勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第七章 幻の都

704 取り引きの罠

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 ヤサが襲撃を受けている、丁度その頃。メイサー達のほうもかなり大変な状況だったらしい。
 このときの出来事は、時系列がはっきりしない部分が多くて、勇者なんかは、自分が関わったこと以外はどうでもいいというスタンスで、記録をつけていた。
 後に、大聖堂で聖者さまから、あの優し気な顔で、「巷で語られている噂のうち、どれが本当で、どれが偽りなのでしょう?」などと言われてしまい、言外に、正確な記録をつけさせるようにとのご指示をいただいた訳だが、これに勇者が猛反発して……ああ、いや、その話はどうでもいいか。

 ともかく、正確なところを本人から確認しておいた俺を褒めて欲しい。
 もちろん俺も報告しなかったことはある。
 プライベートなことは、記録として残すべきではないからな。

 迷宮の浅い層、順を追って数えると、十層ぐらいらしいが、迷宮には吹き抜けのようになっている場所もあるし、正確な数字で測るのは難しい。
 まぁ、とにかく十層ぐらいの安全な場所で、メイサー達は、用心を重ねて、商人と取り引きをしていたようだ。
 普通、こういう取り引きは、商人の部下が行うものなのだが、メイサーの要望で、商人本人を来させていた。
 いざというときに人質に出来るし、部下だと、そいつだけを切り捨てて、メイサー達をだまし討ちにすることも出来るからな。

 そして、そこからわかるのは、そんな取り引きに応じるぐらい、メイサー達の持ち込む収穫物は、ほかの探索者と比べても群を抜いて、上物だったということだ。

 まぁ最深部周辺に拠点を構えているんだから、当然かもしれない。
 普通、どんな探索者だって、深部に潜ったまま、採取を続けたりはしないからな。

闇灯やみあかり殿、今回の品物には、その、遺物が少ないように思えますが」
「仕方あるまい。探索出来る場所は、ほぼ掘り尽くしたと言っていい。だが、その分、魔鉱石や魔物の素材はあるはずだが?」

 目深に兜を被ったメイサーと、魔道具を身に着けて、煌びやかな魔宝石の光を帯びている商人が向かい合って話す。
 互いに、背後には見るからに一癖も二癖もありそうな護衛をつけている。
 なかなかに緊張感あふれる取り引きだが、彼等はこういうやり取りを、もう何年も続けて来ていて、言うなれば、慣れたやり取りでもあった。

「ふむふむ。まぁ普通のギルドに比べれば、確かに量も質も段違いですね」
「わかったら、リストにあるものと交換だ。あんたの苦労に見合うだけの割引には応じるが、目に余るようなら、取り引き相手を変えても一向にかまわないぞ?」

 定型文のようなやりとりに、しかし、ほころびを生じさせたのは相手からだった。

「どうでしょう? ほかの取引相手なんて見つけられるのでしょうかね? 私達ももう長い。そろそろ腹を割ってお話ししませんか?」
「話すことなど何もない」
「まぁそうおっしゃらずに……メイサー殿・・・・・

 双方の陣営に緊張が走った。
 メイサー達は、迷宮を根城にする特殊なギルド闇灯やみあかりとして、これまでこの商人と取り引きをして来ていて、メイサーの名を明かしたことはなかったのだ。

「詮索は、命取りだぞ?」
「今さら、そのようなことをおっしゃらなくてもいいじゃないですか。元のギルドの名前は『闇のなかの灯』でしたっけ? 似たような名前にしたのは、誰かに気づいて欲しかったからなのでは?」
「貴様……」

 メイサーはエストックを素早く抜き放った。
 背後の護衛達も全員武器を抜く。

「メイサー殿と言えば、評判の美貌の持ち主でありましたなぁ。そうそう、父親は、愚かにも商品に手を出して、処刑され、母親は違法奴隷を高値で買い取る貴族に買われて、何やら魔法の実験台になったとか……」

 メイサーのエストックが空気を斬り裂き、商人の、魔道具に守られていたはずの兜を弾き飛ばした。

「おほっ! いやいや、短気は損気ですぞ。メイサー殿。実は、わたくし共、何度かの逢瀬の際に、こっそりと後を追わせましてね。実に用心深くて、それは苦労しましたが、ついに貴女方の、隠れ家をば、発見したのですよ」
「っ! 貴様! まさか!」
「おお、怖い怖い、そのように顔も見えないのでは、きちんとお話しも出来かねますなぁ。さ、わたくしも素顔となった訳ですし、噂に高い御尊顔を拝ませていただけませんか?」

 メイサー達は、行動に迷った。
 この商人が偽りを言っている可能性もある。
 だが、本当であった場合、ヤサの仲間が危険に晒されることとなるのだ。

 顔を見せる程度と、メイサーは考えたようだが、実は、これは商人らしい取り引きのノウハウだった。
 人は、一つを譲れば、後は持ちこたえるのが難しくなるものだ。
 メイサーが兜を外して見せると、商人と、そしてその背後から、思わず感嘆の声が上がった。

「これは……噂というものは誇張されるものですが、いやはや、実に、噂以上ですな。なるほど。わたくしとしても、売り物が増えてありがたい限りですよ」
「売り物、だと?」
「ええ。わたくしは商人ですからね。売れるものは何でも売ります。貴女方は、これまで本当に価値ある遺物は、渡して来なかった。そうでしょう?」
「……だったら? お前の商品に十分以上に見合うものは渡していたはずだが?」
「足りない、足りないのですよ! わたくしは、この街一番の、いや、この国一番の商人として成功したいと思っています。これは、あなた方冒険者にも理解出来る気持ちではないですかな?」

 メイサーは、勝ち誇ったような商人に無言を返した。

「実は今、この街に最大のチャンスが訪れているのです。なんと、あの勇者さまが、この迷宮に隠された、聖なる武器を探して訪れたのですよ! そこへもし、わたくしの店が、最高の遺物の武器を売ったとしたら? その名誉は、国中に、いえ、世界中に轟くことになるでしょう!」
「愚かだな……」
「迷宮に巣を作る落伍者共にはわからんか」

 メイサーが愚かだなと言ったのは、勇者の居場所を知っていたからだが、商人はもちろんそんなことは知らない。
 楽し気に宣言した。

「さぁ、大人しく投降すれば、悪いようにはしない。少なくとも生きて地上に出れますからね。抵抗したら、何もかも失うことになる」

 商人の合図と共に、高価な魔道具を使って潜んでいた、傭兵達が姿を現した。
 その数は五十人近く。
 十人にも満たないメイサー達にとって、抵抗するのもバカバカしい数だった。

「あはははははっ!」

 メイサーが急に笑い出したせいで、商人は少し驚いた顔になったが、すぐに落ち着きを取り戻す。

「おやおや、気が触れでもしましたか?」
「馬鹿め、貴様等は迷宮を知らない!」

 そして、メイサーは合図と共に、部下に煙幕を張らせた。
 迷宮内部は地上とは違い、ほぼ閉鎖空間に近い。
 そんなところで煙幕を張られれば、もはや何も見えなくなってしまう。
 そして、見えない場所で行動するなら、その場所をよく知っている必要があった。

 メイサー達は、こんな場合のために、きっちりと備えていたのだ。

「くそっ! 逃がすな!」

 商人は怒鳴ったが、後の祭り。
 メイサー達は撤退し、ヤサの混乱のなかへと合流することとなった。

「ち、まぁいい。連中のアジトには既に、裏仕事専門の探索者共を向かわせている。あの女を商品にしそこなったのは惜しいが、お宝は俺のものだ」

 メイサー達を逃がした商人は、しかし、そう嘯いた。
 少々手違いはあったとしても、勝利を確信していたのだ。

「そうか。で、詳しく話を聞きたいんだが?」

 首に、蛇のように冷たい鎖が絡みつき、聞き覚えのない男の声がそう告げるのを耳にするまでの、儚い勝利ではあった。
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