上 下
61 / 69
【本編続き】

3-11.薬の実験と魂の人形、その結果

しおりを挟む
 翌日、ミラはリリカの屋敷で目を覚ました。
 ベッドの両隣に飼い犬のシルクと、隣の部屋だったはずのリリカがいるのを一瞥した。 とりあえず細かいことは気にせず、改めて今日すべきことを頭に浮かべたのだ。

 まずは王家が調べているバイレンス家の状況である。
 昨日は王城で途中解散となったが、これはバイレンス家の状況を調べることが大きな理由だ。あの場に待機していてもすることはなかったからだ。
 あの先遣隊だけが主力メンバーとは思えず、いまは王妃の命令で調べさせているのだろう。

 次に、リリカに処方する薬の調合と実験である。
 これには実験する人間に許可をとって薬の処方を受けてもらうしか無い。できれば、気軽にできればよいが、実験相手の募集は難しいだろうとも考えていた。費用もかなり高額になるはずである。

 起きてからしばらくして、王女様のフローラが何食わぬ顔で使用人として屋敷の中に入ってきた。
 ミラに近づき、こそっと耳打ちをした。

「昨日の件ですけど、バイレンス家はすでにもぬけの殻だったそうです」

 ミラは少しだけ目を見開いた。

「それってどういうことですか?」

「どうやら第三勢力との衝突も起きていたらしく、ほとんどの教団員は庭で倒れていたと」

 多くが死亡していた。
 生き残った教団員は、当主と一緒にどこかに消えたのだろう。

「それって……」

「とても厄介なことです。行方がわかりません。あれほどの犠牲者を出してすぐには動けないはずですけど。次の動きは読めなくなりました。お母――王妃様もそう言って苦い顔をされておりました」

「では、今日はもう王城には行かないほうが?」

 後始末で、王城全体がとても忙しい雰囲気だという。フローラの様子もせわしない。

「いえ、昨日の食事会で聞けなかったこともあるということで、できればもう一度来て下さいと」

「わかりました」

(そういえば、聖女の件をまだ伝えてなかったわ)

「それと、例の薬ですけど、おおっぴらに治験を募集することはできないので、死刑囚の犯罪者を使うか、別の方法を使うようにと伝言を頼まれました」

「そうですよね……実験の方は少しこちらで考えてみます」


 ミラはそう言って、朝食を取った後に、自室に戻るのだった。





「それにしても……不思議な話だわ」

 昨日は、教団員の襲撃に、謎の魔物の登場、バイレンス家の武力衝突など、ミラの周囲でさまざまなことが起きていた。

 階段を登り終わったところに、さっきようやく起きたシルクとリリカがミラの部屋から出てきて、そこにちょうど出くわす。

「おはようございます」

「わん!」

「ミラ、おはよ~」

 あくびをしながらリリカは眠そうに目元をさすった。
 昨日、何があったのか、よほど疲れている様子だ。
 
「あ、そうだ!」

 何かを思い出したように、リリカはミラに声をかけた。

「どうかしましたか?」

「実験の話だけど……」

 ちょうどフローラに実験が難しそうという話を聞いたところだ。

「はい?」

「この家の人形を使ったらどう?」

 ミラは首を傾げた。

「人形というのは、あの疑似魂が入っているというあの使用人の方たちですか?」

「そうそう。昨日話していた感じだと、治験が難しいんじゃないかと思って。人を使った実験とか」

「はい、どうもそうらしくて……。でもその人形は人間と同じ効果を確かめられるのですか?」

「うん、だってその薬、人間の肉体ではなくて、精神に作用するんでしょ?」

「そうですけど、魂も人間ではないんじゃ……」

「そんなことないよ? 全部じゃないけど、人間の魂を入れている人形もいるから」

「え、人間の魂をこの薬の実験にして本当にいいんですか?」

 ミラは気になった。
 人形に人間の魂というのがよくわからなかったが、それで実験して人間の魂が昨日みたいに廃人になってしまうと、自分が悪いことをしているような気がするのだ。

「聞けばいいよ。していいかどうか」

「聞けるんですか?」

「もちろん。強制や命令することが気になるなら、私に忖度が働かないように、自分の意志だけで受けたい人だけ受けろと命令を出せばいいよ」

「じゃあ、お願いします」

 ミラは下の階に後でもう一度来るように言われて、人形の招集する間に調合と治験の準備を進めることにした。


 数時間後。
 ミラは精神薬の2種類を完成させた。それらには、2代目ということで「高揚薬MKⅡ」と「鎮静薬MKⅡ」という名前をつける。実験できるように分量や種類のパターンを変えて、いくつか用意してある。


 ミラが下の階に降りると、ずらっと部屋の中に人形が集まっていた。
 人形には疑似魂ではなく、死んだ人間の魂が入っているのだという。
 説明を簡単に受けたがミラにはわからないことも多かった。そこで、とりあえず治験である。
 
「ここに集めたのは、人間の肉体ボディそのものの人形。使っている体液とか臓器とか、脳とかは人間と同じ構造になってる」

 最後にぼそっと「鮮度も」とだけ付け加えた。

 ミラが疑問を浮かべて、とりあえず、男性の検体に薬を飲ませることにした。
 男女での効能の違いは考慮していないため、どちらでも良いはずだ。一応、あとで女性の検体にも使う予定である。

「じゃあ、飲ませますよ」

 口を開けたので、そのまま瓶の中身を飲ませる。
 この検体は少し顔色が悪いのか、胸に両手をそえて、何かを必死に祈っている様子だった。

「あの……本当によろしかったんですか?」

 一応聞いてみると、

「リリカ様に仕えることこそが至上の喜びでございます。たとえ命令がなくとも身体を差し出します」

 この男性は頭を信仰心にやられているのか、ちょっと普通ではなかった。
 昨日見かけた黒いフードの男たちに多い人種の国にも見える。外国人の顔は見分けがつきにくい。特にミラはなおさらだ。

「わかりました、では連続投与していきますね?」

 1つの安全基準として、昨日のような廃人化が起きないことを確かめる。そして、中・短期的な安全性の確認である。
 長期投与の安全確認は今回は放棄することにしている。リリカへの治療が間に合わなくなるためである。この時期に今度は王都試験が近づいていていた。それには間に合わせたい。

「どうですか?」

 何度か交互に投与していると、その男性は晴れやかな笑顔で答えた。

「はい、気分の上下した後、清々しい気分です」

「じゃあ大丈夫そう……」

 といったところで、男性は憑き物が落ちたようになっていた。

「はい、目の前にリリカ様のお姿と、その背後に極光が見えます。ああ、その温かな手で優しく包み込んで……」

 なにか見えてはいけないものが見えているらしい。

「どうし……たんですか?」

 だんだんと焦点が定まらなくなっていき、白目をむいた。
 ミラが聞く前に意識が消えた。

「あ……」

 リリカがミラに首を振った。

「これ……、ダメっぽいね」

「う~ん、薬の濃度を落としたはずなんですけど」

 この用意したビンの中身は昨日のより濃度を下げた。
 でも結局、回数を重ねるとダメだったようだ。
 
「まあ、この人も前世では悪いことばかりしていたようだし、最後に悟りを開いて性格が聖人みたいになっていたよね。結果オーライじゃない?」

「そうですか? じゃあ次頑張ります」

 ミラは切り替えが早かった。
 とりあえず、黙祷でその魂(悪い精神は破壊済み)を天に見送るのだった。

 リリカは、ボソッと呟いた。

「地獄でなく、天国に行けたようなら上々でしょ」

 まるで、魂が今どこに存在するか分かるようなことを口にするリリカ。



 ミラは次の薬を取り出して、2人目の男性に薬を投与した。
 この人も昨日戦った教団員のフードの男と国や人種が同じに見える。

「では、投与しますね?」

 次の薬は、濃度と量を落とした。ミラがその分を別の薬で足し、アレンジしたものである。

 昨日のように、最初に失敗した原因は「鎮静効果が気分を落とすことで苦痛になっているのではないか?」という予想から新たに調合した。

 1回目の薬よりも気分がハッピーになれる薬である。

 投与すると、男は常時、幸せそうな表情を浮かべていた。

「ああ、なんてことだ……私はこんな楽園を知らなかった。これまで愚かな罪を犯していたのだな」

 繰り返し投与しても意識は途切れず、精神が死ぬこともなかった。
 しかし、投与を増やしていくと、だんだん彼から声が聞かれなくなり、最後には喋らなくなった。

「ぅ……き……」

 かすれた声だけが男だけから聞こえた。
 そして、半目に見開いたまま、幸せそうな表情でよだれを垂らし、動かなくなった。

「あれ? あの……」

 リリカが終わりだと声をかける。

「ちょっとダメだったみたい。廃人になっちゃった」

「う~ん、難しいですね。苦痛が原因じゃないかという1つ目の予想も外れたみたいです」

「まあ幸せそうだし、いいんじゃない?」

 リリカは仕方なく、実験体を交換する時に、魂を抜き取って手で握りつぶした。
 きっと地獄でも幸せハッピーな精神で日々を過ごせることだろう。

「じゃあ、次の方は」

 ミラは、次こそは、と用意した投薬を試すのだった。

 今度は興奮だけを強めた薬。 
 すると、行動が暴走した患者のようになり、押さえつけることになった。
 案の定、精神制御するための意思は失われていたのである。
 どちらかを強めれば、結果として偏った薬効の結果が出てしまう。




 最終的な結論として、バランスを崩した薬は全滅だった。
 しかし一方で、量を単純に落として、ポーション薬や手持ちのいくつかの薬草を加えることで、正気を保つことに成功した。肉体回復のできるものを補ったのは正解らしい。

 ミラは、この摩訶不思議な結果に一番驚いた。

 精神ではなく、肉体の方を回復させながら精神に作用させると、正常な結果を得られたのである。
 その薬は投与後しばらく、自分の意志に忠実に活動する副作用はあった。だが、お酒を飲んだ酔っぱらい程度と考えれば問題ない範囲だ。

 身体にも精神にも大きなダメージの入らない薬が誕生した。
 
 ミラは少し嬉しそうな表情をしている。

「実験は成功ということですね?」

「やったね。何体かで繰り返し試したし、問題ないと思う。安全性確認はもう少し必要だけど」

「それもそうですね。ありがとうございます。リリカさんが手伝ってくれたから早くできたんです。助言もいただけましたから」

 これで中期的な投与の安全が確認できれば、リリカの薬として使えるはずである。

「ミラにお礼を言ってもらえるなら嬉しいかな。じゃあ、お礼はハグでいいよ」

 そういわれて、両手を広げて待っているリリカに、ミラはさっとハグして離れ、握手してもう一度お礼を言った。

「ありがとうございます」

「いやいや、私のためなんだし、いいよ」

 魂の中にもいろいろな精神体の人がいた。例えば、元気な人からうつ気味な人、不安症の人などさまざまだ。彼らはその精神症状をいずれもこの薬で改善することができた。

「本当はこうやって試験中もずっと手を握ってくれてたら、薬なんかなくても合格できそうな気がするんだけどね」

 ミラは、リリカが冗談を言ったと思い、笑った。

「ふふ、面接試験は2人で一緒に受けるんですか?」

 あえて、そんなふうに聞き返すのだった。




 このとき、バイレンス家の当主が裏で、ミラ抹殺と次女確保のために動き出していることをまだ知らない――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~

銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。 少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。 ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。 陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。 その結果――?

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...