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6 頭取の娘
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森崎建設の不正データの報道は続けられて、世間は大騒ぎになっていた。
耐震性を誤魔化したとして、マンションの住人からは賠償請求され、建てた物件は軒並み退去する人が大勢出た。
経営陣は株主を集めて説明したけれど、当然理解は得られず、社長は解任された。
「どうなるのかしらね」
経営が芳しくないことはわかっていたし、ボーナスもなくなり、それは賠償金にあてられると言っていたけれど、家のローンや子供の学費がある社員達は青ざめていた。
「私はまだ仕送りができてますけど、自分の貯金が全然できませんでした」
しょんぼりとしながら、後輩は窓の外を眺めて言った。
最初の頃よりマスコミの数は減ったけれど、今後、この倒れかけた森崎建設のトップに誰が立つのかと話題になっていた。
次期社長はきっと重役の中から選ばれるだろうと噂されていて、社員達の不安な気持ちを消し去るためにも早く決めてほしいという気持ちで一杯だった。
「清本先輩。経営コンサルタントがきたらしいですよ」
「そうなの?」
そんなこと一言も斗翔は言ってなかった。
「森崎建設は公共事業にも参画する大手だ。倒産は避けたかったのかもしれないな」
筒井課長がホッとしていたけど、私はなぜか不安だった。
今まで当り前だったことが当り前じゃなくなるような気がして―――その嫌な予感はあたっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「斗翔。一緒にお昼ごはん―――」
いつも黙々と図面を描いている斗翔がいない。
あれ?と思って、部屋の前で待っていると社内では見かけない集団が目の前に現れた。
経営コンサルタントとそして、斗翔と腕を組む女性。
「離して」
斗翔がそう言ってもその可愛らしい顔をした女性は微笑んだまま、離さない。
まるで自分の物だと言わんばかりの態度だった。
「はじめまして。私、共和銀行頭取の娘の柴江優奈子です」
「共和銀行様から森崎建設へ融資が決まって本当によかった」
「今後は経営陣を一新し、森崎建設の顔として建築デザイナー森崎斗翔社長を前にだしてイメージアップを狙う戦略でいけば、なんとかなるかもしれませんからね」
「斗翔が社長!?」
経営コンサルタントの人だろうか。
ぺこぺこと優奈子さんに頭を下げている。
「斗翔さんがデザインしたビルや駅をみて、私、すごく感動したんです」
優奈子さんは上目遣いで斗翔を見た。
「今回、森崎建設が大変なことになっているって聞いて、お父様にお願いしたんです。斗翔さんを助けてって」
「いやあ、融資していただき誠にありがとうございます」
「斗翔さんの力になれて嬉しいです」
斗翔は顔を覗き込まれ、険しい顔でさっと腕を払った。
「きゃっ!」
わざとらしく優奈子さんは倒れて周囲の人達が息をのんだ。
「行こう、夏永」
斗翔はふりきるように私の腕をつかむとその場から逃げ出すようにして走った。
「斗翔!」
非常階段へとつながる重い扉を開けて、閉めると青い顔をした斗翔が私を抱き締めた。
「なにがあったの?」
落ち着いて欲しくて斗翔の背中をなでると、私の頬を両手でつかんだ。
「俺もよくわからない。いきなりやってきて、社長になれって言われて説明もなかった」
「斗翔。とりあえず、落ち着いて?ねえ、社長ってどういうこと?それにあの女の人はなに?」
斗翔自身もなにが起きたか、理解できていないようで首を横にふった。
「わかっているのは俺はお飾りの社長で経営は別の人間がやるってことくらいだよ。銀行から派遣するって言っていた」
つまり、経営の建て直し計画に斗翔を利用するってこと?
「それであの共和銀行頭取の娘がきて結婚しろって……」
「結婚!?」
「なにを言われてるか、わからなかった。けど、ここにいると危険な気がする。逃げよう?夏永」
こんな斗翔を初めて見た。
いつも穏やかでマイペースな斗翔が恐怖に近い感情をみせていた。
「大丈夫よ。斗翔」
浮かない表情を浮かべた斗翔は階段に座った。
ひんやりした階段に座り、お弁当を膝の上に置いて開いた。
「驚いたわね。あの女の人は前からの知り合いだったの?」
「突然、現場に現れたり、完成式典で話しかけられたりしたくらいで知り合いじゃない」
ストーカー?
それともただのファン?
森崎建設を助けてくれるのはいいけれど、生贄として斗翔を差し出せと言わんばかりじゃない?
絶対にそんなことさせないんだから!
ぐっと拳を握った。
まだ青い顔をした斗翔が目に入って胸が痛んだ。
私は甘かった。
お嬢様になにができるのかと軽く見ていたのだ。
お嬢様だからこそ、できることは山ほどあった。
私よりも。
彼女は常に有利な立場にいた―――
耐震性を誤魔化したとして、マンションの住人からは賠償請求され、建てた物件は軒並み退去する人が大勢出た。
経営陣は株主を集めて説明したけれど、当然理解は得られず、社長は解任された。
「どうなるのかしらね」
経営が芳しくないことはわかっていたし、ボーナスもなくなり、それは賠償金にあてられると言っていたけれど、家のローンや子供の学費がある社員達は青ざめていた。
「私はまだ仕送りができてますけど、自分の貯金が全然できませんでした」
しょんぼりとしながら、後輩は窓の外を眺めて言った。
最初の頃よりマスコミの数は減ったけれど、今後、この倒れかけた森崎建設のトップに誰が立つのかと話題になっていた。
次期社長はきっと重役の中から選ばれるだろうと噂されていて、社員達の不安な気持ちを消し去るためにも早く決めてほしいという気持ちで一杯だった。
「清本先輩。経営コンサルタントがきたらしいですよ」
「そうなの?」
そんなこと一言も斗翔は言ってなかった。
「森崎建設は公共事業にも参画する大手だ。倒産は避けたかったのかもしれないな」
筒井課長がホッとしていたけど、私はなぜか不安だった。
今まで当り前だったことが当り前じゃなくなるような気がして―――その嫌な予感はあたっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「斗翔。一緒にお昼ごはん―――」
いつも黙々と図面を描いている斗翔がいない。
あれ?と思って、部屋の前で待っていると社内では見かけない集団が目の前に現れた。
経営コンサルタントとそして、斗翔と腕を組む女性。
「離して」
斗翔がそう言ってもその可愛らしい顔をした女性は微笑んだまま、離さない。
まるで自分の物だと言わんばかりの態度だった。
「はじめまして。私、共和銀行頭取の娘の柴江優奈子です」
「共和銀行様から森崎建設へ融資が決まって本当によかった」
「今後は経営陣を一新し、森崎建設の顔として建築デザイナー森崎斗翔社長を前にだしてイメージアップを狙う戦略でいけば、なんとかなるかもしれませんからね」
「斗翔が社長!?」
経営コンサルタントの人だろうか。
ぺこぺこと優奈子さんに頭を下げている。
「斗翔さんがデザインしたビルや駅をみて、私、すごく感動したんです」
優奈子さんは上目遣いで斗翔を見た。
「今回、森崎建設が大変なことになっているって聞いて、お父様にお願いしたんです。斗翔さんを助けてって」
「いやあ、融資していただき誠にありがとうございます」
「斗翔さんの力になれて嬉しいです」
斗翔は顔を覗き込まれ、険しい顔でさっと腕を払った。
「きゃっ!」
わざとらしく優奈子さんは倒れて周囲の人達が息をのんだ。
「行こう、夏永」
斗翔はふりきるように私の腕をつかむとその場から逃げ出すようにして走った。
「斗翔!」
非常階段へとつながる重い扉を開けて、閉めると青い顔をした斗翔が私を抱き締めた。
「なにがあったの?」
落ち着いて欲しくて斗翔の背中をなでると、私の頬を両手でつかんだ。
「俺もよくわからない。いきなりやってきて、社長になれって言われて説明もなかった」
「斗翔。とりあえず、落ち着いて?ねえ、社長ってどういうこと?それにあの女の人はなに?」
斗翔自身もなにが起きたか、理解できていないようで首を横にふった。
「わかっているのは俺はお飾りの社長で経営は別の人間がやるってことくらいだよ。銀行から派遣するって言っていた」
つまり、経営の建て直し計画に斗翔を利用するってこと?
「それであの共和銀行頭取の娘がきて結婚しろって……」
「結婚!?」
「なにを言われてるか、わからなかった。けど、ここにいると危険な気がする。逃げよう?夏永」
こんな斗翔を初めて見た。
いつも穏やかでマイペースな斗翔が恐怖に近い感情をみせていた。
「大丈夫よ。斗翔」
浮かない表情を浮かべた斗翔は階段に座った。
ひんやりした階段に座り、お弁当を膝の上に置いて開いた。
「驚いたわね。あの女の人は前からの知り合いだったの?」
「突然、現場に現れたり、完成式典で話しかけられたりしたくらいで知り合いじゃない」
ストーカー?
それともただのファン?
森崎建設を助けてくれるのはいいけれど、生贄として斗翔を差し出せと言わんばかりじゃない?
絶対にそんなことさせないんだから!
ぐっと拳を握った。
まだ青い顔をした斗翔が目に入って胸が痛んだ。
私は甘かった。
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私よりも。
彼女は常に有利な立場にいた―――
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