上 下
49 / 69

3-6.状況分析と城内、薬品庫

しおりを挟む
 ミラは、敵がいまだに襲撃を仕掛けてこない理由を思案する。

 ミラとフローラがそれについて話している間に、母親のマーガレットが襲撃前の情報を騎士たちから聞き出していた。
 それによると倒れる直前に気になる何かの兆候はあったらしい。

「この毒が理由、でしょうね」

 フローラがそのことに気付いてハッとなった。

「本当に報告にあった深海クラゲのものだとするなら、長期間動けないと襲撃者も考えるはず」

 ミラはそれでも疑問が残った。

「王家のフローラ様たちが狙いなら、動けない今が絶好の機会のはず。そうだとしても、動きが遅いですよね?」

「たぶんだけど、彼らも近づけないのではないかしら?」

「……どういうことでしょうか?」

「毒って集めるために自分が受けないようにする対策は決して難しくないわ。でも、城内全体に散布されていたら入れないわよね。護衛の何人かはこの外でも同じような薄い煙が窓から出てくるのを見たというのよ」

 確かに、部屋の中には倒れた直後から薄い煙のようなものが立ち上っていた。
 よく見ないと視認できないくらいの薄さのため、護衛役のうちの2人しかその光景を見ていないようだ。

「なるほど……。ネズミ一匹通さないしかけが、逆に自分たちも入れない、足枷になっているんですね……」

 ミラは森のことを思い出した。
 深海クラゲから毒を受けると普通の毒回復ポーションを飲んでも冒険者はしばらく動けなかった。
 飲んですぐ動けるような薬効があるのは、ミラの作ったポーションくらいだ。

 そこに、薬の専門的なことはあまり詳しくないフローラが聞いた。

「襲撃者は自分たちで回復薬を使って身を守りながら侵攻はできないのですか?」

「いざってときのために麻痺回復ポーションは用意していても、行動はできなくなってしまうんですね」

 それにはミラが答えた。
 麻痺の神経毒は、行動不能に陥り、通常はすぐ動けるようにならない。
 それでは薬も意味がないと。

「でもミラさんのポーションは動き続けられますよ?」

「……その私の作ったポーションやこの薬草はなぜかちょっと変わってるんです」

「ああ、なるほどですね」

 なぜか納得されてしまったミラは、逆に大丈夫かなと疑問に思った。
 その説明で納得してよいのだろうかと。
 だが、あの街のギルドでは周知の事実だ。ミラの薬の効能はちょっと変わっていると。
 フローラはこういうことでよいかと聞き返す。

「つまり、襲撃者は神経毒が自然に薄まるのを待って、城内に入る予定だったわけですね?」

 マーガレットは軽く顔を左右に振った。

「大まかにはそうだろうけど、少し違うんじゃないかしら? それだと時間がかかりすぎるから、魔法で空気を循環させるのでしょうね」

「あっ、気弾ですね! その方法なら……」

 ミラは手をかざして、周辺索敵を行う。
 次に、気弾を放つために手のひらを扉の外に向けた。

 空気の循環が必要そうな場所を把握する。
 空間内に流れる空気を掴むように、窓から勢いよく風が流れ込んで、範囲検索が完了した。

 王城内に敵らしき人物はいなかった。
 確かに、マーガレットの言ったとおりで、外から空気を循環させて、毒を排出すれば何とかなりそうな構造だ。

 扉が開くと風が王城内を駆け抜けた。
 しばらくしてかざした手を下ろすミラ。

「終わりました」

 ミラはマーガレットに報告した。
 それに対して、フローラが首を傾げて不思議そうにミラに聞くのだ。

「終わったんですか?」

「はい……」

 ミラは頷いた。

 フローラは、本当にこれで大丈夫なのかと少し心配になったようで、疑問の声を浮かべていた。
 もう城内にはないと言われて、無意味に鼻をスンスンするフローラ。
 臭いで城内の毒分布がわかるならすごいが、心配で無意識に出た行動だろうとミラは予想した。
 
「その、本当に?」

「そうだと思いますけど」

 フローラは思考を放棄したのか、納得するように頷いた。

「ミラちゃんはやっぱりあれだったんですね」

「……えっと、あれ?」

 ミラは目の焦点がぼやけて半笑いするフローラ。
 さらに母親のマーガレットは、自分の頭に手を乗せて、複雑な表情をした。
 ミラはその様子を交互に見た。

 後ろから呆然とするレオもいた。

「剣だけではなかったのか……」

 と誰かが呟く。
 声がして、ミラはそれがたぶんレオだと思い顔を見ると、なんとも言えない表情をしていた。

「でも、これって、毒を消してしまうと襲撃者が早く来ませんか?」

 ミラは、例の黒フードたちを思い浮かべた。
 この毒を集められる場所にいた人物で、王城襲撃など、元実家のバイレンス家しかミラには心当たりがなかった。

 毒の侵入経路もわからず、敵らしき存在の襲撃もない。
 このままこの場で二の足を踏んでよいのか、ミラは不安になった。
 それはマーガレットやフローラ、レオも感じていた。
 まずはできることからする必要がある。

 フローラが提案することにした。

「では、レオお兄様をこの部屋の護衛にして、私、ミラちゃんで麻痺回復ポーションを薬品庫に取りに行きませんか?」

 王家にとっては、王様と王妃が最重要護衛対象なのは間違いない。
 そして、兄弟姉妹の中でこの場の戦力が高いのはレオだ。
 
 そこに、母親のマーガレットが助言した。

「2人だと人数分は持ってこれないわ。手伝いが必要よ」

 それを聞いたフローラが三女のフレドリカにお願いした。

「フレドリカ、お手伝いしてくれる?」

「……はい」

 フレドリカはしぶしぶ首を縦に振った。

 そうして、ミラたち3人は薬品庫に向かう。
 

***


 廊下を警戒しながら歩いた。
 先頭で少し先をミラが歩き、その後ろにフローラ、その横に手をつないで移動するフレドリカ。

 フローラは、手をつないだままフレドリカに声をかける。

「何かあればフレディちゃんのことも私が守りますから、安心して下さい」
「……」
「ねえ、さっきから変ですよ? どうかしたのですか?」

 ミラはその会話が聞こえて後ろを振り向く。

 やはり麻痺がないはずなのに、いまだに身体が小刻みに揺れている。
 ミラは立ち止まって心配そうにフレドリカの顔色をよく観察した。
 すると、フレドリカがそれに気付いて立ち止まり、またしても顔を背けられた。

 ミラは、フローラの横まで移動して歩く早さを合わせる。
 そして、小声でフローラの耳元に顔を近づけて話しかけた。

「あの、もしかして私って、フレドリカ様に苦手意識を持たれているのでしょうか。なにか知っていますか?」

 フローラは急にその場で立ち止まり、後ずさった。
 手をつないでいない右手で耳を押さえている様子だ。

 ミラはそれに気付いて、失敗したと思った。
 急に耳のそばで話しかけられるのは、ぞわっとしてしまうかも知れないと。
 ミラもリリカにそれをされて同じ経験があった。

「あ、ごめんなさい」

 とりあえず謝ることにした。
 
「いえ、ミラさんは別に……悪くは」

 フローラは言葉に詰まるのだった。


 そのとき、フレドリカがフローラの少し後ろからじっと見ていることに、ミラは目の端で気付いた。
 しかし、目が合うと視線をそらし、顔を背けた。
 
 フレドリカの謎行動の理由はわからないまま、薬品庫に到着した。


***


 ミラは入る直前に、念入りに索敵をかけて、中の敵性存在の有無を確認した。

「中には誰もいません。大丈夫です。」

 フローラは首を傾げた。

「あの、さっきからどうしてミラちゃんは見えない場所に敵がいるかどうかが分かるんですか?」

「索敵です。この前、冒険者の方のを見様見真似で覚えました」

 一瞬、フローラは呆然として、口を開けたままになった。

「ミラちゃんの才能が私の予想をどんどん良い意味で裏切ってくれて嬉しいです……」


 室内は暗闇で、廊下のように明かりが灯っていない。
 フローラが魔法の起動でランプの明かりをつけた。

 3人で手分けして、2つに内部が扉で分かれている倉庫から場所を探して薬品棚を見回し始めた。
 本来、王女の仕事ではないため、どこに何があるかはわからない。
 薬品は特に厳重なため、配置の把握は限られた人員で行われていた。

「お母様に聞いておけばよかった……」

 フローラが失敗したと後悔する。

「フローラ様、3人で探せばきっとすぐ見つかりますよ」

「ありがとう、ミラちゃんはずるいくらい優しいね。あ、隣にも保管庫があって、その扉から入れるから、ミラちゃんはそっちを探して?」

「わかりました」

 この場はフローラに任せて、ミラだけ隣の部屋を探しに行こうと、扉のノブに手をかけた。
 すると、後ろから誰かがミラの上服の裾を引っ張る。
 急に接触されたためか、背中に冷や汗が流れて、振り向いた。

 するとフレドリカがいた。

 扉を開ける手が止まり、ミラは彼女を見たままその場で佇む。

「あの……フレドリカ様、どうかしましたか?」

「……私もそっちを探す」

 ミラは少し疑問に思ったものの、それに了承して頷いた。

 そのときのフレドリカの顔は、何かの覚悟を決めたような真剣さに見えた。

(フレドリカ様が一緒に探してくれるのかしら? そんなに真剣な顔をして、きっとお姉さんフローラ様の力になりたいのね)

 そんな呑気なことをミラは考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

処理中です...