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第六章 その祈り、届かなくとも……
507 精霊の祝福を持つ者たち
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予想はされたことだが、最初にモンクに好きなものを選んでもらった後は勇者が、そしておずおずと聖女が、それぞれの好みの食べ物を食べたいと主張して、結局食べ歩きとなった。
そしてそれだけで午後を使い果たしてしまう。
何か最近こういうことが多いな。
まぁ今は特に急ぎの問題もないし、たまにはこういうこともいいだろう。
ちょっとだけ自分が大きな子どもたちを抱えた父親のような気分になっているのがまずい気がするが……。
「とりあえず宿を探すか」
練り込んだパンの元のようなものを巨大なナイフで削り落としてスープの具とする料理が出来上がる様子を楽しそうに眺めている勇者たちをそう促すと、さほど未練なさそうにうなずいて見学をやめてついて来た。
あれだな、親の後をトコトコついて来る動物の仔みたいだな。
山岳馬たちは賢いので長女のリンを引いて歩くと、弟たちもその後ろをおとなしくついて来る。
そのため手綱を引いているのは俺だけなのだが、メルリルと聖女がそれぞれトンとシャンにつきっきりでいるので、手綱を引いているのとあまり変わりない。
俺たちは山岳馬たちを囲むような形で市場の天幕を出て、宿専用の天幕へと向かった。
宿専用の天幕は鮮やかな飾り付けがされていて、荒野馬の絵が織り込まれた布が掲げられている。
大連合では動物を野外に放置するという習慣がないため、宿用の天幕には荷運び用の動物の厩舎もいっしょくたになっていて、それなりに臭う。
その臭いを消すためか、香草が焚かれていて、逆にものすごい臭いとなっていた。
育ちのいい聖女などは鼻をつまんで咳をしている。
「うーん。もうちょっとなんとかならないのかな」
「お客さん、獣と一緒の宿は苦手な人?」
その宿の前でうろうろしていた少年たちがわらわらと集まって来て話しかけて来た。
客引きかな?
「ああ、俺は大丈夫だが、連れは上品な育ちなんだ。どこか臭いがマシなところはあるか?」
ないなら野営しようと思っていたが、少年たちが何やら知っているようだったので尋ねる。
すると少年たちは自分たちの手にしたものを掲げて「これ買って!」と言い出した。
彼らの手にしているのは煙草や茶葉などだ。
「タバコはいらん。そっちの茶は変な効能はないだろうな?」
「うん。この茶葉はかおり草っていう草で、少し甘いのと酸っぱいのが混ざったような風味があるんだ」
「わかった。そっちの茶葉をもらう。二大銅貨? ぼってないか?」
「案内賃込みだぜ!」
「そうか、わかった。三大銅貨で買おう。その代わり、怪しい宿に案内するなよ」
「気前がいい客は大好きだぜ! 安心しろ、外からの客は精霊王さまの使いと思えって口酸っぱく母ちゃんから言われてるんだ。騙したりしないさ!」
「ほう。だが、客が全員善良でもないぞ。自分の身は守れよ」
「もちろん。俺はハヤブサの加護を持っているから、危ない奴から逃げるのなんか簡単だぜ!」
「おいおい、加護持ちが客引きか?」
「子どもだけで行動するときには加護持ちのリーダーがついてるんだ。お客さんの言う通り、危ない奴もいるからな」
「なるほどな」
以前出会った大連合の加護持ちは戦士か巫女だったが、そういう役割もこなすんだな。
「師匠、加護持ちってなんだ?」
勇者が気になったのか聞いて来る。
「神の祝福の魔法紋と同じようなものだ。大連合の民は精霊と相性のいい者が精霊に加護を授かるのさ。森人の巫女と似た感じかな?」
「私達は体に徴を刻んだりはしないから、平野の人の神の祝福のほうに近いと思う」
「ああそうか。精霊の加護も体に文様を刻んでいたもんな」
「へー」
俺とメルリルの説明に、勇者は魔法紋の刻まれた腕を撫でた。
「ということはここでは神を精霊と呼んでいるということか?」
「その辺はちょっとわからないな。そもそも神と精霊がどの程度同じでどの程度違うのかということがまずわからないからな。俺には」
「私も、平野の人の神については未だによくわからない」
「神ってのは世界そのものだろ」
「俺の感覚では逆だな。世界に神も魔も精霊も全て内包されているって感じがする。もちろん俺たちも世界の一部だな」
「師匠の世界観は大きいな」
「大きいとか小さいという問題か?」
そんな話をしている間に子どもたちに案内されて臭くないという宿に到着した。
そこには大きな屋敷ぐらいの大きさの天幕と、それよりもひと回り小さい天幕が並んで建っている。
片方には手を繋いだ人の絵が描かれた布が、片方には荒野馬が描かれた布がかかっていた。
「おっちゃん。客を案内して来たぜ」
「おう。ご苦労だったな」
宿のオヤジは子どもたちに何やら物品を渡している。
もともと大連合は物々交換が主流なので、あれが手間賃なのだろう。
「荷物番つきにするか、なしにするか? なしにするなら馬から荷物を降ろして自分で管理するんだな」
「荷物番つきはいくらだ?」
「人間が一人あたり一銀貨、獣は一頭あたり三大銅貨、荷物番は一銀貨だ」
「わかった。荷物番つきで頼む。いちいち荷物を積み下ろしする手間を考えたら安い」
「まいど。獣は……ホシック来い!」
オヤジが呼ぶと屈強だが優しげな顔つきの男がやって来た。
「へい、旦那」
「そっちの獣たちを荷物ごと面倒みてやれ」
「へい、旦那」
リンたちの手綱を取った男が俺と勇者を見た。
「そっちの獣はどうするんだ?」
男の指しているのがフォルテと若葉だと気づいて、慌てて宿のオヤジに尋ねる。
「こいつらは部屋を汚さないから俺たちと一緒でいいか?」
「ん? 汚さないなら構わないぞ。そもそも獣を別に過ごさせるのは気の毒だからな。まぁ臭いってんなら仕方ねえが」
「ありがとう」
大連合の人間は動物と人間を同じように扱うと聞いていたが、なるほどこういう感覚なのか。
そう言えばフォルテもあの村で丁寧な扱いを受けていた。
精霊の王と勘違いされていたからだと思ったが、案外動物も平等に扱う大連合の習慣のせいだったのかもしれないな。
俺たちは広々とした人間用の宿泊天幕を適度な広さに仕切ってもらい、いつものように男女で別れて休んだのだった。
そしてそれだけで午後を使い果たしてしまう。
何か最近こういうことが多いな。
まぁ今は特に急ぎの問題もないし、たまにはこういうこともいいだろう。
ちょっとだけ自分が大きな子どもたちを抱えた父親のような気分になっているのがまずい気がするが……。
「とりあえず宿を探すか」
練り込んだパンの元のようなものを巨大なナイフで削り落としてスープの具とする料理が出来上がる様子を楽しそうに眺めている勇者たちをそう促すと、さほど未練なさそうにうなずいて見学をやめてついて来た。
あれだな、親の後をトコトコついて来る動物の仔みたいだな。
山岳馬たちは賢いので長女のリンを引いて歩くと、弟たちもその後ろをおとなしくついて来る。
そのため手綱を引いているのは俺だけなのだが、メルリルと聖女がそれぞれトンとシャンにつきっきりでいるので、手綱を引いているのとあまり変わりない。
俺たちは山岳馬たちを囲むような形で市場の天幕を出て、宿専用の天幕へと向かった。
宿専用の天幕は鮮やかな飾り付けがされていて、荒野馬の絵が織り込まれた布が掲げられている。
大連合では動物を野外に放置するという習慣がないため、宿用の天幕には荷運び用の動物の厩舎もいっしょくたになっていて、それなりに臭う。
その臭いを消すためか、香草が焚かれていて、逆にものすごい臭いとなっていた。
育ちのいい聖女などは鼻をつまんで咳をしている。
「うーん。もうちょっとなんとかならないのかな」
「お客さん、獣と一緒の宿は苦手な人?」
その宿の前でうろうろしていた少年たちがわらわらと集まって来て話しかけて来た。
客引きかな?
「ああ、俺は大丈夫だが、連れは上品な育ちなんだ。どこか臭いがマシなところはあるか?」
ないなら野営しようと思っていたが、少年たちが何やら知っているようだったので尋ねる。
すると少年たちは自分たちの手にしたものを掲げて「これ買って!」と言い出した。
彼らの手にしているのは煙草や茶葉などだ。
「タバコはいらん。そっちの茶は変な効能はないだろうな?」
「うん。この茶葉はかおり草っていう草で、少し甘いのと酸っぱいのが混ざったような風味があるんだ」
「わかった。そっちの茶葉をもらう。二大銅貨? ぼってないか?」
「案内賃込みだぜ!」
「そうか、わかった。三大銅貨で買おう。その代わり、怪しい宿に案内するなよ」
「気前がいい客は大好きだぜ! 安心しろ、外からの客は精霊王さまの使いと思えって口酸っぱく母ちゃんから言われてるんだ。騙したりしないさ!」
「ほう。だが、客が全員善良でもないぞ。自分の身は守れよ」
「もちろん。俺はハヤブサの加護を持っているから、危ない奴から逃げるのなんか簡単だぜ!」
「おいおい、加護持ちが客引きか?」
「子どもだけで行動するときには加護持ちのリーダーがついてるんだ。お客さんの言う通り、危ない奴もいるからな」
「なるほどな」
以前出会った大連合の加護持ちは戦士か巫女だったが、そういう役割もこなすんだな。
「師匠、加護持ちってなんだ?」
勇者が気になったのか聞いて来る。
「神の祝福の魔法紋と同じようなものだ。大連合の民は精霊と相性のいい者が精霊に加護を授かるのさ。森人の巫女と似た感じかな?」
「私達は体に徴を刻んだりはしないから、平野の人の神の祝福のほうに近いと思う」
「ああそうか。精霊の加護も体に文様を刻んでいたもんな」
「へー」
俺とメルリルの説明に、勇者は魔法紋の刻まれた腕を撫でた。
「ということはここでは神を精霊と呼んでいるということか?」
「その辺はちょっとわからないな。そもそも神と精霊がどの程度同じでどの程度違うのかということがまずわからないからな。俺には」
「私も、平野の人の神については未だによくわからない」
「神ってのは世界そのものだろ」
「俺の感覚では逆だな。世界に神も魔も精霊も全て内包されているって感じがする。もちろん俺たちも世界の一部だな」
「師匠の世界観は大きいな」
「大きいとか小さいという問題か?」
そんな話をしている間に子どもたちに案内されて臭くないという宿に到着した。
そこには大きな屋敷ぐらいの大きさの天幕と、それよりもひと回り小さい天幕が並んで建っている。
片方には手を繋いだ人の絵が描かれた布が、片方には荒野馬が描かれた布がかかっていた。
「おっちゃん。客を案内して来たぜ」
「おう。ご苦労だったな」
宿のオヤジは子どもたちに何やら物品を渡している。
もともと大連合は物々交換が主流なので、あれが手間賃なのだろう。
「荷物番つきにするか、なしにするか? なしにするなら馬から荷物を降ろして自分で管理するんだな」
「荷物番つきはいくらだ?」
「人間が一人あたり一銀貨、獣は一頭あたり三大銅貨、荷物番は一銀貨だ」
「わかった。荷物番つきで頼む。いちいち荷物を積み下ろしする手間を考えたら安い」
「まいど。獣は……ホシック来い!」
オヤジが呼ぶと屈強だが優しげな顔つきの男がやって来た。
「へい、旦那」
「そっちの獣たちを荷物ごと面倒みてやれ」
「へい、旦那」
リンたちの手綱を取った男が俺と勇者を見た。
「そっちの獣はどうするんだ?」
男の指しているのがフォルテと若葉だと気づいて、慌てて宿のオヤジに尋ねる。
「こいつらは部屋を汚さないから俺たちと一緒でいいか?」
「ん? 汚さないなら構わないぞ。そもそも獣を別に過ごさせるのは気の毒だからな。まぁ臭いってんなら仕方ねえが」
「ありがとう」
大連合の人間は動物と人間を同じように扱うと聞いていたが、なるほどこういう感覚なのか。
そう言えばフォルテもあの村で丁寧な扱いを受けていた。
精霊の王と勘違いされていたからだと思ったが、案外動物も平等に扱う大連合の習慣のせいだったのかもしれないな。
俺たちは広々とした人間用の宿泊天幕を適度な広さに仕切ってもらい、いつものように男女で別れて休んだのだった。
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