隣国は魔法世界

各務みづほ

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戦争編

第十六章 生物兵器の恐怖-4

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「西聖殿! 奴等を発見。北の森に向かっていきます」

 将軍波子はしの報告を聞いて、ガルは立ち上がった。
 数日間の調査の後、きな臭いところを、昨夜から見張らせていたのである。

「人数は八人。どうやら引き上げる模様。追いますか?」

 こちらの人数はガルと波子はし石子せきし、及びその精兵二十名を加え、計二十三である。十分対抗できる筈だ。

「ああ、波子は左、石子は右から、俺は正面から挟み込む。行くぞ!」

 ガルの合図と共に二人は散った。
 さすが、万の軍勢を指揮する将軍である。十名ずつの精兵を率い、実に無駄のない見事な行動だった。
 一瞬のうちにして死の軍八人は、魔法使いの精鋭二十三に挟まれた形に陥る。
 ガルは行く手を阻み、目の前の標的を睨み据えた。

「見事だよ。たった八人で街が崩壊するとはな」

 ガルは睨んだまま淡々と言葉を紡いだ。
 だが相手は訓練を受けている死の軍である。そんなことに怖気ついたりはしなかった。

「ふっ、我らにかかればこのくらいなんでもない。魔法使いどもなど滅びればよいのだ」

 一人があっさりと言ってのけた。それを聞いた石子が憤慨する。

「何を! お前ら魔法も使えない下等な生物こそ滅びるべきなのだ!」

 言い終えるや否や、石子は攻撃呪文を仕掛け、石子の精兵もそれに続く。
 八人のまわりに円を描くように配置された彼らが次々に呪文を叫ぶと、その範囲の中で土砂が大量に巻き上がった。視界がほぼ遮られる。
 続けて間を入れず、波子とその精鋭部隊が水の刃を死の軍に向けて発射する。
 刃は体を貫くほどの威力を持っていた。水によって土砂が重みを増し、石のつぶてとなって八人を襲う。
 瞬く間に彼らは傷だらけになった。

 石子も波子もしてやったり、といった顔で死の軍の様子を眺める。
 そのうちの一人が片手を魔法使いへと向けた。

 キュイ―ンという音と共に、石子の精兵の一人が一瞬にして心臓部に致命傷を負う。
 そして更に続け様に二発、三発と射撃される。
 死の軍のレーザー銃は確実に標的の心臓に命中していた。一瞬にして精兵四名が息絶える。

 その場にいた魔法使い達は、何がおこったのか、すぐには理解できなかった。
 四人が倒れるのと同時に、八人を覆っていた土砂の嵐がおさまる。
 死の軍の方も立っていたのは六人だった。先程の土砂と水の刃の攻撃により、二人は既に息耐えている。

 ガルは考えるより早く、先程から唱えて準備していた呪文を発動させた。
 狙いは六人のうち、孤立していた二人である。

 その呪文は時間が少しかかるが、威力は絶大だ。
 標的とされた者は動きを拘束され、しばらくの間感覚全てを奪われる。
 いかな訓練されようと、視覚や聴覚などが奪われれば防御の手段すらない。その隙をつき、確実に相手を仕留める。
 神経や感覚などの知識をもつガルの得意な攻撃技だった。

 しかし、その大技で一人は一瞬にして仕留めたものの、もう一人は経験と身体の反射だけで、急所攻撃を避ける。
 ガルは驚きながらも相手を睨みつけた。
 少し他の者とは異なる雰囲気をもつ。この隊のリーダーかもしれない。

「石子殿!」

 その時、横で他の軍と戦っていた波子の叫び声が聞こえた。
 ちらりと見やると、死の軍が二人、それに精兵三名ほどと石子も倒れている。
 先程の不理解な兵器によるものなのか。
 波子は石子のもとへ駆け寄り体を起こしたが、意識はもう戻らなかった。

 と、死の軍の残った三人が、ガルと波子のほうに腕を向ける。
 手には何も見えなかったが、さっきの音がしたときと同じような構えに、ガルは危機を感じた。

「飛べ!」

 ガルの声と同時に、銃の音が鳴り響いた。
 波子はガルの声を聞くと反射的に上空に退避し、ガルも難を逃れる。
 しかし、反応が遅れた兵が三人撃たれ、他の者もその見えない攻撃に足を撃たれたりと戸惑うばかりである。

 ガルは即座に雷光の呪文を死の軍三人に向けて放った。だが三人とも瞬時にその雷の攻撃をかわす。
 そこで波子がかわされた雷に向かって水を放ち、一人を標的に水の矢の向きを調節する。
 雷を通した矢が見事にその一人に命中、その直後、残り二人の攻撃を、ガルと波子は勘を頼りにかわした。

「……やるな」

 ガルはそう呟いた。波子は気を抜くことなく二人を睨んでいる。と、突然彼の足元が爆発した。
 ドォォ―ンと爆音が鳴り響く。これもまた見えなかったが、爆弾が彼の足元に仕掛けられていたのだ。
 波子は慌てて逃れようとしたが、爆風に吹き飛ばされる。
 ガルも結界を張りつつ後退した。

「波子!?」

 ガルは声を張り上げた。
 将軍波子は同じく爆風に煽られた兵を庇い、近くの木に激突する。鈍い音がして、波子は意識を失った。
 ガルは彼の傍に駆け寄り、生きていることを確認し急いで治癒呪文をかけたが、その一瞬を死の軍が見逃す筈はない。
 銃の音がしたかと思うと、ガルの右肩を衝撃が突き抜けていった。
 そこにいた波子の兵が慌てて結界を張る。もう一人の攻撃はなんとか避けられた。

「そのまま結界維持してろよ!」

 そう言うとガルは炎の矢を多数生み、死の軍二人に向けて撃ち放った。二人とも見極め、寸でのところでかわす。

「はっ!」

 ガルは避けられた矢を引き戻した。今度は正確に二人の頭を狙う。ふいをつかれ避けきれず、彼らは手に足に攻撃を食らう。
 辛うじてリーダー格の男のみ頭への攻撃を避けられたが、手をついたところをガルは見逃さなかった。

爆炎上フレアバースト!」

 ドォォンという爆音と共に、死の軍二人は炎に巻かれた。叫び声を上げて焼かれていく。
 ガルは容赦しなかった。


 波子を抱え、残った数名の兵士と共に、ガルは街中へ戻っていく。

「さあ、もう大丈夫だ、行ってもいいよ」

 ガルは道中、子供にそんな言葉をかける中年の男を見かけた。

「お前、誰だ?」

 男は疑惑の表情を返した。ガルは苦笑する。

「この街の者ではないだろう? この街の者なら、俺が誰だかわかるからな」

 男はそれを聞いて少し表情を緩めた。
 明らかに異質なのに、ガルも何故だかこの男には敵意がわかない。
 そして、男が何をしていたのか、答えを聞いても、きっと理解出来ないだろう、そんな気がした。
 ガルは街の中心のほうを指差して男に伝える。

「あそこに少年が見えるだろう? 何かあったらあいつに言うといい」

 指の先に見える少年は、慣れないながらもしっかりと、街の人々を指導していた。
 ここ数日間の西聖代行、ディルクである。
 中年の男が確認して軽く頷くと、ガルは会釈し波子を抱え、役場の方へと向かっていった。
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