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1-12.メリエラの事情

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「あ、メリエラ様!」

 ミラは、メリエラを見て安堵した。呼び止めたのは実家の関係者ではなかった。
 ひとまず安心である。

「ひどいじゃない! 外でずっと待っていたのに」
「え? こちらに何でいらっしゃるんですか?」

 メリエラの工房はこの辺にはない。歩いてここまで来たことになる。

(わざわざルーベック様の工房まで、なぜ?)

「だって、いくら仕事とはいえ、あんな男の工房に女の子1人で行かせるなんて危険でしょ? それに、待ちきれなくてつい。外に出たら歩いてここまで来てしまっていたのよ。だからあなたがここに来てからずっと見守ってたの!」

 メリエラは無理に張り上げた声でよくわからない言い訳を始めた。
 いろいろと矛盾したことを言っているが、ようするに、ルーベックの工房を見張っていたらしい。

 ミラは少しだけ後ずさった。そのあまりの気迫に押されたのだ。

(もしかしてメリエラ様って……すごい心配性?)

 ミラもまた、頓珍漢とんちんかんな勘違いをした。

「はぁ……、なにかはよくわかりませんけど、すみませんでした」
「わかればいいのよ、はあはあ……」

 勢いよく喋って息の切れるメリエラだった。

(いまのメリエラ様、姉が嘘を付いた時と少し似ているわ)

 姉が嘘をついていたことを知った今だから気付けることだ。何かを勢いでごまかそうとしており、メリエラが本心を隠そうとしているのだけは伝わる。
 これまでずっと嘘に気づかなかったミラは、ようやく人のそれに気づけるようになった。

 そこで、空気を変えようと、ミラは改めて質問する。

「いまから調合作業を見せて下さるのですか?」
「ええ、準備満タンよ」

 言葉のチョイスもどこかおかしかった。よほど焦っていたのだろう。
 どこか空回っている。

 とりあえず、まだ息が切れているようだから、空気は満タンに吸ってほしいと思うミラだった。




 ミラは疲れているメリエラを気遣って、あえてゆっくり歩くことにする。
 工房に向かうまでの道中、気になっていたことを質問した。

「メリエラ様が弟子を取りたくない理由って、ルーベック様と同じ『趣味』なんですか?」
「あんな奴と一緒にしないでほしいけど、他にやりたいことがあるのよ」
「それって『推し』とかいうのですか?」

 それを聞いた瞬間、メリエラは叫んだ。

「違うわよ! あ、ごめんなさい。なんか大きな声がつい」
「え、いいえ、それは良いんですけど。他に理由があるんですか?」
「『結婚』よ」
「『結婚』……というのは、その……私の知る結婚、のことでしょうか?」
「あなた大丈夫? 結婚は結婚よ。別の意味なんてないでしょ」
「そうですね。えっと、結婚をしているとかではなく?」
「違うわ。結婚をしたいの。けど、相手が居ないの」
「……そうですか」

 ミラは頭の中に疑問符を浮かべる。相手がいないのに、結婚が理由で忙しい理由がよくわからなかったのだ。

「いえ、違うわね。いないのではなく、いなくなったのよ」
「それは失踪ですか?」
「そういう意味じゃなくて、私とは結婚しないと言い出したのよ、そいつが。同時に弟子入りして、ああ、この人いいな~とか思っていたら、よくわからない顔だけの女に奪われたのよ」

 ミラは少し考えて、ようやく点と点がつながった気がした。

「もしかして、その相手って、ルーベック様?」

 メリエラの顔が、一瞬で真っ赤になった。

「な、なぜそう思ったのかしら? ふんっ、あんなヤツ」

 表情と言葉が釣り合っておらず、言葉もどこか、しどろもどろになっていた。
 これほどはっきり感情が顔に出る人をミラは初めて見たのだ。

 とりあえず、そう思った理由をミラは口にすることにした。

「いえ、メリエラ様と同じ弟子ってあの方だけですし、冒険者ギルドで会った時もメリエラ様がよく突っかかっていたので、そうなのかなと」

「はあ……そうよ、その通りよ」

 メリエラは観念|《かんねん》して白状する。というより、ほぼ自爆していただけだった気がするが、そこはあえて触れないことにした。

「やはり、そうなんですね」
「前は、良いやつだったのよ? でも急に変な顔だけの女を『推し』とか言い出して、一生、結婚しないとか言い出したのよ」
「それって、男女としてお付き合いしていたってことですか?」
「いいえ? 付き合ってもいなかったわ」

 歩いていたミラの足が止まる。

「……え? いきなり結婚の予定をお話ししたんですか?」
「そうよ。全部台無し。あの泥棒猫が、彼の私への恋心さえ奪ったの。歌い手のグループかなんだか知らないけど、許せないわ」

 メリエラはルーベックが自分のことを愛している前提で、結婚する予定まで立てて、それで逆恨みをしていたらしい。

「だから、いまは相手を婚活して探しているのよ。調合の暇なんて本当はないんだから」

 ミラは混乱した。

 次女から聞いた話すべてがミラにとっての恋愛の常識だし、一般的な恋愛事情はよく知らない。
 それでも、ミラは自分が思っていたのと少し違う気がしたのである。
 貴族でもない彼女が、いきなり相手と結婚するのを当たり前に思っていたというのもそうだ。

 調合で言うなら、薬草に呪文を唱えたらすぐにでもポーションが出来上がるような。
 なにかの工程をすっぱ抜いて、完成だけ求めてしまったような。
 いろんな勘違いで手順さえ間違えているような。

 そんな気がした。
 ミラは自分が姉|《次女》に恋愛の常識について騙されていたのか、それともメリエラが普通ではないのか、いますぐに判断がつかなかった。

 ちなみに、3つ上の姉|《次女》はいま留学中で、実家にはいない。基本的にはミラに無関心な人だったが、その手の恋愛話だけは何故かしてくるというミラにも掴|《つか》みどころのない人だった。
 ふと、次女は今どうしているのか気になるが、目の前の人物に意識を戻す。

 とりあえず、調合を見せてくれるということなのでお礼を口にする。

「そうなんですね。忙しい中、依頼を受けてくださってありがとうございます。あと、帰ろうとしてすみませんでした。ルーベック様の工房を見学したらもう満足しちゃって、メリエラ様のところは必要ないかなと思ってしまいました」

 メリエラは口をぽかんと開けた。

「あなた、私に負けず劣らず、そういうことはっきり言うのね……」
「お褒めいただきありがとうございます。あまり他人と話す機会がなかったので、良かったです」
「褒めてないわよ!」
「そうなんですか?」

 ミラはキョトンとした顔で首をひねった。
 ミラは基本的に会話の中で当てこすりをしない。嫌味を言う性格でもない。
 メリエラは、ミラの性格を知らないため、疑念の目で少し見ていた。

 ミラはその視線を受けても平然としている。
 だが、メリエラの話を聞いていて、はっきりわかったことがある。
 メリエラは、決してミラが心配でルーベックの工房まで来ていたのではない。

 ルーベックが、別の女と何か間違いが起こらないように工房を監視していたのだ。
 ミラからすれば、彼とどうこうというのは、とんでもない言いがかりで、かけらもそういう気はなかったため、苦笑を浮かべた。

(それにしても、本当にその婚活(?)とやらをしているのかしら?)


 ルーベックに強いこだわりを見せている彼女メリエラが別の男性と会って、うまくいく想像がミラにはできなかった。

 そんな事を考えつつ、ミラは若干の渋い笑みを浮かべながら、しばらく歩く。
 すると、メリエラの工房にたどり着いた。
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