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第七章 幻の都
650 若きダスターの冒険3
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迷宮都市のギルドのほとんどは、その設立に際して金銭的な援助を受けている。
そのため、パトロンの意向が、強くギルドの行動方針に影響を及ぼすのだ。
その点、俺達の所属するギルド「闇のなかの灯」は、パトロンを持たないギルドだった。
設立資金はギルド長であるディクネスと、構成員の一人であるカーンによって調達されたらしい。
彼等の背景を考えると、親元から調達したということが考えられるが、正確なことは俺にはわからない。
とにかく、「闇のなかの灯」が、街の権力者達の言うことを聞かない、少々特殊なギルドということだけは確かだった。
そのため、かなりの嫌がらせも受けたが、そのたびにカーンが主体となって、きっちりと報復をしかけている。
カーンの報復は徹底していた。
「連中は必ず後ろ暗い部分を持っている。いや、むしろ後ろ暗いところしかないな」
と言って、表ざたになったら弱みになる部分を探り出し、それを敵対ギルドに密告すると同時に、内部の、お互いに反りの合わないギルド員同士に、相手が裏切り者と吹き込んだりして、勝手にギルドが崩壊していく様子をバカ笑いしながら解説してくれたこともあった。
特に徹底して潰したのが、本来奴隷に出来ないような相手を無理やり奴隷にして働かせていたギルドだ。
この敵対ギルドはなかなか大物と繋がっていて、簡単になんとか出来る相手ではなかったのだが、長い年月をかけてじわじわ切り崩していったらしい。
このギルドによって不幸になった人間は多く。カーンはそういった連中を上手に使った。
強い恨みを持ちながらも、素性がバレていない少女を幹部の一人に接近させると、高い能力を誇った敵対ギルドの長を失脚させるようにそそのかさせた。
ギルド内部にも冒険者として数人潜り込ませていたようだ。
結果として、そのギルド長も、パトロンだった男も不審死を遂げた。
復讐者達にもかなりの犠牲が出て、幹部に近づいた少女は幹部を道連れに死んだ。
俺は立場的にその作戦の全体を知ることはなかったのだが、カーン達がやらかしたのだろうとは気づいた。
そして、当時の俺は嫌悪感を抱いた。
罪のない被害者であるはずの人達を犠牲にして、ことを行ったからだ。
俺がその件について追求したとき、珍しくカーンは笑わなかった。
「もしお前が、それを俺がやったと思っているのなら、そんなクソ野郎とつるむのはやめたほうがいいぞ」
真面目な顔でそんな忠告じみたことを言ったのだ。
結局、俺はその後もカーン達と共に迷宮を探索した。
迷宮ではたくさんのことを学んだ。
魔物の生態を観察して、どうして現在の姿になったのかという理由を推測したり、魔物が使う魔力の流れを観察することで、自分でもいろいろなことが出来ることに気づいたり、そういったことが面白かった。
「お前、変わってるよな」
銀の光のメイサーなんかは、そんな風に言っていたっけな。
魔物を串刺しにしながら。
「観察は大事だろ。相手を知らなければどう対処するのが正解か見えて来ない」
「お前さ、探索者よりも、普通の冒険者のほうが向いているぜ」
カーンはこの頃には、なんとなく俺をこの迷宮都市から追い出そうとしている雰囲気があった。
探索者をやめてほかの街でギルドを開いた奴に、紹介状を書いてやる、とか言ったりしていたな。
俺は俺でそんなカーンに反発して、ケンカが多くなっていた時期だ。
さて、そんなむさくるしい俺やカーンのことはともかくとして、銀の光と謳われたメイサーだ。
彼女は迷宮の外にいるときにはだいたい酒場で飲んでるか、部屋で寝転がっているかという感じで、見た目の華麗さと反して、ちょっとだらしない女という印象だった。
だが、ひとたび迷宮に潜ると、別人のように活き活きとした。
敵を貫くときに最高の笑顔を見せる。
その姿は、女神のようですらあった。
メイサーは、強いモノを破壊するのがたまらなく好きな女だったのだ。
化け物のような魔物を見つけると、狂戦士のように突撃した。
そのたびに、彼女と一緒にいると命がいくつあっても足りないと、しみじみ思ったものだが、美しい笑顔を見ると、なんとなく報われた気持ちにもなった。
男なんて単純なものだ。
きっとあの頃の俺は頭がおかしくなっていたんだと思う。
今から思えば、迷宮都市での俺達は、ギリギリの溶けかけた薄氷の上で踊っているようなものだったのだろう。
ある日、とうとう足元の氷が割れて、絶望に突っ込んだ。
ギルド長であり、ギルドリーダーでもあったディクネスは、自分が迷宮に潜ることも多かった。
その日は、人食いとして有名になっていた魔物を、複数パーティで仕留めるため、全体のリーダーとしてディクネスが指揮を執っていた。
多くの探索者に恨みをかっていた俺達のギルドは、おそらくは嵌められたんだと思う。
戦いの最中に、対人用の罠が作用して、中央の部隊が崩壊し、そこにいたディクネスは、罠と魔物のせいで両足を切断された。
どうにもならなかった。
いや、魔物は倒したさ。
だが、死傷者が多すぎた。
迷宮内で身動きの出来なくなった者は、長く苦しめないために仲間が止めを刺すのが探索者の決まりだ。
ディクネスの止めを刺したのはカーンだった。
むっつりと、無表情で、お守り用とか言って一度も使ったことのない短剣で、ディクネスの心臓を貫いた。
俺はと言うと、メイサーが怒り狂い、倒した魔物を何度も何度も突き刺して、あの美しい銀の髪が真っ赤に染まっていくのを、ただ茫然と眺めていただけだった。
そして、ギルド「闇のなかの灯」は、代表者の死亡と探索者不足で組織を維持出来なくなり、解散した。
その後、カーンは俺に役立たず野郎と罵声を投げかけて追い出した。
正直あのごたごた前後のことはよく覚えていないんだが、カーンのその罵声を浴びて、ハッとしたことは覚えている。
「てめえのような能無しがいつまでこんなところにいるつもりなんだ! とっとと出てけ!」
壮絶な笑みを最後に浮かべて、カーンとメイサーは俺に背を向けた。
全ての宿に手を回す徹底ぶりで、俺は迷宮都市に居場所をなくした。
失意と共に迷宮都市を出た俺の荷物のなかには、入れた覚えのない紹介状がいつの間にか入っていた。
あの腹黒野郎のやりそうなことだと思ったさ。
◇◇◇
迷宮の入り口を目にしたら、嫌な気分になるかもしれないと思っていたが、実際に目にしても、特に感慨はわかなかった。
地上に魔物が出て来ないように、迷宮の入り口には縄梯子が垂らされているだけだ。
ぽっかりと開いた大きな穴から、色とりどりの縄梯子がツタのように垂れ下がる。
不気味で頼りない光景だ。
「こっから降りるのか」
勇者が眉を寄せて下を見る。
「別に飛んで降りてもいいが、目立つぞ。それに梯子の色が違うのにも意味があるんだ。色が濃くなるほど下層まで届いている」
「切れていたりはしないのですか?」
聖女が不安そうに言う。
そこは確かに気になるよな。
「ちょくちょく切れてるぞ。そういうときは無理せず一度上がって、別の梯子を探す。係員に報告はしたほうがいいけどな」
俺が答えると、聖女が泣きそうな顔になった。
モンクが睨む。
いや、俺はいじめた訳じゃないからな。本当のことを答えただけだ。
「風が暴れてますね」
メルリルが顔をしかめると、手ごろな梯子に手をかけて降りようとする。
思いっきりがいいな。
「今日は様子見だから、白の梯子な」
「わかった」
「はい!」
「が、がんばります!」
「先に私が降りるから、ミュリアはその後に続いて」
それぞれに梯子を下り始める。
そんななか。
「これは、どのくらいの重さに耐えられるのですか?」
聖騎士が装備の重さに不安を感じたのだろう。
そんなことを聞いて来た。
「安心しろ。ああは言ったが、一応こんな見かけでもこの縄梯子は魔道具の一種だ。お前が十人ぶら下がっても大丈夫だ」
聖騎士の目が呆れを含んで俺を見る。
「お師匠さま!」
聖女が抗議の声を上げた。
いやいや、魔道具でも魔物のせいでちぎれることぐらいあるんだって。別に聖女を脅すためにああ言った訳じゃないぞ。
「嘘は何も言ってないぞ。ほら、拗ねてないで降りるぞ、ミュリア」
「うー、……はい」
さてさて、幻の都か……いい思い出も嫌な思い出も全部含めて、懐かしい場所だ。
今はどうなっているのかな。
そのため、パトロンの意向が、強くギルドの行動方針に影響を及ぼすのだ。
その点、俺達の所属するギルド「闇のなかの灯」は、パトロンを持たないギルドだった。
設立資金はギルド長であるディクネスと、構成員の一人であるカーンによって調達されたらしい。
彼等の背景を考えると、親元から調達したということが考えられるが、正確なことは俺にはわからない。
とにかく、「闇のなかの灯」が、街の権力者達の言うことを聞かない、少々特殊なギルドということだけは確かだった。
そのため、かなりの嫌がらせも受けたが、そのたびにカーンが主体となって、きっちりと報復をしかけている。
カーンの報復は徹底していた。
「連中は必ず後ろ暗い部分を持っている。いや、むしろ後ろ暗いところしかないな」
と言って、表ざたになったら弱みになる部分を探り出し、それを敵対ギルドに密告すると同時に、内部の、お互いに反りの合わないギルド員同士に、相手が裏切り者と吹き込んだりして、勝手にギルドが崩壊していく様子をバカ笑いしながら解説してくれたこともあった。
特に徹底して潰したのが、本来奴隷に出来ないような相手を無理やり奴隷にして働かせていたギルドだ。
この敵対ギルドはなかなか大物と繋がっていて、簡単になんとか出来る相手ではなかったのだが、長い年月をかけてじわじわ切り崩していったらしい。
このギルドによって不幸になった人間は多く。カーンはそういった連中を上手に使った。
強い恨みを持ちながらも、素性がバレていない少女を幹部の一人に接近させると、高い能力を誇った敵対ギルドの長を失脚させるようにそそのかさせた。
ギルド内部にも冒険者として数人潜り込ませていたようだ。
結果として、そのギルド長も、パトロンだった男も不審死を遂げた。
復讐者達にもかなりの犠牲が出て、幹部に近づいた少女は幹部を道連れに死んだ。
俺は立場的にその作戦の全体を知ることはなかったのだが、カーン達がやらかしたのだろうとは気づいた。
そして、当時の俺は嫌悪感を抱いた。
罪のない被害者であるはずの人達を犠牲にして、ことを行ったからだ。
俺がその件について追求したとき、珍しくカーンは笑わなかった。
「もしお前が、それを俺がやったと思っているのなら、そんなクソ野郎とつるむのはやめたほうがいいぞ」
真面目な顔でそんな忠告じみたことを言ったのだ。
結局、俺はその後もカーン達と共に迷宮を探索した。
迷宮ではたくさんのことを学んだ。
魔物の生態を観察して、どうして現在の姿になったのかという理由を推測したり、魔物が使う魔力の流れを観察することで、自分でもいろいろなことが出来ることに気づいたり、そういったことが面白かった。
「お前、変わってるよな」
銀の光のメイサーなんかは、そんな風に言っていたっけな。
魔物を串刺しにしながら。
「観察は大事だろ。相手を知らなければどう対処するのが正解か見えて来ない」
「お前さ、探索者よりも、普通の冒険者のほうが向いているぜ」
カーンはこの頃には、なんとなく俺をこの迷宮都市から追い出そうとしている雰囲気があった。
探索者をやめてほかの街でギルドを開いた奴に、紹介状を書いてやる、とか言ったりしていたな。
俺は俺でそんなカーンに反発して、ケンカが多くなっていた時期だ。
さて、そんなむさくるしい俺やカーンのことはともかくとして、銀の光と謳われたメイサーだ。
彼女は迷宮の外にいるときにはだいたい酒場で飲んでるか、部屋で寝転がっているかという感じで、見た目の華麗さと反して、ちょっとだらしない女という印象だった。
だが、ひとたび迷宮に潜ると、別人のように活き活きとした。
敵を貫くときに最高の笑顔を見せる。
その姿は、女神のようですらあった。
メイサーは、強いモノを破壊するのがたまらなく好きな女だったのだ。
化け物のような魔物を見つけると、狂戦士のように突撃した。
そのたびに、彼女と一緒にいると命がいくつあっても足りないと、しみじみ思ったものだが、美しい笑顔を見ると、なんとなく報われた気持ちにもなった。
男なんて単純なものだ。
きっとあの頃の俺は頭がおかしくなっていたんだと思う。
今から思えば、迷宮都市での俺達は、ギリギリの溶けかけた薄氷の上で踊っているようなものだったのだろう。
ある日、とうとう足元の氷が割れて、絶望に突っ込んだ。
ギルド長であり、ギルドリーダーでもあったディクネスは、自分が迷宮に潜ることも多かった。
その日は、人食いとして有名になっていた魔物を、複数パーティで仕留めるため、全体のリーダーとしてディクネスが指揮を執っていた。
多くの探索者に恨みをかっていた俺達のギルドは、おそらくは嵌められたんだと思う。
戦いの最中に、対人用の罠が作用して、中央の部隊が崩壊し、そこにいたディクネスは、罠と魔物のせいで両足を切断された。
どうにもならなかった。
いや、魔物は倒したさ。
だが、死傷者が多すぎた。
迷宮内で身動きの出来なくなった者は、長く苦しめないために仲間が止めを刺すのが探索者の決まりだ。
ディクネスの止めを刺したのはカーンだった。
むっつりと、無表情で、お守り用とか言って一度も使ったことのない短剣で、ディクネスの心臓を貫いた。
俺はと言うと、メイサーが怒り狂い、倒した魔物を何度も何度も突き刺して、あの美しい銀の髪が真っ赤に染まっていくのを、ただ茫然と眺めていただけだった。
そして、ギルド「闇のなかの灯」は、代表者の死亡と探索者不足で組織を維持出来なくなり、解散した。
その後、カーンは俺に役立たず野郎と罵声を投げかけて追い出した。
正直あのごたごた前後のことはよく覚えていないんだが、カーンのその罵声を浴びて、ハッとしたことは覚えている。
「てめえのような能無しがいつまでこんなところにいるつもりなんだ! とっとと出てけ!」
壮絶な笑みを最後に浮かべて、カーンとメイサーは俺に背を向けた。
全ての宿に手を回す徹底ぶりで、俺は迷宮都市に居場所をなくした。
失意と共に迷宮都市を出た俺の荷物のなかには、入れた覚えのない紹介状がいつの間にか入っていた。
あの腹黒野郎のやりそうなことだと思ったさ。
◇◇◇
迷宮の入り口を目にしたら、嫌な気分になるかもしれないと思っていたが、実際に目にしても、特に感慨はわかなかった。
地上に魔物が出て来ないように、迷宮の入り口には縄梯子が垂らされているだけだ。
ぽっかりと開いた大きな穴から、色とりどりの縄梯子がツタのように垂れ下がる。
不気味で頼りない光景だ。
「こっから降りるのか」
勇者が眉を寄せて下を見る。
「別に飛んで降りてもいいが、目立つぞ。それに梯子の色が違うのにも意味があるんだ。色が濃くなるほど下層まで届いている」
「切れていたりはしないのですか?」
聖女が不安そうに言う。
そこは確かに気になるよな。
「ちょくちょく切れてるぞ。そういうときは無理せず一度上がって、別の梯子を探す。係員に報告はしたほうがいいけどな」
俺が答えると、聖女が泣きそうな顔になった。
モンクが睨む。
いや、俺はいじめた訳じゃないからな。本当のことを答えただけだ。
「風が暴れてますね」
メルリルが顔をしかめると、手ごろな梯子に手をかけて降りようとする。
思いっきりがいいな。
「今日は様子見だから、白の梯子な」
「わかった」
「はい!」
「が、がんばります!」
「先に私が降りるから、ミュリアはその後に続いて」
それぞれに梯子を下り始める。
そんななか。
「これは、どのくらいの重さに耐えられるのですか?」
聖騎士が装備の重さに不安を感じたのだろう。
そんなことを聞いて来た。
「安心しろ。ああは言ったが、一応こんな見かけでもこの縄梯子は魔道具の一種だ。お前が十人ぶら下がっても大丈夫だ」
聖騎士の目が呆れを含んで俺を見る。
「お師匠さま!」
聖女が抗議の声を上げた。
いやいや、魔道具でも魔物のせいでちぎれることぐらいあるんだって。別に聖女を脅すためにああ言った訳じゃないぞ。
「嘘は何も言ってないぞ。ほら、拗ねてないで降りるぞ、ミュリア」
「うー、……はい」
さてさて、幻の都か……いい思い出も嫌な思い出も全部含めて、懐かしい場所だ。
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