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3-7.食事の毒、恐れの理由

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 ミラは、フレドリカと隣の部屋を調べることにした。
 
「じゃあ、フレドリカ様。そちらの棚をお願いします。私はこちらを探しますので」

「……」

 フレドリカはそのまままっずぐ歩いて右隅の棚を調べ始めた。
 顔つきは神妙だ。

 ミラも薬品庫の中から、薬師の知識を利用して、それらしい木箱を片っ端から調べることにした。

「ここにも入っていないわね。フレドリカ様、そちらはどうですか?」

「……これがたぶん」

 フレドリカは1本の液体入りのビンを持ち上げた。

「本当ですか?」

 ミラが駆け寄ってフレドリカの持つ1本のポーションを観察した。
 これは確かに『麻痺回復ポーション』だ。

 さらにフレドリカは、「この棚の木箱全部」と指を指して、ミラに教えた。

「ありがとうございます!」

 ミラはお礼を言って、隣の部屋にいるフローラを呼びに行こうとした。
 しかし、フレドリカは、ミラの上着の裾を掴んでそれを引き止めた。

「あの……どうかされましたか?」

 ミラの問いに、しばらく無言のままのフレドリカ。
 だが、目を強くつむって、再び開くと、ミラにこう言った。
 
「ごめんなさい」

 ミラはなぜ謝罪されているのか、意味がわからず、聞き返すことにした。

「あの、何がでしょうか?」

「実は、私があれを入れたんだ……

「あれって、深海クラゲの麻痺毒のことですか?」

「……うん」

 ミラにとってはびっくり仰天である。
 頭が混乱し、とりあえず理由を聞くことにした。

「その、どうしてそんなことを……されたのですか?」

「食事会を失敗させたくて」

「食事会っていうのは私と王家の?」

 ミラは核心をついた質問をした。

「うん、でも……」

「でも?」

「まさか、あんなことになるなんて……」

 語尾の勢いは下がっていた。「……思わなくて」と最後に付け足す。

「それでごめんなさいと……」

 フレドリカはミラの手を取って、両手で握った。

「その……本当のことは私が伝えるから、しばらく黙っていてほしいの。ダメ?」

「それは構いませんけれど……なぜ最初に私に?」

「あなた、私だと気付いてそうだったから」

 とんだ勘違いに、ミラは首を傾げた。

(なぜそのような勘違いを?)


 その疑問で、ミラはようやく事実を受け入れ、頭が回転し始める。
 このフレドリカの告白には多くの疑問があったからだ。

 まずは、本人も毒で麻痺を受けていたことだ。
 そして、そもそもフレドリカのような末妹の王女に、あんな遠い街の深海クラゲの毒を入手できるツテがあるはずがない。

 何か裏があると確信した。
 もう少し情報がほしいミラは質問した。

「話はわかりました。ちなみに、その毒はどうやって手に入れたのですか?」

「私の世話役の方です。これを使うと食事がまずくなると言われて」

「なるほど……、でもそのへんが私もよくわからないのですが、そもそも食事には毒を入れられませんよね?」

 フレドリカは両手の人差し指をツンツンとあわせながら、小さく頷いた。

「そのはずだから、私もそのシステムを信じて、あれを入れたんだけど……」

 ミラは話の真実が少しだけ見えてきた。
 つまり、王家が魔法で構築した毒防止のシステムは、何を入れても毒だけは入れられない。だから、王家の面々からはその安心感があった。
 その絶対的な安心感を逆手に取られて、フレドリカは毒と知らずに入れてしまった。
 具体的な手段は不明だが、王家も知らない、システムの裏をかけるなにかがあるのだ。

「そういうことですか。では、私がさり気なくシステムについて聞くので、その後、真実を話して下さい」

「いいの?」

「はい」

「怒らないの?」

 そのことではないと、言い直すフレドリカ。

「……はい、では戻りましょうか。まずはフローラ様に場所を伝えないと」

 ミラは気付いた。
 フレドリカが一番気にしていたのは怒られることだったのだと。
 たぶん王家の方たちは優しい。許してくれるのだろう。

 だが、ミラも巻き込んでいる以上、フレドリカが一番恐れているのはミラだった。

 ミラは知らないことだが、フレドリカが周囲から話を聞いた限り、ミラが聖女候補だという。
 その場合、家を潰すだけの権限を得るのだ。
 しかし、その権限に例外はなく、王家の権限に介入できる存在になり得る。人も家も本気になれば潰せる。
 そうすると、毒を入れたフレドリカに対して、将来的にどのような罰を受けさせるのか恐れた。
 まあ、それ以外にも理由はあるようだが、大まかにはこれだ。


 ミラは安心してほしいと声をかけて、少し失礼だとは思いつつも、フレドリカの頭を撫でてあげた。

 嫌がる素振りはなく、それを嬉しそうに受け入れるフレドリカの変化は大きかった。
 すでにミラを恐れてはいない様子だ。
 ミラからしても個人の感情について、細かいことをあれこれ聞き出すつもりはなかった。


 なぜフレドリカが薬品庫の部屋でまるで場所を最初から知っているかのように、薬のある木箱に真っすぐ歩いていけたのか、それは偶然なのか。
 なぜ食事会を失敗させようとしたのか。
 ミラがその事情を聞くことはなかった。
 その役目は、おそらくミラではない。そのはずだからである。

 
***


 フローラを呼んで、木箱を運び出すことにした。
 ミラは2箱ずつの4つ、フローラが両手で2つ、フレドリカは1つと箱の上に2本を運んでいる。
 
「そういえば、薬品庫に行く際に、フローラ様はなぜ長女のエリス様ではなく、フレドリカ様を選ばれたんですか?」

「そういえば、ミラさんはエリス姉様のことを知らないんでしたね。それは、身体がとても貧弱だからです」

「貧弱ってことは筋力や体力がないということですか?」

「そういうことです。見た目は美しくてかなり細身なんですけれど、中身も見たままの虚弱体質なんです。最近は特に部屋に引きこもってますね。だから、重いものとか絶対に持てません。まだフレドリカのほうが力持ちですよ」

「そうだったのですか……。その失礼でなければ聞かせてほしいんですけど、なぜ最近になって引きこもるように?」

「前から外には出たがらない人でした。けれど最近はそれが悪化して。言ってよいのかわかりませんが、バイレンス家の長男の方が相当なストレスになっているそうです」

 ミラはフローラからバイレンス家の長男が長女にしていることを懇切丁寧に説明した。迷惑なアプローチに、彼の中ではすでに結婚相手になっているような文面だという。最近は内容がさらに酷いらしく、平常心では読んでいられないため、少し前から手紙を側使いに丸投げして代わりに捨てているそうだ。

「……それは、なんかごめんなさい」

 ミラが謝る必要はないのだが、その頃はまだバイレンス家にいた身だ。知らなかったとはいえ、それを放置してしまった。

「いえ、ミラちゃんはあまり関係ないですよ。でも、もし当主を王家暗殺未遂事件でうまく処刑できたとしても、長男が当主になるのは困るんですよね。食事に毒を入れた行為を処断できるはずですが、親類を即座に処分できる権限がいまの王家にはないんです。でも家を潰すか、彼にも消えてもらわないと、エリス姉様の精神が持たないかもしれません」

 そこでミラは隣を歩くフレドリカをちらっと見た。

 フローラが言うには、毒殺未遂は処刑らしい。
 フレドリカが母親の前でこの後「自分がやった」と言っても大丈夫か、少しだけ気になった。
 まあ、フレドリカも王家だし、身内の罪は隠されるはずだ。大丈夫だと頷くだけにした。
 するとフレドリカもつられて頷いた。
 何も話していないのだから、空気伝達だが、なぜか根拠なくフレドリカに頷かれるミラだった。

 そこに、フローラがフレドリカを見て何かに気付いた。

「なんか、いつものフレディに戻ってますね」

「……別に、そんなことは」

 話すのはまだぎこちないが、表情は今までと違っていた。
 ミラはその違いを見て、無口だったのも挙動不審だったのも、周囲に毒を入れたことをバレないように警戒していたせいだと予想するのだった。

(でも、いつもと違うってバレていたみたいだし、逆効果だったんじゃないかしら?)




 しばらくして、王城の食事をしていた大広間の部屋に戻ってきた。
 だが、近づくについてれ何か室内からおかしな物音が聞こえてきた。

「これって?」

 ミラは疑問の声を上げた。

「急ぎましょう!」

 フローラがそう言って、小箱を落とさないように、少しだけ小走りになるのだった。
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