上 下
36 / 133

第32話 赤褐色の戦場

しおりを挟む
 フランスの首都、パリ。
 第16区に広がる『ブローニュの森』からほど近い場所に、そのテニススタジアムはある。世界で初めて地中海横断を成功させたフランス空軍のエースパイロット、ウジェーヌ・アドリアン・ローラン・ジョルジュ・ギャロスの偉業を称え、彼の名を与えられた『スタッド・ローラン・ギャロス』。そこは、テニスの国際大会における最も格式高い大会、栄光の四舞台グランド・スラムの1つ、全仏オープンの舞台となる場所だ。


 日本時間18時。
 ATCアリテニ敷地内にあるカフェ『ジュ・ド・ポーム』では、週末のテニスを終えた一般客たちで賑わっていた。店内の1階と2階のおよそ中間に位置する壁に設置された特大サイズのモニターには、鬱蒼とした新緑を彩るブローニュの森が映し出されている。徐々にカメラワークが引いていくと、フランスの街並みと共に『スタッド・ローラン・ギャロス』の全景を捉え、やがて大勢の人で賑わう会場をバックに現地レポーターが挨拶を始めた。

『さぁ、今年も始まりました。第2のグランドスラム、全仏オープン。好天に恵まれた大会初日は、女子シングルス第一回戦の第一試合に、日本の縞栗鼠チップマンクこと三縞みしまありす選手が登場します。対戦相手は現世界ランキング2位、フレア・エヴァーロイド選手。センターコートであるコート・フィリップ・シャトリエを舞台に、現役女子最小サイズの三縞選手が、赤土のレッドクレー・戦乙女ヴァルキュリーに挑みます。間もなく両選手コートインの模様です』

 スピーカーから、声色に興奮をにじませたレポーターのセリフが流れてくる。日本とフランスとの時差はおよそ7時間、現地は昼前の11時頃。メインとなるモニターの他にも、いくつか中型のテレビが店内の各所に設置され、既に訪れていた気の早い客たちはグラス片手にテレビを見ながらテニス談義に花を咲かせている。

「間に合ったー。ったく、素直に負け認めてりゃ早く済んだってのに」
 扉を開けるなり不満げな声を上げながら、蓮司が姿を現した。
「いやいやいや、あれは出てました~。5mは出てました~」
 蓮司に続いて、やや挑発的な物言いで反論しながらマサキが入店する。誰が見ているわけでもないというのに、とがったアゴを突き出して変顔を披露し、練習試合の負けを認めようとしない。マサキのあとにデカリョウ、ブン、奏芽、そして聖が続く。

「おう、オメーらちょっと手伝え」
 白いワイシャツに黒のベスト、黒い蝶ネクタイ、黒のショートエプロンをつけた千石透流せんごくとおるが、後ろで束ねた美しい長髪を揺らしながら不機嫌そうに言った。蝶ネクタイを緩めた胸元からは、銀色のシンプルなネックレスがきらりと光る。制服のせいか、年は1つしか変わらないにも関わらず、トオルはやけに大人っぽい雰囲気をかもし出している。

「え~、オレら今日客っすよ~」
 ブンがおどけながら言い、マサキがその通りだと言わんばかりに頷く。
「あ?」
 鋭い眼光と共に低く唸るトオルの迫力に圧され、男子メンバーはそそくさと手伝いに加わる。聖を除く全員が慣れた様子で手際よく手伝いを始めるが、聖だけは右往左往するばかりで勝手が分からない。皆、飲食店でアルバイトの経験でもあれば難なくこなせるような簡単なことしかしていないが、アルバイト未経験の聖には、初めてのことばかりで戸惑ってしまった。

(オイオイ~、ドンくせェなァ~? そンなンじゃ社会でやってけねェぞ~?)
 からかうチャンスとばかりにやかましく囃し立てるアド。聖はつい意地になって手伝いに熱中してしまい、気付けば一緒に来た連中が既に着席して揚げ物などつまんでいることにも気付かずせっせと手伝いを続けていた。聖のあずかり知らぬ間に、女子メンバーも合流して席に着いている。
「おに~さ~ん、ジンジャーエール1つね~♡」
「あたしオレンジジュース~!」
「んじゃ、ウチは生ビール!」
「コラ、うらら!」
「コラウララて笑」
「ミヤビさんおかんみたい笑」

 おちょくられている事にも気付かず聖が注文を伝票に書き込んでいると、すっと横から伸びた手が、聖の伝票を奪った。

「聖クン、もういいよ。ありがとう」
 いかにも人当たりの良い笑顔を浮かべながら、トオルと同い年の葛西悠馬かさいゆうまが優しく言った。聖はすいませんと一言詫びて、ペンをユーマに手渡す。促されて空いていた席に座ると、横にいた姫子がすまなさそうに言った。
「ごめんね、皆が手伝っちゃダメって……」
「あぁ、いいよ、ちょっと面白かったし。勉強にもなった」
(マーーージーーーメーーーかーーーー?)

 普段は基本的にオシャレなカフェといった様子の店内だが、今日はテーブルや椅子の配置が大幅に変わっている。店内の照明もやや薄暗く、いわゆるスポーツバーといった風情だ。手伝いに夢中で気付かなかったが、改めて店内の様子を窺った聖はその雰囲気になにやら尻のあたりがムズムズする。なんだか、ドラマにでも出てきそうなムードだ。

「おう、テメーら、グラスは持ったか~? んじゃ乾杯といこうぜェ~!」
 いつものサングラスにテニスウェアの上からエプロンをかけた素ノ山田守治すのやまださねはるがこれまたいつもの調子で唐突に現れる。今日はこの前話に出ていた、グランドスラム初日をメンバーと共に観戦するイベントの日だった。

「ドロー表みた~? 今日は誰が出んの?」
「今日はありすちゃん先輩と~、渡久地とぐちさんと~、あとガネさん!」
「残念、愛しのお姫様は明日だな、聖」
「いや、えーっと」
金俣かねまたさんは?」
「あの人そもそも出ないよ。素襖すおうさんと渋岩しぶいわさんが明日」
「つか、ありすちゃんイキナリ相手がエヴァーロイドってドロー運無さすぎ」

(いいなァ~~~。テニス友達と練習終わりにスポーツバーで全仏観戦とかさァ~。この前のプール焼肉コンボといいよォ、オメェ青春謳歌してンじゃねェぞコラ代われよチクショー)

 周りの喧噪と頭の中のアドのぼやきで早くも疲れてきた聖。ほどなくすると、巨大なモニターに選手が入場する様子が映り、俄かに店内が盛り上がった。

「姫子、これから見る試合の三縞選手って、ATCアリテニの人?」
 聖はそっと姫子に聞いてみる。正直、現役の日本人選手や海外選手を殆ど知らない。知っているのはハルナと、この前戦った徹磨ぐらいのものだ。

「うん、ここの所属でね。みんなはありすちゃんって呼んでる。現役女子の中で一番背が低いんだよ。ちっちゃくて可愛いけど、びっくりするほど足が速くて、それに身体全部を使って打つから、見た目からは想像つかないぐらいパワーのあるボールを打つよ。名前と、ポニーテールがシマリスの尻尾みたいだから、海外では日本の縞栗鼠ジャパンチップマンクなんて言われてるの」

 自慢の姉でも紹介するように、嬉しそうに語る姫子。丁度、コートでフォトセッションが行われ、対戦相手とありすが並ぶ様子が映っていた。比喩でもなんでもなく、大人と子供みたいな身長差で、ゆうに20cmはありそうだ。

「相手、大きいね」
「そうだね、相手はフレア・エヴァーロイドっていうスペインの選手。一昨年、全仏のタイトルを獲ってる選手だよ。しかも、全試合ストレート勝ち。体格も良いし、なによりどんな時でも笑わないことで結構有名でね、赤土のレッドクレー・戦乙女ヴァルキュリーってあだ名がついてるの」

 随分と大仰なあだ名だ。縞栗鼠チップマンクとは比べ物にならない。人懐こそうな表情を浮かべている三縞選手とは対照的に、赤毛で長身のエヴァーロイドは既に臨戦態勢といった面持ちで、静かに、しかし力強い闘志をその瞳に宿していた。

「なんか、そういうあだ名付けるの流行ってるの?」
「う~ん、一時期からトップ選手とか人気選手にはあれこれついてるみたい。その方がウケが良いんだって。あ、始まるね」

 そう言われて画面に視線を戻す2人。トップ選手にあだ名がつくというのなら、ハルナにもあだ名があるのだろうか?しかし彼女はまだ今年プロになったばかりで、日本でこそ有名だが世界での知名度はどんなものなのか聖はよく知らなかった。

 画面の向こうで、煉瓦を砕いた土アンツーカーを敷き詰めた赤褐色のテニスコートを舞台に、最前線の闘いが、幕を開けた。



「よォっし良く獲ったァ!」
 日本人選手の三縞ありすが、元全仏覇者のエヴァーロイドを相手にサービスゲームをブレイクすると、店内に歓声がこだました。

 身長151cm、現役プロ選手の中で最も小柄な三縞ありすは、縞栗鼠チップマンクのあだ名を体現するかのように、低く、鋭く、そして誰よりも速くコートの上を駆ける。後ろに縛ったポニーテールが太陽に照らされ薄く茶色にきらめき、それはまさしくシマリスの尻尾のよう。どれだけコートの外に追い出されようと、2バウンド目ギリギリで追いつき返球する。

「あいっ変わらず、えげつねぇフットワークしてやがるわ」
 苦笑いを浮かべながら、しかし嬉しそうに奏芽がつぶやく。テニス観戦はほぼ素人の聖にも、ありすのフットワークがいかに凄まじいかよく分かる。小柄な体躯でコートを駆け回る様子は確かにシマリスを彷彿とさせるが、打ち返す様は力強い。いかに身体が小さくとも、彼女が屈強なテニス選手であることがハッキリ伝わった。

 テレビではポイントのリプレイムービーが流れ、実況者がありすを賞賛する。

「これが三縞の真骨頂、海外ではくるみ投げの一撃ナッツ・ストライクと呼ばれています」
 ありすは、高く跳ね上がった相手のボールに合わせて勢いよく飛び上がり、一体その小さな身体のどこにそんな膂力を持っているのかと疑いたくなるような強烈なスイングを見せる。フォア、バック共に両手打ちの彼女のフォームが、まるでシマリスがくるみを投げつけるかのように見えるらしく、そういう愛称がついたらしい。

「ポーカーでいうところの『ナッツ』と掛けてるって聞いたよ」
 誰が注文したのか分からない大皿のサラダを運んできたユーマが、そんな小ネタを口にした。聖は、そういうのは一体誰が言い始めてどうやって定着するんだろうと不思議に思う。

 画面が切り替わり、今度は対戦相手のグッドプレーがリプレイされる。
 赤土のレッドクレー・戦乙女ヴァルキュリーと呼ばれる、前々年度の全仏覇者、フレア・エヴァーロイド。高身長で攻撃的なストロークは、球足の遅いレッドクレーであろうと鋭くコートに突き刺さり、果敢に挑んでくる縞栗鼠チップマンクを容赦なく攻め立てる。

 スペイン生まれのエヴァーロイドはスペイン勢の例に漏れず赤土レッドクレーを得意とし、攻撃的なストロークのみならず、長身に見合わぬ優れたフットワークをも併せ持つ。21歳の若さでグランドスラムの一角を制しただけでなく、その大会においてただの1つもセットを落とさなかった偉業を成し遂げた彼女は、しかし昨年は怪我で欠場を余儀なくされた。

 早熟な選手は得てしてその才能を散らすのも早いというのが通説だが、彼女は粘り強くリハビリをこなし、驚異的な回復力ですぐにカムバックした。大会連覇という夢を果たせなかった彼女が今大会に懸ける想いは強く、相手が例え年端もいかぬ少女のように小柄な選手であろうと、一切の容赦無く叩き潰すつもりで戦うことを記者会見で公言している。

――ミシマ選手について? そうね、彼女は確かにチャーミングだし、私もリスは嫌いじゃない。でも、テニスコートは危険な場所。リスが入ってきたら、みんなだって追っ払うでしょ。私もそうするつもりよ。

 試合前の会見で彼女は全くの無表情でそう言って、集まった記者たちを閉口させた。


 第1セットのゲームカウントは、三縞ありすから見て2-4。
「かなり粘ってるけどさ、ジリ貧だよな」
「隙がねーんだよ、ロイドは」
「ハードコートだと秒殺されたもんな~」
「サーブが打たれ放題だからな~、厳しいな~」

 周りで観戦している客たちも、ありすを応援はしているが、彼女の勝利が望み薄であることを受け入れてしまっている。どうにかして勝って欲しいと思いはするものの、いかんせん相手が悪すぎるのだ。

(ンまァ、きち~わな。いくら球足がおせェつっても、身体のスペックが違いすぎらァ。さっきのブレイクだってほぼたまたまじゃねェ~か。可哀想なシマリスちゃん)

 アドの評価も似たり寄ったりのようだ。
 だが、聖は試合を観ながら、全く違うことを感じていた。



「ん~~~! 良いとこはあったけどな~~~! 結局ストレートかぁ」
「いやワンチャンあったよ。ロイドも初戦だしちょっと硬かったし」
「だねぇ~、1stセット惜し過ぎ。タイブレまでもつれたのに~」

 結局、三縞ありすは敗れた。6-7、1-6のストレート負け。1stセットはまさかのタイブレークに突入し、やもすればセット奪取なるかと期待が高まったものの、チャンスは訪れることなく地力の差を見せつけられることとなった。

 応援していた人達は、口々に三縞選手のプレーを賞賛すると同様に、対戦相手のエヴァーロイドの完全復活を喜んでいた。どうやら、少なからず彼女のファンもいたらしい。

「なんか思ってたより、和やかっていうか、対戦相手を悪く言わない人が多いんだね」
 スポーツの応援というと、野球やサッカーの応援団に対するイメージがあった聖には少し意外だった。普通、贔屓のチームが負けると少々聞くに堪えない悪口が飛び交うものだと思っていたが、店内の様子は選手二人の健闘を平等に称えている上、勝ったエヴァーロイドの次の活躍に期待を寄せるような声が多く聞こえた。

 そんな聖の感想に、いつの間にか移動してきたミヤビが答える。

「テニスって、個人種目だからさ。中には勿論、極端に贔屓して応援する人もいるけど、割と国に関係なく好きな選手を応援する人が殆どなんだよね。それに、テニスの文化的にも、試合が終わったら選手はお互いに握手して称え合うでしょ?自然と観客もそれに倣う感じで、両選手を褒める空気になるんだよね。私、テニスのそういうとこすごく好き」

 好きなものを自慢するように、少し誇らしげに言うミヤビ。スポーツは勝敗を賭して本気でぶつかり合う以上、殺伐とした空気になるのは得てして避けられないものだ。現に、エヴァーロイドは試合前の会見で露骨な宣戦布告を口にしていた。だが、決着がついたのであればそういう過程は水に流し、お互いを称え合うのが個人競技であるテニスの文化なのだろう。

 なるほどなと聖が感心していると、日本の放送局が試合後の三縞選手にインタビューする様子が映し出された。三縞はその表情に悔しさを滲ませながら応じた。さすがに敗北直後ということもあって和やかな表情とはいかないが、死力を出し尽くして戦った為か、どこかやりきったというような顔色が浮かんでいる。

「手応えはありました。序盤、相手も硬さがあったので。ただ、やっぱりグランドスラムで勝つには、まだ色々足りてないところが多くて。同じ敗けるにしても、1stセットを獲り切れなかったというのがその証拠だと思います。また出直します」

 やや早口でそう言うと、三縞はすぐカメラに背を向けて立ち去った。インタビュアーが少し戸惑いつつも、彼女の健闘を称えるセリフを口にしてスタジオへバトンタッチしようとした瞬間、シマリスの怨嗟の叫びをマイクが拾った。

――あァー! 追っ払われちまったよ、クソがァ~ッ! 次は潰すッ!

 この時の音源はオンラインで拡散され、しばらく話題になったが、それは別の話。



 三縞ありすの試合が行われた後、しばらく間を置いてから、同じく日本人選手でATCアリテニ所属の渡久地菊臣とぐちきくおみの出場する試合が、第2コート『コート・スザンヌ・ランラン』で行われようとしていた。

「姫子、渡久地さんてどんな人?」
 注文したペペロンチーノを食べながら、聖は姫子に渡久地選手について尋ねた。店内は空調が利いているものの、熱気のせいで聖の背中は少し汗ばんでいる。姫子の顔も少し火照ったように赤く、もしかすると、漂ってくるアルコールの匂いで少し酔ったのかもしれない。
「渡久地さんはね、ガネさんの先輩だよ。ちょっと恐いけど、良い人だよ」
「キクさん、膝の具合どうなんかね? 全豪のあとしばらく休んでたっしょ」
 よく漬かったピクルスをポリポリと頬張りながら、マサキが話に入ってくる。どうやら、渡久地選手は怪我をしていたらしい。先ほどのエヴァーロイドもそうだが、やはりテニス選手は怪我に泣かされることが多いようだ。

「なんとかなったっぽい。あ~、マジでキクさんに勝って欲しい~な~!」
 フライドポテトを咥えながら、花宮麗はなみやうららが切実そうに言う。
「花宮さんは、渡久地さんと仲が良いんですか?」
「え? ひじりん、なんで敬語? やだぁ、距離感じるんですけど」
「あ、え、ごめん」
「ちょ~姫子~、あたしもひじりんと仲良くして~んですけど~、独り占めすんなし」
「えぇっ? ひ、独り占めなんてしてないよ」
「あぁもう可愛い~! 姫子こっちおいで!」

 唐突に絡んできたウララに姫子を奪われ、どうしたものかと思い悩む聖。すると、マサキが隣に座り、何やら訳知り顔でニヤつきながら言った。

「ウララのやつ、キクさんに惚れてんだよ。キクさんイケメンだからな。イケメンならなんでもいいんだ、アイツ」

 へっへっへ、と軽く笑うマサキ。実にコメントし辛い話だったので乾いた愛想笑いを浮かべて聖はお茶を濁す。すると、タイミングよく画面に渡久地選手が映った。

 細身の長身で手足が長い。スポーツ選手にしてはやや長い髪で、一重で切れ長の眼光は鋭く日本人の割に鼻が高い。精悍さの中にどこか悲壮感を漂わせているように見えるのは、試合前だからだろうか。短く伸ばした顎ヒゲが、スポーツマンらしい爽やかさとは異なる、ワイルドな雰囲気を感じさせた。

「おぉ、ホントにカッコいい」
「だろ~? オレもヒゲ伸ばそっかな」

 尖ったアゴを指でこすりながらおどけるマサキ。コイツが髭を伸ばしたところであんな風にはならないよなぁと心の片隅で思ったが、その考えがまるでアドのようだと感じて慌てて頭を振る。

「膝に肘に肩、あちこち怪我に泣かされてんだよね」
「でも、前に比べてかなりガッシリしたよな。肉体改造成功?」
金俣かねまたさんに色々教わったみたいよ」
「マジかよ」

 渡久地のことを知るメンバーが、あれこれと聖の知らない話題を口にする。聖が知っている男子のプロは、以前試合をした黒鉄徹磨くろがねてつまだけだ。渡久地選手は世界ランキングは徹磨より遥か下に位置しており、実力的にも徹磨が上である。だがそれでも聖は、現役のプロとして世界の最前線で今まさに戦っているこの渡久地に尊敬の念を覚える。そして、彼がどんな試合を見せてくれるのか、期待と不安の入り混じったような気持ちを膨らませていた。

 まるで戦地に赴く兵士のような表情を浮かべた渡久地の顔が、画面に映った。

続く
しおりを挟む

処理中です...