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第八章 真なる聖剣
786 聖女の魔力
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「ダスター……」
メルリルが怯えるように俺に寄り添って来る。
魔力を感じないはずの聖騎士も、本能的にヤバさを感じたのか、身構えつつ勇者の様子を窺っていた。
「そっちは後にしてミュリアを先に助ければ、そっちもなんとかなるんじゃないの?」
モンクが建設的な提案をする。
確かに、聖女が目覚めれば、勇者の今の状態をなんとか出来る可能性があった。
とは言え、その聖女の魔封具も、どう扱ったらいいかわからないんだが。
「聖女さまの魔封具の術式部分をこのナイフで無効にすればいいのでしょうか?」
聖騎士が尋ねる。
「いや、それだけじゃ、制御を失った呪いが暴走する可能性が高い。俺達程度の魔力なら、魔封具の術式は、単純に魔力を吸い上げて封印として作用しているだけだったから、術式を解除すれば、魔力が元に戻るだけで済んだんだが、アルフとミュリアから吸い上げられた魔力は、魔封具の術式の影響を越えて、勝手に成長しちまってる。こういうところが魔力の恐ろしさだよな」
「なにしみじみ言ってるんだ。じゃあどうするのさ?」
モンクは気丈に振る舞っているが、少し涙目だ。
聖女が苦しそうなのが辛いのだろう。
「ダスター」
メルリルが意を決したように俺に囁いた。
「意思を持った魔力なら、精霊とほぼ変わらない。私が抑えてみる」
メルリルの言葉に、俺はぎょっとしてその顔を見る。
その目は決意を秘めていた。
「……一か八かの案なら却下だぞ」
「うん。そういう無茶はしない。まずは歌で様子を見てみようと思う」
少し考えてみたが、メルリルの提案は危険も少なく、試す価値はあると判断することが出来る。
俺個人のメルリルに対する心配はあるが、それは、今優先することではない。
「よし、試してみよう。無茶はしないように」
「うん。その前に、この香なんとかならないかな? 集中出来ない」
「確かに。忘れてたな」
香は、気づいてしまえば寝てしまう危険はないので、つい放置してしまったが、集中を妨げるのは間違いない。
俺は匂いの出どころを探した。
「……上、か」
見上げると、香炉のようなものが天井からぶら下がっている。
「フォルテ、頼む」
「ピャッ!」
飛び立ったフォルテが香炉を翼でひと打ちすると、カシャンと軽い音を立てて、香炉が落下して来た。
全員をそこから離れた場所に移動させて、俺は服の端を顔に当て、匂いを防ぎながら、香炉をひっくり返し、なかの燃えている部分を踏みつけて消す。
そして、指を突っ込んで、熱さを確かめて冷えたところで、俺達を閉じ込めていた箱の蓋部分をそれに被せた。
「よし。それと、この香の感じだと、もうしばらくしたら、誰かが中身の入れ替えに来るかもしれない。手早く済ませよう」
「うん」
うなずいたメルリルが、低く小さな声で、古い言葉の詩を歌い出す。
「ピルルル……」
フォルテがメルリルの歌につられて歌い出しそうになったので、慌てて捕まえて口を封じた。
バッサバッサと羽ばたいて抗議をするが、無視だ。
お前までが歌うと増幅したりするかもしれないだろうが!
メルリルの歌は、まるでやさしく問いかけるような調子だった。
不気味に渦巻いていた聖女の封印が、動きを変える。
光が明滅して、何かを答えているようにも見えた。
首をかしげたメルリルが、そっと聖女の封印に手を伸ばす。
俺は一瞬、メルリルを止めようかと迷ったが、ここは信頼して任せることにした。
メルリルが聖女の封印にそっと触れると、おぞましい色をしていた聖女の封印は、ほのかな光を帯びた青銀の色に変化する。
メルリルが歌を止めた。
「ダスター、この子、戻りたいって」
「この子?」
「うん。ミュリアの光。無理やり離されて、怒ってたけど、今は戻ろうとしている」
「……そうか」
俺には魔力の意思というものが理解不能だが、メルリルがそう言うならそうなんだろう。
「どうしたらいい?」
尋ねる。
「今なら、術式を解除すれば、ちゃんと戻ると思う」
「わかった」
俺はうなずくと、聖騎士に告げた。
「ミュリアの術式を解除してくれ」
「わかりました」
聖騎士は、恐れ気もなく聖女の収まった箱に近づくと、魔封具に刻まれた術式にナイフで傷を付ける。
その瞬間、青銀に光っていた魔力が、いくつもの花の形を描いて、聖女のなかへと吸い込まれるように消えていった。
見守っていた俺は、いつの間にか汗だくである。
とんでもない魔力だった。
あれが攻撃に向いていたら、俺達は全員無事ではいられなかっただろう。
「後は、茨の冠だな」
「はい。解除します」
腕に嵌っていた可愛らしい見た目のブレスレットを聖騎士が切断すると、聖女の口から小さな声が漏れた。
「う……ん……」
「ミュリア?」
すかさずモンクが聖女を箱のなかから抱え起こし、そっと肩を揺さぶる。
「おはよう……ございます?」
寝ぼけまなこの聖女の挨拶に、モンクが微笑む。
「よかった。……ごめん」
そして聖女を抱きしめる。
「え? どうしたのですか? テスタねえさまったら、変」
ふふっと微笑んで首をかしげる姿に、俺達まで微笑ましい気持ちになったのだった。
さて、最後は勇者だな。
というか、勇者の封印のほうは、もうだいぶ薄くなって来ている。
まるで緑と灰色の光が互いに覇を争うようにうねっていた状態から、今は緑の光が具体的な形を取ろうとしていた。
「若葉?」
肉体ではなく、魔力だけが、幼いドラゴンの姿となって威嚇している。
そこに意思は感じられない。
「メルリル?」
確認するようにメルリルに声を掛けたが、メルリルは首を横に振って否定した。
やはり精霊とは違う状態のようだ。
「勇者さまっ!」
ようやく意識がはっきりしたのか、聖女は勇者のほうを見て、驚きの声を上げる。
「どういうことなのですか?」
その声は、震えを帯びていた。
メルリルが怯えるように俺に寄り添って来る。
魔力を感じないはずの聖騎士も、本能的にヤバさを感じたのか、身構えつつ勇者の様子を窺っていた。
「そっちは後にしてミュリアを先に助ければ、そっちもなんとかなるんじゃないの?」
モンクが建設的な提案をする。
確かに、聖女が目覚めれば、勇者の今の状態をなんとか出来る可能性があった。
とは言え、その聖女の魔封具も、どう扱ったらいいかわからないんだが。
「聖女さまの魔封具の術式部分をこのナイフで無効にすればいいのでしょうか?」
聖騎士が尋ねる。
「いや、それだけじゃ、制御を失った呪いが暴走する可能性が高い。俺達程度の魔力なら、魔封具の術式は、単純に魔力を吸い上げて封印として作用しているだけだったから、術式を解除すれば、魔力が元に戻るだけで済んだんだが、アルフとミュリアから吸い上げられた魔力は、魔封具の術式の影響を越えて、勝手に成長しちまってる。こういうところが魔力の恐ろしさだよな」
「なにしみじみ言ってるんだ。じゃあどうするのさ?」
モンクは気丈に振る舞っているが、少し涙目だ。
聖女が苦しそうなのが辛いのだろう。
「ダスター」
メルリルが意を決したように俺に囁いた。
「意思を持った魔力なら、精霊とほぼ変わらない。私が抑えてみる」
メルリルの言葉に、俺はぎょっとしてその顔を見る。
その目は決意を秘めていた。
「……一か八かの案なら却下だぞ」
「うん。そういう無茶はしない。まずは歌で様子を見てみようと思う」
少し考えてみたが、メルリルの提案は危険も少なく、試す価値はあると判断することが出来る。
俺個人のメルリルに対する心配はあるが、それは、今優先することではない。
「よし、試してみよう。無茶はしないように」
「うん。その前に、この香なんとかならないかな? 集中出来ない」
「確かに。忘れてたな」
香は、気づいてしまえば寝てしまう危険はないので、つい放置してしまったが、集中を妨げるのは間違いない。
俺は匂いの出どころを探した。
「……上、か」
見上げると、香炉のようなものが天井からぶら下がっている。
「フォルテ、頼む」
「ピャッ!」
飛び立ったフォルテが香炉を翼でひと打ちすると、カシャンと軽い音を立てて、香炉が落下して来た。
全員をそこから離れた場所に移動させて、俺は服の端を顔に当て、匂いを防ぎながら、香炉をひっくり返し、なかの燃えている部分を踏みつけて消す。
そして、指を突っ込んで、熱さを確かめて冷えたところで、俺達を閉じ込めていた箱の蓋部分をそれに被せた。
「よし。それと、この香の感じだと、もうしばらくしたら、誰かが中身の入れ替えに来るかもしれない。手早く済ませよう」
「うん」
うなずいたメルリルが、低く小さな声で、古い言葉の詩を歌い出す。
「ピルルル……」
フォルテがメルリルの歌につられて歌い出しそうになったので、慌てて捕まえて口を封じた。
バッサバッサと羽ばたいて抗議をするが、無視だ。
お前までが歌うと増幅したりするかもしれないだろうが!
メルリルの歌は、まるでやさしく問いかけるような調子だった。
不気味に渦巻いていた聖女の封印が、動きを変える。
光が明滅して、何かを答えているようにも見えた。
首をかしげたメルリルが、そっと聖女の封印に手を伸ばす。
俺は一瞬、メルリルを止めようかと迷ったが、ここは信頼して任せることにした。
メルリルが聖女の封印にそっと触れると、おぞましい色をしていた聖女の封印は、ほのかな光を帯びた青銀の色に変化する。
メルリルが歌を止めた。
「ダスター、この子、戻りたいって」
「この子?」
「うん。ミュリアの光。無理やり離されて、怒ってたけど、今は戻ろうとしている」
「……そうか」
俺には魔力の意思というものが理解不能だが、メルリルがそう言うならそうなんだろう。
「どうしたらいい?」
尋ねる。
「今なら、術式を解除すれば、ちゃんと戻ると思う」
「わかった」
俺はうなずくと、聖騎士に告げた。
「ミュリアの術式を解除してくれ」
「わかりました」
聖騎士は、恐れ気もなく聖女の収まった箱に近づくと、魔封具に刻まれた術式にナイフで傷を付ける。
その瞬間、青銀に光っていた魔力が、いくつもの花の形を描いて、聖女のなかへと吸い込まれるように消えていった。
見守っていた俺は、いつの間にか汗だくである。
とんでもない魔力だった。
あれが攻撃に向いていたら、俺達は全員無事ではいられなかっただろう。
「後は、茨の冠だな」
「はい。解除します」
腕に嵌っていた可愛らしい見た目のブレスレットを聖騎士が切断すると、聖女の口から小さな声が漏れた。
「う……ん……」
「ミュリア?」
すかさずモンクが聖女を箱のなかから抱え起こし、そっと肩を揺さぶる。
「おはよう……ございます?」
寝ぼけまなこの聖女の挨拶に、モンクが微笑む。
「よかった。……ごめん」
そして聖女を抱きしめる。
「え? どうしたのですか? テスタねえさまったら、変」
ふふっと微笑んで首をかしげる姿に、俺達まで微笑ましい気持ちになったのだった。
さて、最後は勇者だな。
というか、勇者の封印のほうは、もうだいぶ薄くなって来ている。
まるで緑と灰色の光が互いに覇を争うようにうねっていた状態から、今は緑の光が具体的な形を取ろうとしていた。
「若葉?」
肉体ではなく、魔力だけが、幼いドラゴンの姿となって威嚇している。
そこに意思は感じられない。
「メルリル?」
確認するようにメルリルに声を掛けたが、メルリルは首を横に振って否定した。
やはり精霊とは違う状態のようだ。
「勇者さまっ!」
ようやく意識がはっきりしたのか、聖女は勇者のほうを見て、驚きの声を上げる。
「どういうことなのですか?」
その声は、震えを帯びていた。
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