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1-11.ルーベックの理由
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最初に訪れたのは、ルーベックの工房だ。
彼の見た目や雰囲気は、薬師というイメージがあまりない。どちらかというと外交官が似合うだろうか。いや、そこまで堅苦しくもなく、接客業とかやっていそうだ。
工房の中に入ると、ミラは中を見回した。
必要なものが揃|《そろ》っているはずだから、ここで見て覚えておけば、そのまま薬師の工房の勉強になるはずである。
「それで、君はなぜ、弟子入りをしたかったんだい?」
「それは、薬師になりたくて、けど学院には行けそうになくて。他の街に行くのも少し難しくて……」
「訳ありってことだね。でも弟子入りはせずに調合だけ見ても薬師にはなれないよ?」
「そうですけど、そこは自分でどうにか頑張ってみようと思いまして……難しいでしょうか?」
ルーベックは難しい顔をして答えた。
「うん、薬師は表面的な知識じゃ足りない。作り方を学ぶだけでは、さまざまな依頼に対応できないからね」
「そうなんですね……弟子入りすると、薬師に必要なことがきちんと経験できるということでしょうか?」
「そうだけど、本質はそこじゃなくて、薬師には何が求められるのかを肌で感じるんだよ。経験や技術はそのおまけさ」
ルーベックは、機材を用意しながら、ミラの質問に答えていく。
機材だけ見れば、まるで調理でも始めるのかというラインナップである。筒のようなものに鍋のような器、四角くて縦長の銅板はどう使うのかすら想像できない。
「弟子入りした人は、どのくらいで一人前の薬師になれるんですか?」
「だいたい5年くらいかな。僕なんかだと3年もかからなかったけど、個人差もあるし師匠の技術の継承もあるから、そこは人によるかな」
ミラはさまざまな質問をしては、その答えを聞き漏らさないようにした。音声の情報として一言一句を記憶するのだ。後で音声ごと頭の中で思い出せるように。
「あの、これ聞いてもいいかわからないんですけど、なぜ弟子を取りたくないんでしょうか?」
「別に聞いても構わないけど、う~ん」
ルーベックは少しだけ考える様子を見せた。
そして、言葉を続ける。
「弟子を取るっていうことは、弟子のために多くの時間を使うってことだ。別に僕の技術を誰かに継承してもらいたいとは思わないから、弟子は必要ないのさ。むしろ、他にやりたいことのある薬師にとっては、弟子なんてとっても意味ないと思ってしまうんだよ。君だけじゃない。誰が来ても僕は弟子なんて取りたくないんだよ」
「別のやりたいことって……結婚ですか?」
ミラは、恋人を作って結婚がしたいからとか、俗物的なイメージを浮かべた。
彼女にとっては、2番めの姉からよく聞いたそういう話以外に外の常識をあまり知らないのもある。
「そういうのはないよ。ただ僕にいるのは『推し』だけ」
「『推し』?」
ミラは初めて聞く言葉だった。
「ああ、僕の人生の全てだ」
言い切った、彼は。
ミラはよく分からなかったけど、それを言ったときの剣幕だけは本気さを感じた。
(そういえば、もう1人のメリエラ様も彼の『趣味』がどうとか言っていたわね……)
「そうなんですね。人生の全てと言いきれるほどの趣味をお持ちなのは素晴らしいと思います」
なぜか、作業を一瞬止めて、泣きそうになっているルーベックは、ミラの両肩を掴んだ。
「君だけだよ! そう言ってくれたの」
肩を大きく揺さぶられたミラは呆然としていた。
「いや、すまない」
そう言って手を離し、肩をパンパンと叩いて、作業に戻る。
その後も、調合を見ながら、説明を受け、ミラは目と耳で記憶していく。
なんやかんやあって、ポーションが作られるところを最後まで見届けたミラ。
ミラは最後に質問した。
「あの、弟子にしてくれなくても良いですから、たまに仕事が入ったときは調合を見せてくれませんか? すごく勉強になるので」
「う~ん、そうだな~。でもなぁ」
ルーベックはミラと調合したポーションを見比べて唸る。
「お願いします!」
ミラも胸に手を当てて両指を祈るように重ね、真剣な顔でお願いした。
「仕方ない、いいよ。君は僕の趣味を分かってくれる数少ない人間だからね」
「ありがとうございます!」
ミラは、調合を見られて、その後の調合観察の約束も取り付けた。
今日は充実していた気がする。
順調に薬師に近づいているのだ。
ポーションを手にして、工房を出る。そのまま宿に帰るため、ギルドの方を目指して歩き始めた。
「ふふん、ダメだと思っていたけれど、なんとかなったわね」
ミラはいまにもスキップを始めそうなほど、るんるんに、浮かれていた。
ただ、1つだけ忘れていた。
後ろから、ミラの肩を力強く掴む何者かが居たのである。
ミラは立ち止まり、冷や汗を流した。嫌な予感がしたのである。
なぜ彼女がここに来たのか。ミラの実家がこの場所を把握していたとしたら……。
(もしかして、私を……)
振り向こうとしたその時、後ろから声をかけられる。
「ちょっと、どうして帰ろうとしているのよ!」
そこには、次に見学を予定していたはずの女性薬師・メリエラがいた。
彼の見た目や雰囲気は、薬師というイメージがあまりない。どちらかというと外交官が似合うだろうか。いや、そこまで堅苦しくもなく、接客業とかやっていそうだ。
工房の中に入ると、ミラは中を見回した。
必要なものが揃|《そろ》っているはずだから、ここで見て覚えておけば、そのまま薬師の工房の勉強になるはずである。
「それで、君はなぜ、弟子入りをしたかったんだい?」
「それは、薬師になりたくて、けど学院には行けそうになくて。他の街に行くのも少し難しくて……」
「訳ありってことだね。でも弟子入りはせずに調合だけ見ても薬師にはなれないよ?」
「そうですけど、そこは自分でどうにか頑張ってみようと思いまして……難しいでしょうか?」
ルーベックは難しい顔をして答えた。
「うん、薬師は表面的な知識じゃ足りない。作り方を学ぶだけでは、さまざまな依頼に対応できないからね」
「そうなんですね……弟子入りすると、薬師に必要なことがきちんと経験できるということでしょうか?」
「そうだけど、本質はそこじゃなくて、薬師には何が求められるのかを肌で感じるんだよ。経験や技術はそのおまけさ」
ルーベックは、機材を用意しながら、ミラの質問に答えていく。
機材だけ見れば、まるで調理でも始めるのかというラインナップである。筒のようなものに鍋のような器、四角くて縦長の銅板はどう使うのかすら想像できない。
「弟子入りした人は、どのくらいで一人前の薬師になれるんですか?」
「だいたい5年くらいかな。僕なんかだと3年もかからなかったけど、個人差もあるし師匠の技術の継承もあるから、そこは人によるかな」
ミラはさまざまな質問をしては、その答えを聞き漏らさないようにした。音声の情報として一言一句を記憶するのだ。後で音声ごと頭の中で思い出せるように。
「あの、これ聞いてもいいかわからないんですけど、なぜ弟子を取りたくないんでしょうか?」
「別に聞いても構わないけど、う~ん」
ルーベックは少しだけ考える様子を見せた。
そして、言葉を続ける。
「弟子を取るっていうことは、弟子のために多くの時間を使うってことだ。別に僕の技術を誰かに継承してもらいたいとは思わないから、弟子は必要ないのさ。むしろ、他にやりたいことのある薬師にとっては、弟子なんてとっても意味ないと思ってしまうんだよ。君だけじゃない。誰が来ても僕は弟子なんて取りたくないんだよ」
「別のやりたいことって……結婚ですか?」
ミラは、恋人を作って結婚がしたいからとか、俗物的なイメージを浮かべた。
彼女にとっては、2番めの姉からよく聞いたそういう話以外に外の常識をあまり知らないのもある。
「そういうのはないよ。ただ僕にいるのは『推し』だけ」
「『推し』?」
ミラは初めて聞く言葉だった。
「ああ、僕の人生の全てだ」
言い切った、彼は。
ミラはよく分からなかったけど、それを言ったときの剣幕だけは本気さを感じた。
(そういえば、もう1人のメリエラ様も彼の『趣味』がどうとか言っていたわね……)
「そうなんですね。人生の全てと言いきれるほどの趣味をお持ちなのは素晴らしいと思います」
なぜか、作業を一瞬止めて、泣きそうになっているルーベックは、ミラの両肩を掴んだ。
「君だけだよ! そう言ってくれたの」
肩を大きく揺さぶられたミラは呆然としていた。
「いや、すまない」
そう言って手を離し、肩をパンパンと叩いて、作業に戻る。
その後も、調合を見ながら、説明を受け、ミラは目と耳で記憶していく。
なんやかんやあって、ポーションが作られるところを最後まで見届けたミラ。
ミラは最後に質問した。
「あの、弟子にしてくれなくても良いですから、たまに仕事が入ったときは調合を見せてくれませんか? すごく勉強になるので」
「う~ん、そうだな~。でもなぁ」
ルーベックはミラと調合したポーションを見比べて唸る。
「お願いします!」
ミラも胸に手を当てて両指を祈るように重ね、真剣な顔でお願いした。
「仕方ない、いいよ。君は僕の趣味を分かってくれる数少ない人間だからね」
「ありがとうございます!」
ミラは、調合を見られて、その後の調合観察の約束も取り付けた。
今日は充実していた気がする。
順調に薬師に近づいているのだ。
ポーションを手にして、工房を出る。そのまま宿に帰るため、ギルドの方を目指して歩き始めた。
「ふふん、ダメだと思っていたけれど、なんとかなったわね」
ミラはいまにもスキップを始めそうなほど、るんるんに、浮かれていた。
ただ、1つだけ忘れていた。
後ろから、ミラの肩を力強く掴む何者かが居たのである。
ミラは立ち止まり、冷や汗を流した。嫌な予感がしたのである。
なぜ彼女がここに来たのか。ミラの実家がこの場所を把握していたとしたら……。
(もしかして、私を……)
振り向こうとしたその時、後ろから声をかけられる。
「ちょっと、どうして帰ろうとしているのよ!」
そこには、次に見学を予定していたはずの女性薬師・メリエラがいた。
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