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第二章 淫紋をぼくめつしたい
キスしてほしい⑩
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「シゲル!」
制止は届かず、ばたばたと足音が遠ざかっていく。
――しまった、シゲルを傷つけた……。
なんで、あんなこと言うてしもたんや。自分で自分がわからず、呆然と立ち尽くしていると、
「さ、最低~! 有村くん、アレはないわ~!」
「うぐっ!」
真柴が、甲高い裏声で叫ぶ。――そもそも、お前が! と思うと、胃の腑がじくりと痛んだが、返す言葉もなく項垂れた。
と、斉藤先輩が野球のサインの如く、腕をぐるぐる回す。
「早く追っかけてあげて!」
「悪い、有村。お前の気持ちもわかる! でも、とにかく行ってやってくれ!」
竹っちに、気づかわし気に背を叩かれる。
確かにそうや。シゲルが泣いてるのに、放っておけん。
「先輩。竹っち……すまん!」
俺は、ともかく駆け出した。
俺は教室には寄らず、真っすぐに被服室へ向かった。
シゲルが俺と話したいと――そう思ってくれてるんやったら、一人でおるんやないかと考えてのことやった。
「シゲル!」
勢いよく、扉を開いた。
一見、空っぽに見える部屋やけど、しゃくりあげる声が響いとる。
「シゲル……おるんやろ?」
部屋の奥に進むと、震える息づかいが大きくなる。俺は、音の発生源……教卓の方へ近づいた。
「……っ、ひっく……」
果たしてシゲルは、そこにおった。教卓の中で、膝を抱えて座り込んどる。しゃくりあげるたびに、丸まった肩が震えていた。
……触れても、ええやろうか。俺は、恐る恐るその肩に触れてみる。
「やっ……ほっといて!」
「シゲル、ごめん……! 話そう」
シゲルは膝に顔を埋めたまま、片腕で俺を押しのけようとする。けど、その手には殆ど力がこもってへん。そのことに勇気づけられながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ごめんな。お前が、おしゃれしてるん、笑ったんと違うねん。その、似合ってるし……」
「……い、いまさら何やねん!」
顔を上げたシゲルが、キッと睨みつけてくる。
その顔を見て、俺は息を飲んだ。
つりあがった目から、大粒の涙がとめどなく溢れてきとる。唇は、よっぽど乱暴に拭ったんか、口の端っこも赤くなっとった。
「お前、笑ったやんか! おかしかったくせに、今さらそんなんっ……!」
「ちゃうねん! おかしかったんやない!」
「知らんっ」
涙を拭おうとすると、シゲルはいやいやするように頭を振る。
アホのように「ごめん」を繰り返しても、シゲルの心に届いてる感じがせん。焦った俺は、細い体を強引に引き寄せた。
「……っ!?」
「ごめん。めっちゃ可愛かった。それはホンマやねん……」
せやのに、ふざけて――シゲルをこんなに傷つけて。あんときの俺は、何をしたかったんやろう。自分でも、皆目わからんねん。
ぎゅっと抱きしめると、シゲルが鋭く息を飲む。
――届いたやろうか?
大人しくなったシゲルに、淡い期待が湧く。浅く息を吐くごとに震える背を、そっと撫でた。
しかし。
「……っ、ふぅ……っ」
「……シゲル?」
「うー……」
腕の中のシゲルの様子が、おかしい。
体がしっとりと熱くなって、呼吸が浅く速くなっていく。まさかと思い、顔を覗き込むと――はちみつ色の目の奥が、とろりとした熱を帯びとった。
「まさか、発作か……?」
「!」
そっと尋ねると、シゲルは目を見開いた。
くしゃりと顔を歪めたかと思うと――じたばたと暴れ出す。
「シゲルッ?」
「ちがうもん……! 発作とちゃう!」
俺の腕から逃れようと、必死に身を捩る。俺は、瞠目した。
「落ち着け、シゲル! 違うことないやろ? 発作が起きたんやったら、早く何とかせな……!」
「……違うってば! 今は、喧嘩してるんやからっ。やめてや!」
シゲルはこういうとるけど、間違いなく発作は起きとった。
もう秋やのに、肌にはしっとりと汗が浮かんどる。震えが止まらんのか、舌の動きもあやしくなってきてて、しんどそうや。
「シゲル……! 頼むから、意地はらんと……。体、辛いんやろ?」
「ええから、ほっといて! 今は、したくないんやってば!」
どん! と強く胸を押された。
よろけた隙に、シゲルは教卓を這い出て行く。よろよろと逃げる背に、呆然とした。
――そんなに嫌なんか? お前の命がかかっとるっちゅうのに……!
緊急時に、あまりにも頑是ないシゲルに、思わずかっとなる。
優しく説得とか、そういう選択肢が全て弾け飛んだ。
「そんなこと、言うてる場合ちゃうやろ!?」
「ひゃっ!?」
細い手首を掴んで、床に押し倒した。小さく悲鳴を上げたシゲルの上に、馬乗りになる。
「死んでしもたら、どうするねん! そんなん許さへんからな!」
「ぅあ……晴海……」
怯えた目で俺を見上げるシゲルに、”あの時”のシゲルが重なる。
もう、あんなことになるのは、絶対にイヤや。
俺は、シゲルの頬を撫でた。怯えて強張っとるのに、ほんわりと熱を持っとる。
「ええか。これは治療なんや! ……じっとしてたら、終わるから」
「……ううっ!」
心を鬼にして言い聞かせると、シゲルの目に涙が盛り上がった。
胸がずきりと痛む。
――ごめんなシゲル。でも、お前がどう思ッとっても、俺はやる……!
そう決意して、俺はシゲルの制服を脱がせた。
制止は届かず、ばたばたと足音が遠ざかっていく。
――しまった、シゲルを傷つけた……。
なんで、あんなこと言うてしもたんや。自分で自分がわからず、呆然と立ち尽くしていると、
「さ、最低~! 有村くん、アレはないわ~!」
「うぐっ!」
真柴が、甲高い裏声で叫ぶ。――そもそも、お前が! と思うと、胃の腑がじくりと痛んだが、返す言葉もなく項垂れた。
と、斉藤先輩が野球のサインの如く、腕をぐるぐる回す。
「早く追っかけてあげて!」
「悪い、有村。お前の気持ちもわかる! でも、とにかく行ってやってくれ!」
竹っちに、気づかわし気に背を叩かれる。
確かにそうや。シゲルが泣いてるのに、放っておけん。
「先輩。竹っち……すまん!」
俺は、ともかく駆け出した。
俺は教室には寄らず、真っすぐに被服室へ向かった。
シゲルが俺と話したいと――そう思ってくれてるんやったら、一人でおるんやないかと考えてのことやった。
「シゲル!」
勢いよく、扉を開いた。
一見、空っぽに見える部屋やけど、しゃくりあげる声が響いとる。
「シゲル……おるんやろ?」
部屋の奥に進むと、震える息づかいが大きくなる。俺は、音の発生源……教卓の方へ近づいた。
「……っ、ひっく……」
果たしてシゲルは、そこにおった。教卓の中で、膝を抱えて座り込んどる。しゃくりあげるたびに、丸まった肩が震えていた。
……触れても、ええやろうか。俺は、恐る恐るその肩に触れてみる。
「やっ……ほっといて!」
「シゲル、ごめん……! 話そう」
シゲルは膝に顔を埋めたまま、片腕で俺を押しのけようとする。けど、その手には殆ど力がこもってへん。そのことに勇気づけられながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ごめんな。お前が、おしゃれしてるん、笑ったんと違うねん。その、似合ってるし……」
「……い、いまさら何やねん!」
顔を上げたシゲルが、キッと睨みつけてくる。
その顔を見て、俺は息を飲んだ。
つりあがった目から、大粒の涙がとめどなく溢れてきとる。唇は、よっぽど乱暴に拭ったんか、口の端っこも赤くなっとった。
「お前、笑ったやんか! おかしかったくせに、今さらそんなんっ……!」
「ちゃうねん! おかしかったんやない!」
「知らんっ」
涙を拭おうとすると、シゲルはいやいやするように頭を振る。
アホのように「ごめん」を繰り返しても、シゲルの心に届いてる感じがせん。焦った俺は、細い体を強引に引き寄せた。
「……っ!?」
「ごめん。めっちゃ可愛かった。それはホンマやねん……」
せやのに、ふざけて――シゲルをこんなに傷つけて。あんときの俺は、何をしたかったんやろう。自分でも、皆目わからんねん。
ぎゅっと抱きしめると、シゲルが鋭く息を飲む。
――届いたやろうか?
大人しくなったシゲルに、淡い期待が湧く。浅く息を吐くごとに震える背を、そっと撫でた。
しかし。
「……っ、ふぅ……っ」
「……シゲル?」
「うー……」
腕の中のシゲルの様子が、おかしい。
体がしっとりと熱くなって、呼吸が浅く速くなっていく。まさかと思い、顔を覗き込むと――はちみつ色の目の奥が、とろりとした熱を帯びとった。
「まさか、発作か……?」
「!」
そっと尋ねると、シゲルは目を見開いた。
くしゃりと顔を歪めたかと思うと――じたばたと暴れ出す。
「シゲルッ?」
「ちがうもん……! 発作とちゃう!」
俺の腕から逃れようと、必死に身を捩る。俺は、瞠目した。
「落ち着け、シゲル! 違うことないやろ? 発作が起きたんやったら、早く何とかせな……!」
「……違うってば! 今は、喧嘩してるんやからっ。やめてや!」
シゲルはこういうとるけど、間違いなく発作は起きとった。
もう秋やのに、肌にはしっとりと汗が浮かんどる。震えが止まらんのか、舌の動きもあやしくなってきてて、しんどそうや。
「シゲル……! 頼むから、意地はらんと……。体、辛いんやろ?」
「ええから、ほっといて! 今は、したくないんやってば!」
どん! と強く胸を押された。
よろけた隙に、シゲルは教卓を這い出て行く。よろよろと逃げる背に、呆然とした。
――そんなに嫌なんか? お前の命がかかっとるっちゅうのに……!
緊急時に、あまりにも頑是ないシゲルに、思わずかっとなる。
優しく説得とか、そういう選択肢が全て弾け飛んだ。
「そんなこと、言うてる場合ちゃうやろ!?」
「ひゃっ!?」
細い手首を掴んで、床に押し倒した。小さく悲鳴を上げたシゲルの上に、馬乗りになる。
「死んでしもたら、どうするねん! そんなん許さへんからな!」
「ぅあ……晴海……」
怯えた目で俺を見上げるシゲルに、”あの時”のシゲルが重なる。
もう、あんなことになるのは、絶対にイヤや。
俺は、シゲルの頬を撫でた。怯えて強張っとるのに、ほんわりと熱を持っとる。
「ええか。これは治療なんや! ……じっとしてたら、終わるから」
「……ううっ!」
心を鬼にして言い聞かせると、シゲルの目に涙が盛り上がった。
胸がずきりと痛む。
――ごめんなシゲル。でも、お前がどう思ッとっても、俺はやる……!
そう決意して、俺はシゲルの制服を脱がせた。
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