568 / 885
第七章 幻の都
673 伝説の樹の話
しおりを挟む
「細かいところは朧気で、ほとんど寝言のようなものになっているんだけど……」
「寝言……か」
いったい何年前から寝ているんだろうな。
この迷宮化した古代遺跡は、当然ながら王国や大公国なんかよりもずっと以前の人間の住居だ。
王国ですら千年の歴史があるのだから、数千年、下手するともっと前なのかもしれない。
そんな昔の、扉として加工された植物の意識が、ほんのわずかであろうと、今もなお残っているということが、本当にあるのだろうか?
「ええっとね。結論から言うと、この空洞、全体が大きな樹の内部のようなの」
「なんだって!」
俺は驚愕して声を上げた。
だが、一旦落ち着いてよく考えてみれば、確かにそれらしい感じはする。
まず、岩をこのような形に掘りぬくよりも、巨木の内部を削るほうが楽だろうということ。
逆に言えば、巨木の内部をくり抜いて利用するなら、このような形になるのは、むしろ当然であろうということだ。
つまり古代の人間は塔を作ったのではなく、巨木をくり抜いた結果塔になったのだ、と考えることが出来る。
「この樹はとても生命力が強い樹だったんだけど、内側に虫が棲み付きやすかったらしいの。外側の栄養を巡らせる機能が生きていれば枯れることはなかったんだけど、虫は表皮まで食べてしまうこともあるので、とても辛かったみたい。そんな風に弱った樹の、悪い部分を人が取り除いてくれていたそうよ。その上、人は弱った樹を生かすために、魔力を持った祭司のような選ばれた人を扉の管理人のような立場にして、魔力のあるいろいろなものを扉の奥に納めた……そんな風に読み取れた」
「つまり、その巨大な樹と人間は共生関係にあったということか」
メルリルの話を聞いて俺がそう呟くと、聖騎士が不思議そうに尋ねた。
「ダスター殿、共生関係とは?」
「あー、一部の生き物は、種族の違うもの同士で、互いの利益が一致した結果、生活を共にすることがあるんだ。うーんっと、人間と犬とか人間と馬とかもそうかな? ちょっと違うかな?」
「ハチと花の関係も近いかも?」
例を挙げようとして悩む俺に、メルリルが助け船を出してくれた。
「ハチと花、ですか?」
ミュリアが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。一部の植物は、花ごとに雌雄があって、ハチが蜜を吸うついでに、雄の花から花粉を運んで、雌の花にくっつけるの。普通の植物は自分で動くことが出来ないから、ハチとかにそうやって仲介してもらわないと種をつけることが出来ないの」
「まぁ」
メルリルの説明に、聖女がにこにこと笑いながら驚きを露わにした。
「農場とかではわりと常識だったりするんだよ」
モンクがその説明に補足する。
なるほど、そう考えるとハチと植物も共生関係と言えるだろう。
俺はあまり農作物には詳しくないので、メルリルやモンクの知識は新鮮だった。
「つまりそれは、弱い生き物同士がより楽に生きるために同盟を組むというようなことだな」
「なるほど。同盟ということなら私にも理解出来ます」
勇者と聖騎士は、元貴族らしい理解の仕方をしている。
それぞれの生活に沿った知恵というものはあるものだな。
「ということは、師匠。古代の人間は神と盟約を結ぶ以前には、その樹と盟約を結んでいたと考えることが出来るな」
「盟約か……そこまではっきりしたものかどうかはともかく、少なくとも、その樹を利用していたと言えるだろうな」
しかし、今の時代にそんな大樹の噂を聞いたことはない。
魔力を得て魔物化した草や木は何種類かあるが、内部に人が住めるほどにデカいものは知らないな。
「ダスター、私、一族に伝わる伝承で、似たような話を聞いたことがあるかも」
「似たような話?」
メルリルに聞き返す。
そう言えば森人は、ほかの人間達と別れて森に住むことを選んだ者達だ。
もしかすると、その樹と共生していた者達の末なのではないだろうか?
「ええ。私達は昔、神樹と共に在った……と」
「神樹、ね」
聞き覚えはないな。
「待ってください。メルリルさん。それはもしかして、癒しの樹のことではないでしょうか?」
聖女が何かを思い出したように、興奮した様子で発言する。
癒しの樹!
「癒しの樹って、あれか? その実は大いなる奇跡を起こし、その樹液は万病を癒すとかっていう伝説の……」
「はい。大聖堂の教主のなかにも、その研究をなさっておられる方がいらっしゃいますわ」
おお、なんかまたお偉いさんの話が出て来たな。
教主ってのはあれだよな、教手が何年かに一度のくそ難しい試験を受けて到達するという、大聖堂の偉いさんだ。
確かその教主から選ばれた一人が導師になるんだったか。
「俺は癒しの樹ってのはただの空想の産物だと思ってたぜ。そんな都合のいいもんが存在するとは思わなかったからな」
俺がそう言うと、勇者がうなずいた。
「俺もそう思ってた。病で助からない者を騙すための常套手段に、癒しの樹の樹皮のカケラとか言って、普通の木くずを売りつけるってのがあったからな。そういう連中が生み出した都合のいい伝説なんだと」
ああそう言えば、そういう詐欺があるよな。
苦しんでいる人間はなんにでも縋るから、ああいう連中は都合のいい伝説や聖女や聖人のお力が込められた品物とかを持ち出して、高値で買わせるんだ。
「私達、森人と呼ばれている種族の間では、神樹はその昔実在したと伝えられているの。私達が最高の住居とする銀樹が、その末裔と言われていたり」
「銀樹って言うとあれか、ティティニィティさんの家にあった」
「そう。癒しの力とかはないのだけど、私達の意思が通りやすいし、精霊が宿りやすいの」
「その、森人に伝わる話も、大聖堂の教主さまがお聞きになられたら、とてもお喜びになられるでしょうね」
聖女が感心したようにうなずいた。
ん? 待てよ。
「ということは、この扉の向こうには昔の魔力のこもった品々があるってことか?」
「樹が魔力を吸ってしまうので、もう魔力はないかと」
俺の疑問にメルリルが答える。
あーそうか。
なんかお宝が見つかるかもしれないと思ったんだが、そううまくはいかないよな。
「寝言……か」
いったい何年前から寝ているんだろうな。
この迷宮化した古代遺跡は、当然ながら王国や大公国なんかよりもずっと以前の人間の住居だ。
王国ですら千年の歴史があるのだから、数千年、下手するともっと前なのかもしれない。
そんな昔の、扉として加工された植物の意識が、ほんのわずかであろうと、今もなお残っているということが、本当にあるのだろうか?
「ええっとね。結論から言うと、この空洞、全体が大きな樹の内部のようなの」
「なんだって!」
俺は驚愕して声を上げた。
だが、一旦落ち着いてよく考えてみれば、確かにそれらしい感じはする。
まず、岩をこのような形に掘りぬくよりも、巨木の内部を削るほうが楽だろうということ。
逆に言えば、巨木の内部をくり抜いて利用するなら、このような形になるのは、むしろ当然であろうということだ。
つまり古代の人間は塔を作ったのではなく、巨木をくり抜いた結果塔になったのだ、と考えることが出来る。
「この樹はとても生命力が強い樹だったんだけど、内側に虫が棲み付きやすかったらしいの。外側の栄養を巡らせる機能が生きていれば枯れることはなかったんだけど、虫は表皮まで食べてしまうこともあるので、とても辛かったみたい。そんな風に弱った樹の、悪い部分を人が取り除いてくれていたそうよ。その上、人は弱った樹を生かすために、魔力を持った祭司のような選ばれた人を扉の管理人のような立場にして、魔力のあるいろいろなものを扉の奥に納めた……そんな風に読み取れた」
「つまり、その巨大な樹と人間は共生関係にあったということか」
メルリルの話を聞いて俺がそう呟くと、聖騎士が不思議そうに尋ねた。
「ダスター殿、共生関係とは?」
「あー、一部の生き物は、種族の違うもの同士で、互いの利益が一致した結果、生活を共にすることがあるんだ。うーんっと、人間と犬とか人間と馬とかもそうかな? ちょっと違うかな?」
「ハチと花の関係も近いかも?」
例を挙げようとして悩む俺に、メルリルが助け船を出してくれた。
「ハチと花、ですか?」
ミュリアが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。一部の植物は、花ごとに雌雄があって、ハチが蜜を吸うついでに、雄の花から花粉を運んで、雌の花にくっつけるの。普通の植物は自分で動くことが出来ないから、ハチとかにそうやって仲介してもらわないと種をつけることが出来ないの」
「まぁ」
メルリルの説明に、聖女がにこにこと笑いながら驚きを露わにした。
「農場とかではわりと常識だったりするんだよ」
モンクがその説明に補足する。
なるほど、そう考えるとハチと植物も共生関係と言えるだろう。
俺はあまり農作物には詳しくないので、メルリルやモンクの知識は新鮮だった。
「つまりそれは、弱い生き物同士がより楽に生きるために同盟を組むというようなことだな」
「なるほど。同盟ということなら私にも理解出来ます」
勇者と聖騎士は、元貴族らしい理解の仕方をしている。
それぞれの生活に沿った知恵というものはあるものだな。
「ということは、師匠。古代の人間は神と盟約を結ぶ以前には、その樹と盟約を結んでいたと考えることが出来るな」
「盟約か……そこまではっきりしたものかどうかはともかく、少なくとも、その樹を利用していたと言えるだろうな」
しかし、今の時代にそんな大樹の噂を聞いたことはない。
魔力を得て魔物化した草や木は何種類かあるが、内部に人が住めるほどにデカいものは知らないな。
「ダスター、私、一族に伝わる伝承で、似たような話を聞いたことがあるかも」
「似たような話?」
メルリルに聞き返す。
そう言えば森人は、ほかの人間達と別れて森に住むことを選んだ者達だ。
もしかすると、その樹と共生していた者達の末なのではないだろうか?
「ええ。私達は昔、神樹と共に在った……と」
「神樹、ね」
聞き覚えはないな。
「待ってください。メルリルさん。それはもしかして、癒しの樹のことではないでしょうか?」
聖女が何かを思い出したように、興奮した様子で発言する。
癒しの樹!
「癒しの樹って、あれか? その実は大いなる奇跡を起こし、その樹液は万病を癒すとかっていう伝説の……」
「はい。大聖堂の教主のなかにも、その研究をなさっておられる方がいらっしゃいますわ」
おお、なんかまたお偉いさんの話が出て来たな。
教主ってのはあれだよな、教手が何年かに一度のくそ難しい試験を受けて到達するという、大聖堂の偉いさんだ。
確かその教主から選ばれた一人が導師になるんだったか。
「俺は癒しの樹ってのはただの空想の産物だと思ってたぜ。そんな都合のいいもんが存在するとは思わなかったからな」
俺がそう言うと、勇者がうなずいた。
「俺もそう思ってた。病で助からない者を騙すための常套手段に、癒しの樹の樹皮のカケラとか言って、普通の木くずを売りつけるってのがあったからな。そういう連中が生み出した都合のいい伝説なんだと」
ああそう言えば、そういう詐欺があるよな。
苦しんでいる人間はなんにでも縋るから、ああいう連中は都合のいい伝説や聖女や聖人のお力が込められた品物とかを持ち出して、高値で買わせるんだ。
「私達、森人と呼ばれている種族の間では、神樹はその昔実在したと伝えられているの。私達が最高の住居とする銀樹が、その末裔と言われていたり」
「銀樹って言うとあれか、ティティニィティさんの家にあった」
「そう。癒しの力とかはないのだけど、私達の意思が通りやすいし、精霊が宿りやすいの」
「その、森人に伝わる話も、大聖堂の教主さまがお聞きになられたら、とてもお喜びになられるでしょうね」
聖女が感心したようにうなずいた。
ん? 待てよ。
「ということは、この扉の向こうには昔の魔力のこもった品々があるってことか?」
「樹が魔力を吸ってしまうので、もう魔力はないかと」
俺の疑問にメルリルが答える。
あーそうか。
なんかお宝が見つかるかもしれないと思ったんだが、そううまくはいかないよな。
11
お気に入りに追加
9,275
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。