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1-13.重なる嘘

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「ここが私の工房よ」

 ミラは工房内を見回して、見た目の大人っぽいイメージから真逆の、愛くるしい少女趣味のような内装インテリアに驚く。
 窓のそばにはクマのぬいぐるみがおいてあり、部屋の中は外と同じピンク調だった。

 工房とは言っても、ここで暮らしている以上は、生活圏となる自室も丸見えだ。
 メリエラの部屋はさらにすごかった。メリエラの他人に見せられないような、生活力の低さが垣間見える、その辺りには、物があれやこれやがあった。

 薬師は普通、依頼を受けるとそれをギルドに納品するため、客が工房まで来ることはない。そんな油断が垣間見える。

 メリエラが立ち位置を変えて、さっと、手の動きでミラの視線を遮った。
 工房の方にミラの目を向けさせたのだ。
 気をそらすかのようにメリエラは話し始める。

「あなたは調合について初心者なのよね?」
「はい、さきほど、ルーベック様に見せてもらったのが初めてです」
「じゃあ、魔法の調合工程を教えてあげるわ」
「いいんですか?」

 ルーベックはあまり魔法を使わなかった。ミラはあのまま帰らなくてよかったと笑みを浮かべた。

「まあ、もともとそのつもりだったから。調合って、薬師1人ひとりでやり方が微妙に違うのよ。これは同じ師匠に付いていても違いが出たりするわ」

 メリエラは薬師の違いについて続けて説明する。

「なぜかというと、薬師の得意なことが魔法の場合、ある程度の工程を魔法で代替することができるからよ。ルーベックのように極力魔法に頼らない、器用に手作業で調合する工程を見てきたはずだけど、あなたは『彼の調合の仕方』だけしかまだ知らないの」

 メリエラは外から工房内を見ていたため、ルーベックがどんな工程を教えたか知っている。だが、なぜか見ていない体でミラに「そのはずよね?」というニュアンスを込めて話すのだった。
 そこは恥ずかしいのか、詳しく観察していたことを悟られたくないのだろう。

「そういえば、魔法の工程省略についてそのような記述がありました。あれってそういうことだったのですね」
「え? ああ、『調合基礎』の本を読んだのね」

「はい、そのときに、機材を使って原始的に調合する工程と魔法の工程があることは分かったんですけど、その違いが厳密にどういうものかは知りませんでした」

「それにしても、あなた面白いわね。あんなマニアックな本の、あんな細かい記述を覚えているなんて。ちなみに、あれ、私が書いたのよ」

 ミラは著者を記憶から想起して、メリエラの名前があったことを思い出す。

「そういえば、メリエラ様の名前と同じ著者でしたね。説明の仕方もどこかにていますし。あの箇所なんかは――」

 ミラは事細かに文章を記憶から取り出して読み上げ、類似点を上げていく。

 その様子を見て、メリエラは驚く。

「まさかあなた……あの本の内容を全部覚えているの?」
「はい、覚えています。ソフィアさんが言うには、本の読む速さが普通の人とは違うと言われましたけど……覚えているのって、一般庶民の普通ではないんですか?」

「あはは。あなた変わってるわね。それに一般庶民って……まるで貴族みたい」

 手を口に当てておかしそうに笑うメリエラは、微笑びしょうが収まると、そのまま話を続けた。

「あら、ごめんなさい。けど、それが普通なら薬師のギルド認定試験で必要な知識の記憶も要らなくなるわ。おそらく、その記憶力は天賦の才能ね。少なくとも私は、あなた以外にそんな記憶の仕方ができる人を見たことないわ」

「そう、なんですね……」
「あまり嬉しそうではないのね? 知識が大事な薬師を目指すならすごくラッキーよ」
「いえ、嬉しいんですけど、ちょっと」

 気づかなかっただけで、姉がずっと嘘をついていた。

 庶民でも『見たもの・聞いたものすべてを記憶できる』なんてことはなく、特別なことだった。
 またしても姉の嘘だった。
 いまだに、姉が言ったことのどれがどのくらい嘘かはわからない。だが、姉から聞いた常識の多くが嘘である可能性が浮上した。

(私のいまある常識の大部分を、疑ったほうが良いのかしら……)

 姉が嘘を隠すために、さらなる嘘を重ねて上塗りしていたのだ。
 それがどこまでの常識に及んでいるのかは計り知れなかった。

 嘘かどうか知るためには他人に指摘してもらわないとわからない、というのがミラは少し怖かった。
 なぜなら、大事なところで大きな失敗をするかも知れないからだ。
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