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第4章 ケリュネイア山の黄金の羊
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「なかなかいい温度だ。上質な石膏泉だな、鎮静への効能も期待できそうだ。イオンを置いていく。ゆっくりと入ってくれ」
「えっ…ちょ、ちょっと待って」
迷うことなく踵を返したオルフェウスに、本当に入っていかないのかと問いかける。
振り返った美貌がわずかに苦笑した。
「やはり誘っているのか? 七日も全く触れられなかったんだ。いま私と一緒に入ればただではすまないぞ」
「や、やっぱり一人で入るっ!!」
艶めいた流し目を容赦なく送られて、両手を前後に振ってさっさと出て行ってくれと意思を示す。
無自覚なのか意図的なのか、とてつもない色気を時折鋭い矢のように放ってくれる、実に厄介な存在なのだ。
「もう…勘弁してくれよな」
熱くなった頬を手で軽く叩きながら、笑って去って行った後ろ姿を横目で見送った。
七日も全く触れられなかったんだ…と告げられた言葉が耳に残って仕方ない。
あれほどまで極上なアルファが寝ている自分を前に接触を我慢していたとでもいうのか。
(少しも…触れなかったのか…)
そんなの、勝手に触ればよかったじゃないかと予想もしない思考にとらわれかけてハッと我に返った。
自分は何を考えているのか。
まるでそうされることを望んでいるかのようだ。
「クゥィイ…?」
薄暗い横穴で、連続して頬を叩く音と訝しがる小鳥の鳴き声が響き渡った。
******
「ここから先は幻術が仕掛けられている」
前方の木立に向けてオルフェウスが闘気を纏った手をかざした。
ぼわんっと空間がわずかの間だけ歪んだ。
一見するとほんのりと靄がかかったただの山道だ。
入浴を済ませてこざっぱりとした後は。
花々が咲き乱れる水上を、まるで氷の上のように滑らかに走る獣車の中でゆったりと食事を取りながら移動したというのに。
たどり着いた先もまた楽園のように木々が美しく生い茂る山奥だったというのに。
それなのにそんな不穏な仕掛けがされているのかと、どこか夢見心地だった状態から抜け出して、頼りがいのある案内人の顔を凝視した。
「さて、どうしたものか…強引に踏み出して歩き続けたとしても、ただ元のこの場所に戻るだけだしな」
まるで内面の疑問を先読みしたかのように付け加えられた。
「だからといって力尽くで壊せば、破壊している間に確実に逃げられるだろう…また行方をくらまされたらイチから探すことになる」
「それはやっかいだな…他に手はないのか?」
入り口が一つとは限らないだろうといった軽い感覚で尋ねれば、じっと青灰色の瞳に見つめ返された。
直感的にあるのだと感じ取る。
けれども、ないことはないと呟いたまま語ろうとしない。
他の手段だとかえって厄介なのかと様子を窺いながら出方を待てば、しばらくサワサワと風が枝葉を鳴らす音と鳥のさえずりだけが聞こえる時間が過ぎ去っていった。
いつまでたっても言葉を発しない相手にしびれを切らして口を開いた。
「えっ…ちょ、ちょっと待って」
迷うことなく踵を返したオルフェウスに、本当に入っていかないのかと問いかける。
振り返った美貌がわずかに苦笑した。
「やはり誘っているのか? 七日も全く触れられなかったんだ。いま私と一緒に入ればただではすまないぞ」
「や、やっぱり一人で入るっ!!」
艶めいた流し目を容赦なく送られて、両手を前後に振ってさっさと出て行ってくれと意思を示す。
無自覚なのか意図的なのか、とてつもない色気を時折鋭い矢のように放ってくれる、実に厄介な存在なのだ。
「もう…勘弁してくれよな」
熱くなった頬を手で軽く叩きながら、笑って去って行った後ろ姿を横目で見送った。
七日も全く触れられなかったんだ…と告げられた言葉が耳に残って仕方ない。
あれほどまで極上なアルファが寝ている自分を前に接触を我慢していたとでもいうのか。
(少しも…触れなかったのか…)
そんなの、勝手に触ればよかったじゃないかと予想もしない思考にとらわれかけてハッと我に返った。
自分は何を考えているのか。
まるでそうされることを望んでいるかのようだ。
「クゥィイ…?」
薄暗い横穴で、連続して頬を叩く音と訝しがる小鳥の鳴き声が響き渡った。
******
「ここから先は幻術が仕掛けられている」
前方の木立に向けてオルフェウスが闘気を纏った手をかざした。
ぼわんっと空間がわずかの間だけ歪んだ。
一見するとほんのりと靄がかかったただの山道だ。
入浴を済ませてこざっぱりとした後は。
花々が咲き乱れる水上を、まるで氷の上のように滑らかに走る獣車の中でゆったりと食事を取りながら移動したというのに。
たどり着いた先もまた楽園のように木々が美しく生い茂る山奥だったというのに。
それなのにそんな不穏な仕掛けがされているのかと、どこか夢見心地だった状態から抜け出して、頼りがいのある案内人の顔を凝視した。
「さて、どうしたものか…強引に踏み出して歩き続けたとしても、ただ元のこの場所に戻るだけだしな」
まるで内面の疑問を先読みしたかのように付け加えられた。
「だからといって力尽くで壊せば、破壊している間に確実に逃げられるだろう…また行方をくらまされたらイチから探すことになる」
「それはやっかいだな…他に手はないのか?」
入り口が一つとは限らないだろうといった軽い感覚で尋ねれば、じっと青灰色の瞳に見つめ返された。
直感的にあるのだと感じ取る。
けれども、ないことはないと呟いたまま語ろうとしない。
他の手段だとかえって厄介なのかと様子を窺いながら出方を待てば、しばらくサワサワと風が枝葉を鳴らす音と鳥のさえずりだけが聞こえる時間が過ぎ去っていった。
いつまでたっても言葉を発しない相手にしびれを切らして口を開いた。
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