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第四章 世界の片隅で生きる者たち
311 帝都激震
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帝国の中心都市である帝都の、さらに中心である宮殿の近くに宮殿前衛兵詰所がある。
本来は本部ではないのだが、実質的な衛兵隊の本部のような場所だ。
衛兵隊にはいくつかの部隊があるが、そのなかでも過激なことで知られているのがオウガ隊長率いる部隊である。
オウガ隊長は密かに『不死の獣王』と呼ばれていた。犯罪者から何度も刺されたり撃たれたりしていながらも、常に第一線に復帰することから誰言うとなくつけられた渾名だ。
その『不死の獣王』ことオウガ隊長は、困惑していた。
つい先日、大地人の技術者たちを誘拐監禁していた犯人として捕まえた東国貴族の二人が、本国からの抗議によって帝国からの追放と二度と入国させないという条件の下、外交筋に引き取られてしまった。
さらに、街中で車を暴走させた第五皇女は、その罪を技術開発局の若手であった運転手になすりつけて罪を逃れ、あまつさえのうのうと被害者のような顔をしてみせた。
これらのことはオウガ隊長にとって、実に腹立たしい、許しがたいことだったが、国の司法機関が決定したことなので、異を唱えることも出来ない。
唯一よかったことと言えば、第五皇女の謀に巻き込まれたらしい勇者たちに何のおとがめもなかったことだろう。
本来ならとんでもない賠償額となるはずの開発局の最新の車の破壊だが、皇女の一声で事件そのものが伏せられることとなったのだ。
オウガ隊長は、この日の前日の早朝に、報告があった勇者たちの宿に目立たないように直属の部下を使ってメッセージを届けさせた。自分が行けば目立ちすぎると思ったからだ。
本当は直接不甲斐ない母国の司法担当に代わって謝りたかったのだが、未だ皇女が勇者を諦めていない可能性が高いため、危険を避けたのである。
勇者たち一行に必要なものは情報だろうと考えたオウガ隊長は、勇者たちの足かせとなっている移動制限がなくなったことと、東国貴族の顛末を伝えたのだ。
そこから明けて本日、なぜか帝都近くの村落の住人から、オウガ隊長名指しで当の勇者一行の従者と名乗っていたダスターからの手紙が届けられた。
驚愕するような内容にオウガ隊長は速攻で隊を集め、報告の場所に走ることとなる。
実のところ、本来は衛兵隊の管轄は帝都内のみなので、街道で起こった事件に関わることは管轄外の可能性が高かった。しかしぎりぎり街道も帝都内と言い張れないことはない。そのためにはすぐに動くことだとオウガ隊長は考えたのだ。
「これは……」
そこにあったのは、見覚えのある作業用のローラー車の残骸と、ところどころ焦げたこれまた見覚えのある東国貴族の二人だった。
この二人がここにいる事実は、外交筋が法を遵守しなかったということの証左でもあるのでそれは後に追求するとして、何をどうすればこのようなことになるのかがさっぱりわからないオウガ隊長である。
「すごいですね! さすがは勇者さまです!」
オウガの隊でも若手の一人が頬を紅潮させて勇者を讃えた。
彼は自国民を不当に拉致していた東国貴族が無罪放免に等しい判決となったことにひどく憤慨していた正義感の強い男だ。
目前の状態の東国貴族たちを見て胸のすく思いをしたのだろう。
ほかの衛兵たちも似たような感じだ。
オウガ隊長はさすがにそのような態度をそのままにしておく訳にもいかず、浮ついた状態の隊員たちを鎮め、テキパキと指示を出して事態を収束させていく。
オウガ隊長が真に仰天したのはその後だった。
一応治療所に運び込んだ東国貴族二人は大した傷はなかったのだが、いつまでも目を覚まさない。
不安になった医療関係者が急遽教会の聖人さまをお呼びしたのだが、その聖人さまが断言したのである。
「これは魔法による眠りです。それほど強くはかけられていないのでしばらくすれば目を覚ますでしょう」
と。
魔法は、決して知られていない技術ではなかったが、帝国ではごく一部の選ばれし者が扱う技術であり、何よりも勇者や教会の使う特別なものという認識が強かった。
魔法が使われたということだけで一大センセーションなのだ。
さらには発見者である村人からいつの間にか新聞などの報道機関に話が流れ、この騒動を引き起こしたのが勇者であると知られてしまったこともあり、東国貴族の二人は勇者によって裁かれたと教会が認定したという話が、医療関係者から流れたらしく一気に広まってしまった。
その上、翌日東国貴族二人が目覚めると、彼らはスラスラと自分たちの行った全ての罪を白状した。
病院から留置所に移す際に、嗅ぎつけた新聞記者が口々に行った質問に律儀に全て答えてしまったのだ。
あろうことか、そのなかには第五皇女と東国から進出して来ていた大企業、東国技術との関係性まであった。
その上後に、教会の聖人さまによって、この二人には禁忌魔法が使われていることが明らかになる。
帝都は昼も夜もその話題でもちきりとなってしまった。
「とんでもねー置き土産をしてくれたもんだよ」
しばらく前に負ったケガが完治する間もなく、衛兵隊のオウガ隊長は激務の日々を予感したのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
帝都がとんでもない騒ぎになっているとは全く知らないダスターたちは、その頃徒歩で夕刻まで歩き、小さくてのどかな田舎町に到着していた。
帝都に近い場所にあるのにそこが田舎であることには理由がある。
帝都という巨大な都市を支えるためにその周辺は全てが農業地帯となっているのだ。
煙と固い地面ばかりの帝都でしばらく過ごした一行にとって、その田舎町はどこか懐かしい空気を感じさせる場所だった。
「この辺にゃあ、宿屋はねえけど、町長さんの家なら客人を泊められるよ」
そんな風に教えてもらった一行は、その町の町長を尋ねて宿を乞う。
「すみません、宿代は払うので一晩泊めていただけませんか?」
「ああ、かまわんよ。うちにはちょくちょく行商人も泊まるんでな。なんだあんたら歩きかい? それにしてもまた、大層な格好しているが、旅の修行者かなんかか?」
「いえ、冒険者でして」
「ほう! もしよければうちの依頼を請けちゃあもらえないかね?」
「お話をお聞きしてからでいいですか?」
「もちろんだ。おい、旅の冒険者さんだよ。六人分お泊りの用意をしてくれ」
どうやらダスターたちはダスターたちで、何か厄介事に巻き込まれそうではあった。
本来は本部ではないのだが、実質的な衛兵隊の本部のような場所だ。
衛兵隊にはいくつかの部隊があるが、そのなかでも過激なことで知られているのがオウガ隊長率いる部隊である。
オウガ隊長は密かに『不死の獣王』と呼ばれていた。犯罪者から何度も刺されたり撃たれたりしていながらも、常に第一線に復帰することから誰言うとなくつけられた渾名だ。
その『不死の獣王』ことオウガ隊長は、困惑していた。
つい先日、大地人の技術者たちを誘拐監禁していた犯人として捕まえた東国貴族の二人が、本国からの抗議によって帝国からの追放と二度と入国させないという条件の下、外交筋に引き取られてしまった。
さらに、街中で車を暴走させた第五皇女は、その罪を技術開発局の若手であった運転手になすりつけて罪を逃れ、あまつさえのうのうと被害者のような顔をしてみせた。
これらのことはオウガ隊長にとって、実に腹立たしい、許しがたいことだったが、国の司法機関が決定したことなので、異を唱えることも出来ない。
唯一よかったことと言えば、第五皇女の謀に巻き込まれたらしい勇者たちに何のおとがめもなかったことだろう。
本来ならとんでもない賠償額となるはずの開発局の最新の車の破壊だが、皇女の一声で事件そのものが伏せられることとなったのだ。
オウガ隊長は、この日の前日の早朝に、報告があった勇者たちの宿に目立たないように直属の部下を使ってメッセージを届けさせた。自分が行けば目立ちすぎると思ったからだ。
本当は直接不甲斐ない母国の司法担当に代わって謝りたかったのだが、未だ皇女が勇者を諦めていない可能性が高いため、危険を避けたのである。
勇者たち一行に必要なものは情報だろうと考えたオウガ隊長は、勇者たちの足かせとなっている移動制限がなくなったことと、東国貴族の顛末を伝えたのだ。
そこから明けて本日、なぜか帝都近くの村落の住人から、オウガ隊長名指しで当の勇者一行の従者と名乗っていたダスターからの手紙が届けられた。
驚愕するような内容にオウガ隊長は速攻で隊を集め、報告の場所に走ることとなる。
実のところ、本来は衛兵隊の管轄は帝都内のみなので、街道で起こった事件に関わることは管轄外の可能性が高かった。しかしぎりぎり街道も帝都内と言い張れないことはない。そのためにはすぐに動くことだとオウガ隊長は考えたのだ。
「これは……」
そこにあったのは、見覚えのある作業用のローラー車の残骸と、ところどころ焦げたこれまた見覚えのある東国貴族の二人だった。
この二人がここにいる事実は、外交筋が法を遵守しなかったということの証左でもあるのでそれは後に追求するとして、何をどうすればこのようなことになるのかがさっぱりわからないオウガ隊長である。
「すごいですね! さすがは勇者さまです!」
オウガの隊でも若手の一人が頬を紅潮させて勇者を讃えた。
彼は自国民を不当に拉致していた東国貴族が無罪放免に等しい判決となったことにひどく憤慨していた正義感の強い男だ。
目前の状態の東国貴族たちを見て胸のすく思いをしたのだろう。
ほかの衛兵たちも似たような感じだ。
オウガ隊長はさすがにそのような態度をそのままにしておく訳にもいかず、浮ついた状態の隊員たちを鎮め、テキパキと指示を出して事態を収束させていく。
オウガ隊長が真に仰天したのはその後だった。
一応治療所に運び込んだ東国貴族二人は大した傷はなかったのだが、いつまでも目を覚まさない。
不安になった医療関係者が急遽教会の聖人さまをお呼びしたのだが、その聖人さまが断言したのである。
「これは魔法による眠りです。それほど強くはかけられていないのでしばらくすれば目を覚ますでしょう」
と。
魔法は、決して知られていない技術ではなかったが、帝国ではごく一部の選ばれし者が扱う技術であり、何よりも勇者や教会の使う特別なものという認識が強かった。
魔法が使われたということだけで一大センセーションなのだ。
さらには発見者である村人からいつの間にか新聞などの報道機関に話が流れ、この騒動を引き起こしたのが勇者であると知られてしまったこともあり、東国貴族の二人は勇者によって裁かれたと教会が認定したという話が、医療関係者から流れたらしく一気に広まってしまった。
その上、翌日東国貴族二人が目覚めると、彼らはスラスラと自分たちの行った全ての罪を白状した。
病院から留置所に移す際に、嗅ぎつけた新聞記者が口々に行った質問に律儀に全て答えてしまったのだ。
あろうことか、そのなかには第五皇女と東国から進出して来ていた大企業、東国技術との関係性まであった。
その上後に、教会の聖人さまによって、この二人には禁忌魔法が使われていることが明らかになる。
帝都は昼も夜もその話題でもちきりとなってしまった。
「とんでもねー置き土産をしてくれたもんだよ」
しばらく前に負ったケガが完治する間もなく、衛兵隊のオウガ隊長は激務の日々を予感したのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
帝都がとんでもない騒ぎになっているとは全く知らないダスターたちは、その頃徒歩で夕刻まで歩き、小さくてのどかな田舎町に到着していた。
帝都に近い場所にあるのにそこが田舎であることには理由がある。
帝都という巨大な都市を支えるためにその周辺は全てが農業地帯となっているのだ。
煙と固い地面ばかりの帝都でしばらく過ごした一行にとって、その田舎町はどこか懐かしい空気を感じさせる場所だった。
「この辺にゃあ、宿屋はねえけど、町長さんの家なら客人を泊められるよ」
そんな風に教えてもらった一行は、その町の町長を尋ねて宿を乞う。
「すみません、宿代は払うので一晩泊めていただけませんか?」
「ああ、かまわんよ。うちにはちょくちょく行商人も泊まるんでな。なんだあんたら歩きかい? それにしてもまた、大層な格好しているが、旅の修行者かなんかか?」
「いえ、冒険者でして」
「ほう! もしよければうちの依頼を請けちゃあもらえないかね?」
「お話をお聞きしてからでいいですか?」
「もちろんだ。おい、旅の冒険者さんだよ。六人分お泊りの用意をしてくれ」
どうやらダスターたちはダスターたちで、何か厄介事に巻き込まれそうではあった。
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