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第二章 淫紋をぼくめつしたい
キスしてほしい⑨
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「ん?」
聞き覚えのある声に、俺はピタリと足を止める。
空き教室の中からは、人の気配がして、楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくる。
「さあ、今井くん。大人しくしてください!」
「ひええ。竹っち、助けて!」
「えーっ、お、俺かよ!?」
やっぱり、シゲルの声や! それに竹っちと、たぶん真柴の声も聞こえてくる。
トイレに行く言うてたのに、たまたま会ったんやろか? 何にしても、えらいタイムリーや。
俺は、浮き立った気分でドアを開けて――ぎくりと足を止めた。
窓際の席で、椅子に座るシゲルの顔を、真柴が間近に覗き込んでいた。ぎゅっと目を閉じるシゲルの顎をしっかりつかんで、唇に何かを塗りつけている。
「ほら、気持ちいいでしょ? こうやって、しっかり塗るんですよ!」
「うう~」
シゲルは恥ずかしそうにしながらも、されるがままになっとった。
キスでもしそうな距離に、腹の奥がぐわりと不快に煮えたぎる。俺は、今すぐにも突っ込んでって、二人を引き剥がしたい衝動に駆られた。
――いったい、何をしてるんや。シゲルも、なんであんな可愛い顔で……
しかし、僅かに残った理性が、俺の足を床に縫い付ける。
やがて手を止めた真柴が、満足げにシゲルに何事か囁く。シゲルはぱっと頬を赤くして、はにかんだ。
「――あれ、有村くん」
高く澄んだ声に名を呼ばれ、我に返った。
と、真柴の後ろで、斉藤先輩が目を丸くしてこっちを見とる。さっきは声がせんかったから、気づかんかったけど先輩もおったんか。
俺はなんとか笑って、会釈をする。
「……ああ、どうも」
「は、わわ」
俺と目のあった竹っちが、おろおろと視線をさ迷わせとる。――俺、なんか変な顔しとるんやろうか? たしかに、ちょっと頬が強張っとる感じもするけど。
「えっ、晴海?」
シゲルが、ぱっとこっちを振り返った。赤面の名残をのこした頬が緩み、かわいい笑顔になる。
竹っちが「あっ、今井……」と声を上げるのを、斉藤先輩がにこやかに押しとどめとる。
「今井くん、丁度良かったですねっ。ほら、行ってきて!」
「う、うんっ。ありがとう」
真柴の明るい声に急かされるように、シゲルは席を立って、ぱたぱたと駆けよってきた。心のコンディションが整わんまま、シゲルが側に来てしまう。
「は、晴海っ、来てたんやな!」
「おう。どうしたんや、こんなとこで」
尋ねながら――俺は、シゲルの唇に目を奪われとった。
シゲルの淡い桃色の唇は、つやつやに光って、ゼリーみたいに潤んどる。それどころか、レモンみたいな甘酸っぱい匂いが漂ってくるようや。
俺の視線に気づいたんか、シゲルは照れたように唇を指で押さえる。
「あっ、これな? 唇が荒れるっていうたら、真柴くんが「このリップクリームがいいよ」って、塗ってくれたんよ」
「真柴が?」
胸が重くなるが、シゲルは笑顔で頷く。
「うんっ。お気に入りのクリームらしくてな。その、唇がつやつやになるんやて。ほんまに、うるうるやし、触っててもやわらかいねんで!」
「ははあ、なるほどなあ。良さそうやなあ」
生返事にならんよう、気をつけなあかんかった。
それより、「真柴の使ってる奴塗ったんか?」とか、「間接キスちゃうんか」とか、そんな疑問が頭をぐるぐる過って止まらんくて。
――おかしい。嫉妬くらい、とっくに飼いならせとるはずやのに……
自分に戸惑ってたら、シゲルが、どこか焦れたような声で言う。
「あの……晴海は、これどう思う? イケてる?」
「え」
じっと見つめられて、狼狽する。
そんなん、めっちゃ可愛いよ。
正直に、そう言うつもりで口を開いたのに、真柴が目に入った途端――
「はは、ええんちゃう? 天ぷら食べたみたいで」
素っ頓狂におどけた声が、喉から飛び出しとった。
「……!」
大失敗を悟ったんは、すぐや。
一瞬、ぽかんとしたシゲルは――全身をかああっと真っ赤に上気させた。両手でぱっと唇を覆い、深く深く俯いてしまう。
その顕著な反応に、さあっと全身の血の気が引く。
「あ、シゲル……あの」
「うぐ……っ」
気が動転して、ろくな言葉が出てこん。震える肩に、おろおろと手を伸ばしたとき――
ばちーん! と、頬に強烈な平手を食らう。
「ぶほっ!?」
一歩よろめくと、涙を湛えた目にきっと強く睨みつけられる。
「晴海のアホーっ!」
どたばたと荒い足音を立て、シゲルは駆け去って行ってしもた。
聞き覚えのある声に、俺はピタリと足を止める。
空き教室の中からは、人の気配がして、楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくる。
「さあ、今井くん。大人しくしてください!」
「ひええ。竹っち、助けて!」
「えーっ、お、俺かよ!?」
やっぱり、シゲルの声や! それに竹っちと、たぶん真柴の声も聞こえてくる。
トイレに行く言うてたのに、たまたま会ったんやろか? 何にしても、えらいタイムリーや。
俺は、浮き立った気分でドアを開けて――ぎくりと足を止めた。
窓際の席で、椅子に座るシゲルの顔を、真柴が間近に覗き込んでいた。ぎゅっと目を閉じるシゲルの顎をしっかりつかんで、唇に何かを塗りつけている。
「ほら、気持ちいいでしょ? こうやって、しっかり塗るんですよ!」
「うう~」
シゲルは恥ずかしそうにしながらも、されるがままになっとった。
キスでもしそうな距離に、腹の奥がぐわりと不快に煮えたぎる。俺は、今すぐにも突っ込んでって、二人を引き剥がしたい衝動に駆られた。
――いったい、何をしてるんや。シゲルも、なんであんな可愛い顔で……
しかし、僅かに残った理性が、俺の足を床に縫い付ける。
やがて手を止めた真柴が、満足げにシゲルに何事か囁く。シゲルはぱっと頬を赤くして、はにかんだ。
「――あれ、有村くん」
高く澄んだ声に名を呼ばれ、我に返った。
と、真柴の後ろで、斉藤先輩が目を丸くしてこっちを見とる。さっきは声がせんかったから、気づかんかったけど先輩もおったんか。
俺はなんとか笑って、会釈をする。
「……ああ、どうも」
「は、わわ」
俺と目のあった竹っちが、おろおろと視線をさ迷わせとる。――俺、なんか変な顔しとるんやろうか? たしかに、ちょっと頬が強張っとる感じもするけど。
「えっ、晴海?」
シゲルが、ぱっとこっちを振り返った。赤面の名残をのこした頬が緩み、かわいい笑顔になる。
竹っちが「あっ、今井……」と声を上げるのを、斉藤先輩がにこやかに押しとどめとる。
「今井くん、丁度良かったですねっ。ほら、行ってきて!」
「う、うんっ。ありがとう」
真柴の明るい声に急かされるように、シゲルは席を立って、ぱたぱたと駆けよってきた。心のコンディションが整わんまま、シゲルが側に来てしまう。
「は、晴海っ、来てたんやな!」
「おう。どうしたんや、こんなとこで」
尋ねながら――俺は、シゲルの唇に目を奪われとった。
シゲルの淡い桃色の唇は、つやつやに光って、ゼリーみたいに潤んどる。それどころか、レモンみたいな甘酸っぱい匂いが漂ってくるようや。
俺の視線に気づいたんか、シゲルは照れたように唇を指で押さえる。
「あっ、これな? 唇が荒れるっていうたら、真柴くんが「このリップクリームがいいよ」って、塗ってくれたんよ」
「真柴が?」
胸が重くなるが、シゲルは笑顔で頷く。
「うんっ。お気に入りのクリームらしくてな。その、唇がつやつやになるんやて。ほんまに、うるうるやし、触っててもやわらかいねんで!」
「ははあ、なるほどなあ。良さそうやなあ」
生返事にならんよう、気をつけなあかんかった。
それより、「真柴の使ってる奴塗ったんか?」とか、「間接キスちゃうんか」とか、そんな疑問が頭をぐるぐる過って止まらんくて。
――おかしい。嫉妬くらい、とっくに飼いならせとるはずやのに……
自分に戸惑ってたら、シゲルが、どこか焦れたような声で言う。
「あの……晴海は、これどう思う? イケてる?」
「え」
じっと見つめられて、狼狽する。
そんなん、めっちゃ可愛いよ。
正直に、そう言うつもりで口を開いたのに、真柴が目に入った途端――
「はは、ええんちゃう? 天ぷら食べたみたいで」
素っ頓狂におどけた声が、喉から飛び出しとった。
「……!」
大失敗を悟ったんは、すぐや。
一瞬、ぽかんとしたシゲルは――全身をかああっと真っ赤に上気させた。両手でぱっと唇を覆い、深く深く俯いてしまう。
その顕著な反応に、さあっと全身の血の気が引く。
「あ、シゲル……あの」
「うぐ……っ」
気が動転して、ろくな言葉が出てこん。震える肩に、おろおろと手を伸ばしたとき――
ばちーん! と、頬に強烈な平手を食らう。
「ぶほっ!?」
一歩よろめくと、涙を湛えた目にきっと強く睨みつけられる。
「晴海のアホーっ!」
どたばたと荒い足音を立て、シゲルは駆け去って行ってしもた。
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