隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第九章 竜の髭-4◆

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「ディルク!!」

 ライサは慌てて、立ち去ろうとするディルクの腕を掴んだ。
 顔色が酷く悪い。彼女はそのまま無抵抗の彼の頬を両手で包み、コツンとその何もない額に自分の額を当てる。

「ら、ライサ、何し……!」
「熱は……ないみたいね。大丈夫? 精神的な、もの?」

 目をまっすぐ見ながら首を傾げる。至極真剣な顔だ。
 ディルクのオーラは相変わらず荒々しい魔力を放っているーーにも関わらず、怯えも逃げもせず、彼女は堂々と彼の前に立っていた。

「あのね、ディルク、ひとつだけ言っておくわ」

 彼の身体がビクリと硬直する。

「魔獣から守ってくれてありがとう」
「は?」

 思わず発された彼の間の抜けた反応にもめげず、ライサは真面目な表情で続けた。

「何だかわからないけれど、貴方にとってその額の輪を外すことは大変なことだったんでしょう? 私のために悪かったわ。でも助かった。もう一度言うわ、ありがとう」
「いや、えっと、どう……いたしまして?」

 そして暫しの沈黙。すると、ライサが大きく溜息をついた。

「というかね、悪いんだけど、私は貴方が何を怯えているのかわからないのよ。だって、なーんにも見えないんだもの」
「え、あ、まぁ……そう……か?」
「そうなのよ! だからね、一人で感傷に浸られても困るの。人殺したんだか何だか知らないけど、私にはオーラとか何とか見えないんだから、精神的被害なんて受けるわけないでしょう?」

 幽霊だって見えないからそこまで怖くないんだし、オーラなんて尚更、何が怖いのか理解できなくてフォローも慰めることもできないわ、と彼女は降参する。
 確かにそうだ、見えないなら、感じられないなら精神が壊れるわけもない、当たり前だと思いつつも、あまりに呆気ない反応に、ディルクはしばし呆然とする。
 一体自分は今まで何に拘っていたんだろうと思い直してしまうくらいに。

「そう……か、気を使っても意味ないのか」
「そうそう、気を使うだけ無駄なのよ無駄。それに、強いて言えば……」

 ライサは調子に乗って続ける。

「輪っかのないほうが私は好きなのよね。その方がありのままのディルク……で、しょ……」

 と、最後のほうは声が小さくなる。ようやく彼女は自分が何を言ってるかわかってきたらしい。
 馬鹿なことを言った、そう思ったときにはもう言い切った後だった。

 気づけば目の前でディルクが笑っている。
 しかもかなりの大爆笑だ。お腹を抱え、涙さえ浮かべている。
 ライサはあまりの恥ずかしさに、顔を真っ赤にして力なく抗議した。

「も、もう、そんなに笑わなくたって……と、止めてよもう!」
「ああうん、ごめん、悪い! でもすまん、笑わずにいられなくて……あははは! そりゃ、そうだよな! 気にするだけ無駄だよな!」


 しかし恥ずかしいながらもライサはホッと安堵した。
 今にも死にそうだったディルクの顔色が戻っている。それどころか、先程より調子が出てきたのではないだろうか。
 ディルクはひとしきり笑うと息をつき、空を見上げて言った。

「やっぱり……凄いなぁ科学」
「へ? 今のどこに科学的要素があったの!?」
「んーまぁ、いろいろあってな」

 ほとぼりが冷めるまで、科学世界に逃避していたことを彼は思い出す。
 自分を知る者がいないことが、魔法使いがまわりにいないことが、どれだけ落ち着けることだったか。
 だからこそ隣国は、ずっと彼の中では特別な存在なのだ。

「ライサ」

 ディルクは彼女の手をとり、心の底からお礼を言った。

「ありがとう、な」

 ライサがはっと顔を上げると、ディルクはこれ以上ないくらいの優しい笑顔を彼女に向けていた。
 あまりに好意的な素顔に彼女の心は跳ね上がる。

(や、やだ、なんかドキドキするーー。あ、輪を外したから? 見えなくても少しくらい影響があるのかもしれないわね。メモメモ、と)

 心の中でチェックしながら目一杯動揺しているライサに対して、ディルクの方は至極冷静に彼女の手に視線を移した。

「お前、冷えてね?」

 軽く片手を振ると温かい風が吹き、湿っていた服がみるみる乾いていく。
 そういえば河に落ちてそのままだった。ライサは今思い出したように、小さくくしゃみをする。

「あーもう、来いよライサ」

 風の魔法を鎮めると、彼はそのままライサを抱き寄せた。

「ちょ、ディルク!?」
「いいから、黙ってろ。震えてんじゃん」

 言うとディルクは少し力を強め、しっかりとライサを抱きしめた。
 温かい、心臓の鼓動が聞こえてくる。
 なんともいえない緊張感と更に同等の安心感に、ライサの身体はどんどん温まり、徐々に感覚が戻っていく。
 そしてあまりの心地よさにしばらく時を忘れた。

 どのくらいそうしていただろうか。

「今度こそ、大丈夫か」

 ディルクの声に、ライサははっと我に返った。
 そしてあらためて、自分がどんな状態なのかに気づき硬直する。
 ばっ、と勢いよく顔を上げ、ライサは即座にディルクから離れた。そのままくるりと後ろを向く。

「ううううんだいじょーぶ。あ、ありがと!」

 顔が火照る。体温が、心拍数が、どんどん上昇していく。血圧も上がっているのではなかろうか。

(どうしたの、私の副交感神経……!)

 交感神経を興奮させすぎ、上級魔法使いのオーラにはやっぱり抑制する輪が必要なのよーーそんなことをあれこれ考える。
 ディルクは、そんな慌てるライサを見て笑うと「行くか」と声をかけた。

「え、い、行くってどこへ……!」
「だから、マナ……南聖のところだよ。もう日も暮れるし、サークレット借りたいから転移するって言ったろ?」
「え、ええ!? て、転移……? で、出来るの!?」
「ん、余裕」

 ニカッと子供のような笑みを浮かべる。
 すごく高度な魔法で、上級魔法使いとして誇れるスキル。街から街に行こうとするとべらぼうに高いお金がかかるっていうあのーーまだまだ動揺が収まっていない中、必死に思い起こしつつライサは何度も深呼吸を続ける。

「……それとも、お前連れて飛ぶほうがいいか?」

 出会ったばかりの時には、欠片も使おうとしなかった魔法を次々と挙げられる。
 一体あの貧相なサークレットで、どれだけの魔力を抑えていたのかとライサは驚きを隠せない。
 と、ふと気づいて声をかけた。

「あ、ねぇ! 鞄、見なかった?」

 河に落とした鞄、結局拾い上げる前に彼女は溺れてしまったのだ。

「鞄? やっぱ、持ってないのか」
「え、ないよね?」

 きょろきょろと周りを見回して確認する。
 先程火照っていたくせに、ライサの顔は今度はみるみる青くなっていく。

「ど、どうしよう……ね、捜す魔法とか、ない?」

 輪っかのない彼ならもしかしてと、期待の目を向ける。しかしディルクは困惑したように答えた。

「あるにはあるけど……ちゃんと見えるのか? それ。見えないもんは捜せないぞ?」

 聞けばライサが鞄を持っていることにさえ、最初は全く気づかなかったのだそうだ。これは望み薄である。

「や、やだ、どうしよう! あれには大事な書状が!!」
「濡れてんじゃねーの?」

 ディルクはさりげなく突っ込みを入れる。

「失礼ね! ちゃんと防水加工してあるのよ!」
「あそ、だから見えねーんかい」

 それはともかく、困った。王女の書状をなくしてしまっては切腹する他ない。
 なんとか捜す方法はないものかーーーー。
 ライサが真面目にうんうん唸っていると、突然ディルクの腕が背にまわり、そのまま彼女を抱き上げた。

「な、え……!?」

 突然の抱擁に、先程の熱が再び湧き上がってくる。そんな場合ではないのに。

「このまま飛んで行くぞ。マナの家はこの河下だから捜せるだろ?」

 そう言うなり、フワリと音もなく飛び上がる。飛行魔法など普段のライサなら一も二もなく分析し始めるところなのに、この時はそんな余裕もなかった。
 ただただ激しい動悸を必死に抑えつつ、ライサは懸命に失くした鞄を捜した。
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