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第五章 破滅を招くもの
413 予見
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アンリカ・デベッセに出立する前日、すでに自宅に戻ってなにやら暗躍していたらしいウルスがひょっこりと顔を出した。
「ダスター、俺はあんたに借りがある」
「いきなりなんだ」
ひどく苦々しい顔で言われた言葉は表情と一致していない。
嫌な予感しかしないぞ。
「だから忠告する。天守山には行くな」
「……何か見えたのか?」
「この世の地獄だ。見たこともねえ化物がウジャウジャいやがった。人間がいていい場所じゃねえ」
「まぁ邪神だしな、そんなもんだろ」
「軽いな!」
「いや、なんか感覚が麻痺して来ていてな。いちいち怖れていたら身が持たん」
ウルスが目と目の間を揉んでチッと舌打ちをする。
「見えた風景はそれだけだが、もう一つ啓示があった」
「お前の能力について詳しく聞かなかったが、かなり詳細にわかるのか?」
「わかる時とわからない時がある。前にあんたが言ったように俺は自分の能力に振り回されて思うままにはコントロール出来ないんだ。だがまぁあの宝石のおかげでよりはっきりとした予知が出来るようにはなった。助かっている」
「それはよかった」
ウルスははぁとため息をついた。
「それだ。ならその代価を払えとか考えないのか? あんたには欲はないのか?」
「欲はあるぞ、人並みにな」
ウルスがわざとらしく鼻を鳴らした。
こいつ本当に何しに来たんだ? 借りを返しに来たんじゃないのか? まぁ忠告はありがたいが、ほとんど意味がないぞ。
「敵でも味方でもないものが鍵を握っている。古い約束を語らせろ……これが啓示だ」
「どういうことだ?」
「どういうことも何もそのままだ。啓示はそのときになって初めて意味がわかるものが多い。覚えておけ、きっと役に立つ」
それだけを告げるとウルスは背を向けた。
「お前大丈夫なのか? だいぶ南海に無理をさせられているようだが」
「けっ、タダ働きをする訳ねえだろ! こっちも食料を高値で売りつけたり、出港出来ない船の乗組員の給金を保証させたりしてるんだ。まぁある程度は儲けさせてもらうぜ。工場も買い戻したしな」
心配せずともウルスなりにふてぶてしく頑張っているようだ。
ほんと、タフでうらやましい。
俺はウルスから聞いた予言について考えた。
化物だらけ、か。
なるほどな。
俺は一つの決意を胸に勇者たちの部屋へと向かう。
勇者たちはそれぞれ広々とした部屋を与えられているのだが、そのどの部屋を探しても誰も見当たらず、結局なぜか俺の部屋に集まって鍛錬をしている連中を発見した。
あちこち探した挙げ句自室に戻った自分が悲しくなる。
「なんでここにいるんだ?」
「あ、師匠お帰り! 師匠を訪ねて来たらいなかったから」
「普通いなかったら帰るだろ?」
「ご、ごめんなさい!」
「なんでそこでメルリルが謝るんだ?」
「私が最初に部屋を訪れて、ダスターを待っていたので、その……」
うん、なるほど、流れはわかった。連鎖的に待ち人が増えたんだな。
でもなんで全員ここにいるんだろう?
……まぁいいか考えても仕方ないことだしな。
「例の邪神退治、俺が行かないと言っても受けるんだろ?」
「当然だ。俺は真の勇者になる男だ。真の勇者は多くの人を苦しめる強大な存在を決して許さないものだ」
カッコイイセリフだが、現在逆立ちしているのでなんとなく間抜けに聞こえるな。
「わかった。俺も行く」
「ダスター!」
俺の言葉にメルリルが必死な顔になる。
俺が何を言い出すのかわかっているとでも言うように。
「メルリルは残れ、と、言っても無駄か?」
「その時は風に乗ってどこまでも着いて行く」
うおっ、覚悟していたはずなのに、その言葉は胸に響いた。
俺はあの森から彼女を連れ出して、不幸に向かってまっすぐ突き進んでいるんじゃないだろうか? そんな不安がある。
メルリルには幸せになってもらいたい。
それが俺の傍らでなくても。そう、思うのだ。
だが、かつて平野人と結ばれた森人の女性、ティティニィティが語った言葉を思い出しもする。
支え合う相手を得ることで、彼女は森を失った痛みを癒やしたと言っていた。
メルリルを俺から引き離すことは、もしかすると俺が思う以上にメルリルには辛いことなのかもしれない。
「みんな一緒なら偽りの神なんかに負けるはずがないだろ」
勇者が笑う。
頼もしいようなそうでないようないつもの顔だ。
「まぁそうだな。行くなら全員で行くか。どう考えても東から始まる崩壊はその偽物の神さまとやらが関係していそうだしな」
「はい。わたくしは盟約の民として神のご意思に従ってあまねく世を照らす義務があります。勇者さまと共にまいります」
聖女がにっこりとなんでもないことのように言う。
「まぁミュリアは私が守るから、やりたいことをやればいいよ」
モンクが見えない相手と組手をしつつ答えた。
その拳の紋章がほんのりと光っているんだが……どこかに当てないようにしてくれよ。
「私も邪悪なるものと戦うのは本懐です。北の者たちも、その偽りの神も、あまりにも多くの人々を苦しめました。因果は必ず巡るもの。そろそろ目を覚ましていただく時期でしょう」
聖騎士が真剣な表情でそう宣言する。
その傍らにある丁寧に磨かれた盾がほのかに光った。
その盾には内部にドラゴンの素材が仕込まれているので、表は普通の盾なのだが、刻み込まれた文様からほんのわずかに魔光が漏れることがある。
その僅かな魔の光に照らされた聖騎士の厳しい顔は、まさに神意を受けし者の風格があった。
ああ、聖騎士も怒っていたんだなと気づく。
東方に来て以来、理不尽なものをたくさん見知った。
それは怒るべきものだ。
許してはいけないものだろう。
俺も改めてそう思えた。
ウルスが恐れおののくような光景を視たのならば、それが現実として立ちふさがるのだろう。
知ってしまった以上、そんな場所に勇者たちだけを送り込む訳にもいかないし、ましてや、勝機の見えない南海の兵士たちを立ち向かわせる訳にもいかない。
俺にはちょっと荷が重い仕事だが、一生に一度ぐらい無理を承知でやらなければならない仕事もあるだろうさ。
「クルルルルル!」
フォルテが高らかに歌う。
勝利を疑わない誇り高き魂で。
俺はそれがちょっとうらやましいと思ったのだった。
「ダスター、俺はあんたに借りがある」
「いきなりなんだ」
ひどく苦々しい顔で言われた言葉は表情と一致していない。
嫌な予感しかしないぞ。
「だから忠告する。天守山には行くな」
「……何か見えたのか?」
「この世の地獄だ。見たこともねえ化物がウジャウジャいやがった。人間がいていい場所じゃねえ」
「まぁ邪神だしな、そんなもんだろ」
「軽いな!」
「いや、なんか感覚が麻痺して来ていてな。いちいち怖れていたら身が持たん」
ウルスが目と目の間を揉んでチッと舌打ちをする。
「見えた風景はそれだけだが、もう一つ啓示があった」
「お前の能力について詳しく聞かなかったが、かなり詳細にわかるのか?」
「わかる時とわからない時がある。前にあんたが言ったように俺は自分の能力に振り回されて思うままにはコントロール出来ないんだ。だがまぁあの宝石のおかげでよりはっきりとした予知が出来るようにはなった。助かっている」
「それはよかった」
ウルスははぁとため息をついた。
「それだ。ならその代価を払えとか考えないのか? あんたには欲はないのか?」
「欲はあるぞ、人並みにな」
ウルスがわざとらしく鼻を鳴らした。
こいつ本当に何しに来たんだ? 借りを返しに来たんじゃないのか? まぁ忠告はありがたいが、ほとんど意味がないぞ。
「敵でも味方でもないものが鍵を握っている。古い約束を語らせろ……これが啓示だ」
「どういうことだ?」
「どういうことも何もそのままだ。啓示はそのときになって初めて意味がわかるものが多い。覚えておけ、きっと役に立つ」
それだけを告げるとウルスは背を向けた。
「お前大丈夫なのか? だいぶ南海に無理をさせられているようだが」
「けっ、タダ働きをする訳ねえだろ! こっちも食料を高値で売りつけたり、出港出来ない船の乗組員の給金を保証させたりしてるんだ。まぁある程度は儲けさせてもらうぜ。工場も買い戻したしな」
心配せずともウルスなりにふてぶてしく頑張っているようだ。
ほんと、タフでうらやましい。
俺はウルスから聞いた予言について考えた。
化物だらけ、か。
なるほどな。
俺は一つの決意を胸に勇者たちの部屋へと向かう。
勇者たちはそれぞれ広々とした部屋を与えられているのだが、そのどの部屋を探しても誰も見当たらず、結局なぜか俺の部屋に集まって鍛錬をしている連中を発見した。
あちこち探した挙げ句自室に戻った自分が悲しくなる。
「なんでここにいるんだ?」
「あ、師匠お帰り! 師匠を訪ねて来たらいなかったから」
「普通いなかったら帰るだろ?」
「ご、ごめんなさい!」
「なんでそこでメルリルが謝るんだ?」
「私が最初に部屋を訪れて、ダスターを待っていたので、その……」
うん、なるほど、流れはわかった。連鎖的に待ち人が増えたんだな。
でもなんで全員ここにいるんだろう?
……まぁいいか考えても仕方ないことだしな。
「例の邪神退治、俺が行かないと言っても受けるんだろ?」
「当然だ。俺は真の勇者になる男だ。真の勇者は多くの人を苦しめる強大な存在を決して許さないものだ」
カッコイイセリフだが、現在逆立ちしているのでなんとなく間抜けに聞こえるな。
「わかった。俺も行く」
「ダスター!」
俺の言葉にメルリルが必死な顔になる。
俺が何を言い出すのかわかっているとでも言うように。
「メルリルは残れ、と、言っても無駄か?」
「その時は風に乗ってどこまでも着いて行く」
うおっ、覚悟していたはずなのに、その言葉は胸に響いた。
俺はあの森から彼女を連れ出して、不幸に向かってまっすぐ突き進んでいるんじゃないだろうか? そんな不安がある。
メルリルには幸せになってもらいたい。
それが俺の傍らでなくても。そう、思うのだ。
だが、かつて平野人と結ばれた森人の女性、ティティニィティが語った言葉を思い出しもする。
支え合う相手を得ることで、彼女は森を失った痛みを癒やしたと言っていた。
メルリルを俺から引き離すことは、もしかすると俺が思う以上にメルリルには辛いことなのかもしれない。
「みんな一緒なら偽りの神なんかに負けるはずがないだろ」
勇者が笑う。
頼もしいようなそうでないようないつもの顔だ。
「まぁそうだな。行くなら全員で行くか。どう考えても東から始まる崩壊はその偽物の神さまとやらが関係していそうだしな」
「はい。わたくしは盟約の民として神のご意思に従ってあまねく世を照らす義務があります。勇者さまと共にまいります」
聖女がにっこりとなんでもないことのように言う。
「まぁミュリアは私が守るから、やりたいことをやればいいよ」
モンクが見えない相手と組手をしつつ答えた。
その拳の紋章がほんのりと光っているんだが……どこかに当てないようにしてくれよ。
「私も邪悪なるものと戦うのは本懐です。北の者たちも、その偽りの神も、あまりにも多くの人々を苦しめました。因果は必ず巡るもの。そろそろ目を覚ましていただく時期でしょう」
聖騎士が真剣な表情でそう宣言する。
その傍らにある丁寧に磨かれた盾がほのかに光った。
その盾には内部にドラゴンの素材が仕込まれているので、表は普通の盾なのだが、刻み込まれた文様からほんのわずかに魔光が漏れることがある。
その僅かな魔の光に照らされた聖騎士の厳しい顔は、まさに神意を受けし者の風格があった。
ああ、聖騎士も怒っていたんだなと気づく。
東方に来て以来、理不尽なものをたくさん見知った。
それは怒るべきものだ。
許してはいけないものだろう。
俺も改めてそう思えた。
ウルスが恐れおののくような光景を視たのならば、それが現実として立ちふさがるのだろう。
知ってしまった以上、そんな場所に勇者たちだけを送り込む訳にもいかないし、ましてや、勝機の見えない南海の兵士たちを立ち向かわせる訳にもいかない。
俺にはちょっと荷が重い仕事だが、一生に一度ぐらい無理を承知でやらなければならない仕事もあるだろうさ。
「クルルルルル!」
フォルテが高らかに歌う。
勝利を疑わない誇り高き魂で。
俺はそれがちょっとうらやましいと思ったのだった。
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