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第四章 世界の片隅で生きる者たち
304 エリエル氏の依頼
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ドラゴン研究者のエリエル氏から聞いた話は、かなりの衝撃の事実だった。
もしかして大森林のドラゴン営巣地にも迷宮があるのか? いや、新しく出来たフィールドタイプの迷宮じゃなくって、あの営巣地の地下に。
ドラゴンがいる限り迷宮が縮小し続けるというならまぁ問題はないんだろうけど。気になる話だ。
というか、あの湖の迷宮、わざわざ勇者が調整の約束させる必要なかったってことじゃねえか。
これは勇者が自分で気づくまで黙っておこう。
「その、迷宮を進めば東方の国に出る、と?」
「いや、そこまでは行ってないようだね。記録によると迷宮は大きな森に通じてるとか。書物によるとそこは東国では『魔の森』と呼ばれている大きな森だ。人の手が全く入っていないので、もしかすると大森林よりも大きいかもしれないとされている。ここはドラゴンの餌場でもあって、彼らが魔の森付近に訪れるのはそうおかしな話ではないのだよ。しかし、その本には、黒のドラゴンが壁のすぐそばに現れたように書かれている。それはね、かなりおかしな話なんだよ。もしかすると『魔の森』の東にある山脈に新しいのに深い迷宮が誕生した可能性もあるね。なぜなら黒のドラゴンはその狂気ゆえ、ドラゴンのなかではもっとも魔力に惹かれる性質となっているんだ。営巣地のなかに在るときは意外なことに黒のドラゴンは大人しい存在なんだよ? ほとんど眠っていると聞いている。ただし、外に大きな魔力を感じると目を覚まして攻撃を開始するという行動を取るんだ」
エリエル氏が相も変わらず聞いてないことまで教えてくれた。
黒のドラゴンは大森林でも出会ったが、問答無用で攻撃的なドラゴンだった。
理性的な白いドラゴンがいないときには出会いたくない相手である。
しかし、『魔の森』か。
森ならこっちにはメルリルがいるので、むしろ行動はしやすい場所だ。
問題の魔人収容所はその先にあるという山脈のなかか?
その新しいのに深いという迷宮が気になるところだな。
「しかし、迷宮というものは国に管理されているはずです。勝手に入る訳にはいかないのでは? 許可が必要ですよね」
聖騎士が気になったのかそう聞いた。
そう、迷宮は鉱山のようなものだ。
魔鉱石を採掘するための場所として、国が管理している。
冒険者は登録をすることで迷宮に入って魔物を退治して魔鉱石を採掘することが出来るという仕組みだ。
勝手に入ったら犯罪者である。
「いや、この迷宮は管理放棄されているよ。考えてもみたまえ。上にはドラゴンが営巣しているのだよ? いったい誰がその足元に入りたいと思うものか。ドラゴンが魔物喰いであることは知られているし、魔物が溢れる心配がないのなら、もっと安全な迷宮で採掘をすればいい。幸いにも我が国には身分け山の迷宮があるからね」
「なるほど。ところで先程記録と言ったが、管理放棄されている迷宮の記録があるのか?」
勇者が尋ねる。
そこは確かに気になるところだ。
「ああ。実は三百年ほど前まではドラゴンの営巣地のない普通の迷宮だったらしい。その当時の冒険者の記録が残っているんだ」
「三百年前? ということはここのドラゴン営巣地はそう古いものではないんだな」
俺は驚きを持ってその事実を受け止めた。
大森林の奥にあるドラゴン営巣地はおよそ千年以上前からあそこにあるらしい。
三百年は長いようだが、初代の勇者の生きた時代から考えるとつい最近のような感覚があるから不思議だ。
建国からの年数を考えると、この国が出来た当初はそこは普通の迷宮だったということになる。
「そうなんだよ。だからという訳でもないんだろうけど、ドラゴンたちにとって、ここの営巣地は少し狭いんだろうね。巣分けに対しては彼らは積極的なところがあるのだよ。だからこそその魔人収容所などというところの近くまで行ったのだろうと、僕は見ている」
「そういうことか」
ドラゴンが餌を捕りにその『魔の森』とやらに頻繁に行っていたというなら、東方人はドラゴンの行動をある程度知っていた可能性がある。
そしてその性質を利用してなんらかの方法で誘導して魔人とされる人をぶつけた。
理由は全くわからない胸糞悪い話だが、そう考えると辻褄が合う。
ただ、新しいのに深いという迷宮をそのために作ったと考えると、何か少し引っかかる気はするが。
「ちょっと待っていてくれ」
エリエル氏はそう言いおいて席を外した。
その間にパスダ女史がお茶のおかわりを注いでくれる。
「メルリルさん、このお茶は森人は特に好む味だと聞くわ。森にいる気分になって、回帰病の予防にもなるんですって。どう? 少し持って行かない?」
「え? 悪いです」
お、パスダ女史がメルリルにお茶の葉を勧めているぞ。しかも森人特有の病の予防にもなるらしい。メルリルはなんだか遠慮しているが、ちょうどいいからそれに便乗させてもらおう。
「よかったら買わせてもらえますか? このお茶とても気に入りました」
「お金なんかいいのよ」
「いえ、価値あるものには代価を払うというのは俺たち冒険者の心得ですから」
「あらまぁ、そう言われるとうれしいわね。それじゃあこの筒に入ったものを一大銅貨でどうかしら?」
「買った!」
うんうん、どうやって分けてもらおうかと考えていたのだが、思いの外タイミングよく購入の流れにすることが出来た。ありがたい。
「ダスター、あの、ありがとう」
メルリルが照れながらお礼を言って来た。
「美味しい上にメルリルが元気になるなら最高のお茶だろ? 俺もこの味好きだしな」
お茶は紙で出来た筒に詰め込んであって、荷物の隙間に入れることが出来るようになっていた。
持ち運びやすくて便利だな。きっと旦那さんのためにフィールドワークにも持って行きやすいように工夫してあるのだろう。
そんなことをしていると、すぐにエリエル氏が戻って来た。
「これを持って行きたまえ」
エリエル氏は、大事そう木箱に入った何かを持って来て、勇者に渡す。
俺は隣からそれを覗き込んだ。
蓋を開けると、そこには丁寧にまとめられた紙束がある。
「これは?」
勇者はそれが何かわからないのだろう。エリエル氏に尋ねた。
「当時の冒険者が迷宮を探索したときの記録だよ」
「……大事なものなのでは?」
俺は思わずそう聞いた。
大切に保管されていたらしいその記録は、先程の話からすれば三百年以上昔のものだ。
貴重なものに違いない。
「大切なものだ。だけどね、僕にだって許しがたいものはあるんだ。それをあげる代わりに勇者さまには約束して欲しい。必ずその魔人収容所とやらの行いを止めてくれると。僕の愛するドラゴンを愚かな行為に利用しようとする愚かな人間たちに神の子の制裁を下して欲しいんだ」
「ということは、これはその約束の代価ということか?」
勇者が重々しく問いかける。
「そうだ。……あの本に書かれていたことはあまりにも哀しすぎる。それもまた腹立たしいことには違いない。だけどどね、僕は見知らぬ人にそこまで思い入れるほうじゃないからね。それだけならこんなことは頼みはしなかっただろう。だけど、その収容所とやらの連中は、僕の大切なドラゴンを何かに利用しようとしている。そんなことは決して許されはしないし、許されていいはずもない。だからこそ、神の子たる勇者さまがここにいるのは偶然なんかじゃないと、僕は思うのだよ。許されざる行いに制裁を加えるために世界が定めた運命なのだと。だから僕はあなたに必要なものを捧げよう。そして愚か者にはそれに相応しい末路を与えて欲しい。そうだね。ダスター殿に倣って冒険者風に言うならば、これは僕からの仕事の依頼だ」
そう言ったエリエル氏の目はひどく真剣なものだった。
もしかして大森林のドラゴン営巣地にも迷宮があるのか? いや、新しく出来たフィールドタイプの迷宮じゃなくって、あの営巣地の地下に。
ドラゴンがいる限り迷宮が縮小し続けるというならまぁ問題はないんだろうけど。気になる話だ。
というか、あの湖の迷宮、わざわざ勇者が調整の約束させる必要なかったってことじゃねえか。
これは勇者が自分で気づくまで黙っておこう。
「その、迷宮を進めば東方の国に出る、と?」
「いや、そこまでは行ってないようだね。記録によると迷宮は大きな森に通じてるとか。書物によるとそこは東国では『魔の森』と呼ばれている大きな森だ。人の手が全く入っていないので、もしかすると大森林よりも大きいかもしれないとされている。ここはドラゴンの餌場でもあって、彼らが魔の森付近に訪れるのはそうおかしな話ではないのだよ。しかし、その本には、黒のドラゴンが壁のすぐそばに現れたように書かれている。それはね、かなりおかしな話なんだよ。もしかすると『魔の森』の東にある山脈に新しいのに深い迷宮が誕生した可能性もあるね。なぜなら黒のドラゴンはその狂気ゆえ、ドラゴンのなかではもっとも魔力に惹かれる性質となっているんだ。営巣地のなかに在るときは意外なことに黒のドラゴンは大人しい存在なんだよ? ほとんど眠っていると聞いている。ただし、外に大きな魔力を感じると目を覚まして攻撃を開始するという行動を取るんだ」
エリエル氏が相も変わらず聞いてないことまで教えてくれた。
黒のドラゴンは大森林でも出会ったが、問答無用で攻撃的なドラゴンだった。
理性的な白いドラゴンがいないときには出会いたくない相手である。
しかし、『魔の森』か。
森ならこっちにはメルリルがいるので、むしろ行動はしやすい場所だ。
問題の魔人収容所はその先にあるという山脈のなかか?
その新しいのに深いという迷宮が気になるところだな。
「しかし、迷宮というものは国に管理されているはずです。勝手に入る訳にはいかないのでは? 許可が必要ですよね」
聖騎士が気になったのかそう聞いた。
そう、迷宮は鉱山のようなものだ。
魔鉱石を採掘するための場所として、国が管理している。
冒険者は登録をすることで迷宮に入って魔物を退治して魔鉱石を採掘することが出来るという仕組みだ。
勝手に入ったら犯罪者である。
「いや、この迷宮は管理放棄されているよ。考えてもみたまえ。上にはドラゴンが営巣しているのだよ? いったい誰がその足元に入りたいと思うものか。ドラゴンが魔物喰いであることは知られているし、魔物が溢れる心配がないのなら、もっと安全な迷宮で採掘をすればいい。幸いにも我が国には身分け山の迷宮があるからね」
「なるほど。ところで先程記録と言ったが、管理放棄されている迷宮の記録があるのか?」
勇者が尋ねる。
そこは確かに気になるところだ。
「ああ。実は三百年ほど前まではドラゴンの営巣地のない普通の迷宮だったらしい。その当時の冒険者の記録が残っているんだ」
「三百年前? ということはここのドラゴン営巣地はそう古いものではないんだな」
俺は驚きを持ってその事実を受け止めた。
大森林の奥にあるドラゴン営巣地はおよそ千年以上前からあそこにあるらしい。
三百年は長いようだが、初代の勇者の生きた時代から考えるとつい最近のような感覚があるから不思議だ。
建国からの年数を考えると、この国が出来た当初はそこは普通の迷宮だったということになる。
「そうなんだよ。だからという訳でもないんだろうけど、ドラゴンたちにとって、ここの営巣地は少し狭いんだろうね。巣分けに対しては彼らは積極的なところがあるのだよ。だからこそその魔人収容所などというところの近くまで行ったのだろうと、僕は見ている」
「そういうことか」
ドラゴンが餌を捕りにその『魔の森』とやらに頻繁に行っていたというなら、東方人はドラゴンの行動をある程度知っていた可能性がある。
そしてその性質を利用してなんらかの方法で誘導して魔人とされる人をぶつけた。
理由は全くわからない胸糞悪い話だが、そう考えると辻褄が合う。
ただ、新しいのに深いという迷宮をそのために作ったと考えると、何か少し引っかかる気はするが。
「ちょっと待っていてくれ」
エリエル氏はそう言いおいて席を外した。
その間にパスダ女史がお茶のおかわりを注いでくれる。
「メルリルさん、このお茶は森人は特に好む味だと聞くわ。森にいる気分になって、回帰病の予防にもなるんですって。どう? 少し持って行かない?」
「え? 悪いです」
お、パスダ女史がメルリルにお茶の葉を勧めているぞ。しかも森人特有の病の予防にもなるらしい。メルリルはなんだか遠慮しているが、ちょうどいいからそれに便乗させてもらおう。
「よかったら買わせてもらえますか? このお茶とても気に入りました」
「お金なんかいいのよ」
「いえ、価値あるものには代価を払うというのは俺たち冒険者の心得ですから」
「あらまぁ、そう言われるとうれしいわね。それじゃあこの筒に入ったものを一大銅貨でどうかしら?」
「買った!」
うんうん、どうやって分けてもらおうかと考えていたのだが、思いの外タイミングよく購入の流れにすることが出来た。ありがたい。
「ダスター、あの、ありがとう」
メルリルが照れながらお礼を言って来た。
「美味しい上にメルリルが元気になるなら最高のお茶だろ? 俺もこの味好きだしな」
お茶は紙で出来た筒に詰め込んであって、荷物の隙間に入れることが出来るようになっていた。
持ち運びやすくて便利だな。きっと旦那さんのためにフィールドワークにも持って行きやすいように工夫してあるのだろう。
そんなことをしていると、すぐにエリエル氏が戻って来た。
「これを持って行きたまえ」
エリエル氏は、大事そう木箱に入った何かを持って来て、勇者に渡す。
俺は隣からそれを覗き込んだ。
蓋を開けると、そこには丁寧にまとめられた紙束がある。
「これは?」
勇者はそれが何かわからないのだろう。エリエル氏に尋ねた。
「当時の冒険者が迷宮を探索したときの記録だよ」
「……大事なものなのでは?」
俺は思わずそう聞いた。
大切に保管されていたらしいその記録は、先程の話からすれば三百年以上昔のものだ。
貴重なものに違いない。
「大切なものだ。だけどね、僕にだって許しがたいものはあるんだ。それをあげる代わりに勇者さまには約束して欲しい。必ずその魔人収容所とやらの行いを止めてくれると。僕の愛するドラゴンを愚かな行為に利用しようとする愚かな人間たちに神の子の制裁を下して欲しいんだ」
「ということは、これはその約束の代価ということか?」
勇者が重々しく問いかける。
「そうだ。……あの本に書かれていたことはあまりにも哀しすぎる。それもまた腹立たしいことには違いない。だけどどね、僕は見知らぬ人にそこまで思い入れるほうじゃないからね。それだけならこんなことは頼みはしなかっただろう。だけど、その収容所とやらの連中は、僕の大切なドラゴンを何かに利用しようとしている。そんなことは決して許されはしないし、許されていいはずもない。だからこそ、神の子たる勇者さまがここにいるのは偶然なんかじゃないと、僕は思うのだよ。許されざる行いに制裁を加えるために世界が定めた運命なのだと。だから僕はあなたに必要なものを捧げよう。そして愚か者にはそれに相応しい末路を与えて欲しい。そうだね。ダスター殿に倣って冒険者風に言うならば、これは僕からの仕事の依頼だ」
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