隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
上 下
29 / 98
冒険編

第十章 南聖の書斎-1

しおりを挟む
 
 あたりはもう暗くなっていた。月が昇り始めている。
 ディルクとライサは河沿いにゆっくり北上していた。
 河はまだ先まで続いていたが、こう暗くては捜し物は無理である。それにとうに南聖の家を通り過ぎていたので戻ってきたのだ。

 かなり長い時間、五、六時間は飛び続けていたというのに、ディルクは疲れた様子もなく、腕の中のライサを慰めていた。
 少し前くらいから涙ぐみ始めて、とうとう泣き出してしまったのである。
 結局鞄は見つからなかったのだ。

 ディルクは困惑した。何を話したらいいのか、言葉も思い浮かばない。
 どうしようか、そう考えていると向こうから人の気配を感じた。

「おやおや、強烈な気が近づいてると思ったら。何お嬢さん泣かしてるんです……ディルク?」

 見ると、先程はただの草原だったそこに、一人の青年が立っていた。
 短い真っ黒な髪に、少々黒めの肌、額にはちゃらちゃらと宝石のついた、黄金の豪華なサークレットをしている。薄手のシンプルな絹の服を身に纏っているものの、首や腕を飾る黄金のアクセサリーは、月明かりの中でもよく映えていた。
 彼、南聖マナフィ・マフィは、その細目でにこにこ微笑みながら、のんびりと二人に近づいた。

「マナ!」

 ディルクは彼を見て心底ホッとした。ライサも泣きじゃくりながら、その青年を見ている。
 彼の後方、辺り一面草原の広がる中、小さく南聖の家が確認できた。
 二人は彼に連れられ屋敷へと向かった。


  ◇◆◇◆◇


「なるほど、ディルクでも捜せないんですか。それはちょっと私にも無理ですねぇ」

 南聖マナフィはライサの話をひととおり聞いたあと、そのように言った。
 ディルクは代わりのサークレットを借りに、別室に行っている。

「私、やっぱりもう一回捜してきます!」

 ライサはいてもたってもいられず、部屋をとびだそうとした。
 マナが慌てて彼女を止めようとするが、その前に扉が開く。
 そこには、ちょうど別室から戻って来たディルクが立っていた。額には今までとは違う、豪華な宝石が複数埋め込まれたサークレットをしている。
 しかし彼女はそれにも気付かないくらい焦っていた。

 ライサは彼の傍を通り抜けようとして、腕を掴まれ止められる。

「おい待てよ、どこに行く!?」

 彼女は腕を振りほどこうと、力一杯抵抗した。

「放して! 鞄、捜すんだから! 見つけないと、届けないと私っ!!」
「いいから落ち着けって!」
「落ち着いてなんていられない! ディルクに何がわかるのよ!」

 すると、ディルクがふとその力を弱めたので、ライサはその隙に腕を振りほどいて戸口に走った。

「……シャザーナ・アリサ・メルレーン」

 ディルクの呟きに、まさに外に出ようとしていた彼女の動きがピタリと止まる。
 激しい衝動が消え、頭が一気に冷えるのを感じる。ゆっくりと、ライサは振り返った。

「どうしてディルクがその名をーー?」

 科学世界メルレーン王国第一王女、シャザーナ・アリサ・メルレーン……姫様……。

「話、聞く気になったか?」

 ディルクは静かにそう言うと、先程の部屋に彼女を導いた。


  ◇◆◇◆◇


「まず、最初に確認しておきたいことがある」

 奥に南聖、テーブルをはさんで左のソファにディルク、そして右のソファにライサが座り、おもむろにディルクが口を開いた。
 マナは静かにことの成り行きを見守っている。

「お前は科学世界シャザーナ・アリサ・メルレーン第一王女の使者、で間違いないな?」

 いきなりの核心をついた言葉に、ライサはごくりと息を飲み込んだ。
 何故、どこでそんなことがわかったのか、疑問は尽きない。
 そしてこの最初の質問に答えなければ、この話は進まないし、何の解決にもならないということも想像がついた。
 ライサは、南聖マナフィの方にちらりと目をやると、意を決してひとつ頷く。
 ディルクは、特に驚いた様子もなく自分も頷くと続けた。

「そして、託された書状の内容に関しては、全く聞かされていない」

 この質問には、すぐに肯定の反応。

「で、お前はその王女と、宛先である王子の関係についても何も知らない、で、間違ってないな?」
「え? 関係……??」

 最後のライサの反応に、ディルクは大きくため息をついた。

「大当たりでしたねぇ、ディルク」

 南聖ののんびりした声に、この場の緊張が一気に抜ける。

「え、え、関係って? え、まさか……」

 いつぞやの領主の息子と娘の話が頭を過ぎる。
 マナが苦笑してディルクを見ると、彼はガリガリと頭をかきながら、面倒くさそうに口を開いた。

「あーまぁその、二人はな……ぶっちゃけ、恋仲ってやつだ」

 その瞬間、ライサの全ての思考が停止したーーーー。


 魔法世界第一王子シルヴァレン・エル・ディ・オスフォード。
 彼が科学世界に迷い込んだのは五年程前のことである。
 目的も道も見失い、途方に暮れていたところ、かの国のお姫様に出会った。そしてその後も人知れず交流を続け、恋愛に発展するのにもさほど時間はかからなかった。

「五年前って、もしかして、クアラル・シティ訪問……?」
「なんだ、心当たりあるのか」
「私も同行してたもの。最東端の、国境から一番近い町」

 その後程なくして、ライサは研究室に篭りきりになった。その間王女に会った回数は確かに少ない。
 しかし、そんなことが起きているなんて微塵も気づかなかった。

「会ってたって言っても月イチとかで、人知れずだしな。ところが三年前、二十歳を目前にした王子は国務も従者も倍になり、科学世界はおろか、気軽に外出さえ出来なくなった」

 ライサはディルクが以前していた領主の息子の話を思い出した。
 二人は離れると言っていた気がする。それからそう、文通をするのだと。

「そう、で、その文通すらも途絶えたのが一年半前の話だ」
「じゃ、じゃあ私が託された書状って……」

 ライサはなんとも言えない微妙な表情で思い浮かべる。
 信じられない。信じたく、ない。

「まぁ、ラブレターって可能性が一番高い」

 彼女は俯き苦悶したまま、顔を上げることが出来なかった。


  ◇◆◇◆◇


 ライサは風が吹く草原で、一人ぼんやり空を見上げた。
 ディルクに聞いた王女達の話が衝撃すぎて、どうしたらよいかわからず、ただ呆然と時を過ごしている。

 なにせ敵国の王女と王子、どう考えても無謀すぎる関係だ。
 このまま王女の使いを遂行して、果たしてそれでいいのだろうか。
 手紙が人知れず河に沈んだのなら、そのままの方が、波風を立たせることもなく済むのではないか。
 まぁ、単純な恋文ではなく、軍のことなど重要な内容が記されているのかも知れないが。

「サヤ達はもう二、三日動けそうにないらしい」

 ライサの横に腰を降ろし、ディルクは手短に伝えた。
 先日の大雨で、リーニャが風邪を引いてしまい、ララの街で休養中だという。
 魔法が自由になったディルクは、一旦転移してララに戻るか尋ねたが、ライサはそれにもほぼ無反応だった。
 結局そのまま南聖の屋敷に厄介になり、そろそろ三日が経とうとしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...