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第六章 その祈り、届かなくとも……
588 アンデル王の憂鬱
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アンデルの王、キュイシュナ・ラディ・クワッサス・アンデルは、戦況の厳しさにここのところまともに眠れない日々を過ごしていた。
新しく補佐についた者は、「上に立つ陛下が疲れ果ててしまっては下は動けなくなります。危急存亡のときにこそ英気を養ってことに当たらねば!」と叱るが、やっと十六になったばかりの若輩の王としては、そこまでの精神的なタフさを持てなかったのだ。
何しろ昨年は王権を半ばはく奪されたような状態で内乱を起こされ、その後始末がやっと落ち着いたと思ったら、大公国とタシテ国連合による言いがかりに近い宣戦布告同然の詰問を受け、交渉を行うも、その全てを跳ねのけられているという状況なのである。
世をはかなんでしまわないだけ頑張っていると言っていいだろう。
「せっかく勇者さまや聖女殿が国を崩壊から救ってくださったというのに、このままではあの方達に顔向けが出来ぬ」
内乱の反省もあって、今、アンデルの国政は、農園主たち地方領主の代表と、内務官たる上位貴族の代表によって運営されている。
正直に言ってしまえばこの体制がまだうまく回っていない。
お互いに対する不信感と軽視をなかなかぬぐえないのだ。
なにしろ双方の身分がかなり違う。
格差のある勢力を同等に扱うなど、難しいを通り越して不可能に近い。
そこで今のところは軍務の責任者が農園主の代表で、内務の責任者が上位貴族の代表となっている。
つまり今回の戦についての指揮を執っているのは地方の農園主の代表なのだ。
この状況を腹立たしく思う上位貴族が多く、さまざまな形で邪魔をして来る。
そんな場合ではないというのに。
おかげで全ての軍議に王が臨席していないと何も決まらないという状況だ。
たとえ若年の王でなくとも参ってしまうだろう。
今の戦況としては、大公国とタシテ国、それぞれの国境沿いに両国の軍が終結し、アンデル王の非を声高に叫び、小競り合いを繰り返している段階である。
戦場には主に農園主連合の軍が詰めていて、なかなか堅実な戦をしているとの報告があった。
王直属の軍は王都を守る壁の外側北東部に配置されていて、いざというときに備えている。
「しかし陛下。彼奴等の動きは少々腑に落ちませぬ。消耗戦ならタシテはともかく、出戦になる大公国の軍には不利に働きます。彼らはさっさと戦を終わらせたいはず。それだけの兵力も十分にあります」
「内務官から大公国……いや、戦に加担しているデーヘイリング家の状況報告があったであろう。彼らの目的は穀倉地帯だ。我が国の大きな農園のほとんどは北に集中している。へたに開戦して軍を押し込めば、肝心の地を荒らすことになる。それが嫌なのだろう。何しろ兵力差は歴然。あちらとしてみればチクチク削っているだけで勝利が転がり込んで来るのは確実だ。我らは民が困窮しない程度の被害に留めるための交渉をするしかない状況なのだ」
王の傍らに侍って戦況報告をする軍務の長であるこの男が、王城内において戦の全てを取り仕切っていると言っていい。
しかしながら、内務官との情報交換が出来ていないため、この手の話は王が軍務官に伝えるしかないというバカバカしいことになってしまっていた。
王としてはこんなときに意地の張り合いはやめろと怒鳴りたい気分だ。
「だが、そうだな。そろそろ落としどころを提示して来ていいはずなのだが、連中、何かを待っているのか?」
今が最悪と信じて疑わないアンデル王であったが、本来ならさらに最悪な状況になっていたということを、このときの彼が知るはずもないのだった。
◇◇◇
「馬を借りて荷を減らして、アンデルの首都まで二日掛かったか。今のところ戦火が上がっているような感じはないな」
俺がそう言うと、勇者も皮肉気に答えた。
「穏やかなもんだな」
主に農耕馬として使われる気性の穏やかな馬を、一度買い取って首都の同じ系列業者に再び売るという方式の貸し出しを利用して手に入れた。
メルリル以外はそれぞれ自分で馬に乗り、馬に乗れないメルリルは風を使って移動して、二日目にしてようやく南の辺境砦付近から首都に到達したのである。
「やはり王都のこちら側、南には軍がいませんね」
聖騎士が首都アンデルの様子を見て取って言った。
やっぱりつい王都って言っちまうよな。うちの国の場合は王都だし。
まぁそれはいいとして、ということは、あの別動隊の作戦が成功していたら、一気に首都が陥落していた可能性もあるのか。
いや、あの分隊は人数は軍としては多くはない。
そこまで確実な作戦とも思えないが、もしかすると、例の魔物を呼び寄せる装置をここでも使う気だったのか?
森近くだった辺境砦ならともかく、森からかなり距離のあるこの首都ではあの装置を使っても速攻で効き目があるとは思えないが、魔物に慣れていないからこそ、一匹でも大物が現れたら、たちまちパニックになってしまう可能性も高い。
「いや、師匠。俺が聞き出した話だと、魔法を使うつもりだったらしい」
予想を話すと、勇者がそれを否定する。
「魔法?」
「あの、姫さまだとかいうのがいただろ。アレがかなりの魔法の使い手だとか言ってたぞ。大がかりな魔法を使って首都を混乱させて、その間に王城を襲撃してアンデル王を捕虜にする予定だったとのことだ」
「ん? お前と戦ったとき、魔法使ってなかったよな?」
「ああ、普通は大規模な魔法を使うには時間が必要だからな。決闘のときにそれをやると棒立ちになってしまう。決闘で使う魔法は自分の体を強化したり、部分的に防御したりという感じだ。あのバカは剣に破壊力を強化する魔法を使っていたみたいだが、防御は何もしていなかった。能力は高くともバカはバカということだな」
俺は、お前は戦いながら強力な魔法をバカスカ撃つじゃないかとか心のなかで思ったが、口に出さなかった。
勇者を基準にしてはいけないということだ。
危なく俺の常識がおかしくなるとこだった。
早めに矯正出来てよかったぜ。
新しく補佐についた者は、「上に立つ陛下が疲れ果ててしまっては下は動けなくなります。危急存亡のときにこそ英気を養ってことに当たらねば!」と叱るが、やっと十六になったばかりの若輩の王としては、そこまでの精神的なタフさを持てなかったのだ。
何しろ昨年は王権を半ばはく奪されたような状態で内乱を起こされ、その後始末がやっと落ち着いたと思ったら、大公国とタシテ国連合による言いがかりに近い宣戦布告同然の詰問を受け、交渉を行うも、その全てを跳ねのけられているという状況なのである。
世をはかなんでしまわないだけ頑張っていると言っていいだろう。
「せっかく勇者さまや聖女殿が国を崩壊から救ってくださったというのに、このままではあの方達に顔向けが出来ぬ」
内乱の反省もあって、今、アンデルの国政は、農園主たち地方領主の代表と、内務官たる上位貴族の代表によって運営されている。
正直に言ってしまえばこの体制がまだうまく回っていない。
お互いに対する不信感と軽視をなかなかぬぐえないのだ。
なにしろ双方の身分がかなり違う。
格差のある勢力を同等に扱うなど、難しいを通り越して不可能に近い。
そこで今のところは軍務の責任者が農園主の代表で、内務の責任者が上位貴族の代表となっている。
つまり今回の戦についての指揮を執っているのは地方の農園主の代表なのだ。
この状況を腹立たしく思う上位貴族が多く、さまざまな形で邪魔をして来る。
そんな場合ではないというのに。
おかげで全ての軍議に王が臨席していないと何も決まらないという状況だ。
たとえ若年の王でなくとも参ってしまうだろう。
今の戦況としては、大公国とタシテ国、それぞれの国境沿いに両国の軍が終結し、アンデル王の非を声高に叫び、小競り合いを繰り返している段階である。
戦場には主に農園主連合の軍が詰めていて、なかなか堅実な戦をしているとの報告があった。
王直属の軍は王都を守る壁の外側北東部に配置されていて、いざというときに備えている。
「しかし陛下。彼奴等の動きは少々腑に落ちませぬ。消耗戦ならタシテはともかく、出戦になる大公国の軍には不利に働きます。彼らはさっさと戦を終わらせたいはず。それだけの兵力も十分にあります」
「内務官から大公国……いや、戦に加担しているデーヘイリング家の状況報告があったであろう。彼らの目的は穀倉地帯だ。我が国の大きな農園のほとんどは北に集中している。へたに開戦して軍を押し込めば、肝心の地を荒らすことになる。それが嫌なのだろう。何しろ兵力差は歴然。あちらとしてみればチクチク削っているだけで勝利が転がり込んで来るのは確実だ。我らは民が困窮しない程度の被害に留めるための交渉をするしかない状況なのだ」
王の傍らに侍って戦況報告をする軍務の長であるこの男が、王城内において戦の全てを取り仕切っていると言っていい。
しかしながら、内務官との情報交換が出来ていないため、この手の話は王が軍務官に伝えるしかないというバカバカしいことになってしまっていた。
王としてはこんなときに意地の張り合いはやめろと怒鳴りたい気分だ。
「だが、そうだな。そろそろ落としどころを提示して来ていいはずなのだが、連中、何かを待っているのか?」
今が最悪と信じて疑わないアンデル王であったが、本来ならさらに最悪な状況になっていたということを、このときの彼が知るはずもないのだった。
◇◇◇
「馬を借りて荷を減らして、アンデルの首都まで二日掛かったか。今のところ戦火が上がっているような感じはないな」
俺がそう言うと、勇者も皮肉気に答えた。
「穏やかなもんだな」
主に農耕馬として使われる気性の穏やかな馬を、一度買い取って首都の同じ系列業者に再び売るという方式の貸し出しを利用して手に入れた。
メルリル以外はそれぞれ自分で馬に乗り、馬に乗れないメルリルは風を使って移動して、二日目にしてようやく南の辺境砦付近から首都に到達したのである。
「やはり王都のこちら側、南には軍がいませんね」
聖騎士が首都アンデルの様子を見て取って言った。
やっぱりつい王都って言っちまうよな。うちの国の場合は王都だし。
まぁそれはいいとして、ということは、あの別動隊の作戦が成功していたら、一気に首都が陥落していた可能性もあるのか。
いや、あの分隊は人数は軍としては多くはない。
そこまで確実な作戦とも思えないが、もしかすると、例の魔物を呼び寄せる装置をここでも使う気だったのか?
森近くだった辺境砦ならともかく、森からかなり距離のあるこの首都ではあの装置を使っても速攻で効き目があるとは思えないが、魔物に慣れていないからこそ、一匹でも大物が現れたら、たちまちパニックになってしまう可能性も高い。
「いや、師匠。俺が聞き出した話だと、魔法を使うつもりだったらしい」
予想を話すと、勇者がそれを否定する。
「魔法?」
「あの、姫さまだとかいうのがいただろ。アレがかなりの魔法の使い手だとか言ってたぞ。大がかりな魔法を使って首都を混乱させて、その間に王城を襲撃してアンデル王を捕虜にする予定だったとのことだ」
「ん? お前と戦ったとき、魔法使ってなかったよな?」
「ああ、普通は大規模な魔法を使うには時間が必要だからな。決闘のときにそれをやると棒立ちになってしまう。決闘で使う魔法は自分の体を強化したり、部分的に防御したりという感じだ。あのバカは剣に破壊力を強化する魔法を使っていたみたいだが、防御は何もしていなかった。能力は高くともバカはバカということだな」
俺は、お前は戦いながら強力な魔法をバカスカ撃つじゃないかとか心のなかで思ったが、口に出さなかった。
勇者を基準にしてはいけないということだ。
危なく俺の常識がおかしくなるとこだった。
早めに矯正出来てよかったぜ。
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