勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

文字の大きさ
483 / 885
第六章 その祈り、届かなくとも……

588 アンデル王の憂鬱

しおりを挟む
 アンデルの王、キュイシュナ・ラディ・クワッサス・アンデルは、戦況の厳しさにここのところまともに眠れない日々を過ごしていた。
 新しく補佐についた者は、「上に立つ陛下が疲れ果ててしまっては下は動けなくなります。危急存亡のときにこそ英気を養ってことに当たらねば!」と叱るが、やっと十六になったばかりの若輩の王としては、そこまでの精神的なタフさを持てなかったのだ。

 何しろ昨年は王権を半ばはく奪されたような状態で内乱を起こされ、その後始末がやっと落ち着いたと思ったら、大公国とタシテ国連合による言いがかりに近い宣戦布告同然の詰問を受け、交渉を行うも、その全てを跳ねのけられているという状況なのである。
 世をはかなんでしまわないだけ頑張っていると言っていいだろう。

「せっかく勇者さまや聖女殿が国を崩壊から救ってくださったというのに、このままではあの方達に顔向けが出来ぬ」

 内乱の反省もあって、今、アンデルの国政は、農園主たち地方領主の代表と、内務官たる上位貴族の代表によって運営されている。
 正直に言ってしまえばこの体制がまだうまく回っていない。
 お互いに対する不信感と軽視をなかなかぬぐえないのだ。
 なにしろ双方の身分がかなり違う。
 格差のある勢力を同等に扱うなど、難しいを通り越して不可能に近い。

 そこで今のところは軍務の責任者が農園主の代表で、内務の責任者が上位貴族の代表となっている。
 つまり今回の戦についての指揮を執っているのは地方の農園主の代表なのだ。
 この状況を腹立たしく思う上位貴族が多く、さまざまな形で邪魔をして来る。
 そんな場合ではないというのに。

 おかげで全ての軍議に王が臨席していないと何も決まらないという状況だ。
 たとえ若年の王でなくとも参ってしまうだろう。

 今の戦況としては、大公国とタシテ国、それぞれの国境沿いに両国の軍が終結し、アンデル王の非を声高に叫び、小競り合いを繰り返している段階である。
 戦場には主に農園主連合の軍が詰めていて、なかなか堅実な戦をしているとの報告があった。

 王直属の軍は王都を守る壁の外側北東部に配置されていて、いざというときに備えている。

「しかし陛下。彼奴等の動きは少々腑に落ちませぬ。消耗戦ならタシテはともかく、出戦になる大公国の軍には不利に働きます。彼らはさっさと戦を終わらせたいはず。それだけの兵力も十分にあります」
「内務官から大公国……いや、戦に加担しているデーヘイリング家の状況報告があったであろう。彼らの目的は穀倉地帯だ。我が国の大きな農園のほとんどは北に集中している。へたに開戦して軍を押し込めば、肝心の地を荒らすことになる。それが嫌なのだろう。何しろ兵力差は歴然。あちらとしてみればチクチク削っているだけで勝利が転がり込んで来るのは確実だ。我らは民が困窮しない程度の被害に留めるための交渉をするしかない状況なのだ」

 王の傍らにはべって戦況報告をする軍務の長であるこの男が、王城内において戦の全てを取り仕切っていると言っていい。
 しかしながら、内務官との情報交換が出来ていないため、この手の話は王が軍務官に伝えるしかないというバカバカしいことになってしまっていた。
 王としてはこんなときに意地の張り合いはやめろと怒鳴りたい気分だ。

「だが、そうだな。そろそろ落としどころを提示して来ていいはずなのだが、連中、何かを待っているのか?」

 今が最悪と信じて疑わないアンデル王であったが、本来ならさらに最悪な状況になっていたということを、このときの彼が知るはずもないのだった。

 ◇◇◇

「馬を借りて荷を減らして、アンデルの首都まで二日掛かったか。今のところ戦火が上がっているような感じはないな」

 俺がそう言うと、勇者も皮肉気に答えた。

「穏やかなもんだな」

 主に農耕馬として使われる気性の穏やかな馬を、一度買い取って首都の同じ系列業者に再び売るという方式の貸し出しを利用して手に入れた。
 メルリル以外はそれぞれ自分で馬に乗り、馬に乗れないメルリルは風を使って移動して、二日目にしてようやく南の辺境砦付近から首都に到達したのである。

「やはり王都のこちら側、南には軍がいませんね」

 聖騎士が首都アンデルの様子を見て取って言った。
 やっぱりつい王都って言っちまうよな。うちの国の場合は王都だし。
 まぁそれはいいとして、ということは、あの別動隊の作戦が成功していたら、一気に首都が陥落していた可能性もあるのか。
 いや、あの分隊は人数は軍としては多くはない。
 そこまで確実な作戦とも思えないが、もしかすると、例の魔物を呼び寄せる装置をここでも使う気だったのか?

 森近くだった辺境砦ならともかく、森からかなり距離のあるこの首都ではあの装置を使っても速攻で効き目があるとは思えないが、魔物に慣れていないからこそ、一匹でも大物が現れたら、たちまちパニックになってしまう可能性も高い。

「いや、師匠。俺が聞き出した話だと、魔法を使うつもりだったらしい」

 予想を話すと、勇者がそれを否定する。

「魔法?」
「あの、姫さまだとかいうのがいただろ。アレがかなりの魔法の使い手だとか言ってたぞ。大がかりな魔法を使って首都を混乱させて、その間に王城を襲撃してアンデル王を捕虜にする予定だったとのことだ」
「ん? お前と戦ったとき、魔法使ってなかったよな?」
「ああ、普通は大規模な魔法を使うには時間が必要だからな。決闘のときにそれをやると棒立ちになってしまう。決闘で使う魔法は自分の体を強化したり、部分的に防御したりという感じだ。あのバカは剣に破壊力を強化する魔法を使っていたみたいだが、防御は何もしていなかった。能力は高くともバカはバカということだな」

 俺は、お前は戦いながら強力な魔法をバカスカ撃つじゃないかとか心のなかで思ったが、口に出さなかった。
 勇者を基準にしてはいけないということだ。
 危なく俺の常識がおかしくなるとこだった。
 早めに矯正出来てよかったぜ。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。