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2-2.5.計画の阻止と狂気

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前置き:

不快な表現があるかも知れないので、そういうのが苦手な人はこの話を飛ばしてください。

耐性のある人は大丈夫かもです。





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 執務室。そこにはバレインス家の当主・ハルドンという男が書類仕事をしていた。
 使用人含めてこの部屋に他人は誰も来ない。外から隔離された場所。

 だが、天井裏に潜む何者かかいた。
 上にいるその男の報告を聞き、立ち上がる。

「なに! 失敗しただと!?」

 書類をあたりに撒き散らした。
 ついでに、持っていた羽ペンを右手でへし折り、そのまま地面に叩きつける。

「はいっ、教団員の報告では、異常個体を潰されて、全ての群れが通常ルートで海に帰ったとのことです」

「馬鹿な! 長年考えた俺しか絶対に解けないギミックを看破した者がいるというのか?」

「はい、恐れながら。どうやら、あの街に住んでいた冒険者に異常個体を撃破されたようです」

「それこそありえない! あの規模の魔石で生み出される個体は単独でAランクオーバーはあるんだぞ? 倒せるはずがない。ただの地方にいる冒険者が倒せる強さの魔物じゃないんだ。ギミックがバレただけでなく、倒されたなど、到底信じられん!」

「ですが……事実です」

「くっ!」

 バレインス家の当主・ハルドンは、忌々しそうについ先日のことを思い出す。

 馬鹿な長男と長女が、せっかく用意していた大切な【生贄(ミラ)】を勝手に外に追い出して、死なせた。

 それだけでも『王国転覆の計画』が頓挫しかけた。
 一応、次善策も用意していたのだが、それ以前に、計画の要である『深海クラゲによる王都無力化』を謎の冒険者に阻止された。

「別の方法を実行すべきです」

 天井裏の男は提言する。

「無理だ。2・3人殺せたとしても、あの王家にはS級冒険者と王家直属の騎士が王族を守っている。目的を果たすには、あいつら王族を全員殺して、俺が新しく国を復興した立役者になる必要がある」

「そうでしょうね。深海クラゲを使った方法は、王族を皆殺しにできる数少ない方法でした。街から王都に向けて、全ての人間を無力化できる。その中で余裕を持って王族を全員殺せたでしょう」

 男はそれに、と言葉を続ける。

「動かなくなった聖女たちも全員使って生贄の儀式を行い、完璧に目的を果たせる。1度で3度美味しい特別な方法です。聖女の生贄しか、この国で王族から王権を移譲する方法はありません。しかし、深海クラゲの群れは来年まで待つ必要がありますし、何より深海クラゲを使う方法は、対抗策がバレました。次は通用しません」

「じゃあ、どうすればいい?」

 ハルドンはどこか焦っていた。

「実は面白い話を聞いたのです。ある闇の奴隷商人から、あなたの娘らしき人物が生きておられると」

「なに! そんなバカな!」

「はい、ですが、一応生き延びていた線も考えて、探させてはいたのです。偶然、馬車で助けられるなどの可能性もありましたから」

「それで、あいつが生きているなら、王権の方は問題ない。だが、奴らの抹殺はどうする?」

「とりあえず、深海クラゲの毒の方は何かの役に立つかも知れない、とかなりの量を回収させました。他の毒も上手く調合すれば、食事に混ぜただけで殺せるはずですし、いざとなれば直接毒を塗った剣で」

「刺す……か。毒は空気中に散布もできるのか?」

「そこは抜かりなく。貴方様が恐れている護衛も無力化できるはずです」

「よし! 運が回ってきたぞ」

「彼女(ミラ)は誰に回収させますか?」

「それなら、あの盗賊いちの腕前というゲイボルを使って、うまく回収をし」

 だが、男はそれを言う前に遮った。

「ゲイボルは重症で発見され、投獄送りとなり、処刑されました」

「……は? ゲイボルが死んだのか?」

 驚きすぎて口が開いたままになるハルドン。

 ゲイボルは冒険者の中でもAランクにすら余裕で勝てる実力がある。

 武器を持つ相手を得意としており、肉体に相手の武器が「一切通用しなかった」という動揺を誘って、返り討ちにする、無手の徒手格闘で最強クラスの男だ。
 
「はい、例の深海クラゲを撃破した冒険者にやられたそうです」

「……おのれ、誰なんだその冒険者は! いますぐ、毒でぶち殺せ!」

「いえ、それが……あなたの娘さんらしいのです」

「……は?」

 ハルドンは口を開きすぎで、顎が痛くなってきた。

「嘘ではありません」

「そんな馬鹿な……、生きていただけでなく、俺の邪魔をずっとしていたのが、生贄の娘(ミラ)だったというのか」

 これほど滑稽なことはない。

「どうしますか? 別の人員を送りますか?」

「あいつめ……、育ててやった恩を忘れて、親の野望を邪魔するなど、利用価値がなければとっくに捨てていたというのに。まさか、死んだと見せて、俺の邪魔をしてたんじゃないだろうな……。とにかく、あいつを捕まえられるやつを誰でもいいから送れ!」

「わかりました」


 ハルドンは、ミラの世話は特に何もしていなかった。
 だがこの家に住まわせてやった事を感謝すべきだと考えている。
 最低限だが、お金も使っていたのだ。
 会話は一切していないし、ここ数年顔も見ていないが、その恩も忘れて、親にタテをついたのだと、頭に血がのぼった。


「命さえあれば、どれほどボロ雑巾になっていても構わん。生贄でどうせ死ぬのだから、しばらく命がもてばいい」

 天井裏に居た男は姿を消した。





 しばらくしてハルドンは机を思いっきり叩いた。

「ふざけやがって!」

 王家の転覆はあとちょっとだった。

 しかし、まさか生贄予定だった自分の娘に邪魔されていたなど、誰が想像できようか。
 とにかく怒り狂っていた。


 もちろん、逆恨み以外の何物でもなく、ミラからすれば言いがかりも良いところだ。


「くそぉ……俺の完璧な計画を台無しにしやがって」

 彼は失敗するはずがないと自負していた。
 誰にも邪魔できない、全てを無力化する冴えた方法だと。この瞬間まで思っていたのだ。

 深海クラゲの大群を王都に繰り返し襲来させる。これを止められるものはたとえS級冒険者だろうといない。そう確信していた。

 あの異常個体を作った方法の完成は、それほどだった。

 計画の成功を確信していたがために、思わぬ失敗が想像以上に苛(いら)つかせたのだ。

 ハルドンは腕を組んで、部屋の中を歩き回った。
 そして、ふと、床を見る。

 そこには、遺体となった妻が安置されている。
 生贄の前実験で彼が殺した。

 あの女はどこかヒステリーをこじらせていたと、ハルドンはずっと我慢していた。
 その我慢の限界は、ある日突然やってきて、試作的な生贄の実験体にすることを決めたのだ。

 秘密の地下室につれていき、体を拘束して、日頃のうっぷんを晴らすようにボコボコに殴った。
 様々な器具で拷問を加えた後、実験の中で薬品を使い、じわじわと生きながらに溶かし、死体も処理済みだ。

 死んだ妻は生贄のための前実験として、有効活用した。

 この方法は、唯一防犯看破システムをかいくぐれる直接的な殺人が可能である。
 聖女の生贄に類する殺人は、この国にとっての殺人ではない。これはずっと昔の初代国王が決めた。この国で覆すことのできないルールだ。


 ハルドンは本気で思っていた。俺の計画の役に立てて、妻は死んでも感謝すべきだと。
 
 妻のことは、家族には実家に帰ったことを伝えたが、それ以来、家族たちは妻の姿を見たことはなかった。
 当たり前だ。床の下で骨になっているのだから。


 ハルドンはそのまま部屋を出て、外の空気を吸うことにした。

「妻はまだ生かしておいて、ストレス発散に使うべきだったか? いや、使用人に生きているところがバレるのもまずいな。ああ、早くあいつを捕まえないだろうか。泣きわめいて、許しをこう姿が目に浮かぶぜ」

 ミラを捕まえた暁には、同じように生贄にする前のストレス発散をすることに決めた。

 計画を邪魔されたことをミラの体で払わせるのだという。




 だが、彼はまだ知らなかった。
 ミラがいま、どういう力をつけていて、深海クラゲ事件をなぜ解決できたのかを。
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