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第七章 幻の都
674 お宝と過ぎ去る時間
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扉は、開くために一定の魔力を必要とするということで、魔力が有り余っている勇者にやらせた。
「間違っても破壊するなよ?」
「なんでだ? 壊したほうが早いんじゃないか?」
「考えてみろ。この空洞が樹の内部ということなら、わずかにガワが生きているからこそ、しっかりと空間が固定されているということかもしれないだろ。魔力が吸えなくなったら一気にもろくなって崩壊するかもしれないぞ」
「なるほど。さすが師匠の考えは深いな」
いや、普通に考えるだろ。
というか、お前またさすが師匠と言ったな。
もう遠慮する気ないだろ!
いろいろ言いたいことはあったが、こんなところで言い争っても仕方がない上に、俺も最近は勇者のひととなりを理解して、妙なところに頑固であることを知っている。
言えば言うほど、より強固に自分の考えに固執するところがあるんだよな。
こいつの指導の仕方は、匙加減が大切なのだ。
とりあえず今は見逃すことにした。
勇者は言われた通り、昔の乱暴な魔力操作とは打って変わった、繊細なタッチで魔力を通す。
勇者が魔力操作を精密に出来るようになったことだけは、俺の指導の成果として誇っていいと思う。
おかげで、いろいろ面白い魔法の応用方法を考えるようになったしな。
「あ、開いた」
メルリルが宣言した途端、今まで単なる扉の見た目であるだけの、複雑な模様を刻まれた壁の一部だったその扉に、くっきりと筋が生じ、取っ手もない扉が、勝手に内側に入り込む形で開いた。
「ご苦労さま、アルフ」
「入れた端から魔力が消えて行くというのは妙な感覚だな」
当の勇者は不思議そうにマジマジと扉を見つめている。
「普通はどう使おうともある程度魔力の痕跡というものは残るからな」
この神樹が実際に天高く茂っていた時代は、どんな景色で、どんな世界だったのだろう。
人間達は魔物と戦う力はなく、地に穴を穿ち住んでいたと言われているが、よくよく考えれば、多くの人が住めるほどに地面を掘って街を造るなどという技が可能なら、人は魔物と戦う力を持っていたはずだ。
つまり弱かった人間は、より強く、危険ではない存在を利用することで、生き延びて来たということなのだろう。
だから神樹の幹やその枝のなかを、負担にならない程度に削って街を造った。
魔力を吸う樹は、魔物にとっては危険な存在だ。
生命活動を魔力に依存していた魔物ほど、神樹には近づかなかったと予想出来る。
そういう生き方の果てに神との盟約があったというなら、理解出来る流れだ。
「お師匠さま、みなさま、来てください」
先に扉をくぐったモンクと聖女とメルリルが、何やら騒いでいる。
なんだ? 嫌な感じの騒ぎ方じゃないが。
「私はここで周辺を見張っています」
そう言った聖騎士を残し、俺と勇者も扉のなかへと入る。
そこには、ランプに火を灯して掲げ持つメルリルがいた。
ん? なんで火を灯すんだ? と、考えて、すぐに理解する。
暗視が使えないのだ。
どうやらこの場所では魔力を外に向けて使うことが出来ないようだ。
聖女の灯りも使えないんだな。
「わ、暗視が使えないぞ」
「俺もだ。おそらく魔力を外界に作用させることが出来ないんだろう」
「面倒だな」
勇者がぼやくのを聞きながら、俺は荷物から久しぶりにランタンを取り出し、油を入れて火を灯した。
そうして、やっと聖女達が騒いでいた理由を理解する。
周辺の壁全体に鮮やかな色彩で絵が描かれていたのだ。
「これはまた……」
これが何千年も前の絵なのか? 鮮やかすぎる。
だが、そう思った瞬間から、少しずつ絵は色あせて行くように見えた。
「どういうことだ?」
「きっと、わたくし達がこの空間に入り込んだことで、一気に時が押し寄せたのではないでしょうか?」
聖女が言った。
「時が押し寄せるとは?」
「わたくし、教主の方にお伺いしたことがあるのです。太古の遺跡ではこういう現象がよくあるのだと。密封されている場所というのは、一種の時が切り離された空間で、外と繋がることで、止まっていた時間が一気に押し寄せてしまうのだそうです。それで貴重な資料が幾度も失われたと」
「ん? ってことは!」
壁の絵だけではない。
そこに積み上げられている物品も、一気に古びてしまうということだ。
俺は手近にあった、紙か布のようなものを手にした。
すると、手に取ったときにはしっかりとしたものに見えていたのに、見る間にボロボロと崩れ去る。
「うわぁ。これはとても運び出すのは無理か……ん? こっちは金属か」
何千年も昔なら金属生成の技術もなかったのではないかと思っていた俺にとって、それは不思議なものだった。
「鉄……ではないな、これは銀と金じゃないか? 銀は少し黒くなっているが、思ったよりもひどくない。しかし、古代人のセンスはなかなかだな」
勇者が首飾りか何かを拾い上げて吟味しながら言った。
「ああ、ここに嵌っていたのはおそらく魔宝石だったんだろうな。留め具でしっかりと固定してあった痕跡があるが、その留め具がそのままで中身がなくなっている。魔力で出来た魔宝石をこの場所が吸い上げてしまったんだ」
さすが装飾品については俺よりも遥かに目利きだ。
「魔宝石がなくなってるにしても、銀や金なら今でも価値があるし、古代の遺跡なら素材の価値とは別に貴重品として欲しがる連中がいるから、これだけあればかなりのお宝だな」
周囲を見回して俺はそう言った。
だが、さすがにこれは持ち帰れないだろうな。
勇者が発見したお宝というだけで、とんでもない騒ぎになる。
外に持ち出すなら、別に発見者を用意する必要があるだろう。
だが、そもそもこの場所を、俺は冒険者や探索者達に教えたくはなかった。
彼等はためらうこともなく、迷宮鼠達を殺し、追いやるはずだ。
俺達のせいでそんなことになったら寝覚めが悪いからな。
「間違っても破壊するなよ?」
「なんでだ? 壊したほうが早いんじゃないか?」
「考えてみろ。この空洞が樹の内部ということなら、わずかにガワが生きているからこそ、しっかりと空間が固定されているということかもしれないだろ。魔力が吸えなくなったら一気にもろくなって崩壊するかもしれないぞ」
「なるほど。さすが師匠の考えは深いな」
いや、普通に考えるだろ。
というか、お前またさすが師匠と言ったな。
もう遠慮する気ないだろ!
いろいろ言いたいことはあったが、こんなところで言い争っても仕方がない上に、俺も最近は勇者のひととなりを理解して、妙なところに頑固であることを知っている。
言えば言うほど、より強固に自分の考えに固執するところがあるんだよな。
こいつの指導の仕方は、匙加減が大切なのだ。
とりあえず今は見逃すことにした。
勇者は言われた通り、昔の乱暴な魔力操作とは打って変わった、繊細なタッチで魔力を通す。
勇者が魔力操作を精密に出来るようになったことだけは、俺の指導の成果として誇っていいと思う。
おかげで、いろいろ面白い魔法の応用方法を考えるようになったしな。
「あ、開いた」
メルリルが宣言した途端、今まで単なる扉の見た目であるだけの、複雑な模様を刻まれた壁の一部だったその扉に、くっきりと筋が生じ、取っ手もない扉が、勝手に内側に入り込む形で開いた。
「ご苦労さま、アルフ」
「入れた端から魔力が消えて行くというのは妙な感覚だな」
当の勇者は不思議そうにマジマジと扉を見つめている。
「普通はどう使おうともある程度魔力の痕跡というものは残るからな」
この神樹が実際に天高く茂っていた時代は、どんな景色で、どんな世界だったのだろう。
人間達は魔物と戦う力はなく、地に穴を穿ち住んでいたと言われているが、よくよく考えれば、多くの人が住めるほどに地面を掘って街を造るなどという技が可能なら、人は魔物と戦う力を持っていたはずだ。
つまり弱かった人間は、より強く、危険ではない存在を利用することで、生き延びて来たということなのだろう。
だから神樹の幹やその枝のなかを、負担にならない程度に削って街を造った。
魔力を吸う樹は、魔物にとっては危険な存在だ。
生命活動を魔力に依存していた魔物ほど、神樹には近づかなかったと予想出来る。
そういう生き方の果てに神との盟約があったというなら、理解出来る流れだ。
「お師匠さま、みなさま、来てください」
先に扉をくぐったモンクと聖女とメルリルが、何やら騒いでいる。
なんだ? 嫌な感じの騒ぎ方じゃないが。
「私はここで周辺を見張っています」
そう言った聖騎士を残し、俺と勇者も扉のなかへと入る。
そこには、ランプに火を灯して掲げ持つメルリルがいた。
ん? なんで火を灯すんだ? と、考えて、すぐに理解する。
暗視が使えないのだ。
どうやらこの場所では魔力を外に向けて使うことが出来ないようだ。
聖女の灯りも使えないんだな。
「わ、暗視が使えないぞ」
「俺もだ。おそらく魔力を外界に作用させることが出来ないんだろう」
「面倒だな」
勇者がぼやくのを聞きながら、俺は荷物から久しぶりにランタンを取り出し、油を入れて火を灯した。
そうして、やっと聖女達が騒いでいた理由を理解する。
周辺の壁全体に鮮やかな色彩で絵が描かれていたのだ。
「これはまた……」
これが何千年も前の絵なのか? 鮮やかすぎる。
だが、そう思った瞬間から、少しずつ絵は色あせて行くように見えた。
「どういうことだ?」
「きっと、わたくし達がこの空間に入り込んだことで、一気に時が押し寄せたのではないでしょうか?」
聖女が言った。
「時が押し寄せるとは?」
「わたくし、教主の方にお伺いしたことがあるのです。太古の遺跡ではこういう現象がよくあるのだと。密封されている場所というのは、一種の時が切り離された空間で、外と繋がることで、止まっていた時間が一気に押し寄せてしまうのだそうです。それで貴重な資料が幾度も失われたと」
「ん? ってことは!」
壁の絵だけではない。
そこに積み上げられている物品も、一気に古びてしまうということだ。
俺は手近にあった、紙か布のようなものを手にした。
すると、手に取ったときにはしっかりとしたものに見えていたのに、見る間にボロボロと崩れ去る。
「うわぁ。これはとても運び出すのは無理か……ん? こっちは金属か」
何千年も昔なら金属生成の技術もなかったのではないかと思っていた俺にとって、それは不思議なものだった。
「鉄……ではないな、これは銀と金じゃないか? 銀は少し黒くなっているが、思ったよりもひどくない。しかし、古代人のセンスはなかなかだな」
勇者が首飾りか何かを拾い上げて吟味しながら言った。
「ああ、ここに嵌っていたのはおそらく魔宝石だったんだろうな。留め具でしっかりと固定してあった痕跡があるが、その留め具がそのままで中身がなくなっている。魔力で出来た魔宝石をこの場所が吸い上げてしまったんだ」
さすが装飾品については俺よりも遥かに目利きだ。
「魔宝石がなくなってるにしても、銀や金なら今でも価値があるし、古代の遺跡なら素材の価値とは別に貴重品として欲しがる連中がいるから、これだけあればかなりのお宝だな」
周囲を見回して俺はそう言った。
だが、さすがにこれは持ち帰れないだろうな。
勇者が発見したお宝というだけで、とんでもない騒ぎになる。
外に持ち出すなら、別に発見者を用意する必要があるだろう。
だが、そもそもこの場所を、俺は冒険者や探索者達に教えたくはなかった。
彼等はためらうこともなく、迷宮鼠達を殺し、追いやるはずだ。
俺達のせいでそんなことになったら寝覚めが悪いからな。
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