図的に広められたような……」

 ディルクはギクリとした。
 戦争中、敵は科学世界、そして死の軍の存在ーー。

「まさか、奴らが? いやでも……」
「心当たりがあるのかい? ディルク」

 ディルクは昔、科学世界で得た流行病の知識をガルに伝える。
 病原体であるウイルスの感染の仕組み、化学合成による抗生物質なる薬品があることや、予防としてワクチンが存在するなど。

「へぇ、驚いたな。そんな技術があるとは! 夢みたいだ」
「だろだろ! だからさ、それに治癒魔法とか、あるいは化学合成の際の安定化とか科学で難しいところをさ、魔力を利用するとか出来たら最高だと……あ、すまん……」

 つい説明に熱が入ってしまったディルクは、申し訳なさそうに謝罪する。今はそんなことを言ってる場合ではない。
 しかしガルは素直に感心していた。

「君はとんでもないことを考えるなぁ」
「あ、いや、だからその、だな。科学世界ではこのワクチンを全員受けるシステムがある。つまり爆発的な広がりを見せたところで、科学世界には問題ない。とすると……」
「兵器として、利用出来るというわけか、ふむ……」

 ガルは少しの間考えると、同朋に向き直った。

波子はし石子せきしに早急に調査させよう。敵を捉え次第総攻撃をかける。ディルク、すまないがその間、少し留まってくれないかい?」

 治療や看護、結界の維持や街の人の誘導、物資の調達など、現在その任に当たっている木子鋼子もくしこうしと共に、西聖代理として引き受けて欲しいことがたくさんあるという。
 ならばそもそも、ディルクが死の軍を追う方に向かえばいいとも思うのだが。

「そこは俺にやらせてくれよ、ディルク。ここは俺の街なんだからな!」

 ガルは、見た目以上に怒っている様だった。


 そんなラクニアの街の、最西端にその男は降り立った。
 年は五十前後で中背、髪は半分白くなっている。傍らには二十代後半くらいの男を三人程従えていた。
 中年の男は彼らに指示を与える。
 指示を受けた者は順にその場から立ち去り、男は一人になった。
 そしておもむろに街の中心部へと歩き出す。


  ◇◆◇◆◇


 ライサは力なく壁にもたれたまま、ただ天窓から見える空を見上げていた。
 何度扉をたたいても、大声をあげても、閉じ込められた部屋から出られることはない。
 喉は渇れ、手は腫れていたが、痛みは全く感じない。涙も既に渇れ切ってしまっていた。

 そんなある日、食事と共に何やら文書が投げ込まれた。少し厚めで、封筒に入っている。ヒスターからの書類である。
 嫌悪感が湧いたが、他に何もないので、彼女はその封筒を開けて、中の書類に目を通してみた。

「……っ!!」

 ライサは声にならない悲鳴をあげる。
 それはラクニアの街の犠牲者のリストであった。死の軍が送ってきた報告書のコピーである。
 死者の名前、年齢がリストにされており、その中にはリーニャの母親、まわりにいた子供達も何人か含まれていた。
 ライサがラクニアにいたのは短い間だけだったが、それでもリーニャのところによく遊びに来ていた子供達くらいは知っているし、近所の人も気軽に声をかけてくれていた。
 文書を持った手が震える。

「あ、ああ、こんなに……ひど、ひどい……」

 渇れたと思った涙が再び溢れてくる。文書の上にその涙がぽたぽたと零れ落ちた。
 リーニャもサヤもリストに名前はなかったが、さぞかし科学世界をーーライサを恨んでいることだろう。
 わかっていながら、結局何もできなかった。
 不可抗力とはいえ、あまりにも情けない。自己嫌悪と後悔が次から次へと押し寄せる。
 一体自分はこんなところで何をしているんだろうと。

(……でな、でなくちゃ……とにかくここから……)

 何度も涙をふきながら、ライサは考えた。
 ただこうして嘆いていても仕方がないのだ。
 外に出られたらどうしようとか、こうしたらいいかとか、必死で考えた。


  ◇◆◇◆◇


 隔離結界をチェックし、物資手配を終え、新たな感染等ないか一通り街を見回った後、ディルクは中央の最も多数の患者が収容されている簡易宿舎を訪れた。

「……お姉ちゃん……苦しいよぉー」

 サヤは子供達がいる部屋で看病を続けていた。濡らした布をとりかえてやる。

「少し休んで来な、サヤ。ここは俺が見とく」

 ディルクは横の苦しんでいる子供に回復魔法をかけながら声をかける。息は少し穏やかになったが、相変わらず苦しそうだった。

「マスター! ここに来られては……!」
「大丈夫だ、心配すんな。無理はしねぇよ。それよりお前が倒れたら大変だ」

 患者は増える一方で、死者も比例して増えていく。
 回復する者もいたがごく少数で、まだ動ける状態にはならない。看病側の手が追いつかなくなっており、皆不眠不休状態だった。
 とりあえず一括で回復魔法をかけ、あとは交替で休みを入れるよう手配して来たところだ。
 それを聞いてサヤは幾分表情を和らげる。

「……亡くなった方たちの名前、書きとめておきました」

 その文書にはディルクが知っている子供達の名前、酒屋のおかみさん、リーニャの母親の名前も連なっていた。

「そっか。あいつが助けた命だったのにな……恨んでるだろうな、科学もライサも」

 ふっと表情を落としてディルクは呟いた。
 禁止してしまったが、少なくともリーニャは科学に興味を持っていたし、ライサといるのも楽しそうだった。
 壊れるのは一瞬だ。

「今は仕方がないかと。私も……」

 サヤは途中で言葉を止めたが、相当複雑な気分に違いない。
 ディルクは何だかんだ言っても、このラクニアとの縁はそこまで深くない。
 サヤが休憩に退室して行った後、ため息をつかずにはいられなかった。

「俺も……恨まざるを得なくなる時が……来るのか……」

 ライサの顔が浮かぶと、ディルクはやり切れなさでいっぱいになった。
 彼女への想いは色褪せることなく、今でも続いている。
 例え最後に敵として相対するのだとしても、この感情を失いたくないと、そんな事態にはならないで欲しいと、彼は心の底から願った。
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