私達は結婚したのでもう手遅れです!

椿蛍

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本編

12 距離

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この感情は嫉妬なのかな。
憂鬱で悶々としたまま、お礼状の宛名ラベルを貼る作業をしていた。
冷静に見えるかもしれないないけど、頭の中は質問の山でテンコ盛り。
おかわりもある勢いだった。
冬悟とうごさんは午前中から会議であの後、すぐにいなくなってしまった。
仕事だから、しかたないとはいえ、礼華れいかさんとのことを説明してくれてもいいのに……
それとも、説明する必要はないなんて思ってるのかな。
冬悟さんにとってはどうでもいいこと?
結婚を前提に付き合うことになったけど、それはつい昨日のこと。
冬悟さんのことは詳しく知らない。
私より、礼華さんの方がずっと冬悟さんと深い関係に見えた。
ペタンッと力強くラベルを貼った。
いろいろ聞きたいのに今、社長室にいるのは私の護衛を命じられた竜江さんだけ。
竜江さんはソファーに座り、書類をめくっている。
あんな大学生のような姿だけど、竜江さんは仕事ができるらしく、何度か部下のような人達が指示を求めにきていた。
その時の顔つきは真剣そのもので大人びて見えるから不思議だ。
それに比べ、私の仕事はラベル貼り。
はぁっとため息をつくと竜江さんがにこっと微笑んだ。

「礼華さんのことは気にしないほうがいいですよ。家同士の決め事ってだけなんですから」

「気にします」

「そりゃそうでしょうね」

わかってるなら、変な慰めはやめてほしい。
心の中がトゲトゲしくなっている私としては竜江さんに八つ当たりしてしまいそうだった。

「礼華さんって美人ですよね」

「美人ですね。胸も大きいし、スタイルも抜群。気の強い女が好きな男なら迫られても悪い気はしないでしょうねえ」

ぐっ……!
この人、正直すぎる。

「と、冬悟さんって礼華さんとは長い付き合いなんですか?」

「幼馴染って言っても差し支えないくらいの付き合いじゃないですかねぇ。お互いの立場を理解しやすい者同士だから、気が合わなかったとしても拒めないのかもしれないですね」

お互いを理解する―――私と冬悟さんはどうだろう。
そもそも私は冬悟さんがどんな人なのかわからない。
この嶋倉建設の社長で『柳屋』の常連さんということくらいしか知らない。
急に冬悟さんが遠くに感じた。
ペタン……と静かにラベルを貼って黙って仕事を続けた。
なんだか無性に『柳屋』に帰りたくなってしまった。
あの静かな竹林の小径こみちがある寺町へ戻りたい。
あんこを炊く匂いと白い湯気。
綺麗に並んだ季節のお菓子。
冬悟さんのことは嫌いじゃないけど、帰りたいな―――
そう思ったのはここでは私が完全にアウェーだと理解したから。
きっと何も知らないのは私だけ。
どうして私はここにいるんだろう。
冬悟さんが会議から戻ったら、一度『柳屋』に帰してもらえないか相談しようと決めた。
頭の中を整理してから、冬悟さんとの付き合いをゆっくり考え直そう。
浮かれすぎて、私はなにも見えてなかったんだ。

「会議どうでした?」

気が付くと、竜江さんが戻った冬悟さんに声をかけていた。
私も自分の心を隠すように作り笑いを浮かべて、おかえりなさいというようにぺこりと頭を軽く下げた。
そして、ラベル貼りを続けた。
あまり冬悟さんを見つめてしまうと胸が苦しすぎて、責めるようなことを言ってしまいそうだったから。
自分の中で気持ちに整理がついてない上に言葉になってないのになにを言おうというのか自分でもわからないけれど……

「竜江、仙崎。外に出てろ」

「はい」

二人が社長室から出るのが分かった。
うつむいたまま、ラベルを貼り続けていたけど、その手に冬悟さんの手が重なって顔をあげた。

「礼華のことを知りたいのなら話しますよ」

「いえ。礼華さんのことは別に……」

婚約者がいたと知って気になったのは嘘じゃないけど。
それ以上にショックだったのは―――

「俺の周りに女がいても羽花さんは気になりませんか?」

あごをつかまれ、顔を近づけられると心臓がぎゅっと締め付けられたように苦しくなった。

「そっ、そうじゃないんですっ」

冬悟さんから遠ざかろうと体を引き、必死に自分の気持ちを隠して言葉を否定した。
それなのに冬悟さんの強い力であっさり体を抱きしめられてしまった。
ガタンッと椅子が大きな音をたてて倒れても冬悟さんは動じない。

「い、椅子が……」

「羽花さん、思っていることを正直に言ってください」

低い声が耳元で響く。
かかる息にぞわりと体が震え、体にしがみついた。
これって、完全に誘惑されているよね?

「全部」

抵抗力を奪うような声がたまらない。

「あ……あの……私っ……冬悟さんが礼華さんのことを呼び捨てで親しいかんじなのに私には敬語だし、よそよそしいっていうか……」

「呼び捨て?」

「子供っぽいですよね?わかってるんですっ!でも、もっと冬悟さんの身近な存在になりたいんですっ!」

言ってしまった!
これって、嫉妬してましたって言っているようなものだった。

「羽花」

「は、はい……」

熱のこもる声で名前を呼ばれて返事をした。

「羽花と呼びたかった」

そう言うと私の唇をふさいだ。
子供っぽい嫉妬なのに冬悟さんは私のことを嫌にならない?
それがわかってホッとした。
だから―――このまま、唇をふさいでいて。
私がこれ以上、よけいなことを口にしないように。
冬悟さんに『柳屋』に帰りたいということを言わずに黙ってキスを繰り返した―――離れたくなくて。

    
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