婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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7 みんなのため?

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優奈子ゆなこさんの行動は早かった。
次の日、出社すると私は森崎建設の敵―――そんな目で皆から見られていた。
社内での私に対する態度はすっかり変わっていた。

「課長、あの、これは……」

私の席に見知らぬ人が座っていて、荷物が段ボールに入れられて床に置かれていた。

「悪いけど、経理課には新しい人が配属になってね」

「それじゃあ、私はどうしたら……」

清本きよもとさん、いいじゃないですか。結婚して辞めるって言っていたのが、早くなっただけですよ」

後輩は励ますように言ったけど、それはつまり―――ここに私の居場所はないってことで。
段ボールを抱えて、歩いていると他の人達の視線が痛かった。
情けない上に恥ずかしい。
だけど、私はなにも悪いことなんかしてない。
どさっと荷物を置くと、走ってあの優奈子さんのところまで行った。
どこにいるかはわかってる。

斗翔とわっ!」

斗翔の部屋をばんっと開けるとそこには優奈子さんがいた。
抱きつき、まるでキスをねだるかのようにして。

「な、なにしてるの?」

「昨日のお詫びに斗翔さんがキスしてくれるって言うから」

「言ってない」

「でも、迷っていたわよね?」

「それは―――」

迷ってって。
それ以上、見ていられなくて走って逃げた。
斗翔も斗翔だよっ!
どうして拒絶しないの?   
抱きつかれたままなんて、おかしいじゃない!
昨日だって腕を組んだまま、私の前に現れて。
荷物を手に私は会社を出た。
タクシーに乗り、逃げるみたいにして家に帰ってきた。
どさっと段ボールを置いて茶の間に座り込んだ。

「いったいなにが起きたの……?」

まるで台風の中にいるみたいだった。
優奈子さんが現れてから、一気に私の大切なものが次々と奪われていく。

―――怖い。

あの場から逃げ出さないで斗翔から理由を聞くべきだった。
少し冷静になれた私はそう思ったけれど、あの時は気が動転していて、なにも考えられなかった。

「みんな、私に冷たい態度だったな……」

荷物を片付けながら、みんなの顔を思い浮かべた。
筒井課長は子供の学費があるし、後輩は母親への仕送り、他の人だって家を建てたばかりでローンもあるし、子供も生まれたばかりだって言っていた。
かばうわけにはいかないのはわかる。

「それにしてもひどいよね」

長く一緒に働いていたのに最後の最後であんな態度とらなくてもいいじゃない。
荷物に涙が落ちた。
後輩からもらった可愛いメモ帳や付箋、課長がくれた使いやすい計算機。
どれも思い出深いものばかりだった。

「斗翔、早く帰ってきて」

泣きそうな気持ちで段ボールを眺めていると、スマホの着信音が鳴り、慌てて手にした。
斗翔からだった。
無言でなにも聞こえない。
なんだろう。

「斗翔?」

夏永かえ。ごめん。もう一緒にはいれない』

それは別れの言葉だった。
信じられず、何度も着信の相手を見たけれど、間違いない。
斗翔の番号だ。

『私と結婚することになったんです。これからは斗翔さんに近づかないでくださいね』

斗翔と話がしたいのに電話先にでたのは優奈子さんだった。

「どういうことですか!?」

『わからなかったかしら?森崎建設の社長になって、私と結婚することになったんです。一緒にこの森崎建設を立て直すって約束したの。社員の皆さんのために』

つまり、斗翔は私と結婚することよりも森崎建設の社員のみんなのために社長になって優奈子さんと結婚することを選んだ―――そういうこと?

『二度とこの電話にかけてこないでくださいね』

そう一方的に告げられてスマホの通話が切れた。
何度電話してもつながらず、その日、斗翔は帰ってこなかった。
私は斗翔と自分が別れたことが信じられず、家で斗翔を待っていたけれど、三日経っても斗翔は帰ってこなかった。

「どうして斗翔……」

スマホはつながらないし―――でも斗翔と話をするまでは諦めない。
そう思っていると実家の母から電話があった。

『夏永。森崎建設の筒井さんから電話があったわよ。あなた、リストラされたんですって?』

「え?リストラ?」

『新聞に森崎建設が人員整理するって書いてあったから、もしかしてと思ったのよ』

慌ててテレビをつけた。
この三日間というものテレビどころか、新聞もネットニュースすらみていなかった。
テレビをつけると森崎建設の新しい重役の顔ぶれが記者会見をしていた。

共和きょうわ銀行から出向して、森崎建設の経営を立て直すとのことですが』

『これからの森崎建設はお客様にデータの全てを開示し、住宅のほうではデザイナーズマンションや一戸建てをメインにしていくつもりです。森崎斗翔社長を筆頭にして、社員一丸となり森崎建設を立て直してまいります!』

テレビには斗翔の姿があった。
遠い―――声も存在も。
私にはもう手が届かない人になっていた。

『一度、帰ってきなさい』

母の声に私は泣いていた。
帰りたくない。
実家に帰ったら、みんなはきっと私を腫れ物のように扱うだろう。
惨めな私を誰も知らない場所へ行きたい。
祖母の家へ行くことを母に告げて、反対する声を振り切り、島へと向かったのだった。
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