236 / 239
第二部 プロムナード編
第九話 談話室にて【SIDE:K】
しおりを挟む
「……何~?」
そう、彼もさっきから居たのだ。――誰が揉めていようと、自分の興味をひかなければ、微動だにしない人なだけである。
「桜沢さん、いい加減にシャンとしてください」
よく、スーツを着て寝転べるものだ。
桜沢さんに是非着て欲しい、と魔法省のお偉方が贈ったイタリア製のスーツを、彼はまるでスエットと同じように扱う。
厳しく指摘すると、桜沢さんは大あくびをし、寝返りを打った。
「ふあ……いいじゃん、べつにぃ。もう出るだけなんでしょ?」
「俺達以外が、戻ったら直ぐにです。寝ていたらスーツが皺になりますし、着替え直す暇はありませんよ」
「はー……うるせーの」
怠そうに薄目を開けて、桜沢さんはのそりと身を起こす。
長い髪を乱暴にかき回す様は、不機嫌そうだ。俺はふうと息を吐き、眼鏡に指を添えた。
「俺に言われても、困ります。生徒会の行事なのですから、義務は果たしてもらいませんと」
「もー、やってらんねーってば。会長は全然戻ってこねーし、須々木先輩にへんなのつけられるしさー!」
「ああ……」
桜沢さんは、パンツの裾を持ち上げる。露わになった足首には、大振りの手錠がかかっており、もう片方はソファの脚につながっているようだ。
「それは、貴方が逃げようとするからでしょう」
「ほんとムカつくー! 俺は動けねーのに、先輩は出てくしー!」
桜沢さんが憤慨すると、ちゃりと鎖が音を立てた。たしか、アレは――須々木先輩得意の魔法道具の一つで、魔法拘束具の類だ。内側に魔石が仕込まれていて、壊そうとしても対元素で相殺するものだったはず。
しかし、と俺は首を傾げる。
「意外ですね。貴方なら、壊せないこともないのでは?」
「……う」
すると、桜沢さんはふいと顔を背ける。何故か頬が赤らんでいる。
「だってぇ。これ、トキちゃんの魔力構造なんだもん。俺がトキちゃんに乱暴できないのわかってて、あの人やってんだよねー」
「は?」
「腹立つなあ」
なぜ、吉村時生?
聞けば、その拘束具には吉村時生の魔力構造を模した術式がかけられているらしい。何故か、吉村に大甘の桜沢さんは、それで拘束を打ち壊すのに忍びなく、大人しく捕まっているようだ。
「はーぁ。須々木先輩、俺が前期に近寄れない時も、トキちゃんに近づいてたからなー。仲いい顔して、しれっと解析してたんだねえ。マジやべー」
「……」
「まあ、でないと防御符なんて作れないかぁ」
桜沢さんは、腕を組んで伸びをしている。
――あの、負けず嫌いの桜沢さんが……吉村時生に類似の魔力を持つというだけで、拘束具を外せないとは。
やはり、吉村は害悪のようだな。
俺はそう判じ、桜沢さんを胡乱な目つきで見た。
「あなたね。須々木先輩に決闘で負けますよ」
「べつにー。不意を打たれるのは、今回限りだしー」
桜沢さんが、ごろんとソファに横になったとき、再びドアが開いた。
「皆さん、お待たせしました!」
華やかなスーツに身を包んだ蓮条先輩が、談話室に歩み入ってきた。鳶色の長い髪を背で束ね、いつにも増して貴公子然としている。パーティ参加者のあるべき姿を見た気がし、俺は安堵する。
「蓮条先輩、お疲れさまです」
「海棠くんも、お疲れさまですね。おや、須々木先輩と八千草君がいませんね」
「ああ、それは――」
事情を説明すると、先輩はほほ笑んで、俺の肩に手を置いた。
「それはそれは。海棠くん、気を揉んだでしょう? 一人で任せて、ごめんなさいね」
「先輩……いえ。仕方がない事ですから」
人間らしい気遣いを受け、じんとした。――変人と名高い蓮条先輩だが、変態的な学究欲を抜けば、かなりの善人である。
そう、彼もさっきから居たのだ。――誰が揉めていようと、自分の興味をひかなければ、微動だにしない人なだけである。
「桜沢さん、いい加減にシャンとしてください」
よく、スーツを着て寝転べるものだ。
桜沢さんに是非着て欲しい、と魔法省のお偉方が贈ったイタリア製のスーツを、彼はまるでスエットと同じように扱う。
厳しく指摘すると、桜沢さんは大あくびをし、寝返りを打った。
「ふあ……いいじゃん、べつにぃ。もう出るだけなんでしょ?」
「俺達以外が、戻ったら直ぐにです。寝ていたらスーツが皺になりますし、着替え直す暇はありませんよ」
「はー……うるせーの」
怠そうに薄目を開けて、桜沢さんはのそりと身を起こす。
長い髪を乱暴にかき回す様は、不機嫌そうだ。俺はふうと息を吐き、眼鏡に指を添えた。
「俺に言われても、困ります。生徒会の行事なのですから、義務は果たしてもらいませんと」
「もー、やってらんねーってば。会長は全然戻ってこねーし、須々木先輩にへんなのつけられるしさー!」
「ああ……」
桜沢さんは、パンツの裾を持ち上げる。露わになった足首には、大振りの手錠がかかっており、もう片方はソファの脚につながっているようだ。
「それは、貴方が逃げようとするからでしょう」
「ほんとムカつくー! 俺は動けねーのに、先輩は出てくしー!」
桜沢さんが憤慨すると、ちゃりと鎖が音を立てた。たしか、アレは――須々木先輩得意の魔法道具の一つで、魔法拘束具の類だ。内側に魔石が仕込まれていて、壊そうとしても対元素で相殺するものだったはず。
しかし、と俺は首を傾げる。
「意外ですね。貴方なら、壊せないこともないのでは?」
「……う」
すると、桜沢さんはふいと顔を背ける。何故か頬が赤らんでいる。
「だってぇ。これ、トキちゃんの魔力構造なんだもん。俺がトキちゃんに乱暴できないのわかってて、あの人やってんだよねー」
「は?」
「腹立つなあ」
なぜ、吉村時生?
聞けば、その拘束具には吉村時生の魔力構造を模した術式がかけられているらしい。何故か、吉村に大甘の桜沢さんは、それで拘束を打ち壊すのに忍びなく、大人しく捕まっているようだ。
「はーぁ。須々木先輩、俺が前期に近寄れない時も、トキちゃんに近づいてたからなー。仲いい顔して、しれっと解析してたんだねえ。マジやべー」
「……」
「まあ、でないと防御符なんて作れないかぁ」
桜沢さんは、腕を組んで伸びをしている。
――あの、負けず嫌いの桜沢さんが……吉村時生に類似の魔力を持つというだけで、拘束具を外せないとは。
やはり、吉村は害悪のようだな。
俺はそう判じ、桜沢さんを胡乱な目つきで見た。
「あなたね。須々木先輩に決闘で負けますよ」
「べつにー。不意を打たれるのは、今回限りだしー」
桜沢さんが、ごろんとソファに横になったとき、再びドアが開いた。
「皆さん、お待たせしました!」
華やかなスーツに身を包んだ蓮条先輩が、談話室に歩み入ってきた。鳶色の長い髪を背で束ね、いつにも増して貴公子然としている。パーティ参加者のあるべき姿を見た気がし、俺は安堵する。
「蓮条先輩、お疲れさまです」
「海棠くんも、お疲れさまですね。おや、須々木先輩と八千草君がいませんね」
「ああ、それは――」
事情を説明すると、先輩はほほ笑んで、俺の肩に手を置いた。
「それはそれは。海棠くん、気を揉んだでしょう? 一人で任せて、ごめんなさいね」
「先輩……いえ。仕方がない事ですから」
人間らしい気遣いを受け、じんとした。――変人と名高い蓮条先輩だが、変態的な学究欲を抜けば、かなりの善人である。
10
お気に入りに追加
519
あなたにおすすめの小説
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。
水鳴諒
BL
目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる