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【本編続き】

3-11.5.バイレンス家の動きと聖教国の大司教

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 バイレンス家長男のシーラスは、実家の屋敷で送りつけられた手紙を開いた。
 その文面に、怒りのあまり執務机を拳で叩いた。
 
「くそっ! オヤジの奴め!」

 手紙の中には、雑務をさせるための家督継承を言明しており、結婚相手は他国の重要な立場の娘にすることが書いてあった。
 家督はもともと狙っていたから当主になることは問題ない。
 しかし、雑務を押し付けて、「家督権限の一部は父のハルドンに残す」と記載している。
 挙げ句、狙っていた第一王女から手を引いて、他国の人間と結婚せよというのである。

「ふざけやがって。俺様が家督を継いだはずなのに、なぜオヤジの言いなりにならなくちゃいけない!」

 当主の座は結婚の格を合わせるに過ぎない、ただの必要条件であったはずだ。

「ん? そうだ、王女と婚姻せざるを得ない何かがあれば……」

 シーラスは、第一王女に対するいままでの行動は、何度も手紙や品を送りつけるなどする形式的なものばかりだった。
 しかし、父・ハルドンの手紙を読んで家督を継いだことを知り、いよいよ行動するのを決意する。

「その舞台を整えるには、これしかない」

 美しいエリス第一王女の容姿を思い返し、シーラスはこれからの計画に薄ら笑いを浮かべた。
 あの女が自分から進んで俺様のものになるのだと。


 そこでふと、長女の姿が見えないことに疑問を抱いた。
 そういえば、いま王都の別邸の一つにいるはずだ。しかも最近は帰ってきていない。社交界で男漁りに必死で、無駄に着飾っているのだろう、とあざ笑う表情を浮かべた。

 しかし、シーラスはミラが生きていることをまだ知らない。


***


 シーラスに手紙が届く少し前、バイレンス家の当主だったハルドンは、こう命令した。

「これをそれぞれに届けるんだ!」

 信頼の置ける者だけに、実家とルナド聖教国、ハルベム小王国に使いを走らせた。
 
 実家には、長男がいる。
 ルナド聖教国には、ハルドンを支援する教団が存在している。
 ハルベム小王国には、次女が留学していて、一時帰国をする命令書を送らせた。

 実は、教団があれ程の人材を確保できるのは、いち教団ではなく、国が背後にあるためである。教団は国の所属だ。
 ハルドンはそのことをあまりよく知らなかった。表と裏で、団体名が違う、裏の組織が別にあるなどは、聖教国では日常茶飯事だからだ。
 それに側近にいる影の男が、ハルドンにさまざまな情報をもたらし、また、聖教国の不利になる情報は与えないようにコントロールしているからである。
 リリカとの戦闘からも魔人化せずに逃れた人物だ。

「次女には一応、異変を察知されずに、命令だけを送った。これで大丈夫だろう。ただ、教団にどれほどの余力があるかが問題だ……」


***


 1週間後。
 ハルドンのもとに訪れたのは、追加の教団員の男たちではなかった。
 白い聖職者の衣装をしたシスター風の女性が1人だけである。年齢は20代なかばと行ったところだろうか。
 この王国にはあまりいない、西南方面の外国人だ。
 他に教団員の姿は見えない。
 
「どういうことだ? なぜこの女を教団は送ってきた?」

 手紙には、今以上の戦力をできれば用意してほしいと伝えたはずである。
 ハルドンは、戦力が役に立たなかった以上、教団がもっと人員を出すべきだと考えていた。
 その思惑は教団側も気付いているのだろう。

「このお方はご要望のです」

 側近がそう答えた。
 ルナド聖教国には、『三大司教』と呼ばれる存在がいて、それぞれに特徴を持った教団組織をまとめている。

「この女が? ただの華奢な女にしか見えんが……」

 ハルドンは無礼にも上から下までを舐めるように見て、この女に何の価値があるのかと疑問の表情を浮かべた。
 
「このお方は、この教団の実質的なトップで指導者のルシュメル様です」

 本当は、3つの教団を国がまとめて、それぞれにトップがいる。三立制を敷いていた。そのうえに国の最大司教がいる。国で言えば2番目に偉い人間だ。
 ハルドンにとっては、教団の最大権力を持つ、無視できない人物である。

「なにっ!」

 それを聞いてハルドンは飛び上がるほどびっくりした。

(教団の実質的なトップだと?)

 ようするに、教団員を動かす全権を持っているのである。
 そして、魔人の生み出し方も、王権授権の知識も、王家システムの裏技も、教団、ひいては彼女が提供したということになる。
 ハルドンにとっての最も大きな知識のスポンサーであり、全面的な協力者である。

「それは失礼を。この度はお忙しいところを――」

 当主として挨拶しようとしたところで、片手で静止された。

「思ってもいない挨拶を無理にさせるのは忍びありません。さきほどのように自然体で結構です」

「はあ……、あなたがそうおっしゃるなら」

 ハルドンは、教団員相手のときと同じように話すことにした。交渉のしにくい性格のようで、ハルドンは心のなかで舌打ちした。
 不満を顔に出さないように、そのまま話を続けるハルドン。

「それで、トップの方が来て、教団員を直接指揮すると?」

 その質問に、ルシュメルは間髪なく答える。

「いえ、その予定はありません」

「じゃあ……あなたが戦力になると? 魔法が使えるとか」

 権力的にはトップかもしれないが、彼女が戦力になるとは到底思えなかった。
 特別な魔法でも使えるのかもしれないと聞く。
 ルナド聖教国には、優れた魔法を行使する国家に属す教団のトップが1人いるからである。国の名前が知れ渡ったのは、それがあまりに大きな出来事だったからだ。東にある大国の軍勢を魔法で退けたという。
 しかし、それは彼女ではない。

「いいえ、私は『神の奇跡』を行使できるので、神ができる奇跡の一部が私にも使えます」

「奇跡……というのは魔法とはまた違うので?」

 ハルドンは、宗教色を帯びた言葉に困惑した。
 それと同時に、疑問を浮かべる。側近に視線をやると、それに答えた。

「ルシュメル様は『奇跡(自称)』を使えます。けれど、おそらくご当主様が思い浮かべる奇跡とは全く違います」

 側近は少しだけ言いよどんだ。
 説明したいが本人の前ではそれが難しいとでも言いたげだ。

 至って真面目に、彼女は「神の奇跡を振るえる」のだという。しかし、本当は「本物の奇跡ではない」かのような言い草にも見えた。たしかに奇跡が嘘なら、教団のトップに「嘘つき」と言ってしまい、それはまずいのだろう。明らかに神を信じている人間に、「神の奇跡など無い」と言ってよいことではない。

「じゃあ、少し見せてくれないか?」

 ルシュメルは頷いた。

「よろしいでしょう。ではどれに奇跡を行使すれば?」

 手品のような小手先ではできないことを提案するハルドン。

「う~ん。じゃあ、あのボロ屋があるだろう。あれを消してみてはくれないか?」

「わかりました」

 数瞬の後、使われなくなった目の前のボロ屋敷が跡形もなく消えた。

「な……」

「ご理解いただけましたか?」

 瞬きして、その瞬間が何も見えなかった。

「いや、もう一回だ。次は、あの空に浮かぶ雲を消すのはどうだ?」

 これなら目に見えなくても小細工は使えないはずだと。
 人間は空まではどうやっても届かないし、雲などという実態のつかめないものを消せるわけがない。
 だが、ハルドンがそう言った次の瞬間には、上空の雲が消えていた。

「消しました」

「馬鹿な……。何をしたら雲が消えるんだ……」

 空に大量に浮かんでいた雲が全て消えた。辺り一帯である。

「神の奇跡です」

 側近は、その様子を見て首を横に振った。
 ダメだこれはと。
 
「ご当主様、見る時は雲ではなく、ルシュメル様を見ていて下さい」

 そう言われて、もう一度雲を消すように頼んで、空を見た。
 が、すぐにルシュメルに視線を移す。彼女を見るのだと言われたからだ。
 すると、流れてきた雲の塊が消えた。
 ルシュメルがしたのである。

 その方法を見て納得した。

「そういうことか……。これが神の奇跡!」

 ハルドンは、神妙な顔つきでルシュメルの顔を見た。
 
「ご理解いただけたようで何よりです」

 理解してしまった。

 大司教の彼女をトップに据え、教団がなぜ「魔人」を作れて、その魔人がなぜあんな力を持つのか。
 その理由を垣間見たのである。

 

 ハルドンと長男のシーラスは、それぞれの思惑を胸に準備を始めた。
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