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戦争編
第十六章 生物兵器の恐怖-2
しおりを挟む「そんなに魔法使いが……東聖が大事かっ!?」
ライサの動きがピタリと止まった。
「……どういうこと?」
ライサは顔を青くして問いかけた。
ヒスターに知られたくなかったディルクのことが、その張本人の口から発せられたのである。
「そもそも我が軍が劣勢なのは、博士のせいでもあるのだ。貴方が変えたのだろう? 東聖の目を」
「それが、まだ効いていると仰るのですか!? ありえません! あくまで一時見えるようにするための……!」
ハッと言った後に慌てて口を抑えるが、後の祭りである。ヒスターはニヤリと笑った。
「ほぅ……それはいいことを聞かせてもらった。攻め方を変えねばな」
そして改めてライサを抑える力をこめる。
「そして貴方の目も覚まさせてやるぞ、博士殿。貴方といい姉上といい、魔法使いごときの下らぬ男に二度と惑わされぬよう、念入りに仕留めてやらねばな」
「ま、待って……やめてください! 聞くから! なんでも言うこと聞きますからっ!」
ライサは涙を浮かべながらヒスターに懇願した。
ディルクは元より王子まで。そしてそんなことになったら王女まで悲しませてしまう。
それだけは何としてでも防がなくてはいけない。
するとヒスターはニヤリと笑って彼女の顎を掴み、強引にその唇を塞いだ。
「!?」
ライサは抗ったが、彼は尚も激しいキスを続ける。
思い出さないようにしていた強くて優しい魔法使いの少年の顔が浮かび、涙が溢れて来た。
(嫌、いやよ、ディルク、ディルクーー!!)
思わずヒスターの唇を思い切り噛んで抵抗する。
科学世界の王子は咄嗟に彼女を払い除け、怒りの形相を顕にした。
ライサは壁に強打され、うずくまる。そして唾液を全て吐き出さんばかりに咽せこんだ咳を繰り返すと、まるで汚れを取るかのように、口を腕で何度もゴシゴシと拭いた。
そんな彼女を眺め舌打ちすると、ヒスターはまわりに大声をあげる。
「おい誰か! 博士殿がご乱心だ! 別室にお連れしてさしあげなさい!」
近くに待機していたのか、彼の護衛たちが動いて、ライサをいとも簡単に拘束する。
「離して! 離してよ!」
彼女はなすすべもなく男達に連れられ、研究所内の密室に閉じ込められた。
男達の去り際、ヒスターが未だ顔をしかめながら、気丈に語りかける。
「貴方はお疲れだ。頭を冷やして、そこで少し休まれよ」
そしてヒスターは鍵をかけ、そこから離れていった。
「嘘、待って! お願い、出して! 私を行かせて!」
ライサは払い除けられてぶつけた痛みも忘れ、閉じ込められてからも数時間、扉をたたき、訴えつづける。
だが、誰も扉を開けてはくれなかった。
「お願い、お願いよ……彼を……王子を……皆を助けて……誰か」
力尽きて気を失ってからも、彼女の涙だけは止まることなく流れ続けていた。
◇◆◇◆◇
ディルクがその知らせを聞いたのは、大分たってからだった。
国王の補佐として最前線に向かい、なかなか本陣に戻って来られなかったのである。
魔法世界は大雑把に国王派と王子派に分かれており、雷子軍を始めとする国王派はどんどん侵攻したがるし、王子派はディルクも含めどちらかというと保守的なのだが、この意見の対立の中で侵攻の調整をするにも手間取った。
ディルクはため息をつきながら本陣に戻り、同朋と連絡を取り合う。
しかしネスレイもガルも応答せず、通信できたのは南聖マナフィだけだった。
事情を聞いたディルクは目を瞠る。
「それで、ラクニアはどんな様子なんだ?」
それでも彼は冷静に応対した。マナはそんなディルクに安心し、ありのままを報告する。
「人手が足りないんですね。ガルに呼ばれてララから波子、ベコから石子、医師が二十名ずつ、それに王都にいましたサヤさんも、ラクニア出身の医師として向かいました。ネスレイは引き続き予知に集中するそうです」
ディルクは少しの間考え込む。
流行病と一口に言われても、どんなものかがよくわからない。見て確かめるしかないだろう。
「マナ、俺も行ってみるからさ、こっちに来てくんねーか?」
「あーはい、わかりました。ララの代理をたて次第向かいます」
「早く頼むよ! 陛下は行動が早いからな」
国王の気の赴くままに戦うと、際限なく先へ進軍していくと悟ったディルクは、今まで出来る限りブレーキをかけていた。
今でも防御や兵糧の面から侵攻を抑えている。
そんなことをしても、遅かれ早かれ進んでしまうだろうが、それでもやらずにはいられなかった。
通信を切って、ディルクはすぐさまラクニアに行く準備をする。問題なければ、また戻ってくるつもりだった。
だが、ラクニアは彼が思う以上に、酷いことになっていたのである。
◇◆◇◆◇
「おかぁさぁぁ――――――ん!!」
わぁぁぁぁぁ――という子供の泣き声とともに目に飛び込んできたのは、たくさんの倒れた人々の姿だった。
ディルクは思わず尻込みしそうになる。
ベッドに寝ている人は皆、高熱でうなされ、体中に発疹が出来ていた。
看病する側も、連日働き詰めで顔が青い。
彼はその場を離れ、急いでガルやサヤ達の姿を捜した。
まさか皆倒れていないだろうか、そんな不安がこみ上げてくる。
「マスター!」
振り向くとそこにサヤの姿があった。そして後方に波子、石子の姿もある。
とりあえず皆、疲れた顔はしていたが元気そうだったので安心する。
しかし彼女は厳しい顔をして、すぐにディルクを叱咤した。
「何故いらっしゃったのですか! 来てはいけません、離れてください、今すぐ」
「そういう訳にいくか。事態がわかるまで戻る訳にはいかない」
するとサヤはため息をつきながら役場の方を指し示す。
「……西聖様があちらの役場の方にいらっしゃいます」
ディルクは頷き、その場は任せて、ガルを捜しに役場の方へと向かった。
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